56話〜今の、俺も真似して良い?〜
「それじゃ、試験最終日も元気にしゅっぱぁ〜つ!」
シアンさんが元気な声と拳を上げて、正門を潜った我々の士気も上げてくれる。
みんなの表情も明るい。昨日は少し早めに帰って来たから、準備もバッチリだ。レンタル装備のメンテナンスも完璧だし、必要になりそうな道具も余分に用意した。夕食も朝食もしっかりと摂ったので、5人ともやる気に満ちた顔をしていた。
俺を除いて。
「どうしたの?ヴァル。今日は少しだけ、元気が無いわね?」
先頭を歩く俺に、ユリ姉さんが声を掛けてくれる。
元気が無いわけじゃないんですよ、姉さん。ただ緊張しているだけなんだ。早朝に飛び込んできた冒険者達の話では、今日のフィールドが荒れているらしいから。
俺はそう伝えたかったが、そこまでは無理だった。だからこうして、俺だけは最初から警戒しているのだ。
「あれぇ?なんだか、森が騒がしいね」
雑木林エリアに入ると、シアンさんが首を傾げる。
そう!そうなんだよと、俺が彼女の足元で激しく主張すると、他の人達も顔を強ばらせる。
「もしかして、ヴァルも何か感じ取っているの?」
「そうみたいね。私達に、危険が迫っているのを知らせているみたいだわ」
「どうする?今日は、森に入るの止める?」
シアンさんが振り返ると、馬場山君はキツく腕組みをして悩む。
そこに、蜂須賀君が手を挙げた。
「じゃあ俺、ちょっと見てくるよ」
そう言うが早いか、彼は大樹の幹に掴みかかると、スルスルと登ってしまった。
そして、すぐに帰ってきた。
流石は元体操選手。
「奥の方で鳥達が騒いでいるみたいだったよ。距離はあるから大丈夫だとは思うけど」
【匂いもまだ無い!】
俺達の情報を聞いて、馬場山君も「分かった」と大きく頷く。
「なら今日は、深部手前で一旦様子見だ。深部へ踏み込むかは、そこで判断する」
「おっけー」
「賢明な判断ね」
姉さんにも褒められ、馬場山君は「ふんっ」と嬉しそうに鼻を鳴らす。それを、みんなが微笑ましく見ている。
こんな状況でも、このチームの雰囲気は明るい。緊張感は持ちながらも、適度な会話で空気を暗くし過ぎないでいた。
良い傾向だ。会話が無くなり、塞ぎ込むのは危険な状態だからな。
その状況が変わったのは、森の中へ入ってからだった。
突然、シルヴァラプトルが飛び出して来たのだ。
危ない!
【こんにゃろ!】
「ヴァル!?」
突撃される前に、俺は何とか噛み殺す事に成功した。嗅覚強化が無ければ危なかったかも。
「警戒しろ!亀の陣だ!」
馬場山君が即座に指示を出し、姉さんを中心に構える。
でも、シルヴァの追撃は無かった。それどころか、周囲に奴らの匂いは無い。
はぐれのシルヴァだったのか?
「おかしいわね。シルヴァが単独行動をするなんて」
「そうなのですか?」
「ええ。シルヴァは基本、スリーマンセルで行動する習性があるの。さっきの襲撃も、飛びかかると言うより走ってたらぶつかったみたいに見えたわ」
姉さんの言う通りだ。今の奴に殺意は無かった。だから、俺も探知が遅れた。
まるで、何かから逃げている様な。そんな印象すら受けた。
何から?
「これ、ヤバいねぇ。あたしの勘がビンビンだよ」
「もっかい俺、上から見て来ようか?」
「そうだな…」
馬場山君が頷こうとした、その時、
『ピィイー!ガッガガッガァー…』
朝に聞いたノイズ音が、背後から聞こえた。
驚いて振り返ると、頭を搔く波多野兄が。
「驚かせてごめんね。無線がどうも、調子悪くて」
無線。電波障害?強力な電磁パルスでも発生しているのか?
俺は胸騒ぎがした。
その胸騒ぎは、すぐに押し潰されそうな不安となる。
強烈な圧力を感じ、次い森全体が大きく揺れた。
突風だ!
「なっ、なんだ!?」
木々が激しく揺れるのを見て、みんなも驚く。俺と同じように、地面へ伏せた。
突風は一瞬で過ぎ去るも、森の喧騒は一段と激しくなる。鳥達は泣き喚き、小動物達が足元を通り過ぎて行く。向こうの方では、ゴブリンとオークが街の方へと必死に逃げていく姿も見られた。
何時もはヨダレを垂らして襲ってくるのに、こちらを見向きもしなかった。
逃げているんだ。何かから。
【撤退だ!みんな!】
俺の訴えに、馬場山君が険しい顔で頷く。
「ああ、俺でも分かる。こいつはやべぇってな」
馬場山君から、撤退の指示が出る。一旦ギルドに戻り、状況を確認する事でみんなも合意した。
そして、隊列を組み直したその時、再び無線からノイズ音が走った。
『ピッ、ピピッ、ピーッ。緊急…ピィー…こちっ…ワン…至急…にっ、たつを…』
いや、違う。ノイズじゃない。
こいつは、緊急通信だ!
「こちら、チーム110。ノイズが酷くて聞き取れない。そちらの状況を教えて欲しい。どうぞ」
陽太さんが返答するも、無線から言葉が返ってくる事は無かった。
彼はリュックから一回り大きな端末を取り出し、画面を操作した。
珍しく、顔を強ばらせた。
「今のは、チーム1からの緊急通信だ。位置的に、彼らは荒野エリアまで進んでいるみたいだ」
「マジかよ、ヨウちゃん。あそこって、普通にBランクが出る所だろ?なんで、試験でそこまで…」
海斗さんも驚いて、端末を覗き込む。
その2人の後ろに、蜂須賀君達も張り付く。
「委員長がヤバいって事?もしかして、死んでたりしない?」
「いや。無線機の反応は動いているから、移動はしているみたいだよ。ただ、かなり遅い。負傷しているのか、何かから隠れながら逃げているのか」
「救助に向かった方が宜しいのではないですか?我々は、回復薬も潤沢に所持しています」
持田さんが問うと、姉さんが「大丈夫よ」とそれを宥める。
「緊急通信はギルドも受信しているわ。きっと、試験の救援チームが駆け付けて」
「それはどうかな」
海斗さんが割り込む。
「今日は随分と電波状況が悪い。さっきの信号だって、これだけ近い俺らすらマトモに受け取れ無かったんだ。街なら、信号すら届いてないかも」
「それじゃあ…」
彼らは助からない。
顔を青くするみんなに、海斗さんが怖い顔を向ける。
「ここからどうするかも、君達の判断だ。こんな事、冒険者やってりゃ幾らでもあるからな。俺達兄弟は、その判断に沿って動く」
「冒険者の判断…か」
そう呟いた馬場山君は、俺を見る。座り込み、俺の目を覗き込む。
「お前はどうする?ヴァル」
【行くよ。俺独りでもね】
まだ生きているのなら、その望みに賭けたい。俺達は、上級冒険者になるんだから。
俺の返答に、馬場山君は「ふっ」と笑った。
「てめぇならそう言うと思ったぜ。なぁ、お前ら!」
馬場山君が声を上げると、みんなも頷く。姉さんはまだ顔が強ばっていたけど、「仕方ないわね」と無理やり笑った。
みんなも来てくれるのか。心配だけど、有難くもある。
俺が守らねば。
「おっけー。君らの決意は受け取った」
海斗さんも笑顔になる。腰に下げていた2振りの短剣を取り出し、それを見せつける様に掲げた。
「君らがヤバいと判断したら、俺達もすぐに加勢する。だから、君らが思う通りの冒険者をやってみな」
「俺も居るからな、みんな!」
陽太さんも太刀を少しだけ引き抜き、アピールする。
そうだな。彼らが居てくれるこの間が、自分を試すチャンスだ。
俺達は森の奥へと進む。周囲は騒がしいが、襲ってくる魔物は少ない。シルヴァもカタフも、我々を無視して通り過ぎて行く。
Cランクが逃げ惑う何かって、一体何なんだ?もしかして、トランプルマンモス級?
【うん?】
暫く進んでいたら、何か音が聞こえた気がした。大きな物が倒れる音。バキバキと、木々が上げる悲鳴を聞いた気がした。
「何処だ?ヴァル」
後ろから、馬場山君が聞いてきた。既に陣形を組んで構えており、俺に音のした方角だけ聞いてくる。
助かるよ。こう言う、一分一秒を争う時は特に。
【こっちだ】
俺も端的に、鼻先で方向を示す。すると、その音はドンドンと大きくなる。地面も僅かに振動し始め、微かな臭いも漂ってきた。
爬虫類系の臭い。これは…。
【地龍だ!】
「来るぞ!構えろ!」
馬場山君の指示が飛ぶと同時、視線の先に大きな影が現れる。大型のラプトルかと思ったけど、フォルムが違う。丸い大きな頭をこちらに向けて、2本の後ろ足で突進してきている。
あれは…パキケファロサウルス!?
「散れっ!」
馬場山君が悲鳴混じりに叫ぶと同時、俺達は左右に飛び退る。
間一髪、魔獣は俺達のすぐ横を通り過ぎ、そのまま大木に頭をぶつけた。
ズンッ!と、大木からの衝撃が地面を伝い、次いでバキバキッと木が折れる音が響いた。
見上げる程に大きかった大樹が、根元からポッキリと折れてしまった。
【ブモォー!】
それをやった魔物は、全くの無傷。悠々とこちらを振り返り、俺達を睨みつけた。
敵意を剥き出しにしてくる。
「みんな、気を付けて。あれはロブケファロス。Bランクの魔物よ!」
Bランク…。
姉さんの声に、みんなの緊張が一層伝わる。
馬場山君が舌打ちをする。
「ちっ。ロブって言や、荒野エリアの魔物じゃねぇか。なんでこんな、森の中に居るんだよ」
「今はそんな事言ってる場合じゃないっしょ。来たよ!」
蜂須賀君の言葉を待たず、ロブが再び突進してきた。
シアンさんがナイフを投げたけど、硬い頭皮に弾かれてしまった。
なんて防御力。金属音がしたぞ。
「避けろ!兎に角、隙を探せ!」
みんなは足早に退避する。
でも、俺はその場に残る。逃げていても、解決にはならない。
だから、俺は駆け出す。迫り来る魔物に向かって。
「ダメよ!ヴァル!」
姉さんの叫び声。
でも、俺は止まらない。全身に岩の鎧を纏い、そこから長い角を生やす。
一角。
これで、貴様の機動力を削ぐ。
【ランス・チャージ!】
迫り来る巨体を、俺は寸前のところでサイドステップを刻み、ギリギリで避ける。そして、去り際に奴の後ろ足に角を突き立てた。
ブスッ。
僅かに肉を貫いた感触。
でも、すぐにそれは失われる。奴の突進力に耐えられず、角が根元から折れてしまったのだ。
くっ。攻撃力不足か。
「ヴァル!」
弾かれた俺の元に、姉さんが駆け寄る。回復薬をバシャバシャ掛けて、俺の外皮を撫でる。
「大丈夫!?ヴァル。痛くない?こんな、ボロボロの皮膚になっちゃって…」
いや、姉さん。それは俺の兵装よ?あと、怪我はしてないから回復薬はもういいよ。
姉さんの膝から降りて、俺は体をブルブルする。そして、ロブを見る。
奴は向こうの大木をなぎ倒し、こちらを振り返る所だった。奴の右太ももからは、僅かに血が流れ出ていた。
これじゃ、そこまで機動力は削げなかっただろう。やはり牙を刺さないと。でも、どうやって?
「いいね。ヴァルちゃん」
悩んでいると、俺の隣に蜂須賀君が並ぶ。両手にナイフを持ち、ロブを見てニヤリと笑った。
「今の、俺も真似して良い?」
【そいつは構わんが…】
いつもと雰囲気違うね。
どういう心境の変化か。ここで問うている時間は無かった。再び、ロブがこちらへと駆け出したのだ。
「俺が囮になるよ」
言うが早いか、蜂須賀君は背中を見せて逃げ出した。それに、ロブがいち早く反応する。野生の本能で、弱いと判断した蜂須賀君へと矛先を変える。頭を突き出し、猛進する。もう、蜂須賀君に迫る勢いだ。
ヤバい!
「よっと!」
緊迫した空気の中、蜂須賀君の軽い声が上がる。それと同時に、彼は大木を蹴り上げて、高く、高く宙へと舞った。その彼の下を、ロブが通過する。勢いが付き過ぎた為に止まれず、木の幹に頭をぶつけた。
ズンッ!
強烈な頭突きで、またもや大木が倒壊する。反面、頑強な頭蓋骨を持つロブは全くの無傷だ。
無傷だが、反動は受ける。突進の勢いは無くなり、その場に立ち尽くす。
そこに、空を舞っていた蜂須賀君が舞い降りる。両手に持ったナイフを、その首筋に思いきり叩き下ろした。
「いっただきぃ!」
【ブモォオオー!】
ロブの悲鳴。
首筋から大量の血を吹き出し、体を大きく逸らす。たたらを踏み、大きな隙を見せた。
今だ!
【チャンス!チャンス!チャンス!】
「つっこめぇ!」
駆け出した俺に、馬場山君達が続く。よろけるロブに向けて、武器を振り下ろした。
「おらぁ!」
「せぇえええいっ!」
【追撃!】
馬場山君の大剣が皮膚に浅い傷を刻み、そこに持田さんの太刀が突き刺さる。シアンさんも追いついて、ナイフで左目を潰した。
そして俺は、先ほど傷つけた右太ももに食らいつく。傷口に牙を突き立て、噛み千切る。右足に、深い傷を負わせた。
【ブモォオォオー!】
そこで、ロブが暴れる。体を大きく振り回し、俺達を振りほどいた。
体中から血が噴き出るのもお構いなしの大暴れ。最後の足掻きか。
そこに、影が落ちる。
「もういっちょ、いっくよぉ!」
いつの間にか木に登り、高く宙を舞う蜂須賀君。彼は、暴れるロブ目掛けてナイフを振り下ろした。
まだ血が噴き出していた、首の切れ目へと。
【ブォ…】
ブシュっと、血が噴水の様に吹き出し、ロブの動きが止まる。ビクンッと体を震わせたかと思うと、ゆっくりと、ゆっくりとその巨体を傾け始める。
そして、
ズンッ…。
地面に横たわった。
動く気配は、ない。
倒したんだ。
「いやぁ、大変だったねぇ」
死体からピョンと飛び降りた蜂須賀君が、血まみれの顔を拭く。
大変だった。そう言う彼の口元には、見たこともない大きな笑みが浮かんでいた。




