119. 住民ギルドの職員
依頼の掲示板を離れ、冒険者ギルドのカウンターで今現在ダンジョンに入っている冒険者の数を確認する。
住民ギルドのカウンターの内側にある自分の席に弁当を置いて、奥の衝立の中に入る。壁には領地の地図(一見しただけだとただの地図だけどこれもアントニーの付与魔法付きの魔術具だ)が張ってある。
二十程に分割してあるそれに一つずつ手をかざし、その土地の魔力反応を探す――魔獣は無視で、集中して人だけを感知する。十……二十……三十……二。この地域には三十二人。別紙の表に数字を書き入れて次の紙に手をかざす。十……二十……六。ここも変わりはない。昨日の人間の数と今日の人間の数の合計を出す。ダンジョン内の人数は感知することはできないけれど、工事で入っている人はまだいない時間だし、名簿によれば中にいるのは五人だ。
今朝出立した馬車の御者と護衛の数は昨日到着した数と同じだった――王都に帰った友人たちの数だけ反応が減ったとすれば増えたのは三人。昨日来た冒険者の数と一致する。
全員冒険者ギルドに寄ってダンジョンに入るための登録をして説明を聞いて行った。
ふう。
人数の増減があったのは街中だけ。
ということは、大丈夫だろう。――おそらく。
衝立の中から出て席に戻って座り、水筒の中の緑茶を一口飲んだ。魔力感知はかなり集中力がいるし疲れる。しかもそれだけ頑張っても自分にできるのは小さく区切った地域ごとの人数確認がせいぜいだ。
祖父はもっとずっと広範囲を探れるし感じ取った魔力を細かく分類することもできるらしい。
「まあ、練習だと思って精進せい。慣れも大事じゃ。人数が合わない時や妙な反応があるときは連絡しろ。見てやる。しかし、ジョナサンと言ったか……お前の友人は見た目に合わず奇天烈なやつばかりだな。ふぉっふぉっふぉっ」
高笑いはしつつも、どこか呆れたような顔と声だった。
人間が領地の境界線を越えると簡単に感知できるような仕組みがあればいいのにと思う――ダンジョン内にいる人間を冒険者ギルドで把握できているように。
シュヘル領は辺境だから住民の数は少なくても広さだけはそれなりにある。だからなかなか難しそうだけれど、いずれぐるりと周囲を確認してみたいと思う。
住民が登録カードを受け取りに来るのを待ちながらこのギルドとイベントの運営方法について職員たちと話す。
登録カードの書き換えができるのが自分しかいなのでトリスタンは基本的にここから動かないけれど、カードは取りに来ない者には配り、来年度から税率が変わりそうだという話もしてそのための対策だと説明もしなければならない――始動したばかりの住民ギルドの職員はかなり忙しい。
住民説明会のようなものを開くことも考えたけれど「ジョナサンが広めていきおったようじゃし、井戸端会議で十分じゃ。説明のいるやつは聞きに来る」と祖父が一蹴した。
今のところ、といっても今日で三日目――まともに稼働するのは今日からなのだが、それで大きな問題はないようだ。
というか、税金について聞きたい人は食事を兼ねてラグドルの食堂に話を聞きに行っているらしい。人望が厚いのだろう。そして聞いた人たちがまたそれをあちこちで伝えてくれて――なぜかトリスタンの顔を見に来る人もいて――ついでにイベントの参加希望者リストに名前を書いてくれる人もいて――なんとなく珍獣な気分だけれど、おおむね好意的でとても助かっている。
この調子で住民たちともっと仲良くなって毎日穏やかに暮らせるようになればいいな、と思う。
それに、いずれはこの土地に住みたいって――ナイジェルとリディアがそう思ってくれたことはとりわけ嬉しかった。
特にリディアがそう言ってくれたことは、トリスタンの心の一部分――エリザベスをかなりの田舎に連れて来たことで重くなっていた――を軽くしてくれた。
『記憶』のせいか妙なところでガッツのあるエリザベスは時々常人とは違う思考で動く。けれど、妙な記憶なんかない侯爵家の令嬢であるリディアが「身分を捨てても住みたい」ってそう思えるなら、ここは決して悪くないってことだ。
それについては祖父も喜ばしいことだと思っているようで、昨晩「いずれは今トリスタンとエリザベスが住んでいる家に住まわせてもらえないか」と二人に聞かれたという話をした時も「いずれは、ということなら考えておく」と前向きな言葉を返していた。
ただ、「『家』に関する揉め事が起こらないように、そのあたりはきっちり終わらせてからじゃ。ここが男爵領だということをいいことに、圧力をかけてくるお偉いさんが出ては困る。今さらではあるが余計な人間の目は引きたくないのでな」と、そこははっきり言っていた。
あくまでもナイジェルは自分の友人としてここにいるのだし、同じくリディアはエリザベスの友人としてここにいる。そういう意味での責任は取るが、その先は自分たちで――そういうことだ。リディアは侯爵家の長女だしナイジェルも伯爵家の長男。領主とはいえ男爵家の自分や祖父が彼らの親に対抗できるわけはない。
それに、今の自分には――申し訳ないけれど人のことを気にしている余裕はない。
ジョナサンが来てくれたおかげでダンジョン関係の雑事は一気に進んだけれど、まだまだ忙しい。
ありがたいことに街の下世話な噂はピタリと収まって、そしてなぜか……微笑ましい顔で見られることが増えた。今までは遠巻きにしていただけの住民に「がんばれよ」と、声をかけられることも……おそらく友人たちにこき使われていたせいで親しみがわいたのだと思う。
それはまあ……いいか。
とりあえず差し迫ったイベントは来月のマス釣り大会だ。最初なのだからぜひ成功させたいと思う。
川岸で炭火焼をするのに必要な道具はどれだけで、どこから調達するか――工業ギルドから出向中の職員ティアゴが「いっそ一から作って普段から使えるようにしてはどうか」と言い出して、協力が得られそうか聞いてくる、と駆け出していった。
「どうせなら一緒に肉も焼いたらダメか? 領のイベントなんだから、肉はダンジョン産で材料費無料ってことで……」
運送ギルドから出向中のウーリッヒがガラスケースの中の処理済みの丸鶏と豚の半身を見ながら言うと「それなら、俺が前の日までに狩ってくるよ」と冒険者ギルドから出向中のテオが乗り気になった。
テオは現役冒険者でもあるから、ギルド職員としてだけでなくダンジョンに潜る冒険者側の意見もよくわかるお役立ちの人材で、基本的には住民ギルドにいるけれどときどき隣の冒険者ギルドに呼ばれていく。
「酒は……ダメですかね?」
商業ギルドから来ているフランコが言うと「エールくらいならいいんじゃない? ダメ?」とウーリッヒも言う。
「アルコールは無料にはならないぞ。うちの店から運んでもいいが、まずどんな奴が来るか――住民のイベントなら定住してないやつは不参加か?」
ラグドルが掲示板に向かい、参加希望者のリストを確認するために外して持ってきた。
トリスタンものぞき込む。
「今のところ住人だけみたいですね。住民ギルドのイベントだし子どもも参加可能だからアルコールは終了後に場所を変えて各自で楽しんでもらった方がいいでしょう……ただし住民でない人たちの参加については有りにしたいです。この先定住を希望する人が出てんじゃないかっていうのはあるので、住民がある程度の責任をもって紹介できるような人は参加可能にしたらいいんじゃないかと思ってます。不始末があった場合はその人は次回から参加禁止で」
「そう言えば、『大会』なら景品があった方がいいと思う――っていうか、お前、俺たちに敬語使うのやめろよ。上司だろうが」
フランコが思い出したように注意してウーリッヒが賛同した。
「そうだな、冒険者にもなめられるぞ。ただでさえ細くて見た目が柔らかいからな――それにもうちょっと筋肉をつけろよ――俺の代わりに運送ギルドに行って働くか?」
「やめろよ、こいつは魔法使い系なんだよ――細いと思ってなめてかかると後が怖いぞ。領地内の人間の数が把握できるとかって既におかしい。魔力量いくつだ?」
さすが自分も冒険者だけあって、テオは意見が違うんだなって思いながら苦笑した。
「俺のは計れないんです――だ。この親指のシグネットリング、封魔の指輪なんだけど外れないようになってて、こいつのせいでまともに計測できないから正確にはわからないんだ」
「封魔の指輪……ってつけたら普通は魔法が使えなくなるってやつじゃないのか?」
「俺のは半端に使えるやつなんだよ。シュヘル家のなんからしいけど」
「あ~、そういうやつか――あの祖父さんがらみなら何でもありだからな」
テオの言葉でなぜかみんなの顔がちょっとひきつった。
「できるだけ早く家に帰ってやれよ――昨日お前が帰った後で祖父さんが来て、『早くひ孫の顔が見たい』って文句言ってったぞ」
「あ~……あのジジイ俺に直接言わなくなったと思ったら」
「ま、新婚さんなんだし? 仲良くしとけよ」
「そうだぞ。逃げられないように手っ取り早く子どもの二、三人――美人の嫁さんなんてここじゃどんな宝石よりも見つかりにくいぞ?」
「そうだ。しかも白魔法を使うんだろ? 公爵家の出ならかなりの上級魔法だって使えるはず――ほんと、よく来たよな~、こんな辺鄙なトコまで。よっぽど惚れられてるんだな」
「正直羨ましいぞ。ま、お前の顔なら――っていうか、そうだ。お前のダチ、なんであんなに顔のいいやつばっかりなんだよ。やっと帰ってくれて助かったよ。酒場に行っても女の子たちの目が優しくないなんて、ホント辛い夏だった……」
「だよな。幸いここの子たちに手を出そうとしたやつは誰もいなかったけど、うちの奥さんもぽけーっとしてたよ。特に今朝までいたあの茶色い髪の背の高いヤツ――」
「ああ、あれは反則だよな~。ガタイもいいし、頭もよさそうで。お前、よく平気だったな。ずっと嫁ちゃんにくっついてたろ? もう一人の銀目も――」
急に友人と兄たちへの文句大会になった。そしてなんだかいろいろ情報が洩れている――誰だ、適当な噂を流したのは。
「茶色の髪のやつは――リジーの妹の一人とつき合ってるし、黒髪の銀目は俺の兄だから――」
ウィリアムとリュカ、だ。
「なるほどな~……それで王太子が寄越した、と。安全牌ってやつか」
「うちの妹は金髪青目のヤツにポーッとなってた。――彼女以外眼中にないって感じで助かったよ。そうでなかったらあいつを追いかけてここを出かねない勢いだった」
「あ~、アントニーはリリアナ以外恋愛対象じゃないって明言してるから……」
すぐ上の兄は学院でもウィリアムに次ぐモテ男だ。
「最初に来てたもう一人の銀目も――あいつの彼女、すっげー好みだと思って声かけたら勝負を挑まれてさ、無茶苦茶強かった……男の方は笑いながら見てただけだけど、死ぬかと思った」
テオが言っているのはステファンとジュリアだ。
軍部を掌る公爵家の跡取り娘なのだから、並の冒険者が太刀打ちできるわけがない。
「あ~、ごめん……」
「お前が謝ることじゃないって。実際ダンジョンの変化ってお前があの嫁ちゃんを連れて来たからなんだろ? うちの祖母ちゃんが、ホルスト祖父さんがお前の祖母さんを連れて来た時もいろいろ変わってあの時期は楽しかったって言ってた――領主の妻ってだけで、すごい影響力だよな」
「逃げられんなよ?」
「そうだぞ。できるだけ早く帰れ。嫁ちゃん孝行した方がいいぞ」
「そうだな。お前が帰れば俺たちはあの祖父さんに、『お孫さんは今日は早く帰って嫁ちゃんと過ごしてます』って言えるからな」
「それはいいな」
「うん、それはいい」
なんだか祖父の思惑通りに動かされているような気がするが――それはそれでありがたい。
冒険者用の宿泊施設の改装&新築についての案をそれぞれ考えてくることを残業がわりに、その日はみんな早めに帰宅することになった。




