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世界の終りまで君と  作者: 佑
第二部 第三章 誰かのために
100/253

100. 相談の返答は

 無言のままの昼食。

 ウィリアムはエリザベス特製の特大ハンバーガーを口に運んで咀嚼した。

 さすが、旨い。


 リュカは頭を抱えたままだし、自分は――まあ、ほぼリュカと同じ気持ちだと思う。


 口を動かしながらぼんやりと思う――午後もこんなふうに敵が出ないなら、筋トレをした方がいいだろうな……。

 いや、次代の王たるもの、現実から目をそらしてはいけない。

 だけど。そうなんだけどこれは――。


 奇妙な沈黙の昼食に、川ネズミと小鳥が参加した。それぞれエリザベスからポテトとパンのかけらをもらって食べる。その愛らしい様子に、エリザベスの目じりが下がる。


「……あのさ、エリー?」

「はい」

「俺、ちょっとリュカと二人で話したいんだけど、離れてもいいかな?」

「ええ、もちろんよ」


 頷いたエリザベスがハンバーグのパンを小さく千切って投げてやると、小鳥がもう一羽降り立った。


 自分のぶんを食べ終えたリュカに顎で合図をして立ちあがる。

 そんな顔をしなくても、頭の中で考えていることは一緒だろう。


 それでも、少し離れてから一応聞いた。


「父が『サリーのことを置いても行ってこい』って言うわけだ……お前、知ってたのか?」


 リュカが無言で首を横に振ったのを見て、少し安心する。


「アーノルド公は知ってるのか?」


 リュカはこれにも無言で首を振った。

 けれど「これに関しては確証はない」と続け、そのあとで「だけど父が――ここに出る前に『あそこで何を知ることになったとしても口をつぐめ』と。トリスタンの母親から何か聞いていたのかもしれない」硬い表情でそう言ってからちらりとエリザベスの方を見た。


 ウィリアムはダンジョンの中とは思えない真っ青な空を見上げた。


 リュカの父親。現パートリッジ公爵ローランド。

 その婚姻に関してはずいぶんもめたと聞いている。


 『辺境の男爵家の娘を正妻として娶りたい。そのためなら爵位もいらない』


 そう王家とパートリッジ公爵家の当主だったアーノルドに直訴した公爵家の次男は、残念ながら生まれながらに体の弱かった長男より遥かに才に恵まれていた。その次男を支えて公爵家を継がせるために娘を嫁がせようと考えていた有力な貴族は肩透かしを食らい、それでも協議の末長男に継がせる選択肢はなく、公爵家当主の正妻が辺境の男爵家の娘だなどありえないと周囲にも騒がれて――結局侯爵家と伯爵家から二人の婦人を迎えた。跡継ぎに恵まれた後での第三夫人としてなら男爵家の娘でも――そういう思惑があったのだと聞いたことがある。


 だが、事はそううまくは運ばなかった。


 ローランドは立て続けに子どもを失うことになった。原因は跡目争いだろうということになってはいるが明らかにされていない。戦争で活躍したアーノルド公が当主であるパートリッジ公爵家には敵が多かった。

 しかも二人目は母親の胎内にいる間に毒殺を狙われたらしい。

 危篤に陥った第一夫人(ステファンの母親)と第一子を亡くした第二夫人(リュカとアントニーの母親)、そこを仲裁する形で、また回復は難しいだろうと言われた第一夫人の後を埋める形で第三夫人(ディミトリの母親)を迎えることになり――けれどその後第一夫人はどうにか一命をとりとめた。


 王家に後継ぎがいない場合はともかく、この国ではどんなに高位の貴族でも夫人は多くて三人だ。秘密裏に愛人を囲うことはあっても、堂々と四人目を置くことは――まずない。


 トリスタンの叔父が、本来第三夫人として嫁ぐはずだったトリスタンの母親ソフィアを『行く当てもない貧乏男爵家の娘だ。一度はもらうと約束したのだから行き遅れになった責任をとれ。裕福なのだからもう一人くらい増えても養うには困るまい』そんな体裁の悪い理由で親友だったローランドに押し付けたというのは社交界ではよく知られた話――けれどそこまでしても諦めなかったのは二人の気持ちがそれだけ堅かったからだろうし、身分の高い他の夫人たちの手前はっきりと口に出されることはないが、ローランドが最初からソフィア一人を望んでいたのは周知の事実だ。


 そしてそんな経緯で生まれたのが――隣で硬い表情をしている親友の末の弟トリスタンで、この国の魔法基盤を支えるダンジョンがあるシュヘル領を継ぐことができる現在唯一の後継者で、しかもその実は『魔王』だと……。

 

 簡単に飲み込むには大きすぎる事実は、ウィリアムがどうにもできずに見上げた抜けるような青空と合わなすぎる。


「いろいろ聞かされたけど、国家の維持については今は忘れよう。まずはあの祖父(じい)さんだ。俺たちに相談するようにしむけて、何を期待したんだと思う?」

「だから、ひ孫の顔が見たいんだろ?」


 珍しく、リュカの言葉が投げやりだ。……気持ちはわかる。ものすごく。


「そしてなんでエリーはあんなに自己評価が低いんだ?」

「アリーによれば『ゲームの罰』と『幼少期からの公爵家での扱いの酷さ』のせいだ。自分に愛される価値があるとわかってない」


 眉を寄せたままの簡単な返事。


「『公爵家での扱いの酷さ』はわかるけど、『ゲームの罰』ってのはなんだ?」

「『記憶』の中のゲームで、トリスタン以外の俺たち全員を落としたからとか何とか――何かすごく罪深いことをしたって――別に今の俺たちに何かしたわけじゃないんだし、むしろみんな感謝してるのにな」


 少しだけ穏やかになってきた声を聞きながら小鳥が飛ぶ長閑な空を仰ぐ。


「つまりトリスタンじゃなくてエリーに自信をつけさせた方がいいのか? ジュリアのあれを着られるくらい」

「そこまでじゃなくてもいいと思うけど、少し励ましとくか。トリスタンと祖父(じい)さんのために」


 じゃんけんで、どっちが話すか決める。――ありがたいことにリュカが負けた。



 ~~~~~~



「また俺……たまには長男役じゃないやつもやりたい。次は代われよ」


 ぶつぶつ言いながらリュカはウィリアムを従えてキルトに座ったエリザベスのところに戻った。

 長男なのだからしかたない。そう割り切って話すことにする。


「エリー、結論を先に言うぞ。トリスタンはエリーが好きだし、妻は一人だって思ってる。うちの父親のことは忘れろ。そこについては悩むことない」


 ちょっと明るくなったエリザベスの顔つきがまた沈む。

 信じ切れないのか。


「……そう?」

「昨夜幸せ過ぎてスライムになって融けそうだって言ってだだろ?」

「……え?」

「あいつはエリーが好きすぎて直視できないんだ」

「……嘘?」


 言葉を重ねるほどにエリザベスの眉が寄って行くのはなぜだろうか。

 そう思いながらリュカはもう一言追加した。


「帰ったらしっかり観察するといい」


 そうすればきっとわかる――そう思っての言葉だったのに、エリザベスはため息を吐いてかぶりを振った。


「無理よ……嫌がられるもの」

「は?」

「私が見ると――トリスタンは目を逸らしちゃうし、隣に座るといなくなっちゃうのよ。それに積極的なのは好きじゃないって言ってたし。昨日だって――リュカが言ってくれたから腕を掴んだのに――ずっと不機嫌な顔だった」


 言葉にするなら『むう』とでもいった感じだろうか。

 強めに息を吐いて下唇を突き出したのは、不機嫌な内心をそのまま表しているせいだ。


「……ああ、確かにこれはかわいいな」


 リュカがぼそっと呟いたのがウィリアムの耳に届いた。


「理解者ができてよかった」


 ウィリアムが囁き返す。


「それに全てのアプローチをあれだけあっさりと躱したエリーがこうなるのはおもしろい」


 小声で返した。


「だろ?」

「……遊びたくなるな」

「だろ!?」


 リュカとウィリアムは、頷き合ってからキルトの上に座りなおした。


「……エリー。義兄(あに)からのアドバイスなんだが……キスなら、トリスタンを待たずに自分からしてみるのはどうだ? 嫌がらないと思うぞ?」

「えっ!?」


 リュカの言葉にまんまるに見開いた目に、二人で笑いをこらえる。


「うん、義弟(おとうと)として保証する。あいつ、しり込みしてるんだよ、エリーに嫌われたら困るから」

「ええっ!?」


 ウィリアムの言葉には疑うように眉が寄ったので、リュカは保証の言葉を追加した。


「腕だって――あれは積極的なのが嫌だったんじゃない。不機嫌顔だったのはアントニーが失礼なことを言ったせいだ。エリーが腕を組んだときは、あいつ絶対喜んでた。俺がデザートを取りに行けってアリーたちに頼んだ時は、睨まれたからな」

「本当?」


 今度は期待に表情と声が明るくなる。

 これはかなりおもしろかわいい生き物だ――。


「ほら、エリーには『記憶』もあるし、男としては自分じゃ満足してもらえないんじゃないか、とかさ」


 ウィリアムがそう言うと、エリザベスの表情が曇った。


「……それはない、もん」

「あるだろ。エリーは俺たちの誰にも靡かなかったんだから――」


 そう加えると、エリザベスはなぜか落ち込む顔になった。

 エリザベスがこんなにクルクルと表情を変えることはこれまでなかったと思う。『おもしろいな』『だよな』と、ウィリアムと目で会話する。


「だってトリスタンは知ってるもの。私が――その――私が誰とも、そういうの、経験したことないって。『記憶』のことだって、なんにもないって、知ってるもの」

「「え?」」


 それは初耳だ――『マジか』という心の声まで揃っている二人を見上げて、何を思ったのかエリザベスは今度は困り顔――。


「それに目も合わせてくれないのに自分から、とか――それにそれに、するんじゃなくて、できればして欲しいの」


 間違いなく涙目になっているし、もじもじと落ち着きがない――。

 ウィリアムがやられたのは、これか。


「私がいいって思って欲しいの――だって、ただでさえ迷惑をかけてるのよ? さっき思い出したんだけど、私、トリスタンを一年以上早く卒業させてる。それに妻を選ぶ権利を奪ってるわ。しかも私からキスなんかしたらトリスタンは絶対断われない――」

「待て待て、エリー、またズレてるぞ。トリスタンが妻を選ぶ権利を十分に行使し、策略を巡らせまくった結果として、君はここに連れて来られたんだ――知ってるだろ?」


 ウィリアムが口を挟む。

 全くその通りだ、とリュカも頷いた。


「最初はそうだったのかもしれないけど――奥さんは五人でもいいって話でトリスタンの気が変わったのかなって――?」


 いやいや、ないない。


 二人で首を振った。

 無言で見上げたエリザベスの目が、本当か、と聞いて来る。


 ないない。

 

 もう一度二人で首を振る。


 っていうか、あいつに限ってあるわけがない。

 まったく、世話のやける――まあ弟妹というのはそんなものか。


「嫁にしたくないって思ってるんじゃないならどうして――」


 まだ困っているエリザベスをからかって遊ぶのはやめることにして、ちゃんと伝えることにした。


「エリーの気持ちが固まるのを待ってる、んじゃないか?」

「――つまり私、わかりにくい?」


 そんなことはないと思うけれど、今のあいつにはそれだけじゃダメだ。


「じゃあかわいい妹に兄貴から真面目なアドバイスだ。俺たちにはエリーがあいつのことを好きなんだってのはちゃんとわかるけど、あいつはエリーにここに来る以外の選択肢を与えなかったことに対する罪悪感とか、エリーが二つの国の王太子に妃として望まれるくらい素敵な子だってこと、特別な魔法を使えることなんかがいろいろ混ざって、自分じゃダメなんじゃないかって思ってるんだよ。

 だけどエリーのことが好きなところは変わってないから大丈夫だ。

 キスについては、あれだ、それとなく薦めとくから、もうちょっと待ってやれ」


 穏やかに話すと、エリザベスは落ち着いた様子で頷いた。


「ありがとう。お義兄様」


 納得したらしく、笑顔になる。素直でいい義妹だ――と思ったらその笑顔が悪戯を含んだ。


「――それでね。できれば、お祖父様が『呪い』と『魔王』の話をトリスタンにしちゃうより前に、もうちょっと自分の立ち位置をしっかりしたものにしたいんだけど?」

「ああ、祖父(じい)さんには息子が見つかってからもそれを話すのは待つように言っとくよ――それでいいか? あの祖父さんにじゃ、自分では言いにくいだろうし」


 頷く信頼の顔。

 これで一段落、だな。


 リュカはキルトに横になって空を見上げた。

 ダンジョンの中だってことを忘れそうな、澄んだ青。


「リュカみたいに義妹にお義兄様、って呼ばれるのもなんかいいな――年齢的にもそっちの方が合ってるし」


 ウィリアムが同じように転がって言った。


「私も兄ができて嬉しいわ。いつも姉だったから、リュカが妹扱いしてくれてすごく嬉しい――ウィルのことは弟だとは思えないけど」

「じゃあ、俺は何かな?」


 ウィリアムの声が悪戯を含んで笑う。王都ではけして見せない、王太子の顔を取り払ったそのままの顔。

 自分もそうだ。パートリッジ公爵家のことなんか――悩むことなんかないんじゃないかとさえ思える。


「知ってるでしょ? ウィルは『親友』よ」

「なるほど」


 エリザベスの明るい声に答えるウィリアムの声も同様に明るい。


 そのまましばらく休憩して、またそれぞれカロリー消費の体力づくりに勤しんだ。

 エリザベスは散歩をしながら小川の流れを見つめ、時々上流の、泉があった方向を見やる。

 その表情がなんだか寂しそうに見えた。

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