8話〜うん?臭いな〜
【パォオオーン!】【パォオオー!】
高音が空気を震わせ、対岸の森の木々から一斉に鳥が飛び立った。
そして、小さな地響きと共に、森の中から巨大な影が現れる。長い鼻を左右に揺らし、立派な牙が空へと突き立つ。
巨大な象の群れが、のっしのっしと大地を踏み締め、湖の中へと体を沈めた。
いや、あのモコモコした体毛は象じゃないな。あれはマンモス。地球では絶滅したマンモスだ。木々と同じくらいの大きさがあるから、8m?10m?めちゃくちゃデカイな。
すげぇ。絶滅動物までいるのかと、俺は呑気にマンモスの水浴びを見ていた。
すると、先頭のマンモスがこちらを見る。鼻を高々と上げて、俺を威嚇する。
【パオォオオオオン!!】
耳をつんざく高音。爆音。こんなに遠くでも、かなりの威力だった。
それに加え、強烈な殺気。
威圧。
当てられた俺は心臓が凍り付き、足が震えだす。そして、自然とその場から逃げ出していた。考えるより先に、体は本能で動いていた。
あれは、勝てない。あれは圧倒的強者。
ドラゴンと同じ、格上の相手だ。
暫く走ると、恐怖が体から抜けていった。そこで漸く立ち止まる事が出来て、後ろを振り返る。もう、マンモス達の姿も見えない所まで来ていた。
こうして冷静になったから分かるけど、あれは確かに格上の相手だった。でも、ドラゴン程では無かった。きっとドラゴンがこの場に降りてきたら、マンモス達は逃げ出すだろう。
つまり…あれに勝てないと、ドラゴンの足元にも及ばないと言う事。そして、強くならねばマトモに探索も出来ないと言うことだ。
一々逃げていたら、何も分からないからね。
強くなる意味を再認識し、俺は歩き出す。マンモスの縄張りに入らないよう気を付けながら、周囲を探索する。少し川から離れると、草の丈が高くなり、背の低い木々も増え始めた。
雑木林だ。あまり奥に行くと、また凶悪な魔物が出るかも。匂いに注意しよう。
【うん?臭いな…】
そうして暫く歩いていたら、獣の匂いを嗅ぎつけた。俺はそちらへと急ぎ、匂いが強くなったので木の陰から窺う。すると、何かが草を掻き分けて進む音が聞こえてきた。
草むらから、茶色の何かが現れる。
大きさ的にゴブリンか?でも、獣臭がキツイな。何だろう?
【ガウッ、ガウッ】
俺と似たような鳴き声を上げて登場したのは、二足歩行の犬だった。
コボルトって奴だ。ゴブリンと同じようなボロ切れを着て、手には太い木の棒を持っている。
観察していると、コボルトは鼻をヒク付かせて、こちらへやって来た。
くっ。同じ犬だから、探知能力は俺と同レベルか。だとしたら、見つかるのは時間の問題。
ならば、先手必勝!
俺は木陰から飛び出し、相手が面食らっている間に右足に噛り付いた。
【ギャィン!】
悲鳴を上げるコボルト。放せと言わんばかりに、手にした木の棒を無茶苦茶に振り回す。それが、俺の肩に当たる。
いてっ。
慌てて飛び退り、距離を開ける。でも、振り返るとコボルトは倒れており、追撃してくる様子はなかった。仕切りに、負傷した右足を抱えて痛がっている。
俺は一瞬、迷う。こいつを殺して良いのかと。
別に、同じ犬だから情けを掛けようって訳じゃない。弱肉強食のこの世界では、弱ければ食べられるのが摂理。
でも、同族だから困っている。容姿が似ていると言う事は、体の作りも似ている。だから、こいつが何か病気を持っていたら、食った俺も感染してしまう。カニバリズムが禁忌とされる理由の一つだ。
【アオーン!】
どうするかと悩んでいると、コボルトが鳴き声を上げる。
くっそ!
俺は慌てて飛びかかり、コボルトの喉元を噛みちぎった。
それで、コボルトは動かなくなる。一部の毛皮を残し、徐々に消えていった。
バカか、俺は。戦闘中に躊躇しやがって。やるかやられるか。そういう世界だろ、ここは。
自分を戒め、周囲を警戒する。さっきの鳴き声で、仲間を呼ばれたかもしれない。
犬が相手だと、下手に逃げない方がいい。付けられて、寝ている時に襲われる方が怖い。
ここで、全部仕留めるしかない。
俺が待ち構えていると、バキバキと木々の上げる悲鳴が聞こえる。次いで、ズシンッ、ズシンッと、大きな足音が聞こえてきた。
なんだ?コボルトにしちゃ大きいぞ?まさか、あのマンモス…いや、それよりは遥かに小さい。あのマンモス、一軒家くらい大きかったもんな。
【ゴフ、ゴフ】
その足音の主が、ぬっとあらわれる。大きな鼻をヒクつかせ、目を皿の様に大きく見開いて辺りを探している。二足歩行のブタ。
オークだ。
そいつを見て、俺はつい声を上げそうになった。
おぉ…。やっぱりこの世界でもオークは居るんだな。う~ん、感慨深い。こうして外から見てみると…腕っぷしは強そうだけど、頭の悪そうな顔してる。
速さで攪乱してしまえば、何とかなるかな?でも、鼻は良いから、直ぐ気付かれてしまうか。土に埋まってる物も、見つけることが出来たし。
【ブヒィイ!】
案の定、俺の存在に気付くオーク。
なので、俺は姿を現し、オークと対面する。
俺を見たオークは、興奮したようにフゴフゴ鼻を鳴らし、落ちていた木の棒を拾い上げた。
ほうほう。枝を武器を認識し、使う知能があるのか。それなりに能力は高そうだ。気を引き締めよう。
【フゴッ!】
オークが棒を振りかぶり、俺に襲い掛かる。でも、動作が全体的に鈍い。これなら、はぐれゴブリンの方がマシなレベルだ。
俊敏性は相当低いな。でも、パワーはあると。
叩きつけられた棒が地面に突き刺さり、根元から折れるのを見てそう判断する。
でもオークは、折れた棒を不思議そうに見ていた。なんで折れたのか、分かっていない様子。
…悲しいな。これだからオークって、バカな奴だとレッテルを貼られるんだよ。ご令嬢からも嫌われるし。
っと、昔の事は置いておこう。今は、目の前のチャンスに全力だ!
俺はオークの後ろに回り込み、その太い首筋に牙を立てる。
が、嚙み切れない!脂肪がぶ厚すぎるんだ。
【ブフゥ!】
オークが体を大きく振って、俺を振るい落す。一旦体勢を整えた俺は、今度は奴の足を中心に攻め立てる。
だが、やはり硬い。さっきのコボルトとは違い、全然ダメージが入っている様には見えなかった。
【ブゴー!】
オークの拳が襲いかかってくる。俺は転がって躱し、再び距離を取る。オークは噛み付かれた所をボリボリ掻いて、鼻を鳴らしていた。
タフすぎる。HPと物理防御力も高いみたいだ。
どうする?チマチマ削る事も出来るが、1歩間違えれば命取りだ。攻撃力はあるからな。捕まれば一瞬でペシャンコだろうし。
攻めあぐねて、俺はオークから距離を取る。そんな俺を、オークが見下ろす。完全に獲物としか見ていないみたいで、よだれを垂らしてギョロギョロと俺を見詰める。
ふむ。やはりこの攻め方が良いかな?
俺は1つの作戦を立てて、動き出す。先ずは、最近覚えた能力を使う。牙に集中していたウサギの攻撃力を、額に移動させる。10本近く角を食べたから、かなり立派な角が額から生えた。
一本角。まるでサイみないなフォルムになった。
その立派な角を正面に構え、突撃する。全力で、オークの脇腹を突き刺した。
【ブギィイイ!】
角は分厚い脂肪に阻まれながらも、少しだけ肉を抉る。青っぽい血が流れ、オークが両手でそこを押さえる。
体を大きく屈め、顔が降りて来る。
今なら、届く。
俺は駆け出し、屈むオークの膝に乗り、腕を踏み台にして跳び上がる。角を高く前に出し、奴の顔へと、その目へと思いっきり突き刺す。
プスッ。
僅かな抵抗が角から伝わり、
【ブギィッ!】
オークの短い悲鳴が漏れる。オークの体が大きく傾き、そのまま地面に倒れ込んだ。
息は…していない。
倒した。
【よしっ。上手くいった】
どんな生き物でも、目は弱点になり易い。そこを突くための角だ。
でも、まだ安心は出来ない。ここからが勝負と言っても過言じゃないんだ。
俺はオークの死体に駆け寄りながら、角の魔力を牙に移行する。そして、慌てて牙を突き立てる。
でも、やはり噛み切れない。分厚い脂肪がクッションになってしまい、なかなか歯が立たなかった。
くそっ。攻撃力が無いと、強くなれないのか…。
悔しがる間にも、オークの体が小さくなり始める。風船が萎むように、パンパンに詰まっていた体が縮む。
ああ、ダメか。
諦めかけた、その時。俺の牙が、ブスリッと突き刺さった。
えっ?なんで?
俺は驚いて口を開けそうになったが、思い留まる。思い切り噛みちぎり、夢中でオークの肉を食べる。
何故かは分からないけど…今がチャンス!食え食え!喰らいまくれ!豚肉が消える前に!
徐々に消えていくオークの死体に、俺は無我夢中で頬張り続けた。




