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世界の終りまで君と  作者: 佑
第二部 第三章 誰かのために
111/253

111. 口八兆 エリザベス

「ダンジョンに変化が生じ、人が増えた分あなた方の収益が増える。その分だけ我々の税収も増える、ということです。実に喜ばしいことだ。なにも難しいことではありませんよ。人口調査のあと、職業、年齢によって住民に税を課す――他の領地と同じです。

 通常は現金収入の一・五割――商業の発達した都市部は二割です。ここはこれまで人口が少なく、いわば過疎地域でしたので減額されて一割でした。国の税収としては微々たるものです。

 ああ、ホルスト卿から聞いていますよ。ここのみなさんは払ったことがないのですよね。

 それはこれまでシュヘル家当主が『全住民分』の税を肩代わりして納めていたからなんですよ。この土地では税がないと聞いて流れてきた方もいるのかもしれませんが、国内である以上、当然そんなことはない」


 その言葉にあの二人組がぎくりとした――何人かの冒険者もそうだ。


「まあ、ここの当主は我々とはもともとの出来が違いますので――ダンジョンに数回潜れば、全住民の税を納めるだけの素材を回収しておつりが出るとかで、これまでは十分な素材を確保して王都に送ってくれていたようです。このところ遅くなりがちだったようですが、それでも毎年期日までにきっちり納めていました。

 けれど増額は難しそうだ、とのことで――雑事で忙しい上に当主一家への感謝の気持ちを持たない住民が増えているとか――先ほども失礼な言動を耳にしましたし。ホルスト卿としては、細々とでも長年頑張ってきた住民から税を取るのは忍びないようですが、負担が増えるのに感謝もしないような住人がいるのは当然喜ばしくない。

 我々としては収める物を収めていただければ誰が出そうが構わないのですがね」


 エリザベスに失礼な口をきいた二人へ非難の視線が向かった。


「税を払うためにいろいろな物価が上がるとなれば冒険者の方々にも無関係な話ではない。そうそう、温泉は有料になりますよ」


 その言葉が聞こえたらしく店内がざわついた。

 いや、あきらかに聞こえるように話しているのだけれど。


「当然でしょう? ダンジョンは国の資産。こちらの領主が管理を任されているとはいえ、私物ではないのですから――まあ、こちらの奥様にいろいろ説得されましたので譲歩は考えていますよ。こちらとしては既定の税を納めていただければ基本的に文句はありません」


 ジョナサンの一言で今度はエリザベスに視線が集中した。

 ジョナサンが視線で『話せ』と促す。

 本当は住民たちにはトリスタンかホルストから伝えてもらえるように、それにもう少し話し合いをしてからと思っていたのだけれど……粗方は伝えてある。しかたなくエリザベスも話すことにした。


「……冒険者の方たちはダンジョンに潜りますから、ギルドの依頼をこなしてさえいればこれまでと大差なく過ごせるようにしようと思っています。温泉も、ギルドの依頼をこなせば使用料はほぼ無料になるようにしようという方針です。もちろん初心者でも大丈夫です。簡単な依頼も増えますから、そこはレベルに合ったものをギルドで斡旋してもらえるようにします――。

 今、ダンジョン産の素材はギルドでの買い取り以外に個人経営者から直接依頼を受けている方もいると思います。けれど今後は冒険者と住民とのトラブルを避けるために、ダンジョン内で取れる食材や素材は全て一度ギルドで買い取るようにしようと考えているんです。依頼もほぼ全てギルド経由で出してもらうことになって――もちろん冒険者の人たちが自分で使う物は別ですし、親しい方同士のやり取りは続けていただいて構いませんが――その依頼が増えるんです。

 依頼のクリア報酬に温泉の利用券をつける予定です――地域に貢献している限り、冒険者の方たちにとって温泉の利用料が負担になることがないように。それだけではなく、大きく貢献していただいた方たちにはこういった食堂や宿泊施設で使える割引券や優待券をお配りしてはどうかと――今日はその最初の打ち合わせも兼ねてラグドルさんに話を聞こうと思ってここに来たんです」


 ジョナサンがその通り、といった顔で頷いて続きを引き取った。


「ラグドルさん、とおっしゃいましたね。こちらの人気メニューには奥様発案のものもあると伺っております。いくつか特別メニューを追加して、貢献度の高い冒険者の方のみにごちそうする、というのはどうでしょう。あるいは優先的によい宿泊施設を安く利用できるようにする、などは――定住の斡旋などもいいかもしれません――ただし、そちらにはシュヘル家の許可が必要になるでしょうけれど」


 話を振られた宿屋の主人がとりあえずといった感じで頷いた。


「冒険者のことよりも――住民に課せられる税ってのはどうなるんだ?」


 そちらの方が心配らしい。それはそうだろう、住民なのだから。

 ジョナサンが訳知り顔で主人に目配せをした。


「まず、無料化を目指すのならシュヘル家への感謝と協力ではないでしょうか――ろくでなしの排除も。ホルスト卿は強い力を持った方ですし、お孫さんの方もあれで実は恐ろしいほど優秀だ。だが、彼らの様子を見たところ今は本当に余計な仕事が多すぎるようです。喧嘩の仲裁に引っ張り出すくらいならダンジョンに潜って税に当てる分の素材を確保してもらうべきでしょう」


 そしてまたエリザベスに視線を送る。


「私も説得に努めますけれど――今は夫も祖父も雑事が本当に多くて。仕事を任せられる人材も足りないし。

 そうそう、もちろん冒険者ギルドを経由した食材や素材のやり取りでは地域の住民たちにも利があるように考えています。依頼や受取の手間だけが増えるのでは困りますから。

 ギルドを介することの利点は――まずボッタクリの防止――売る冒険者側が暴利を得ることができなくなります。ギルド経由で購入する食材や素材は冒険者からの買取り段階で値段と質が釣り合ったものになります。質の悪い素材を偽って卸そうとした者や、素材の出所を偽った冒険者にはペナルティーを科します。あまりに酷ければ領地からの追放もあるでしょう。誠実な方であれば新顔でもきちんとした取引ができるところは冒険者側の利にもなりますし、そのあたりは冒険者ギルドの得意技ですから。

 さらに、地域の利用者がギルド経由での取引をする事によって、税率を引き下げられる特点をつけてはどうかと考えています。そこには住民登録カードの利用を考えています――利用時にカードを提示することで購入金額の一部を税として収めたことにするんです。規定量より多く利用した方には返金するか同等の価値のある素材でお返しします。それによって当主の負担も減らせますし――冒険者ギルドの買取担当者や関係ギルドの会計担当が少々大変になるかもしれませんが、雇用が増えるのはいいことですし」


 うんうん、と周りの頭たちが頷く。

 いつの間にかジョナサンとエリザベスの周りには人垣ができていた。

 ジョナサンが頷いて、ラグドルに目を向けた。


「なかなかいい案でしょう? 王都の役人を説得できるだけの見通しも根拠もあるし――今現在ホルスト卿と若当主と冒険者ギルドをはじめとした各ギルド長が協議中なんですがね」

「え!? 今現在って、今か!?」

「はい。自分がここにいられる時間は限られていますし、全住民の把握を最優先で若当主が、ギルドの使える人員をホルスト卿が、それぞれ調べています――氏名年齢職業、それに応じた税の支払い額も」


 驚愕の顔だったラグドルが今度は顔を顰めた。


「……あのな、お役人様――ひとつ問題があって――お役人様は知らんだろうが、この土地はこれまでどんな人間でも受け入れてきたんだ。前科持ちや家出人もいる――名前や過去を偽ってようやく暮らしているやつもいる。世の中には行き場のない人間だっているんだ。そこに踏み入って簡単に追い出すような真似は――」


 ジョナサンは平然とした顔で応えた。


「住民の過去を問えとは言いません。だが、危険人物かどうかについては一括管理されるようになるでしょう。特に冒険者はね」


 周囲がざわついた。


「――もちろん、それを知ることができる人物は限られる――当主、各ギルド長、それに必要があればラグドルさん。あなたのような宿泊施設の経営者も。ただし、最初から排除するつもりはありません。この土地で暮らす人たちに害をなさずきちんと貢献している限りは住民であれ冒険者であれ今まで通り受け入れる――それがホルスト卿と若当主の考えです。

 ただし、理由もなく利をもたらさない者は、たとえ宿泊費用を払っていてもその滞在期間は限定し、改善が見られない場合は排除する。土地に貢献せずにほとぼりが冷めるのを待つだけの犯罪者も他国のスパイも不要。税収にも役立ちません。それに、今だってホルスト卿は領内にいる人物のバックは全て把握しているのですから、何も変わりませんよ」


 ジョナサンの言葉にどよめきが広がった。

 やれやれ、といった顔で首を振る。


「知らない方もいるようですが、ここにダンジョンがあることは『国によって』許可されています。それはやろうと思えば――ダンジョンだけではなく領地内の全ての人間の居場所を把握して必要であれば排除する、と確約できるだけの力を持つ当主がいるからこそだ。

 これまでホルスト卿は『面倒なので目に余った時点で追い出せばよい』とお考えでしたが、領内が騒がしくなっていることについてはかなり不快で、『そろそろ叩きだすか』とおっしゃっていました。若当主の方はもう少し理性的で、本人に警告したうえでまだ危険の可能性があるなら住民に知らせて注意を促せばよい、と考えています。複数で暴動などを起こされてはまっとうな住民に被害が出るかもしれませんし。

 そうだ。ホルスト卿の力量は――あの(・・)アーノルド・フォートワース・ド・パートリッジ卿に匹敵するそうです。彼らは学友にして戦友です。肩を並べるに足る相手はお互いだけだったそうで――そんなこともあり、シュヘル領はこれまで随分優遇されていたようです。ホルスト卿のお嬢様は既にお亡くなりになっていますが、パートリッジ家に嫁いでいますしね」


 そこでジョナサンはニッと笑って、エリザベスがその意図を察した時にはもう次の言葉を口にしていた。

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