57話~奴だ~
「凄いねぇ、君たち。まさか、Bランクのロブケファロスまで倒しちゃうなんて」
大地に横たわった大型の地龍を眺めていると、波多野兄が興奮気味に話しかけてくる。
それに、蜂須賀君が照れながら答える。
「いやぁ。無我夢中でした。あと一歩間違えていたら、やられたのは俺っちの方でしたし」
「ハントってのはそう言うものだよ。君の跳躍も見事なものだったし…跳躍スキル?何かやってたの?」
「まぁ、体操をちょっと」
「ああ、体操選手だったんだ。とても良い動きだったよ。海斗も絶賛してて…なぁ、海斗。ムーンジャンパーのお前からも、何か言ってやれよ」
「ああ…」
お兄さんが褒める横で、海斗さんは曖昧な返事をする。彼の視線は、別の人物に向いていた。
その人は…。
「なに、小原さんをガン見してんだ」
ユリ姉さんだった。
彼女は先程から、倒れたロブの死体を調べていたのだ。
そして、数分が経って死体が消えると、姉さんは端末の画面をこちらに見せて来た。
「みんな、ちょっと見てちょうだい。ロブケファロスの皮膚に、酷い火傷があったわ」
「火傷?」
海斗さんに続き、俺達も姉さんの元に駆け寄る。端末にはカメラ機能もあったみたいで、ロブの焼け爛れた皮膚が鮮明に写されていた。
うわっ。痛そう。暗くて気付かなかったな。だからあんなに、気が立っていたんだろうか?
「うわぁ、これは酷いね」
シアンさんもドン引きだ。首を振って「痛そう」と呟いている。
馬場山君も画面を触る。
「何にやられたんだ?サラマンダーか?」
「分からないけれど、かなりの火力よ。ロブは頭部だけじゃなくて、皮膚も頑丈だもの。この火傷が無ければ、私達ももっと苦戦したと思うわ」
マジか。本物はあれより硬いのか。道理で、肉を食べたら力がみなぎった訳だ。
馬場山君が唸る。
「つまり、森の異変はこいつじゃねぇってことだな?ロブすら退かせる炎の魔物が、この先に居ると」
「だろうね。ほら、チーム1の位置も、もっと先だよ」
陽太さんが画面を見せてくれるけど…確かに、ここよりもっと北だ。でも、もうすぐなのでは?
「みんな、ちょっと良いか?」
海斗さんが手を挙げる。
「これは下手したら、Aランク以上の魔物が関わっている可能性がある。ここで討伐しないと、街に被害が出るかも」
「街に…」
息を呑むシアンさんに、海斗さんは大きく頷く。
「だから俺は、一旦街に戻って救援を呼んでくる」
「それなら、無線で…」
「無線は使えないんだ、シアンちゃん」
陽太さんが無線機を手に持ち、言う。
「何度も呼びかけてみたけど、応答がない。随分と混線しているみたいだ」
そうか。魔物が暴れているから、他のチームからも連絡が殺到しているんだ。だから、繋がりにくいと。それに加えて、電波障害もあるし…。
みんなが暗い顔をする中、海斗さんが「大丈夫だ」と明るい声を出す。
「ちゃちゃっと行って、1級冒険者を1ダース連れて来てやるよ」
「頼んだぜ、海斗。お前の足なら一瞬だ」
お兄さんとグータッチをする海斗さん。次いで、蜂須賀君の前に立つ。背中に挿していた2振りの短剣を取り出して、それを蜂須賀君の前に突き出す。
蜂須賀君は驚く。
「えっ?」
「こいつを君に預ける。ヤバかったら使ってくれ」
「おっ、俺っちがですか!?」
「ああ。君のジャンプ力なら使いこなせるだろ。それでみんなを守って欲しい」
海斗さんの思いを、蜂須賀君は怖々と受け取る。
お兄さんがニヤリとする。
「良いのかよ?海斗。アドバイザーがそこまでして」
「別に良いだろ?俺は荷物を預けて、身軽になりたかっただけなんだから」
「身軽ねぇ」
そんな方便を吐いて、海斗さんはすぐさま来た道を駆け戻って行った。
あっという間に見えなくなってしまった。豪語するだけはある。
「よし。俺達は進むぞ」
馬場山君の号令で、俺達は再び森の深部へと歩き始める。植生がまた変わってきて、木々は見上げる程高くなり、間隔が大きくなってきた。
なんだか、古代の森みたい。ティラノサウルスとか出てきたりして。
「ぐっ…」
周囲を探索していると、陽太さんが唸る。振り返ると、青い顔でノートタイプの端末を睨んでいた。
何があったの?
「みんな、ごめん。電波障害だ。画面がバグった」
お兄さんが見せつけて来た画面を見ると…確かに、酷いノイズだ。チーム1だけじゃなく、俺達の位置も分からなくなった。
これって、もしかして森の異変に近付いている?Aランクの魔物が、近くまで来ているんじゃないか?
背中に冷たい物を感じた、その時。
突風。木々が大きく揺らぎ、我々にも襲いかかってくる。
「みんな!腰を低くして!」
「ヴァル!いらっしゃい!」
姉さんに従い、俺はみんなと一緒に固まる。
突破はすぐに過ぎ去ったけど、森の騒めきはより大きくなっていた。
…近い。
「誰か来るよ!」
シアンさんが叫び、一点を指さす。
見ると、こちらへと歩いてくる複数の人影が見えた。随分と香ばしい匂いだけど、これは…天馬君の匂いだ。
【こっちだぞ!】
「お前ら…なんで、ここに…」
先頭を歩いていた式守君が、唖然とした様子で呟く。
彼は…いや、彼ら全員、ボロボロだ。装備は半壊し、誰も荷物を持っていない。中には、武器すら携帯していない者もいる。
そして、1番酷いのは後ろの2人。アドバイザーとして派遣された、ドラグナーズの冒険者達だ。彼らは酷い火傷を負っていて、片方は天馬君に背負われている。
回復薬も使えない状況だったのか。
俺が眉を顰めていると、馬場山君が前に出る。手に回復薬の入った瓶を持ち、それを式守君達へ突き出す。
「お前らを助けに来たに決まってんだろ。早くこれを使え。余分に持ってきた」
「要らねぇ!お前らから施しなんて受けねぇ!」
式守君が叫ぶ。目をギラつかせ、異様な雰囲気を撒き散らす。
「俺達は…俺はまだ負けてない。負けるはずがない。俺が、あいつ以外に負けるなんて、そんなはずねぇんだ!」
「意味わかんねぇんだよ、てめぇ。てめぇが何に負けたかは知らねぇけどな、先ずは回復を…」
馬場山君は額に青筋を立て、回復薬を投げ付けようとした。
でも、その前に、
【グルァアアアアア!!!】
咆哮が、空気を割る。
耳をつんざく爆音に、俺達は耳を塞いだ。声を聞いただけで、底知れぬ恐怖が胸の中で膨らんだ。
これは…この感覚はまさか…。
「奴だ」
式守君が顔を顰め、苦々しげに言葉を吐く。そのまま、木の上を睨みつける。
釣られて、俺達も見上げた。
丁度、そのタイミングで、
突風。
風が乱れ、俺達を吹き飛ばそうとする。
「みんな!姿勢を低くするんだ!」
陽太さんの声で、俺達は地面に伏せる。そうしていると、頭上からバッサバッサと、何か大きな者が羽ばたく音がした。
何とか見上げると、大きな影が両翼を広げて羽ばたいているところだった。
その羽ばたきで、強風が生まれている。木々が大きく揺れ、隙間から太陽の光と青空が見える。その青空の中で、赤い鱗が太陽光に照らされた。
そいつは、そこにいたのは…。
「レガ…ディウム…」
あの日、突如として俺の前に現れ、動くことすら許さなかった魔物。
赤龍、レガディウムであった。
〈◆〉
「レガ…ディウム…」
陽太プロのかすれ声を聞いて、俺の中で不安が焦りになる。
赤龍、レガディウム。Aランクの魔物の中でも、特に危険な魔物の一種だ。その口から放たれるブレスは勿論のこと、飛行能力も優れており、行動範囲が広くて不意な遭遇が多数報告されている。
そして、報告した者の多くは、取り返しのつかないものを失った。
そんな死神が、今、俺達の目の前に降り立った。ズシンッと重い音を立てて降り立った奴は、木漏れ日をその身に受けて赤い鱗を艶めかしく輝かせる。奴の両翼から生まれていた風が止み、周囲のざわめきが嘘の様に静まり返る。
奴の縦長な瞳が、俺達を見回す。
そして、止まる。式守達を見て、僅かに細まる。
大きなアギトを開き、こちらに見せつけた。
【グルァアアアアア!!】
放たれた咆哮に、俺達は身を竦めてしまう。逃げなくちゃいけないと分かっているのに、体が硬直してしまった。
威圧。
圧倒的な存在を前に、俺達は誰も動けなくなっていた。
くそっ。Aランクってのは、こんなにもバケモンなのかよ。
「調子乗ってんじゃねぇぞ、トカゲ野郎!」
いち早く復活した式守が、太刀を抜いて走り出す。赤龍に向かって、切っ先を構えて突き出した。
「ここはもう、お前のフィールドじゃねぇんだ!」
完璧なタイミングでの一撃。しかし、
キンッ
渾身の一撃は、赤龍の鱗に弾かれた。体勢を崩した式守に、龍の鉤爪が迫る。
「ナメるな!」
だが、式守は体勢を崩しながらも、太刀を高く構えて鉤爪を受け流した。
やりやがる。
流石は天才。
そう、俺は思った。だが、赤龍の動きは止まらない。受け流された力で後ろを向き、その太い尻尾で式守を弾き飛ばした。
「ガァアッ!」
「式守!」
まるで小石の様に飛ばされた式守は、向こうの木の幹にぶつかって漸く止まる。
相当なダメージだ。式守は立つことすら出来ない。
そんなあいつに、赤龍が顔を向ける。また大きく口を開けて、大量の息を吸う。その胸が大きく膨らみ、口から僅かな火花が散った。
不味い!
「逃げろ!ブレスが来るぞ!」
俺の叫びは、しかし、無駄だった。式守は僅かに身動ぎするだけで、動けない。
逃げられない。
「くそっ」
俺は駆け出していた。距離的に間に合わないと分かっていても、足が勝手に動いていた。
その横を、黒い塊が通り過ぎる。俺の目の前を、黒い犬の背が疾走した。
「ヴァル!」
【ワウッ!】
任せて。
俺にはそう聞こえ、足が止まる。
ヴァルは風の様に駆け抜け、式守の元へ。その時、赤龍の口から火炎弾が放たれた。
「ヴァル!」
火炎弾が迫る中、ヴァルは式守の元に辿り着く。あいつの首根っこを咥えて、そのまま走り去る。
その直後、
着弾。
つい先ほどまで式守が居た場所で爆炎が破裂し、当たった大樹は一瞬で吹き飛んだ。その煽りを受けたヴァルも宙を飛んだが、式守を離さずに地面へ着地した。
ナイスだ!
【グルァアアアアア!!】
赤龍の咆哮。
怒りの咆哮。
邪魔をした者と認識されたのか、赤龍の目がヴァルに向く。凶悪な双眼が、ヴァルを見下ろす。
それに、ヴァルも睨み返す。式守から口を離し、一声【ワンッ!】と鳴いた。
赤龍の目が、一段と鋭くなった。
おいおい。何か、挑戦的なことを言ったんじゃないだろうな?
「ヴァル!一旦退くぞ!式守を連れてこっちに…」
「いえ、ダメみたいよ」
小原が俺を止める。
何時のは逃げ腰のお前が何故?と、俺は驚いて振り向く。すると、彼女は双眼鏡で赤龍を見ていた。
「レガディウムの頬に生傷があるわ。きっと、式守君が付けた物よ。敵認識された彼は決して、赤龍からは逃げられない」
「くっ」
こいつ、赤龍に手を出しやがったのか。それじゃ、街へ戻る事も出来ない。もしも街まで逃げたりしたら、赤龍はそこまで追ってくるだろう。それだけ、ドラゴンって生物は執念深いもと言われる。
だから、
「やるしかねぇって事かよ」
絶望的な状況に、俺はいつの間にか奥歯を噛みしめていた。




