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世界の終りまで君と  作者: 佑
第二部 第三章 誰かのために
115/253

115. 鶏小屋と地鶏

 鶏小屋ができたのはエリザベスがダンジョンに入った三日後だった。


 ダンジョンに行った翌日の朝、その日の昼食用の弁当を受け取った祖父が「エリザベス、あのダンジョンの草原じゃがな、冬場も草地なんじゃったら、鶏もそっちで飼った方が餌も楽じゃし、ここの領民も冬場の食糧が助かると思うんじゃが、どう思う?」と『相談』を持ちかけた。

 それに対しエリザベスが、「そうですね、とってもいいと思います。ダンジョン産の鶏肉とか卵ってこの領地の特産品――ブランドにできそうな感じがするし。家にいる子たちを数羽移してみましょうか」とにこやかに応じた。


 と、まあそんな会話の後で、当然のような顔をしてホルストは付与魔法の得意なアントニーに「お前、今日からダンジョンに入れ。ギルドで使えそうな人材を数人借りて二階層に大きめの鶏小屋を作って、鶏が他の動物に襲われんように付与魔法をつけろ」と言い渡したのだ。

 驚きの顔になったアントニーが、「鶏小屋……って、僕は見たことないんだけど」と呟いて、「お前は鶏小屋も知らんのか」と祖父が呆れ顔になり……けれど、王太子ウィリアムに次ぐ正統派として学園女生徒の憧れの存在である金髪に青い目の公爵家の四男は、やや複雑な表情をしながらもダンジョンの二階層にエリザベスの希望通りの鶏小屋をなんと『二日で』建ててくれた。


 鶏小屋への付与魔法で、周囲百メートル程の範囲には鶏やヒヨコ、卵に害をなす動物は入れない――これは最初周囲三十メートル程だったのだけれど、鶏が増えたので範囲を広げてもらった。今ではリュカの柵のおかげで狩猟許可のない一般の冒険者も入れない場所になっているし、基本的には安全。

 それより外に出れば襲われることもあるかもしれないけれど、鶏は基本水と餌さえあれば巣から遠くには行かない生き物で、夜には巣に帰る。最初は数羽移して様子を見て、数が増えたら小屋の出入りも自由にして、それでやってみようということになった。


 祖父が「大きめの」と言ったので、広さは十畳ほどで屋根もしっかり高い。中には止まり木も二段あって、一つは腰の高さ、もう一つは頭の高さだ。中段の高さの壁にとりつけられた巣箱には底に緩やかな傾斜が付いていて、産んだ卵は小屋の外からも取り出せるように壁に扉がついている。巣材に卵が引っかかってうまく転がらないような場合でも、ちゃんと外から手が入る大きさだ。

 地面の巣箱に産んだ卵はヒヨコにして――というより、当面は全てヒヨコにして増やそう、という考えで中段の巣箱は塞いでおいた。


 最初は。


 無事完成したという話を聞いて、じゃあ次はトリスタンとエリザベスの家の鶏小屋から番(つがい)を移動させてみよう、と話していたところに、アントニーをからかうネタにするつもりで完成した鶏小屋を見に行ったウィリアムとリュカが帰って来て、「鶏小屋、空だって聞いてたのに鶏が三羽いたぞ」と報告した。


 翌朝、アントニーはウィリアムとリュカと一緒にもう一度鶏小屋を見に行った。


「増えてる……」

「十羽くらいいるな……」


 三人はコッコッコッと鳴きながら地面を突く茶色の鶏たちを見て顔を見合わせた。


「あのさ、この二階層って、もしかして池を掘ったらそのまま養魚場とかできるんじゃ……」


 ぽつり、とアントニーが呟いた。


「お前、それエリーに言うなよ。あの祖父さんにも。きっと手に負えなくなるぞ」


 とりあえず、中段の巣箱も解放し、地面の巣箱に既に転がっていた卵三個を持って帰ることになった。


「エリー、鶏は移さなくていい。もう十羽くらいいたよ。かなり快適そうだった。あとこれ、お土産」


 そう言ってウィリアムが渡した赤茶色の卵を見て、トリスタンと今後のダンジョンの活用方法を話しながら待っていたエリザベスは瞳を輝かせた。


「もう卵があったの? ダンジョンって本当にすごいわね。トリスタン、後でこの卵でプリンを――エッグタルトの方がいいかな。どっち食べたい?」

「プリンかな。カラメルは苦めがいい」


 そんなのんきなやり取りを三人が無言で見つめる。

 小ぶりの卵を嬉しそうに見ていたエリザベスが、ポンと手を叩いた。


「ねえ、つまり地鶏よね、これ。お肉も美味しいかも。それに鶏がいけるなら鶉(うずら)とかもいけるのかも。卵もかわいいし。

 ええと、鶉なら丸焼き……ダンジョンでなら渡らないだろうし、鳩みたいには飛ばないはずだから捕まえやすい? ……七面鳥みたいに詰め物をしてローストしてもいいんだけど――う~ん、どうかな……あ、渡るならもしかして鴨(かも)とかも入ってくるとか……?」

 

 その日の夕方、ナイジェルが「鶏小屋にこんなのがいたぞ。あと、逃げられたけど七面鳥がいたと思う。それに小川に鴨が二羽いた」と、肉用の鶏五羽と一緒に小さな茶色い鳥を捕まえてきた。

 十五羽以上いたら三羽獲ってくると言っていたのに五羽獲ってきたからには、既に鶏はかなり増えていたようだ。


「わ、鶉っ!? それに鴨もいたの!?」


 ぎょるぎょるっ、と鳴く小さな鳥を見てエリザベスが「ダンジョンってすごいのね~!」と、感心の声をあげた。

 この子は明日ダンジョンに返そう。そして卵を産んでもらおう――鴨と七面鳥は当面はそっとしておこうか――そう話すエリザベスとトリスタンを見ながら、三人は「池の話は絶対しない」と無言の視線を交わしたのだった。



 そんなわけで鶏小屋に寄って、それぞれ卵を一つずつとって一階層に向かった。

 作業中のリュカに手を振ってから卵は上流の高温のところに置いてある網に入れて流れのなかに吊るし、下流に移動して平らな石に並んで座った。


「この、足湯っていうの家に欲しいわ……作りたい」


 流れる温水に足を浸して、ほうっとリリアナが息を吐いた。


「流れる感じもいいわよね。ホント気持ちいい……川底の丸い小石とか砂もいい感じ」


 リディアもほわん、とやわらかい声で言った。


「普通のお湯だとダメだっていうのが本当に残念……ウィルベリーの領地には温泉はないし」

「温泉ならサマセット家の山側にあるって――ここよりずっと近いし、ディミトリがミモレットと結婚したら遊びに行かせてもらったら? リリーは義妹になるんだし――って、アリーもそうよね、私が――」


 エリザベスの言葉がそこで止まった。


「お姉様? なんでそこで言い淀むの?」


 なんで、だろう。


「まあ、うん。そう、よね。パートリッジ家は男の子ばっかり五人だし、あっちこっちで繋がって――うん」


 やっぱり自覚が足りていないせい、かな。

 しゅん、となった内心をごまかして温かい川の流れを見つめていると、リディアがぽつりと言った。


「明日、みんな帰っちゃうのね」


 リリアナとアリアンヌがしかたないって顔になる。


「リディアが残りたいっていうの、わかるわ。ここ、とってもいいところだもの」

「私は王都の方がいいけど、でもやっぱりもっと近かったらいいのにな、って思うわ――お姉様と会うだけで一週間以上馬車に揺られなきゃならないなんて。これで辛そうな顔をしていたら絶対連れて帰ったのに――お祖父様も苦労しているようなら連れて帰って来い、って言ってたし」


 アリアンヌの言葉にリリアナが笑う。


「残念ながら連れて帰るわけにはいかないわね。エリー、すごく楽しんでるもの。シュヘルのお祖父様もエリーのことすごく大事にしてるみたいだし。……エリーが『ウィルと結婚して王太子妃になるくらいなら追放されて魔王の妻になった方がマシ』って言った時は頭がおかしくなっちゃったのかと思ったけど」

「そうよね。私も思った――なんでそんなに自信満々で言い切るのかわからなかったわ。美人で白魔法も使いこなす完璧な公爵令嬢の相手はウィル以外いないのに、なんでそうなるの!? って思ってた」


 リディアが言葉を切って立ちあがり、温水の流れに逆らってエリザベスの正面まで歩いて来た。


「でも、エリーは知ってたのよね――もしかして、私たちのことも? だから彼らの誰にも――そういうことだったんでしょう?」


 笑いを含んだ疑いの眼差しを向けられて、肩をすくめてエリザベスも笑う。


「……確証は、なかったけど」


 わからないところもあったけど、サリーが王太子妃になる王道のエンディングに向けて精一杯のおぜん立てはした――とにかく自分には相手はいない、それだけは確かだったから、自分に関しては精一杯避けただけだ。

 幸せになれないってわかっているのに楽しみたいだけで誰かを犠牲にするなんて、それはダメだと思ったから。


 全員の落とし方を知っていたって、ダメ。


 学院にいた頃のことを懐かしく思い出す。

 みんな本当に素敵だった。


 前世でもものすごくお世話になった。

 久し振りにゲームのことも思い出して、少し笑う。

 彼らは過去の現実で世の中の理不尽さから救ってくれた。辛い時に楽しい夢を見せてもらった。

 絶対に幸せになって欲しい。せめてもの恩返しだ。


 それに――この世界で辛かった時だって、一人じゃなかった。

 信頼の瞳で見上げてくれる、金の目の黒豹がいた。

 誰にも縋らずにみんなのことを応援できたのは、彼がいてくれたからだ。


「ねえ、エリーはどうしてそんなに控え目なの? 『記憶』でのエリーはトリスタンと結婚することになってたんじゃないの?」


 不思議そうなリディアの声に引き戻されて首を振る。


「私の『記憶』は――あのパーティで断罪されて追放されるところまででほぼ終わりなの。それに、あんなふうにトリスタンが魔王のフリをして迎えに来るなんてそんなストーリーはなかった。断片的に見たのは、どこか田舎の館の小部屋に閉じ込められて格子の嵌った窓を見上げてるとか何かを祈ってるとか、そんな光景だけ。学院にいるころに誰かの恋路を邪魔しないように精一杯頑張ったのは確かだけど、こんなことになるなんてまったく予想外なの」

「『追放』がこんなに楽しいなんてことも予想外だったんじゃない?」


 笑うリリアナに笑い返す。


「そうね。ウィルとの婚約が避けられなくなった時点で追放エンドしかないっていうのはわかってたから、追放後の生活が楽になるように努力はした。でもダンジョンとか本当にびっくり――だけど、単に追放されたんじゃなくて、自分にできることがあってそのためにここに来たんだ、って思えるのは嬉しいわ。せっかく記憶付きで転生したんだもの、役に立ちたいの」


 リディアがにっこり笑う。

 アリアンヌも頷いた。

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