58話〜ここ置いておくから〜
「ヴァル!式守君は狙われているわ!逃げられないみたい!」
姉さんが叫んで教えてくれる。
なるほど。攻撃したから敵認定されているのか。こりゃ、街に逃げ帰る事も出来なさそうだ。
俺は足元でぐったりしている式守君を見下ろし、ため息を吐きたくなる。
何に焦っているかは分からないけれど、ケツも拭けないなら突っ込むなよ。
【グルァアアア!】
レガディウムの咆哮。
見ると、アギトを大きく開けた赤龍が、こちらへと突っ込んでくるところだった。
相当お怒りだな、この様子。こっちも同じくらいにプライドが高いと。
俺は後ろにいた人達の方へと式守君を放り投げて、赤龍の方へと駆け出す。
どこまでお前に近付けたのか、確かめさせてもらうぞ!
【グルァア!】
恐怖と期待が半々だった俺に、赤龍が吠える。でも、その目は俺を見ていない。後ろで介抱されている式守君を見ている様だった。
おいおい。ワニの時と一緒かよ。そりゃないだろ!
【無視すんなや!ごらぁあ!】
恐怖が怒りに変わり、俺は迫る赤龍へと跳躍していた。魔力を牙に送り、最大火力で龍の首へと噛みつき攻撃をした。
ぐっ、鱗が邪魔で、刺さりにくい。振り落とされる。
落ちる寸前、俺は赤龍の首を蹴って跳躍する。辛うじて、奴の後ろ脚に踏む潰されない位置に着地した。
なんか、口の中に違和感があるぞ?ゴミでも食べちゃったか?
起き上がり、口の中の物を確認しようとした。でもその前に、強烈な殺気を感じた。
見上げると、赤龍がこちらを振り返っていた。奴の首筋からは、僅かに赤い血がしたたり落ちていた。
おお。ちょっとはダメージを与えられたみたいだ。という事は、この口の違和感は奴の鱗だな?こいつは美味しい臨時収入だ。頂こう。
【グルァアアア!】
俺が鱗をもぐもぐしていると、赤龍が再び怒る。その矛先は、間違いなく俺に降り注いでいた。
ふん。やっと俺を敵と認識したか。
【グルゥ!】
赤龍の前足が振り下ろされ、カギ爪がこちらに迫る。
それを俺は転がって回避するも、奴は続けて尻尾を振り回して来た。
ぐっ。これは、式守君にやったコンボ技。このままじゃ避けきれない。
なら、
俺は瞬時に体を岩で覆う。ついでに、牙の魔力を角に変換して、岩の間から突き出した。
そこに、赤龍の尻尾振り回し攻撃が襲来。俺の体を鞠みたいに弾き飛ばした。
ぐっ!完全に防御したのに、衝撃が体の芯まで伝わってきた。こっちは防御力500近いんだぞ?なんて攻撃力をしているんだ。
「ヴァル!」
転がった俺を、姉さんが抱きかかえる。何か液体を掛けられたと思ったら、体の痛みがスッと消えていった。
回復薬か。ありがたい。
【グルゥア!】
赤龍が再び、俺を狙って駆け出した。
不味い、このままだと姉さんを巻き込んでしまう。
そう思う俺だったが、まだ体が回復しきっていない。なら、姉さんだけでも逃がそうかと思っていると、赤龍の顔に一本の矢が当たる。
シアンさんだ。
「こっちだよ、レガディウム!悔しかったらこっちにおいで!」
【ルゥア!】
赤龍は挑発に乗って、方向を変える。
と、そのタイミングで、シアンさんの両脇から剣士が2人飛び出した。
馬場山君と持田さんだ。
「おらぁあ!」
馬場山君の突きは見事、赤龍の右目に当たる。でも、金属音が響いて大剣が弾かれてしまった。
なんて防御力。目玉ですら硬いとは。
でも、その一撃で赤龍の突進は弱まる。そこに、持田さんの一撃が入った。
「せぇええいっ!」
【グガァアッ!】
首への一刀。それは、俺が付けた傷を狙った一撃。
その一撃で、鮮血が宙を舞う。赤龍の歩みが完全に止まり、奴は痛がるように顔を大きく振った。それにより、近くにいた2人は弾き飛ばされてしまった。
でも、俺が受けた一撃よりは軽傷みたいだ。何度か地面を転がった2人は、また直ぐに立ち上がった。
「もう一撃だ、持田!もう一度挟撃する!」
「了解!」
2人が再び駆け出す。俺も、彼らに合わせて龍の背後から忍び寄る。2人が追いつく前に、龍の尻尾に食らいついた。
この尻尾さえなくなれば、少しは攻撃力が減るはずだ。
【グルゥア!】
三方向からの攻撃に、赤龍は両翼を広げる。大きく羽ばたいて、その浮力によって大きく一歩後退した。
そのせいで、2人の攻撃は空振りで終わってしまった。俺も、風に煽られて吹き飛ばされてしまう。俺達3人が纏まって、赤龍の目の前に揃ってしまった。
不味い!
俺の背筋が凍る前で、赤龍がアギトを大きく開ける。そのまま、こちらへと突っ込んで来た。
逃げる?いや、後ろの2人が間に合わない。ここは、ダメージ覚悟で俺が受け止めねば。
俺は体を岩で覆い、防御態勢を取る。いつでも来いと身構えた。
その上を、影が飛び越える。
「次は、俺っちの番だよ!」
蜂須賀君が、物凄い跳躍で赤龍へと飛び込む。その両手には、海斗さんの双剣が握られている。
ムーンジャンプ!あの時見た、海斗さんのスキルだ!
「背中も~らいっ!」
まるで跳び箱でもするかの様に、蜂須賀君は龍の背中に短剣を突き刺す。ジャンプの勢いも加わって、その剣はかなり深くまで突き刺さっていた。
赤龍の突進が、痛みでキャンセルされる。
【ギャゥウウ!】
「ナイスだ!蜂須賀!」
チャンスとばかりに、馬場山君が駆け寄る。
俺も、遅ればせながら彼に続く。徐々に見え始めた勝利に向かって。
でも、その歩みは止まる。
レガディウムの咆哮によって。
【グルゥアアアアア!!!】
怒り狂う王者の威圧に、忘れていた恐怖が足を縛り付ける。俺達は一瞬、その場に釘付けにされた。
その一瞬という時間で、赤龍は大きく翼を広げていた。そして、再び飛び立つ。今度は我々では届かないところまで。
そこで、大きく息を吸う。胸が膨らみ、口から火花が散り始める。
嘘だろ!?飛びながらもブレスを吐けるのか!?
「たいひぃいい!」
【ヴァアアアア!!】
赤龍の口から、巨大な火炎弾が放たれる。それは地面に激突し、土を深くえぐる威力の大爆発を起こす。
辛うじて逃げ出すのが早かった俺達は、何とか直撃だけは避けることが出来た。でも、その爆風をモロに受けてしまう。爆風で巻き上げられた石が幾つも体に当たり、少なくないダメージを負う。
地面を転がり、なんとか立ち上がる。でも、他の3人は立ち上がれない。俺とは違い、彼らは防御力が薄い。今の一撃で、相当なダメージを負ってしまった様子だった。
上空を見ると、赤龍が楽し気な表情を浮かべて地上に降りてくるところだった。奴の首には、僅かな傷が走っており、それも見る見る埋まっていくのが分かった。
くっ。徐々に回復する力まで持っているのか、龍って生き物は。
俺が歯噛みしていると、こちらに駆け寄る足音が聞こえた。
「ヴァル!」
「アヌビス!」
姉さんと波多野兄だ。姉さんは俺を見て、俺よりも他の3人の方が重傷だと分かると持田さんの方へと駆け寄っていった。
逆に、お兄さんは俺の前で座り込む。俺に、彼のロングソードを見せつけてきた。
「アヌビス。俺も参戦させてくれ。勝てる見込みは薄いが、海斗が来るまでの時間稼ぎくらいは出来る。じゃないと、誰かが死んじゃうかもしれないよ?」
【…くっ】
どうする?この言葉に甘えていいのか?甘えたら、仮令レガディウムを倒せてもポイントは無効となる。
でも、そんな事言っていられないのでは?陽太さんが言うように、誰かが死んでからでは遅い。
ここは…。
「…なに、言ってんすか」
頷こうとしたところで、誰かのうめき声がそれを止める。
馬場山君だ。
腕に酷い火傷を負いながらも、彼はゆっくりと立ち上がった。シアンさんが攪乱してくれているレガディウムを、真っ直ぐに睨みつける。
「俺達は、まだ、やれる。無敵じゃねぇんだ、奴も」
「はい。自分も、次こそは奴の首を落とてみせます」
回復した持田さんも立ち上がり、刃こぼれの激しい太刀を赤龍へと向けた。
そうか。まだ心の炎は灯っているか。頼もしい仲間達だ。
【そう言う事なんで、お兄さん】
「君達…」
陽太さんは何かを言おうとして、グッとこらえる。そして、歪な笑みを浮かべた。
「分かった。なら俺は、チーム1をもっと遠くへ逃がしておくよ。それに武器は邪魔だから…そうだな、持田さん。預かってくれるかい?」
「自分が、ですか?」
「うん。そのレンタル品よりは業物だから、試しに振り回してみても良いよ」
つまり、持田さんにもプロの武器を渡すと。
それって、仮に討伐できても俺達の手柄になるのか?
「アヌビス」
式守君を背負ったお兄さんが、俺を呼ぶ。何かと思って彼の足元に行くと、陽太さんはワザとらしく顔を背けた。
「その~、君達が集めた魔石な。それも、ここ置いておくから。あと、頼んだぞ」
お兄さんはそう言って、俺の前に魔石の入った袋を落としていった。
えっ?マジですか?
足早に去っていく彼らの背に、俺はニヤリと笑みを返した。
〈◆〉
「飛ばせるな!またアレが来るぞ!」
回復薬で傷が治った俺達は、再びレガディウムを相手に武器を振るう。だが、やはり龍の体は硬い。鱗が金属の様に攻撃を弾いてしまうから、その度に手から大剣がすっぽ抜けそうになる。
傷は塞がっても、筋力までは回復しない。徐々に、自分の動きが鈍くなってきているのが分かる。
くそっ。
「せぇええいっ!」
「ほいっとぉ!」
蜂須賀と持田も同じくらい疲れているだろうに、そんな素振りは見せない。持田なんて、龍のカギ爪攻撃を上手い事弾いていた。
そんなに凄い武器なのか、陽太プロの太刀は。俺がそれを受け取ってりゃ、そこで活躍していたのは俺だったのか?
くそっ。
「馬場山殿!」
持田の叫び声。
見ると、奴の尻尾が横凪にこちらへと迫って来るところだった。
くっ。しまった。視野を狭くしちまってた。
「ぐぁっ!」
辛うじて大剣でガードした物の、物凄い衝撃を体全体に受けてしまい、俺は弾き飛ばされた。
俺が離れた事で、俺達の連携に大きな隙が出来る。そこを、奴は見逃さない。大きく翼を広げ、再び上空へと浮かんでしまう。
そして、その鋭利な牙をカチ鳴らして火花を散らす。
火炎弾が、放たれる。
その照準が向かう先は…俺。
「馬場山殿!」
まるで太陽の様に燃え上がる爆炎が、俺の元へと迫る。
くそっ! 動けなくなった俺を、ピンポイントに狙ってきたがった。
無駄だと分かっては居ながらも、俺は無意識に大剣を構えていた。こんなものでは、骨すら残らないと分かっていながら。
ああ、くそっ。くそぉっ!
「ヴァル!?」
悲鳴が聞こえ。俺は落ちていた視線を上げる。そこで見えたのは、俺の前に飛び込んで来た黒い塊。
ヴァル!
俺は叫んだつもりだったが、分からない。気付いたら目の前が真っ暗になり、体中を灼熱が包んでいた。
熱い。なんだよ、死ぬのは一瞬じゃねえのかよ。
息が、苦しい。何も、見えない。何も、聞こえない。
これが、死…。
「…る。…ぁる。…ヴァル!」
死んだはずの俺の耳に、何度も小原の声が聞こえた。
なんだ?息が、苦しくなくなって来た。目の前も、段々と明るくなってくるぞ?
俺は伏せていた顔を上げる。そこには、変わらず構えられている大剣が見えた。
そして、
【グフフフフ】
俺の目の前には、巨大な魔物が居た。
巨大な亀の魔物が、俺を隠すように仁王立ちになっていた。周囲が爆炎で吹き飛んでいるのに、俺の周りだけ無傷だった。
俺を、守ったのか?
お前は…。
「ヴァル…なのか?」
【ガハハ】
俺の問いに、亀の魔獣がニヤリと笑う。覚えのあるつぶらな瞳が、俺を見て嬉しそうに弧を描いた。




