108. 対処
「ウィル。どうにかしてジョナサンを送ってくれ。あいつの頭がいる。――それに、俺たちはお前たちと一緒に帰らないでここに残ろうと思ってるんだ」
そんな切り出しでシュヘル邸の深夜の会合にナイジェルが参加したのは、後半組の友人たちが帰る予定の三日前だった。
ちょっと不機嫌そうに顔を顰めた友人に、ナイジェルはまあ聞けよ、と片手をあげた。
「わかってるよ。俺たちは最初からいるし――アントニーとリリアナを残した方が時間的なバランスはとれる。だけど、アントニーは四男とはいえ公爵家の出だろ? 今後の勢力図を考えれば俺たちの方が――俺たちなら、誰の敵にもならない。
リディアの家は侯爵家だけど俺は伯爵家だし、俺たちは婚約もまだだ。俺には弟、リディアには妹が二人。ウチに来るかって聞いたことはあるけど、長男長女で嫁取りとも婿入りともなんにも――それに今回ここに来たことで思うところもあって――。
なあ、俺は詳しくは知らない――それに知るつもりもないけど――騎士団でウィルとサリーを守るよりも、ここでトリスタンとエリーを守る方が大事だって気がするんだ。
王宮の騎士団には人材が揃ってる。ステファンもいるしジュリアだって――俺が入らなくたって少しも困らない。だろ?」
自分の感じたことをそのまま告げる。
王太子のウィリアムと、婚約と同時に公爵家嫡子と決められているリュカに対すれば、伯爵家の長男とはいえ嫡子と定められてさえいないナイジェルは学年が一緒でも立場はまったく違う。しかも身分はリュカとでさえ二段も違う。
それでもお互いに何の差別もなく、今まで誰よりも親しい仲間として過ごして来た。
だからこそ、ナイジェルには何も話さなくても今の二人がトリスタンとエリザベスのことをどれだけ心配しているのかがよくわかる。二人が自分に話さない(・・・・)のではなく、話せない(・・・・)ことがあるのだということも。
だから今まで、この深夜の会合にも気づいていても参加しなかったのだ。
「エリーが言ってた。ここの暮らしに身分は邪魔なだけだって。それに知らない方が動きやすいってこともある。そのへん、どうなんだ?」
話せないことは話さなくていい。むしろ話すな。言外にそう伝える。
「……リディアは、なんだって?」
拒絶ではないウィリアムの言葉にナイジェルの表情が明るくなった。
「あの二人組が『きれいにハゲるところを見るまでここにいる』ってさ。天パをからかわれた恨みだって。見かけるたびにこっそり毛根に攻撃魔法を使ってるんだよ」
ウィリアムが飲みかけた白ワインを吹いて、「すまん」と謝りながらテーブルを拭いた。
ナイジェルが小さく笑って続ける。
「――別にそんなこと気にしなくたって、あのクルクルの毛、すごく手触りがいいのにな」
リュカは何とも言えない顔になってかぶりを振った。
「アリーもだぞ。『筋肉を脂肪に変える呪い』をかけたから、どうしても残って成果を見たいって――ダメだって言ったけど」
今度はナイジェルがチーズとハムの乗ったクラッカーにむせた。
「……うちの女性陣は怖いな」
ウィリアムの呟きに頷きあう。
「とにかく、俺に関しては夏季休暇の終わりギリギリまでこっちにいて、そっから先もしばらく休学扱いにできないか学院長に掛け合うつもりだ。
ダンジョンに潜ってるせいで経験値が稼げるから実技がけっこう伸びてるんだ――ここにいればまだまだ伸ばせると思うし、休学ならトリスタンみたいに飛び級で卒業させろってのよりは簡単だと思う。休学中の維持費もダンジョンで稼げるし」
「だけどお前はそれでよくてもリディアはどうするんだ?」
グラスにワインを追加しながらリュカが聞く。
「夏季休暇が終わる時点でどうするか決めるよ。戻ってちゃんと卒業式に出て今年で卒業するか十八歳まで学ぶか、それとももう戻らずにこのままここにいるか――」
ウィリアムがまた顔を顰めた。
「このままここにって――それはハイレリア侯爵家が黙ってないだろ」
「そうだな。だけどリディアは十七だ。女性の成人は十六――もう成人してる。既に学院の卒業に必要な単位は揃ってるから戻らなくても卒業扱いにできるし、結婚もできる――」
「「ナイジェル!?」」
友人たちの揃った声に、肩をすくめてからゆっくり頷く。
「わかってるよ、十八歳にはなってるけど俺は――ちゃんと卒業するつもりでいるし。
ここに来るまでは、後二年は騎士科の専門コースを続けながら王城の仮勤務で、その後で近衛騎士隊を希望して、正式採用になったら王族の――まあ、ウィルとサリーの警護って計画だったんだ。結婚はその辺りのどっかいい時期で――」
一度言葉を切って、白ワインとクラッカーに手を伸ばす。チーズは乗せずにハムだけ乗せたそれをゆっくり噛んで、喉を通るワインとその香りに目を閉じた。
「だけどこの夏で俺もリディアもいろいろ価値観が変わって――お互い変わってないのは結婚相手に望んでるのが誰か、ってとこだけだった」
少ししんみりした口調なのに、幸せそうな笑み。
「リディアは『エリーみたいに生きたい』って。俺もそんなあいつを見たい――そう思う」長々と息を吐く。「あのな、ウィル――たとえ一度は王都に戻っても、たぶん俺たちは――」
「いいぞ。駆け落ちでも、追放でも――」
揺らがない友人の視線を受けて微かに眉を寄せ言葉を遮った王太子はワインをもう一口飲み込んだ。
「――気にくわないのはそれが羨ましいって思えることだ。まったく、エリーのせいだな。『追放』って言葉の意味がおかしくなってる」
グラスを持ち上げて笑う。
隣の公爵家嫡男も同じように眉を寄せた。
「だな。俺も羨ましい――公爵家嫡男の身分が恨めしいような気もしてる――おかしいな」
ナイジェルは笑って「気のせい、ってことにしておけよ」と言ってから自分もちょっとグラスを持ち上げて片目をつむった。
一口飲んで、話を最初に戻す。
「それで、ジョナサンのことなんだけど――」
「仕事をニコラスに引き継いでこっちに向かってるよ。うまくすれば明日にでも着く」
「さすが――入れ違いになるまで呼ばないつもりかと思った」
「しかたない。エリーのためだ」
気心の知れた笑みに潜む心底嫌そうな顔に、ナイジェルはつい苦笑した。
「さて、話を戻すか」
そう言ったリュカが「白でいいか?」と聞いてから新しいワインを持ってくる。
ウィリアムが保冷庫からダンジョン産のアサリを取り出して、ボトルに残っていた方のワインを使ってあっという間にワイン蒸しを作成――バターとニンニクの香りが広がる。
格段に調理スキルが上がっているウィリアムを見てナイジェルがまたも苦笑する。
「王太子が手ずから料理すんのか? 何に使うんだよ、その料理スキル」
リュカがナイジェルのグラスにワインを追加した。
「なんならナッツも炒ってやるぞ。公爵家嫡男の俺が」
三人でひとしきり笑い合ってから――リュカが表情を引き締めた。
「さてナイジェル。いいところに来てくれた。来なかったら呼びに行こうと思ってたんだよ」
ぽん、と肩に手を乗せてにっと笑う。
ナイジェルが警戒の顔になったのには気づかないふりだ。
「実はな、ウィルがエリーと賭けをして負けた。こっちにいる間に負けを清算しようと努力してきたんだが、なかなか難しくて――それで俺たちはこうして今夜も頭を抱えているというわけなんだ。
三人寄れば何とやら、お前も知恵を出せ。
ちなみに俺たちがどうにかできなかったら負債はお前に引き継ぐからそのつもりで考えろよ」
翌日からトリスタンを見るナイジェルの目がかなり細くなり、エリザベスには優しくなった。




