106. 呪いを検討する
あきらかに見下した声と笑い顔。
エリザベスは自分を庇うように前に出ようとしたアリアンヌの腕を掴んだ。
「あなた方は? 私にご用事ですか?」
即座に悪役令嬢モードの仮面をかぶりはしたものの、なぜか恐怖は感じなかった。
それに対外的には自分が王都を追放されたのは本当だ。
エリザベスの件が公式に否定されるのは、ウィリアムとキャサリンの婚姻が成って全てが落ち着いてからということになっている。
裏を知っているのは公爵家以上の当主と国王、そして関係者のみ――侯爵家以下の家の者たちや公爵家でも妻やそれ以下の者たちは『エリザベスが妹を虐げ、その結果王太子妃としては人格不適切として追放された。妹の方は王太子の寵愛を受け、次期王妃として教育を受けている』ということしか知らない。
この冒険者二人は王都周辺で噂を聞いて、最近ここに来たというエリザベスをその噂に当て嵌めたのだろう。
それとも追放に魔王が関係しているという話をどこかで聞いたのだろうか――その話はリナリア王国に対するけん制だから一般の人たちには率先して広めてはいないはずだけれど、あの断罪パーティーの出席者は正体不明の男性がエリザベスを迎えに来たことを知っている。そこから噂が広がった可能性はある。
ひるまずにまっすぐに顔を上げたエリザベスを遠慮なしにジロジロと見るその視線は不躾で遠慮がない。今までそんな視線を向けられたことはなかったし、ちょっと不快だ。
ただし、幼少期から向けられていた父親の冷たい視線に比べれば――攻撃力はたかが知れている。
「否定しないのか? じゃあ、当たりってことだな? 確かに、思いあがるのも当然って感じの美人だ。周りの男どもが骨抜きにされて軒並み騙されたってのも頷ける――」
にやにや笑いを顔に張り付けて、もう一人も口を開いた。
「なあ、あんた、男好きが祟ってこんな田舎に追いやられたんだって? ここじゃ遊び相手にも困るだろ? どうだ? 俺たちと遊ぶってのは」
見下した笑みを浮かべたまま、ゆっくり近づいてくる。
言われようは最低、だ。
下世話な噂が追加されている。
「お断りします。どこでどういう噂をお聞きになったのか知りませんが、私が男好きだったことなんてこれまで一度もありません」
あの醜聞に関する噂は肯定しない。否定もしない。
だけどそこは自信をもって言える――これまでに自分が逃げなかった相手は一人だけだ。
ハッキリとした拒絶と否定の言葉だというのに、男たちは更に笑っただけだった。
「はっはー。気が強いな。なあ、そうつんつんすんなよ? いつでも美形をとっかえひっかえ連れ歩いてるって話じゃないか――」
「彼らは友人です。邪推されるような相手ではないわ。それに私は既婚者よ」
ここは引くわけにはいかない。
追放されたことを否定はできなくても、相手の言い分を認めるようなことはできない。相手が誰であろうと今後のことを考えればここで隙を見せるのはもってのほかだ。
「ああ、それも聞いてるよ。お相手は学院を出たての青二才なんだろ? あんたが物足りなくてもしかたない――わかるよ」
甘く見られているのはわかる。所詮は十七歳。
さてどうやってお引き取り願おうか――黒魔法は苦手だ。加減が難しいので建物ごと破壊するのが一番簡単だけれど、薬瓶でいっぱいのここでそれは悪手。
「それ以上姉と義兄を侮辱したら攻撃するわよ」
怒りを隠さない声でエリザベスに腕を掴まれたままのアリアンヌが睨むと、男たちは嬉しそうにまた笑った。
「こっちのかわいいお嬢ちゃんも美人だと思ったら妹か――その年であんたも同じように男好きか? それでそっちは? 随分威勢のいい髪の毛だけど、性格も同じか? 俺の好みだ」
天パの話しはリディアには禁句――そしてナイジェルが聞いたら十回くらい殺されそうなセリフ――いや、百回かも。
アリアンヌに続いてリディアを見た赤毛の方が下卑た笑いを響かせながらずいと手を伸ばした――。
バチッ!
その手が弾かれ、赤毛が舌打ちをして一歩下がる。
「結界――黒魔法使いか――なかなかやる」
「これが? 手加減しまくりよ。次に私たちに触ろうとしたら黒焦げにするわ」
アリアンヌが言う。
「もう二センチ近づいたら切り落としてやろうと思ったのに――」
いつの間にかリディアの手にもジュリアのものによく似た細身の剣が握られていた。既に抜かれて美しく光っている。
「ちょっと二人とも――」
止めようとしたエリザベスの声に黒髪の男の声が重なった。
「まあいいさ、また来る――次に会うのを楽しみにしてる。じゃあな、お嬢サマ」
あきらかに追い払われたのに、手を振って治療院を出て行く二人はそれでも笑っていた。
「……なに、アレ?」
アリアンヌが戸口に塩をまきながらかぶりを振った。
「かっこ悪いわね、冒険者ってあんなのもいるんだ。エリー、気にしない方がいいわよ」
リディアがお茶を淹れ直す。
エリザベスはふう、と息を吐いてさっきまで座っていた椅子に座りなおした。
「そんなふうに守ろうとしてくれなくても、私にだってできるのよ? 加減は下手だけど――どうせなら一度やっておけってお祖父様が言ってた――あの二人には悪いけど、いいチャンスだったのに」
アリアンヌの結界とリディアの剣を見ただけであっさり帰って行ったし、あの二人は口だけの小者って感じがしたけれど、それだけにちょっと怖がらせたら大げさに触れまわってくれたかもしれない。
祖父やトリスタンのバックアップがなくても、迂闊に手を出すとどうなるかはきちんとわからせておいた方がいい、と祖父に言われていた。
似たような輩はこれからも出て来る可能性が高いのだから、ちゃんと追い払いたかった。
さっきなら三対二で数でも優勢だったし、たとえエリザベスがやり過ぎてもアリアンヌなら加減しての白魔法が可能だし。
さすがにあんなことを言うような輩を(立ち位置的に)被害者である自分の魔法で全回復させたくはない。
大抵の怪我を全回復させてしまう自分の魔法は不便だ……そんなことを考えて残念顔のエリザベスに妹が首を振る。
「だからよ。建物ごと破壊されるのはごめんだわ。せっかくのお弁当が台無しになっちゃう。錬成したばっかりの薬も――あの人たち、せめて午後に通りで声をかけてくれたらよかったのに」
アリアンヌが笑って、「ハンナさ~ん。あの人たちに薬じゃなくて『毒薬』を売る方法ってありませんか?」なんて聞いた。
姉思いの優しい妹はそれなりに怒っているらしい。
「もう、アリーったら。せめて『下剤』くらいにしたら?」
リディアも言う。
「お嬢さんたちの冗談は冗談に聞こえませんよ?」
ハンナさんも笑って「『養毛剤』のかわりに『除毛剤』にしておくくらいがいいんじゃないですか?」と追加したので、また笑う。
ふむ、と考え込むエリザベスを見てアリアンヌが渋い顔になった。
「何? エリー、そのくらいしてもいいと思うわよ」
「そうじゃなくて、私なら『除毛』剤じゃなくて『脱毛』剤にするわ」
エリザベスの言葉にみんなが笑う。
その後はお弁当を食べながら『永久脱毛の呪い』の部分化と皮膚への負担について、ハンナさんも一緒に女子トークが盛り上がった。
そのまま会話は流れて、脱毛よりも『筋肉を脂肪に変える呪い』の方が簡単そうだという話になる――必要なのは逆のパターンだ、という結論にみんなで渋い顔になったところでトリスタンが息を切らせて駆け込んできた。
「リジー!! 無事か!? 街に変な二人組が来てリジーのことを悪く言ってたって工業ギルドを出たところで聞いて――」
言葉を止めて見つめるのは、広げたお弁当とお菓子。
ハンナさんもいるとなればあきらかに女子会の最中だ。
その後ろからホルストもやって来た――こちらは全く息が乱れていないけれど。
「大丈夫よ。だけど、やっつけ損ねちゃって――心配して来てくれたのね? ありがとう――あのね、今、今度あの人たちに会ったらハゲになる呪いか、筋肉を脂肪に変える呪いをかけられないかっていう話をしてたんだけど――」
「え? ……ああ、そう」
なぜかトリスタンが一歩退いて、その後ろで祖父が二歩退いた。
「だから大丈夫じゃと言ったじゃろうが」
小声でそう言ってトリスタンを突く。
「うん、まあ、そうなんだけど……」
「お祖父様、トリスタン、お昼ごはん済んでます? それならお茶を淹れますからどうぞ。ギルドはどうでした?」
立ちあがったエリザベスの後ろで、アリアンヌとリディアがテーブルの周囲に椅子を追加した。
なぜかいつもより遠慮がちに座った二人に焙じ茶を出してエリザベスが座りなおしたところで、アリアンヌがポンと手を打った。
「全身美白の呪いの方が後々の流用性は高いと思うわ!」
祖父とトリスタンがお茶にむせ、他の面々は今度は呪い用の黒魔法と、美白用の白魔法の差について――話が弾んだ。




