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名もなき犬、異界の地にて名を馳せる  作者: イノセス


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56/60

56話〜今の、俺も真似して良い?〜

「それじゃ、試験最終日も元気にしゅっぱぁ〜つ!」


 シアンさんが元気な声と拳を上げて、正門を潜った我々の士気も上げてくれる。

 みんなの表情も明るい。昨日は少し早めに帰って来たから、準備もバッチリだ。レンタル装備のメンテナンスも完璧だし、必要になりそうな道具も余分に用意した。夕食も朝食もしっかりと摂ったので、5人ともやる気に満ちた顔をしていた。

 俺を除いて。


「どうしたの?ヴァル。今日は少しだけ、元気が無いわね?」


 先頭を歩く俺に、ユリ姉さんが声を掛けてくれる。

 元気が無いわけじゃないんですよ、姉さん。ただ緊張しているだけなんだ。早朝に飛び込んできた冒険者達の話では、今日のフィールドが荒れているらしいから。

 俺はそう伝えたかったが、そこまでは無理だった。だからこうして、俺だけは最初から警戒しているのだ。

 

「あれぇ?なんだか、森が騒がしいね」


 雑木林エリアに入ると、シアンさんが首を傾げる。

 そう!そうなんだよと、俺が彼女の足元で激しく主張すると、他の人達も顔を強ばらせる。


「もしかして、ヴァルも何か感じ取っているの?」

「そうみたいね。私達に、危険が迫っているのを知らせているみたいだわ」

「どうする?今日は、森に入るの止める?」


 シアンさんが振り返ると、馬場山君はキツく腕組みをして悩む。

 そこに、蜂須賀君が手を挙げた。


「じゃあ俺、ちょっと見てくるよ」


 そう言うが早いか、彼は大樹の幹に掴みかかると、スルスルと登ってしまった。

 そして、すぐに帰ってきた。

 流石は元体操選手。


「奥の方で鳥達が騒いでいるみたいだったよ。距離はあるから大丈夫だとは思うけど」

【匂いもまだ無い(ワンッ)!】


 俺達の情報を聞いて、馬場山君も「分かった」と大きく頷く。


「なら今日は、深部手前で一旦様子見だ。深部へ踏み込むかは、そこで判断する」

「おっけー」

「賢明な判断ね」


 姉さんにも褒められ、馬場山君は「ふんっ」と嬉しそうに鼻を鳴らす。それを、みんなが微笑ましく見ている。

 こんな状況でも、このチームの雰囲気は明るい。緊張感は持ちながらも、適度な会話で空気を暗くし過ぎないでいた。

 良い傾向だ。会話が無くなり、塞ぎ込むのは危険な状態だからな。


 その状況が変わったのは、森の中へ入ってからだった。

 突然、シルヴァラプトルが飛び出して来たのだ。

 危ない!


【こんにゃろ(ガウッ)!】

「ヴァル!?」


 突撃される前に、俺は何とか噛み殺す事に成功した。嗅覚強化が無ければ危なかったかも。


「警戒しろ!亀の陣だ!」


 馬場山君が即座に指示を出し、姉さんを中心に構える。

 でも、シルヴァの追撃は無かった。それどころか、周囲に奴らの匂いは無い。

 はぐれのシルヴァだったのか?


「おかしいわね。シルヴァが単独行動をするなんて」

「そうなのですか?」

「ええ。シルヴァは基本、スリーマンセルで行動する習性があるの。さっきの襲撃も、飛びかかると言うより走ってたらぶつかったみたいに見えたわ」


 姉さんの言う通りだ。今の奴に殺意は無かった。だから、俺も探知が遅れた。

 まるで、何かから逃げている様な。そんな印象すら受けた。

 何から?


「これ、ヤバいねぇ。あたしの勘がビンビンだよ」

「もっかい俺、上から見て来ようか?」

「そうだな…」


 馬場山君が頷こうとした、その時、


『ピィイー!ガッガガッガァー…』


 朝に聞いたノイズ音が、背後から聞こえた。

 驚いて振り返ると、頭を搔く波多野兄が。


「驚かせてごめんね。無線がどうも、調子悪くて」


 無線。電波障害?強力な電磁パルスでも発生しているのか?

 俺は胸騒ぎがした。

 その胸騒ぎは、すぐに押し潰されそうな不安となる。

 強烈な圧力を感じ、次い森全体が大きく揺れた。

 突風だ!


「なっ、なんだ!?」


 木々が激しく揺れるのを見て、みんなも驚く。俺と同じように、地面へ伏せた。

 突風は一瞬で過ぎ去るも、森の喧騒は一段と激しくなる。鳥達は泣き喚き、小動物達が足元を通り過ぎて行く。向こうの方では、ゴブリンとオークが街の方へと必死に逃げていく姿も見られた。

 何時もはヨダレを垂らして襲ってくるのに、こちらを見向きもしなかった。

 逃げているんだ。何かから。


【撤退だ(ワオォオ)!みんな(ワンッ)!】


 俺の訴えに、馬場山君が険しい顔で頷く。


「ああ、俺でも分かる。こいつはやべぇってな」


 馬場山君から、撤退の指示が出る。一旦ギルドに戻り、状況を確認する事でみんなも合意した。

 そして、隊列を組み直したその時、再び無線からノイズ音が走った。


『ピッ、ピピッ、ピーッ。緊急…ピィー…こちっ…ワン…至急…にっ、たつを…』


 いや、違う。ノイズじゃない。

 こいつは、緊急通信だ!


「こちら、チーム110。ノイズが酷くて聞き取れない。そちらの状況を教えて欲しい。どうぞ」


 陽太さんが返答するも、無線から言葉が返ってくる事は無かった。

 彼はリュックから一回り大きな端末を取り出し、画面を操作した。

 珍しく、顔を強ばらせた。


「今のは、チーム1からの緊急通信だ。位置的に、彼らは荒野エリアまで進んでいるみたいだ」

「マジかよ、ヨウちゃん。あそこって、普通にBランクが出る所だろ?なんで、試験でそこまで…」


 海斗さんも驚いて、端末を覗き込む。

 その2人の後ろに、蜂須賀君達も張り付く。


「委員長がヤバいって事?もしかして、死んでたりしない?」

「いや。無線機の反応は動いているから、移動はしているみたいだよ。ただ、かなり遅い。負傷しているのか、何かから隠れながら逃げているのか」

「救助に向かった方が宜しいのではないですか?我々は、回復薬も潤沢に所持しています」


 持田さんが問うと、姉さんが「大丈夫よ」とそれを宥める。


「緊急通信はギルドも受信しているわ。きっと、試験の救援チームが駆け付けて」

「それはどうかな」


 海斗さんが割り込む。


「今日は随分と電波状況が悪い。さっきの信号だって、これだけ近い俺らすらマトモに受け取れ無かったんだ。街なら、信号すら届いてないかも」

「それじゃあ…」


 彼らは助からない。

 顔を青くするみんなに、海斗さんが怖い顔を向ける。


「ここからどうするかも、君達の判断だ。こんな事、冒険者やってりゃ幾らでもあるからな。俺達兄弟は、その判断に沿って動く」

「冒険者の判断…か」


 そう呟いた馬場山君は、俺を見る。座り込み、俺の目を覗き込む。


「お前はどうする?ヴァル」

【行くよ(ワウッ)。俺独りでもね(ワフッ)】


 まだ生きているのなら、その望みに賭けたい。俺達は、上級冒険者になるんだから。

 俺の返答に、馬場山君は「ふっ」と笑った。


「てめぇならそう言うと思ったぜ。なぁ、お前ら!」


 馬場山君が声を上げると、みんなも頷く。姉さんはまだ顔が強ばっていたけど、「仕方ないわね」と無理やり笑った。

 みんなも来てくれるのか。心配だけど、有難くもある。

 俺が守らねば。


「おっけー。君らの決意は受け取った」


 海斗さんも笑顔になる。腰に下げていた2振りの短剣を取り出し、それを見せつける様に掲げた。


「君らがヤバいと判断したら、俺達もすぐに加勢する。だから、君らが思う通りの冒険者をやってみな」

「俺も居るからな、みんな!」


 陽太さんも太刀を少しだけ引き抜き、アピールする。

 そうだな。彼らが居てくれるこの間が、自分を試すチャンスだ。


 俺達は森の奥へと進む。周囲は騒がしいが、襲ってくる魔物は少ない。シルヴァもカタフも、我々を無視して通り過ぎて行く。

 Cランクが逃げ惑う何かって、一体何なんだ?もしかして、トランプルマンモス級?


【うん(ワフ)?】


 暫く進んでいたら、何か音が聞こえた気がした。大きな物が倒れる音。バキバキと、木々が上げる悲鳴を聞いた気がした。


「何処だ?ヴァル」


 後ろから、馬場山君が聞いてきた。既に陣形を組んで構えており、俺に音のした方角だけ聞いてくる。

 助かるよ。こう言う、一分一秒を争う時は特に。


【こっちだ(ワンッ)】


 俺も端的に、鼻先で方向を示す。すると、その音はドンドンと大きくなる。地面も僅かに振動し始め、微かな臭いも漂ってきた。

 爬虫類系の臭い。これは…。


【地龍だ(ワウッ)!】

「来るぞ!構えろ!」


 馬場山君の指示が飛ぶと同時、視線の先に大きな影が現れる。大型のラプトルかと思ったけど、フォルムが違う。丸い大きな頭をこちらに向けて、2本の後ろ足で突進してきている。

 あれは…パキケファロサウルス!?


「散れっ!」


 馬場山君が悲鳴混じりに叫ぶと同時、俺達は左右に飛び退る。

 間一髪、魔獣は俺達のすぐ横を通り過ぎ、そのまま大木に頭をぶつけた。

 ズンッ!と、大木からの衝撃が地面を伝い、次いでバキバキッと木が折れる音が響いた。

 見上げる程に大きかった大樹が、根元からポッキリと折れてしまった。


【ブモォー!】


 それをやった魔物は、全くの無傷。悠々とこちらを振り返り、俺達を睨みつけた。

 敵意を剥き出しにしてくる。


「みんな、気を付けて。あれはロブケファロス。Bランクの魔物よ!」


 Bランク…。

 姉さんの声に、みんなの緊張が一層伝わる。

 馬場山君が舌打ちをする。


「ちっ。ロブって言や、荒野エリアの魔物じゃねぇか。なんでこんな、森の中に居るんだよ」

「今はそんな事言ってる場合じゃないっしょ。来たよ!」 


 蜂須賀君の言葉を待たず、ロブが再び突進してきた。

 シアンさんがナイフを投げたけど、硬い頭皮に弾かれてしまった。

 なんて防御力。金属音がしたぞ。


「避けろ!兎に角、隙を探せ!」


 みんなは足早に退避する。

 でも、俺はその場に残る。逃げていても、解決にはならない。

 だから、俺は駆け出す。迫り来る魔物に向かって。


「ダメよ!ヴァル!」


 姉さんの叫び声。

 でも、俺は止まらない。全身に岩の鎧を纏い、そこから長い角を生やす。

 一角。

 これで、貴様の機動力を削ぐ。


【ランス・チャージ(ワォオオオ)!】


 迫り来る巨体を、俺は寸前のところでサイドステップを刻み、ギリギリで避ける。そして、去り際に奴の後ろ足に角を突き立てた。

 ブスッ。

 僅かに肉を貫いた感触。

 でも、すぐにそれは失われる。奴の突進力に耐えられず、角が根元から折れてしまったのだ。

 くっ。攻撃力不足か。


「ヴァル!」


 弾かれた俺の元に、姉さんが駆け寄る。回復薬をバシャバシャ掛けて、俺の外皮を撫でる。


「大丈夫!?ヴァル。痛くない?こんな、ボロボロの皮膚になっちゃって…」


 いや、姉さん。それは俺の兵装よ?あと、怪我はしてないから回復薬はもういいよ。

 姉さんの膝から降りて、俺は体をブルブルする。そして、ロブを見る。

 奴は向こうの大木をなぎ倒し、こちらを振り返る所だった。奴の右太ももからは、僅かに血が流れ出ていた。

 これじゃ、そこまで機動力は削げなかっただろう。やはり牙を刺さないと。でも、どうやって?


「いいね。ヴァルちゃん」


 悩んでいると、俺の隣に蜂須賀君が並ぶ。両手にナイフを持ち、ロブを見てニヤリと笑った。


「今の、俺も真似して良い?」

【そいつは構わんが(ウゥ)…】

 

 いつもと雰囲気違うね。

 どういう心境の変化か。ここで問うている時間は無かった。再び、ロブがこちらへと駆け出したのだ。


「俺が囮になるよ」


 言うが早いか、蜂須賀君は背中を見せて逃げ出した。それに、ロブがいち早く反応する。野生の本能で、弱いと判断した蜂須賀君へと矛先を変える。頭を突き出し、猛進する。もう、蜂須賀君に迫る勢いだ。

 ヤバい!


「よっと!」


 緊迫した空気の中、蜂須賀君の軽い声が上がる。それと同時に、彼は大木を蹴り上げて、高く、高く宙へと舞った。その彼の下を、ロブが通過する。勢いが付き過ぎた為に止まれず、木の幹に頭をぶつけた。

 ズンッ!

 強烈な頭突きで、またもや大木が倒壊する。反面、頑強な頭蓋骨を持つロブは全くの無傷だ。

 無傷だが、反動は受ける。突進の勢いは無くなり、その場に立ち尽くす。

 そこに、空を舞っていた蜂須賀君が舞い降りる。両手に持ったナイフを、その首筋に思いきり叩き下ろした。


「いっただきぃ!」

【ブモォオオー!】


 ロブの悲鳴。

 首筋から大量の血を吹き出し、体を大きく逸らす。たたらを踏み、大きな隙を見せた。

 今だ!


【チャンス(ワウッ)!チャンス(ワウッ)!チャンス(ワウッ)!】

「つっこめぇ!」


 駆け出した俺に、馬場山君達が続く。よろけるロブに向けて、武器を振り下ろした。


「おらぁ!」

「せぇえええいっ!」

【追撃(ガウッ)!】


 馬場山君の大剣が皮膚に浅い傷を刻み、そこに持田さんの太刀が突き刺さる。シアンさんも追いついて、ナイフで左目を潰した。

 そして俺は、先ほど傷つけた右太ももに食らいつく。傷口に牙を突き立て、噛み千切る。右足に、深い傷を負わせた。


【ブモォオォオー!】


 そこで、ロブが暴れる。体を大きく振り回し、俺達を振りほどいた。

 体中から血が噴き出るのもお構いなしの大暴れ。最後の足掻きか。

 そこに、影が落ちる。


「もういっちょ、いっくよぉ!」


 いつの間にか木に登り、高く宙を舞う蜂須賀君。彼は、暴れるロブ目掛けてナイフを振り下ろした。

 まだ血が噴き出していた、首の切れ目へと。


【ブォ…】


 ブシュっと、血が噴水の様に吹き出し、ロブの動きが止まる。ビクンッと体を震わせたかと思うと、ゆっくりと、ゆっくりとその巨体を傾け始める。

 そして、

 ズンッ…。

 地面に横たわった。

 動く気配は、ない。

 倒したんだ。


「いやぁ、大変だったねぇ」


 死体からピョンと飛び降りた蜂須賀君が、血まみれの顔を拭く。

 大変だった。そう言う彼の口元には、見たこともない大きな笑みが浮かんでいた。

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― 新着の感想 ―
いつの間にやら立派(な殺戮わんわん)になって… Cランク魔物を噛み殺す雑種犬は進化無しでも目立つわw 結局の所、巨大恐竜ではないにせよ自身と同じ目線程度の身長・体高の相手に最も効果を発揮したであろう…
コイツが元凶?これで終結? であれば大金星なんですけど・・・ そんなに甘くないよね。
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