59話~喰らう~
あっち!背中熱い!
防御力2000近いんだぞ?こっちは。なんて攻撃力しているんだ、ドラゴンって生き物は。
背中に火炎弾を受けた俺は、その威力についつい引き攣った笑みを浮かべていた。
まぁでも、耐えられない訳じゃない。こうして、馬場山君も無傷だった訳だし。
ねぇ?怪我してないよね?
「ヴァル…なのか?」
ポカンと見上げてくる馬場山君。
おっ。俺だと分かるんだ。
嬉しいね。
【そうだよ】
俺は小さく微笑み、後ろを見る。丁度、レガディウムが地面に降り立つ所だった。
奴の目は、俺に釘付けだ。その目から、酷く警戒しているのが分かる。突然現れた様にも見える俺に、何者かと問いかける様な視線だ。
良いぞ。そうやって混乱していろ。その間に、俺は体を作り替える。
対ドラゴン用にな。
俺は体の魔力を操る。頭の中に思い描く姿に似せる為、それらを1箇所に集める。
今の状態だと、こいつのブレスをいちいち背中で受けないといけない。それでは瞬時に攻撃へ移れない。
前だ。前に甲羅が欲しい。この俺の両腕に、頑強なる岩亀の防御力を!
【グルゥア…】
レガディウムの目が細まる。俺の変化を見て。
背中の甲羅が徐々に薄くなり、反対に両腕が分厚くなっていく。爪が引っ込み、亀の岩が腕全体を覆う。そこから、鋭利な棘を幾本も伸ばす。
かなり凶悪な見た目の武器。
さぁ、第2ラウンドとシャレコもうじゃないか。
【行くぞ!赤龍!】
【グルァアアア!!】
俺が走り出すと、ほぼ同時に赤龍も突進し始める。アギトをめいいっぱいに広げ、鋭利な牙を見せ付けてくる。
そして、接触。
奴は突進した勢いのまま、俺の首へと噛み付こうとする。
それを俺は、左腕で受ける。奴の牙が俺の左腕を噛み込み、ギリギリと表面を削る。
でも、そこで止まる。奴の物理攻撃力と、俺の防御力が拮抗する。
お前の攻撃力は2000か。進化も無しにそれって、相変わらずの化け物。
でもな、今は俺も、お前と同じ化け物なんだよ!
俺はフリーになった右腕を大きく引く。俺の左腕をカジカジしている赤トカゲに向けて、思いっきり放った。
喰らいな。これが俺の新技!
【ロック・アームド・ブブ!】
【グァッ!】
俺の右フックが赤龍の頬に当たり、奴は左腕を離して顔を大きく反らす。
それを、俺は追撃する。左腕に岩を覆い直し、流れた赤龍の顔に反対側から左フックをぶち当てる。
【ガァアァ…】
左右に脳を揺さぶられ、赤龍は大きくたたらを踏んだ。1歩、2歩と後ろへ下がる。
まだまだ追撃する!
俺は意気込み、前へ踏み込む。
でも、拳が届く前に赤龍が動く。翼を素早く動かして、後方へとジャンプした。
そのまま、息を吸い込む。今までより数段早い動作で、ブレスを放ってきた。
くっ。
俺は両腕を上げて、その一撃をガードする。
腕に、火炎弾が着弾する。
衝撃。
爆炎で前が見えなくなる。
「ヴァル!」
後ろから声。
大丈夫だ、馬場山君。
俺は心の中で返事をし、腕を振るう。そうすると、周囲を覆っていた黒煙が切れる。視線の先に、憎々しげにこちらを睨むレガディウムの姿が見えた。
無事だったかって?ああ、無事だよ。吹き飛ばされそうだったが、腕甲羅の方が体へのダメージが少ない。
これなら、やれる。
【次はこっちの番だ!】
〈◆〉
【グルァアア!】
【グハハァ!】
私の目の前で、魔物同士が戦っている。さっきまで圧倒的な能力差を見せつけていたレガディウムに対して、見た事もない狼の魔物が拳を振るう。そして、殴り勝つ。
なんてパワーなの。天災とも言われるあのレガディウムと、互角の勝負をするなんて。
あれが本当に、私達のヴァルなの?あんなに可愛かったあの子が、あんな姿になるなんて。
正直、ショックだった。これまでも、皮膚が岩みたいに硬くなったり、積極的に魔物の肉を食べようとしていたからおかしいなとは思っていたけれど、まさかこんな事になるなんて。
ヴァル。貴方は一体、何者なの?
【グルゥアアア!!】
レガディウムの咆哮。
それによって、私の心が再び恐怖で縛り付けられる。体がすくんで、動けなくなる。
龍の目が、こちらを向く。硬直が長い私に、目を付けた。
不味いわ。逃げなきゃ。
心は慌てるも、体が付いてこない。足が縺れて、転んでしまった。
いったぁ…。
【グルァア!】
私に向かって、赤龍が突進してくる。大きく口を開いて、私を食べようとする。
私の中の恐怖が、張り裂けそうなくらい大きくなる。体が動かず、目を見開くしか出来ない。
そこに、大きな影が割り込む。
【ガッハァ!】
ヴァルだ。
変わり果てた姿でも、私を守ろうと赤龍の前に躍り出た。そして、身を挺して守ってくれている。
そうよ。私は何を迷っているの?彼は彼じゃない。2次試験でみんなが合格する道を選び、今もこうして私達の為に戦ってくれている。姿形じゃない。この心根の優しさこそ、ヴァルがヴァルである証拠よ。
この子こそ、私が愛したヴァルよ。
「ヴァル!もう少し耐えて!」
私はヴァルに向かって、回復薬をぶち撒ける。背中にあった薄い薄い火傷の痕が、それで綺麗に無くなった。
次いで、私はヴァルと押し合いをしているレガディウムの後ろへ回り込む。そこで、一本の瓶を奴へと投げ付けた。
力いっぱいに投げた瓶は、レガディウムの左肩辺りに命中し、瓶が割れて中身が掛かる。すると、レガディウムの肩から『シュゥウ…』と何かが溶ける音と共に、キツイ匂いの白煙が上がった。
【ギャァアアオゥ!】
レガディウムの悲鳴。
効果テキメンみたいね。これで、レガディウムの防御力が一定時間下がるわ。
【ガッハハァ!】
怯んだ赤龍に、ヴァルの鉄拳が振るわれる。赤龍はたたらを踏んで、大きく後退した。
そのまま、翼を大きく開く。再び、上空へと逃げて、息を吸い込んだ。
ヴァルの攻撃が届かない空から、一方的に攻撃するつもりね?させないわ!
私はカバンから2本の瓶を取り出し、それを調合する。そして、シアにそれを託した。
「これを、飛ばして頂戴!」
「特急便だね?了解!」
シアは手早く矢の先にそれを括り付け、構える。ヴァルにブレスを吐こうとしている赤龍に向けて、勢いよく矢を射る。
「いっけぇ!」
シュッ!
矢は放物線を描いて、赤龍のやや上に向かう。丁度奴の上空を通り過ぎようとした所で、落下する。赤龍の頭に、見事着弾した。
その直後、
爆発。
小規模な爆発は、赤龍のブレス攻撃を大きく狂わせる。見当違いな方向へ消えた火炎弾が、遠くの方で爆裂する音が遅れて聞こえた。
【グルゥアア!!】
赤龍が怒る。私を見下ろし、燃える瞳で私を映す。
次は私って事ね?そんなに怒っちゃって、後ろがガラ空きよ?
私はレガディウムの背後に視線を向ける。そこに生える大樹の枝木から、1つの影が宙を舞った。
「もういっちょ、もーらいっ!」
蜂須賀君の楽しげな声。両手に海斗プロの双剣を握りながら、体を高速横回転させる。そのまま、赤龍の両翼を横断した。
赤龍の鮮血が、宙を舞う。
【ギャァアアウッ!!】
翼を傷付けられた赤龍は、悲鳴を上げながら落下する。地面に激突し、何度も藻掻く。
チャンスよ!
そう、私が叫ぶより先に、奴へと向かう影が1つ。
綾だ。
「はぁあああ!」
駆けながら気合いを入れる綾ちゃん。でも、駆け寄る途中で赤龍が態勢を整えてしまう。それでも、綾は止まらない。太刀を水平に構えて赤龍に飛び込んだ。そんな彼女に、大きく口を開いて噛み付こうとする赤龍。
危ない!
「綾!」
「切り落とし!」
私が叫ぶと同時、綾は太刀の構えを変える。赤龍の噛み付き攻撃を太刀で受け、流れる様な動作でそれを受け流す。
そして、
「巻き落とし!」
受け流した動きを回転力に変えて、太刀を振るう。赤龍の首筋に向けて、太刀振り下ろした。
その場所は、さっき私がデバフを掛けた場所。
【ギャァアアウッ!!】
赤龍の肩がパックリと割れ、そこから鮮血が吹き出す。
噴水の様な血の量。これは、勝負あったわね。
そう、私が安堵した途端。
【ギャルァアアアアア!!!】
赤龍の咆哮。今までの声とは比べられない程の圧が降りかかる。
私はつい、膝を折ってしまう。他のみんなも、立っていられなくなる。
そして、暴風。私達を押し流す程の風が吹き荒れる。
その風が収まると、地上に赤龍は居なくなっていた。
【ガァアアアア!!】
空だ。
先程よりもはるか上空で、赤龍は怒りの咆哮を上げる。身体中から陽炎が立ち上り、口元からは絶えず青白い鬼火が踊る。
不味いわ。ここに来て、レガディウムが捨て身状態になってしまった!
「みんな逃げて!」
私はあらん限りの声で叫ぶ。でも、その頃には赤龍が次の行動に移っていた。
【グルァア!グルゥア!】
赤龍の口から、何発もの火炎弾が放たれる。その方角は、真下。
綾に向かっていた。
「綾!」
【グオォオ!】
綾の元に、ヴァルが必死になって駆け寄る。そして、火炎弾をその身で受け止めた。
何発も、何発もヴァルへと降り注ぐ。その度に、ヴァルの両腕を覆っていた岩が弾け飛んでいる。
このままじゃ、ヴァルが死んじゃう。
「シア!これをヴァルに!」
「おっけー!」
私は手持ちの回復薬を全て、シアに託す。彼女は見事な投擲で、爆風の中でも回復薬をヴァルに届けてくれた。
それでも、足りない。回復薬が足りない。
私はカバンの中をひっくり返して、次々と回復薬を調合する。それを、すぐさまシアに投げて貰う。
そうすると、ヴァルの体は何とか現状を保てるようになる。でも、彼の顔色は悪い。頭が痛いのか、歯を食いしばる様子を見せ始めた。
もしかして、魔力欠乏?その変身には、魔力を使っているの。
不味いわ。魔力を回復させる手段が、私達には無い。レガディウムも捨て身状態だから、死ぬまで攻撃し続ける。
このままじゃ、ヴァルの変身が解けてしまうわ。
誰か、
「誰か!あいつを撃ち落として!」
「ホイ来た!」
私の横を、颯爽と駆け抜ける蜂須賀君。彼はヴァルの背を踏みつけて、思いっきり宙へと飛び出す。空高く舞うレガディウムへと、一直線に飛び上がった。
お願い、蜂須賀君。
「任せて!俺っちが今、叩き落として…あ、あれ?」
意気揚々と飛び上がった蜂須賀君。
だけど、彼の跳躍は途中で失速する。レガディウムまであと一歩のところで、止まってしまった。
あと少し、あと少しの所で、その切っ先はレガディウムに届かなかった。
うそ…でしょ…?
【グォオオオ!!】
ヴァルの悲痛な叫び。助けてと私を求める懇願。
それに、私は何もできない。彼を、助けられない。
私の目の前が、暗くなる。
〈◆〉
「巻き落とし!」
俺の目の前で、持田が渾身の一撃を放つ。
それは見事に決まり、赤龍に大きなダメージを与えた。
見事な一撃。俺達の勝利が大きく近づく。
だと言うのに、俺の心は深く沈んでいた。チームメイトの活躍を、素直に喜べなかった。
いいや、違う。俺は絶望しているんだ。何も出来ない俺自身に。役立たずな俺の才能に。
俺には、何もない。蜂須賀のような運動能力も、小原のような頭脳も、シアンのような技術も、持田のような剣術も。
どれだけ努力しても、凡人の域を出ない。俺には才能が無かった。
俺は、なんでこんなに惨めなんだ。
【まだだぁああ!!】
絶望で黒く塗りつぶされた俺の耳に、声が聞こえた。熱い、男の声が。
ヴァルの声。
俺が視線を上げると、そこにはヴァルが立っていた。自分の手が届かない相手を前にしても、一歩も引かないあいつの姿が。
ヴァル…。
「くははっ」
そうだよな。お前はいつも、前を向いている。絶望的な状況でも、圧倒的不利な状況でも食らいついていたよな。
テストの時も、面接の時も、2次試験の時も。お前は上位者に食らい付いて、そいつの肉を喰らって、前を向いていた。
「俺は!」
俺はそんなお前になるって、決めただろうが!
「喰らう」
気付けば俺は、駆けていた。焼け焦げた地面の上を駆け抜けて、泣く小原の横を通り過ぎ、爆風を切り裂いてヴァルの元へ。そして、ヴァルの背に飛び乗る。
「ヴァル!」
【待ってたぜ!】
楽し気な声を上げ、ヴァルが俺を投げ飛ばす。目の前には、赤龍へと必死に手を伸ばす蜂須賀の姿が。
よくやった、蜂須賀。お前のその力…。
「俺に、食わせろ!」
「ババちゃん!?」
驚く蜂須賀の背に、俺は乗る。才能あふれるこいつの背を、踏みつける。
飛び上がる。更に高くへ。
そこは、レガディウムの頭上。奴の驚く顔が、こちらを見上げる。
【人間っ…小癪な!】
奴の口がこちらを向く。
が、
「おせぇ!」
俺はもう、落下し始めていた。赤龍へと、奴の首に出来た、大きな傷跡へと。
そこに向かって、構えていた大剣を振り下ろす。
剣技も技巧も全くない、腕力だけの振り下ろし。
でも、
「お前の剣術、喰らうぜ!もちだぁあ!」
その一撃が、ぶち当たる。小原が弱らせ、持田が付けたその傷の先へと刃を進ませる。レガディウムの肉を切り裂き、骨を断つ。
そして、今、
「これが俺だぁああ!」
俺の一撃が、レガディウムの首を斬り飛ばした。




