109. ジョナサン
「いいか、ダンジョン内の整備を最優先させる」
その一言が始まりだった。
「建物の設計図はどこだ? どの程度できている? 資材置き場は? 木材の量と調達先はどうなってる? 運搬は――ここには自慢の運送ギルドがあるだろう。ギルド長を呼べ。監督責任者は誰だ? 人員が足りてない? ダンジョン内の作業にも工業ギルドから人を出させろ。魔獣は出ないんだから、運送も工業もどちらも工事期間限定の冒険者登録をして運ばせて組ませるんだ。手当は保証するが、出来上がりの状態と工期次第でさらに追加手当を出す。工期が短縮できたら次は宿泊者施設の増設だ。
冒険者の中に工事に使えそうなやつはいないのか? 冒険者ギルドのギルド長も呼べ。依頼を出す。経験値稼ぎにはならなくても金にはなるし、金がいらないやつには食事処の割引券や無料券――それか温泉の利用券を渡す。
リュカ、人員の中に魔法が使えるやつがどれだけいるか調べて段階分けだ。使えそうなやつを連れて行って立ち入り禁止区域を決定、区分けさせろ。残りは部品の整備と数量調整。外で加工は終わらせて中では組むだけって状態にするんだ。柵を立てるのは明日までで対外的には一階層を最優先――いつまでもただで風呂に入れると思うな。裸で飛び込むやつはそのままの格好で街中に転移させろ。それについても今日中に魔法陣を組め――それから、二階層の泉とやら――そこには今すぐ行って、泉の周囲だけ結界を張ってこい。そのくらいもちろん余裕だよな?
アントニー、お前はリュカの人員の中から魔法付与ができるやつをつかって割引券、無料券と利用券の作成。種類はここにまとめてあるが、ナイジェルとリディアの意見を聞いて取り込め。――模造品が出るようなレベルの物は作るなよ。公爵家の恥だ。――それも明日までだ。リリアナ、手伝え。数がいるからな。
ナイジェル、リディア、アントニーから必要な付与魔法を習え。温泉の建物ができたらお前たちで破壊や透視防止の強化魔法を付与するんだ――難しいようなら今回はトリスタンにも手伝ってもらえ。建設の監督も二人にやってもらう。自分たちで管理できるようになるんだ。将来的にはわからないが、今はここには他に信頼できそうな人間はいないからお前たちが適任だ。アントニーとリリアナが作る優待券の管理も今後はお前たちに任せるからそのつもりでな。――ここを離れる時にはちゃんとした後任を選べよ。
ウィル。当面の賃金の出所はシュヘル領からの王家臨時収入だ。各階層に割り当てて計算しろ。何度も潜ったからにはどこにどれだけ必要か、もちろんわかってるよな?」
翌日の昼だった。単身騎馬でシュヘル邸にやって来たジョナサンは、着いた途端挨拶の言葉もそこそこに昼食中の友人たちに容赦ない言葉を浴びせた。
頭を抱えて唸り声を発した友人たちにトリスタンは目を見張った。
ジョナサンはこんなやつじゃなかったはずだ――少なくとも、自分の記憶にあるジョナサンは違う。
濃い金の髪と紺の瞳の物静かな少年だった。
やわらかい笑みと穏やかで優しい声で――どちらかというと法務部公爵家跡取りのニコラスの方が、穏やかでも厳しいという印象さえあったのに。
目を丸くしたトリスタンには視線も寄こさない――が、そこでジョナサンは口を噤み、ふっと頬を緩めた。
視線の先にはジョナサンの分の昼食を運んで来たエリザベス。笑いかける――そこだけは記憶の通りに。
「エリー、元気そうでよかった。もっとゆっくりできる時に来ようと思っていたんだけど、慌ただしくて申し訳ない――ここと王都の金銭感覚の違いがわからないから、優待券の価値をどの程度に設定したらいいか教えてくれるかな。当面の出費についてはウィルに出させるけど、建物の保全と将来の管理人の給料は温泉の収益で賄いたいんだ。そうそう、食事処のご主人との調整もしたいから紹介を――割引券や優待券を使った客の分の支払いについて説明して、心配しないように根回しをしたいんだ――というわけで、エリーには僕と一緒に街を回って欲しいんだ。
アリー、ああ、お茶をありがとう――今ある薬の在庫はどのくらい? エリーが週に錬成できる量はわかってるよね? だと思った。余剰分はここの運送ギルドから王都に運んで販売したいんだ。値段を設定して試算して欲しいんだけど。ちなみにこっちが王都での一般的な薬の価格と効用だ。運送ギルドのギルド長が来たら重さと運送費を聞いて、週一か月一で運べないかどうか――そうそう、わかりが早くて助かるよ」
少し早口ではあるものの、記憶にある通りの優しい顔と声――だったのはそこまでだった。
「トリスタン、冒険者ギルドのギルド長が来たら話を聞いて領地にいる冒険者の過去の犯罪歴やトラブルの数を常に把握できるシステムを――いや、そんな物はないぞ。お前が作るんだ。危険なヤツが来たら各ギルド長や必要な人たちにはちゃんと周知するんだ。前歴不明なやつも要注意――誰でも拒まずの土地柄だってのは知ってるけど、これからはそうはいかない。ここにはエリーがいるんだからな。ダンジョン目的の冒険者はまだ増える――基本は拒まなくても、領主ってのは領民に対する責任があるんだ。
『げ』じゃない。魔力量だけなら一番、だろう? いつまでもお飾りの領主でいたいのか? もちろん僕はそれでもかまわないし、そういうことならエリーは連れて帰る。クレアも会いたがってるしエリーは腑抜けにはもったいないからな。――アーノルド公もそれでいいそうだ。お気に入りの孫娘が(・・・)いないと大層寂しいらしい。
そうだな……どうしても、って言うならシステムの構築方法くらいは一緒に考えてやらなくもないぞ――」
前半のみんなへの言葉よりも輪をかけて厳しい。
エリザベスとアリアンヌのところの甘さのせいで落差もすごい。
しかも「ふふん」という、いけ好かない笑いと挑発の言葉で締めくくられた。
唖然としてウィリアムとリュカを見やると「だから呼びたくなかったんだよ……」という呟きが聞こえた。
「ジョナサン……取り繕うのはやめたのね?」
ちょっと困ったような、それでいて安心したような顔でエリザベスが笑った。
「やっぱり、エリーは知ってたんだな? こいつが性悪だって――」
ウィリアムの言葉にエリーがまた笑う。
「ウィルったら。性悪なんかじゃないわよ――ジョナサンはすごく頭がいいんだなって思ってたけど。私が学院に入学した時、同じクラスに入れられていたの。リディアもよ。――成績をごまかしたのは祖父の指示――、つまりその時点で既に祖父に気に入られて、私を助けてくれるだろうって思われていたってことだもの。それにジョナサンにはウィルが頼みごとをしてたから、きっと信頼できる人なんだな~って?」
それに『スマート&クール』部門では断トツだったし。とエリザベスは心の中で追加した。
きっと攻略の仕方によってはドS方面に伸びたのかも――前世の自分はそこには興味がなかったらしく、突き詰めたことはなかったけれど。
ゲームにはまった理由は『いじめられたい』じゃなくてあくまでも『甘やかされたい』だったし。
「こいつ、エリーがいなくなった途端にこうなったんだ。もっと穏やかなやつだと思ってたのに」
「無駄口を叩いてないでさっさとやれよ。みんなもだ。わざわざ僕を王都からこんな山奥まで呼びつけたんだから――」
ジョナサンはウィリアムを睨んでから口調をあらためて姿勢を正した。
さすがに今度ばかりは少しは面食らっているらしい祖父の方に向き合う。
「今のはこの土地を侮辱したわけじゃなくて、ただ単に遠いって意味なので気にしないでください。姉のナタリーがとてもいいところだから次の夏も遊びに来たいと言っていました。急な呼び出しだったので手土産もありませんが、目立たず精一杯がんばれ、と言われて来ました――婚約者の父親――トゥルクロウ公爵からですが」
「なるほどな――お前、入り婿になった方がよかったんじゃないのか?」
「ははは。御冗談を。公爵家の当主なんて苦労ばかりで面白みのない立場はごめんです――よくお分かりでしょうに、ホルスト卿は人が悪い」
『公爵家をニコラスに継がせずにお前が継いだ方がいい』祖父に言われたそういう意味の言葉にジョナサンがあきらかな作り笑いを返す。
祖父も高笑いで応えた。
「結婚したら夫婦で遊びに来い。歓迎するぞ」
誰も引きだしたことのない祖父からの『歓迎する』という言葉に友人たちが耳を疑ったのがわかる。
ジョナサンの方は当然のようにそれを受け入れて続けた。
「そうそう、姉がエリーに持って行けって――プレゼントだそうです。『ジュリアのよりいいと思う』と伝えろって――エリー? どうした?」
差し出された箱を警戒の目で見てから、おそるおそる受け取るエリザベス。
また祖父が笑う――のはどういうことだろう。
そう思って首を傾げたトリスタンをジョナサンが睨んだ。
「靴が入ってるって言ってたよ。物わかりが悪いようなら手に持って踵で叩けってさ。ということは踵の高いやつだな。僕は踏む方がいいんじゃないかと思うけど」
つまり叩かれるのは(踏まれるのも)トリスタンだということだ。
ジョナサンがもう一度祖父に向き合う。
「そんなわけで、ギルド関係の人員の調整は依頼を含めホスルト卿、あなたにお願いしようと思っているのですが?」
こいつ、妖怪ジジイにも容赦なく仕事を振るのか――。
全員がぎょっとしたと思う。
なのに。
「適任じゃな。お前、エリザベスを任せて平気か?」
「もちろんです――ごちそうさま、エリー。とっても美味しかったよ。また腕を上げたね――次はもっとゆっくり味わうことにするけど、今はとりあえず仕事を終わらせてしまいたいから――本当に慌ただしくてごめん。『上司が』使えないと本当に困るよ。エリー、君は行ける?」
祖父はなんの反対もせず、ジョナサンがついと差し出した肘にエリザベスが笑いをこらえて手を乗せる。
『上司が』でジョナサンがちらりと視線を送ったのはウィリアムの方だ。
「私と歩くと新しい恋人だと思われるわよ?」
「それは実に面白そうだね。そんな贅沢はこの先なかなか味わえないだろうから、せいぜい楽しませてもらうよ。アリー? 次の機会にはぜひ君と歩きたいな」
「行ってらっしゃい――集計は戻るまでに終わらせておくわ」
ナタリアのプレゼントとやらをエリザベスから預かって、ひらひらと手を振ってアリアンヌが送り出す――のがなんだか納得いかない。
黒豹になって一緒に行って邪魔したい。久々にそんな感情が沸き起こった。
「諦めろよ、あれには敵わないぞ。うちのジジイでさえ言い負かされるんだ。さっさと割り当てられた仕事を終わらせよう。その方が早い」
リュカの声――おそらく今回も長兄のアドバイスは正しいのだろう。




