101. いつか一緒に
「「「ただいま~!」」」
早めに戻って無事合流したホルストとマリーも一緒にダンジョンの外に出て、アリアンヌたちのいる診療所に寄り、シュヘル邸に戻る。
道々の会話は明るかったし、エリザベスの歩調も軽かった。
話を聞いてもらえてよかった。
そんな感謝の気持ちで頼もしい友人たちの背中を見る。
診療所には病人も怪我人も来なかったらしいけれど、新しい白魔法使いが来ていると聞いてアリアンヌの顔を見に来た冒険者が数名いて、顔を輝かせた直後に、既に婚約済みだし冒険者志望ではないと聞いて肩を落として帰って行ったそうだ。
ホルストとマリーは冒険者ギルドに寄って今日手に入れた素材を引き渡し、エリザベスが欲しがった食材だけは持ち帰る。
四階層以降は前回潜った時と特に変わりなく、廊下と小部屋が続くダンジョンで、出て来る魔獣も変わりなかったらしい。
「なんともこのダンジョンはエリザベスの贔屓が過ぎるわい」
そうぼやきながらも祖父は楽しそうで、「次に入る時は温泉セットを持って行こうかのう」などと言って笑う。
アリアンヌも興味津々で、「次は私も連れて行って欲しいです、海が見たい。見たことがないから」と、声も表情も明るい。『人間じゃない』なんてあんなに怖がっていたのに。
リディアも海には興味津々だ。
「お祖父様、私が入らなくても、あのままだと思いますか? それとも戻ってしまうのかしら?」
一緒に行ければ楽しいけれど、エリザベスが入るかどうかで中身が変わるのでは大変だ。
「なあに、戻るまい。あれに反対する理由はわしにもトリスタンにもないでのう。三階ぶんのみのことじゃし。ただし――」
「なんですか?」
「二階層の動物は乱獲を防いだほうがいいじゃろうな。魔獣ではないようじゃし、そうとなれば冒険者ギルドでは積極的な買い取りはできん。狩っても経験値にはならんことをしっかり通達して、狩り自体も許可制にして商業ベースに乗せることにせんと……しかし、ダンジョン内に草原のう……エリザベス、まさかとは思うがお前、牧畜の知識があったりせんか?」
「あ……」
そう言われれば。
「ここでは自給自足だって言われたから……最低限と思って鶏と牛と豚については教わっておこうって……トリスタンもそうよ? ヒツジとヤギもって……」
「原因はそれじゃな……」
祖父が頷いて、歩きながらまた、ふぉっふぉっふぉっ、と高笑いをした。
「なんとも役に立つ孫たちで助かるわい。まあ、そんなわけじゃから、わしは明日は冒険者ギルドをはじめとしたギルド回りじゃな――トリスタンを連れて行く。エリザベス――お前は潜らんで、今日見た生き物たちの利用方法を調理法を含めて考えてくれ。アリアンヌとリディアと一緒じゃ」
アリアンヌががっかりした顔になる。
「そんな顔をせんでも安全だとわかったら連れて行ってやるわい。それにな、温泉もあのままでは使えんから一緒に計画を立てるとええ――ユリアは男女別に建屋を立てて休憩所を作っとったぞ。建屋は必要だとして、一階層で休憩というのはどうかと思うが……。
海もじゃ。あそこにどんな生き物がいて何が獲れるのか調べたい。今日のところは三層とも魔獣はおらんかったが、エリザベスが入らなければそれなりに出るのかもしれんし――お前たち」
そう言って目を向けるのはウィリアムとリュカだ。
「今日は何か出たか?」
二人が首を横に振る。
「つまり暇だったんじゃな? よし、明日も三階層まで潜れ。そこまでなら白魔法使いも必要ないだろう――念のために回復アイテムだけ持って行って、まずいと思ったら戻れ。ナイジェルも連れて行って、どんな生き物が出るか徹底的に調べてこい。残りは今日と同じじゃ」
さっさと明日の担当を振り分けて「夕食の後で家に寄るので、治療を頼んでいいか?」とエリザベスに小声で聞いた。
何か不必要な呪いをもらったのだとわかる。
「もちろんです――夕飯を早めにしますね。マリーは大丈夫?」
「はい。私は変わりありません」
スーパー侍女がにっこり微笑む。
今日収獲した素材の話をしているうちにシュヘル邸に着き、夕食の支度を始めたところにアントニーとリリアナを連れたトリスタンもやって来た。
「おかえり。無事でよかった」
優しい笑顔でそう言われて、嬉しくなる。
「ただいま。ダンジョン、楽しかったわ。ちっとも怖くなかったし、いいところだった」
「エリザベスの影響で変わるんなら、そんなこともあるんじゃないかと思ってた」
そう言って笑う優しい金の目に、今日見た別の金の目を思い出す。
あれも優しくて、だけどとても寂しそうだった。
そして、やっぱり――似ている。
『二度と愛する人を腕に抱けない』
『何度も会いに来た最愛の人に、二度と来るな、と言った』
『魔獣をけしかけて追い出した』
『あいつを深部に入れるな。戦わせるな』
『できるだけ長く、自分の時間を引き延ばすようにする』
苦悩に満ちた声が耳によみがえる。
自分は目の前のこの人とはそんなふうにはならない――そして、あの人にはしてあげられることがある。
うん。
ぎゅっと両手を握った。
「エリザベス? どうした?」
「……お祖父様が後で治癒を頼みたいんですって。だから今日は早めに帰りましょ――それから、なんと今日のデザートにはダンジョン産のお土産があるの」
二階層を出る前に、ウィリアムに頼んで瓢箪を五個追加で切り落としてもらった。
何が出てくるかとても楽しみだ。
~~~~~~
なんとなくだけど、ダンジョンに行く前とはエリザベスの雰囲気が変わったような気がした。
穏やかになったというか、落ち着いたというか。
それでいてどこか危なげで――なんだか今すぐ抱きしめたくなるような――なんだろう。
トリスタンはアリアンヌと一緒に南瓜を潰しているエリザベスを静かに観察した。
嬉しそうな顔。なのに沈んでいるような気がするのはどうしてだろう。
落ち着いたように思うのは、エリザベスがダンジョンに入ったことでその中身が変化して祖父やみんなが喜んでいるせいだろうか。
さっきトリスタンを見た時の目も――そこは言葉にするのは難しいけれど、これまでと比べると一歩引いた、というか――いや、やっぱり、落ち着いた、って感じが近いと思う。それか、心配? してるみたいな。
だけど自分は別に何も心配をかけるようなことはしていない。
ずっと外にいた自分だ。ダンジョンに入っていたエリザベスの方がずっと心配だったし、心配される状態にあったと思う。
そんなことを思いながらみんなで一緒に夕食の準備をして、エリザベスと食卓に並んで座ってからダンジョンの中で見たという温泉や林、草原や海の話を聞いた。
ダンジョンに温泉や海が出たなんて、本当にすごい――そこに自分が貢献しているかもしれないと思えるのは嬉しい。
エリザベスが望むものでダンジョンで手に入る物なら何でも出してやりたいって思ってるのは本当だし。
「いつか一緒に行こうね」
穏やかな笑みと一緒に言われて、「ん。楽しみ」って返事をする。
祖父もこの上なく上機嫌だ。例の高笑いも頻発しているし。
パートリッジの祖父が送ってくれた米や調味料をしっかり活用した東洋風の夕食は昨日のバーベキューのように豪快ではないけれど穏やかで、エリザベスが食卓に着いた一人一人を大切にしているのがわかる。
今日のメインは鮭の照り焼き。『鮭尽くし』だ。冷酒を楽しむ祖父とリュカとマリーにはネギと味噌と一緒に和えて『たたき』にしたサーモンが、ワイン派のウィリアムとナイジェルにはカルパッチョが追加されているし、トリスタンとアントニーにはチーズ入りの鮭クリームコロッケが追加されている――しかもアントニーにはソースが、トリスタンには黒胡椒と塩が添えてあった。
南瓜のサラダは昨日のパンプキンパイにしたやつと同じ、ダンジョン産のスポーキーパンプキンで、エリザベスのお気に入りの調理素材だ。オレンジ色の南瓜なのだが、表面に黒いまだら模様があって、それがまるで人の顔のように見えるお化け南瓜。
昆布巻きにした鱈子と昆布もダンジョン産で、鱈の身の方は下味をつけて乾燥させてある。柔らかくほぐしてそのまま齧ってもいいし、軽く焙れば香りもよく、お酒のおつまみに、とそれらを追加で出された祖父が大喜びだった。
女性たちにはおかずの追加はないが、代わりに「デザート」が少し豪華になる計算なのだとか。
ちなみに、マリーは甘味よりお酒なのだそうだ。
エリザベスは『料理上手な嫁をもらった男は逃げない』というパートリッジの料理長の言葉をしっかり心に刻んでいる。
トリスタンは知らないけれど、一人一人に追加されたメニューも、相手に喜んでもらうための料理長お薦めの『手』だ。
クリームコロッケだけでなく、調味料の好みという小さな追加で、さらに自分が『特別』だと感じて喜ぶトリスタンの笑顔を見逃さず、エリザベスは今日も小さく拳を作って嫁ポイントゲットを確認して微笑む――そっちには気がついた。
これだけやられているのだ。
もちろん自分だって落とされるばかりじゃなくて落としたい――どうにも心もとないけれど。
さっくりしたクリームコロッケの外側とトロっとした内側の幸せ感に目を丸くしているアントニーを見ながら、トリスタンは昨日言われた『エリザベスの喜ぶこと』について考えを巡らせた。




