116. リディアの相談
「ねえ、エリー。そこで、ちょっと相談があるんだけど――」
そう切り出したリディアは真剣な表情をしていた。
「何?」
「あのね、明日みんなが帰ったら、私とナイジェル、あのお屋敷にマリーさんと三人になるでしょう? それっておかしいと思うの。だから、トリスタンとエリーにもあっちに移って欲しいんだけど――」
言われてみればそうだ。夏季休暇の間のことだからと思っていたけれど、マリーがいるとはいえみんながいなくなった後でリディアたちが二人であそこにいるのは外聞が悪い。それはわかる。
慣れた自分たちの家を出るのはあまり気が乗らないけれど――。
「そうよね、わかった。お祖父様にも聞いてみるわ」
「で、それでなんだけどね。エリーたちがお屋敷に移ったら、私たちを向こうに移すつもりはない?」
「え?」
きょとんとしたエリザベスの隣に座りなおしてリディアが話す。
「トリスタンとエリーが今いる家に、将来的に私たちを住まわせるつもりはないかってことなの」
どうかな、とリディアが少し首を傾げる。
「私たち――夏季休暇の間ずっとこっちにいるつもりだっていうのは話したでしょう? だけど、ナイジェルはその後も――学院を休学してこっちにいるつもりなの。それに卒業したら戻って来たいの。その時のこと――あのね。私たち、王都じゃなくてここに住みたいねって――そういう話をしてるのよ」
ジョナサンがそんなことを言っていた。さっきはリリアナもそんなことを。
それでも初めて本人からはっきりと聞いたエリザベスは驚きの顔になった。リリアナとアリアンヌは『やっぱり』という顔で頷きあう。
「でね、ナイジェルが休学するのは――ダンジョンに潜って経験値を稼いで、もっと実技面でいい成績を残してから卒業したいからなんですって。……それは私のことがあるからだと思うの」
ちょっと困った顔をする。
「私の方が身分が高いでしょう? 身分はどうしようもないけど、結婚を有利に進めるために実績を、って考えているみたい。私は身分とかそんなの気にすることないんじゃないかって思うんだけど」
自分たちも二つ階級が違うリリアナがゆっくり頷く。
思うところはあるのだろう。
「確かに私は侯爵家の長女で伯爵家の長男のナイジェルよりは身分は高いけど、お父様が私をここに寄越した段階で既に結婚の許可は出てるようなものだと思うの」
それにはみんなで頷く。公式に婚約が調ったわけではなくともそのつもりでいることくらいわかる。
「でね。どっちがどっちにとかそういう話はお父様からは出てないけど、うちの場合は私が出た方がいいのよ。妹は素直だしかわいいから殿方受けはいいし、妻向きだっていうのはわかるの。特に婿取りをするなら、夫を威嚇して尻に敷くタイプはダメなんですって――私は何でも口に出すし、気が強いし、おかしいと思ったらお父様にも口答えするし。
家の中が心休まらないのは婿入りした殿方には苦痛なんですって――お父様、入り婿だから実感がこもってたわ。それは別にいいんだけど。
話を戻すわね、我が家の方針は、女子は成人するまで――つまり十六歳までは学院で学ぶこと、なの。女子は単位が足りていれば十六歳になった時点で卒業できるでしょう? で、そこから先は強制じゃない。つまりポイントはね、嫁に行くなら卒業はいつでもいいってこと。で、ナイジェルは十八歳――学生だけど結婚も――できるのはわかるでしょ。
ここに来る前は次の春に学院を卒業して、卒業後は騎士科の専門コースを追加で学んでいずれはウィルやサリーの警護にって思ってたみたいだけど……」
そこで言葉を止めて深呼吸をした。
「今の希望は違うのよ。――でね? もし私たちが二人とも家を出てここで暮らすなら、いい成績で学院を卒業する理由はまったくないと思わない? 伯爵家も侯爵家も出て、どっちも弟妹が継ぐなら、学歴なんていらないし――私たちは定住した冒険者の夫婦でいいじゃない。
お母様は――私たち姉妹を均等に愛してるから、爵位を捨てて田舎に引っ込みたいって聞いたらいい顔はしないかもしれない。でも、私が幸せなら最終的には絶対味方になってくれると思うの。
で、お父様は――もちろん最初はいい顔はしないと思うわ。一応長女だし。でもたぶんほっとするんじゃないかと思う。厄介払いとか、そういうんじゃないのよ? だけどなんていうか――私とお父様って、意見が合わない時はとことん合わないし、そういう意味でもさっさと出た方がいいの。
だけどナイジェルは私に次の春かその次の春にきちんと学院を卒業しろって言うのよ――それってつまり、私とナイジェルはあっちとこっちで離ればなれになるってことなのよ? それにあの感じだと「休学」って絶対一年やそこらじゃないわ――で、私が卒業してこっちに来たとして、ナイジェルが自分の成長に満足して学院に戻ったら、彼が卒業するまでまた離ればなれでしょう? 結婚はいつだと思う?」
だんだん言葉に熱が入って早口になってきた。
「それでね、だったらさっさと結婚してこっちで生活の基盤を確保したいなって――学生結婚だってかまわないの。平民は早くに結婚することが多いし。それならむしろ成績なんて一切気にしないで、いっそのことお父様たちを怒らせて勘当してもらった方がいいんじゃないの? って私が思うのはおかしいと思う? わがままかしら?」
そう言い切ったリディアは腰に両手を当てて仁王立ち、の構えだった。
「思わないわ。リディアがそれでいいなら」
ちょっとおかしそうにアリアンヌが言い切る。
「気持ちはわかるけど、そこはナイジェルとよく話し合った方がいいと思うわ」
リリアナは慎重派だ。
「エリーはどう?」
聞かれてじっくり考える。
「……離れたくない、っていうのはわかるわ。生活の基盤をっていうのも――絶対帰って来てくれるって思える場所が欲しいっていうのは、私も思うもの。
でも、平民としてっていうのは――わからないわ。領民からの税収が入らないってことは私たちがここでやっている以上の自給自足だし、そんなに簡単に決めていいことじゃないと思う。それに私が言うことじゃないとは思うけど、ナイジェルは絶対気にすると思うの。簡単にナイジェルを説得できるとは思えないわ」
結婚相手に苦労する生活をさせたい人なんていない。それが好きな人ならなおさらだ。
「そうなのよ。でね、結婚するしかない状況に追い込んだら――嫌われると思う?」
「「「!?」」」
突然の発言に三人ともリアクションが取れなかった。
……川のせせらぎが穏やかだ。
「思わないわ。少なくともやり逃げするような人じゃないと思う」
また、アリアンヌが言い切った。
「でも、そのことで悩ませたくはないでしょう? やっぱりちゃんと話した方がいいわよ」
そして、リリアナは慎重派だ。
「エリー……どう思う?」
「……私……私なら、追い込んだりはできない。『私がいい』って思って欲しい。他の誰かじゃ嫌なんだって――私といることを望んで欲しい」
だから、待っている。
トリスタンが、自分から動いてくれるのを。
「他の誰かがいいって思ってるわけじゃないのよ? 私たち」リディアが首を傾げた。「将来的には、って思ってるその時期を早めたいだけで」
それを聞いてリリアナが微笑んだ。
「ナイジェルは堂々とリディアの隣に立ちたいのよ。誰にも文句を言わせたくないの。トリスタンだってそうでしょう? あんなにエリーが好きなのに躊躇っているのは、自分じゃダメなんじゃないかって思ってるせいだわ。自信が足りないのよ」
「リリー、もっと言ってやって――お姉様ったら自分一人より複数奥さんがいる方がいいってお義兄様に思われたんじゃないか、なんてしょうもないことで悩んでるのよ」
アリアンヌの言葉にリリアナが目を丸くした――と思ったら。
「なにそれ? エリー? 本気?」
そう言うなりリリアナはくすくすと笑い出した。




