55話〜お前ら。準備しろ〜
「いやぁ。今日のはヤバかったねぇ」
箱根神社街の正門を潜ると同時に、シアンさんが伸びをしながらそう呟く。
それに、泥だらけの蜂須賀君も笑って頷いた。
「Cランクのフルコースだったもんね。カタフラウスに、オーガ。ゴブリンヒーローにオルニトケレス…」
「〆にシルヴァの大群と来たらもう、お腹いっぱいだよ」
確かに、シアンさんの言う通りだったな。最後のデザートには、俺も肝を冷やした。まさか、あんな大量の群れに囲まれるとは。
前に黒坂君を助けた時くらいじゃないか?またボスラプトルが出たらどうしようかって、結構本気で身構えていたし。
もしもそうなったら、第一進化はしていただろうな。
「そんで、今日1番に驚いたのは2人の活躍だよ」
シアンさんは俺を抱え、持田さんに突っ込んだ。
少し狼狽えた様子の持田さん。
「じ、自分もですか?」
「モチモチだよ。最後の方なんて、一人でシルヴァを相手してたじゃん。異世界生活2日目の初心者とは思えない活躍だって」
「さっすが、剣豪なんてレアなスキルを持っているだけはあるよね」
本当にそうだ。彼女の成長と活躍には、スキルの有無に関わらず目を見張る。
いや、そもそも剣豪と言う名のスキルを得られるだけ、鍛錬したから出来ること。言うならば、スキルがあるから強いのではなく、そのスキルに見合う強さがあると言う証明。
それって、スキルと言うより称号なのでは?
「そんで、ヴァル。君はもっとヤバかったよ」
「ラプトルの奇襲を返り討ちにしちゃうし、カタフの装甲を噛み切っちゃうし」
「ホントはその牙、マグライトで出来てたりして」
シアンさんがニヤニヤして、俺の牙を触る。
マグライトって確か、陽太さんの武器に使われてる鉱石だよね?俺の牙はそんな、青く無いよ?毎日しっかり磨いているからね。
2人に見えやすい様に、俺が【にっ】と歯を見せていると、馬場山君が神妙な顔で近付いてくる。
何でしょう?
「ヴァル。お前もしかして、攻撃力が200超えてるんじゃないか?」
「何言ってんのさ、ババちゃん。攻撃力200って言ったら、マギクオーツやCランク素材の武器レベルだよ?裸のヴァルちゃんには無理な話だよ」
ほぉ。そのクラスが200なのか。
蜂須賀君の話に聞き入っていると、馬場山がその視界を塞いだ。「どうなんだ?」と、顔を近付けて来た。
【うん。今は290くらいだよ】
「やっぱな」
俺が頷くと、馬場山君は少しスッキリした顔になる。
「じゃねえと、カタフの肉は貫けねえ」
ああ、そう言う事ね。
納得する俺の周りで、みんなが驚いた表情を見せる。「そんなに?」「どうやって?」「犬はレベルアップで強くなるの?」と議論が始まった。
レベルアップじゃないよ。肉だ、肉。肉食え。
「みんな!先ずは魔石を預けた方が良いんじゃないかな?」
お兄さんのナイスフォロー。みんなも「そうするか」と歩き出してくれる。
助かったけど…人間も魔物の肉で強くなれるのだろうか?ああでも、ギランバレー症候群になるとか言っていたし、危険なのかも。
生じゃなきゃイケる?
「それでは、預からせて頂きます」
ギルドに来た我々は、受付で魔石の入った袋を渡す。職員が専用の機械に魔石を入れるのを、固唾を飲んで見守っていた。
ちゃんとポイントは入るよね?
「はい。測定が終わりました。Eが1個、Dが3個、そして、C魔石が21個ですね」
おお!21個。そんなに集めたのか。やっぱり最後のデザートが大きい。
「見て、ヴァル」
姉さんが座り込み、端末を見せてくれる。そこには、〈チーム110…ポイント2443点。順位:1位/31チーム〉と表示されていた。
やった!1位だ!
「ええ、そうねヴァル。1位奪還よ。貴方のお陰だわ」
姉さんは俺を抱き上げて、よしよしと背中を摩る。
嬉しいけど…姉さん。俺はオスなんよ。無防備に双房を押し付けるのは危ないって。
「喜ぶのはまだだ」
小躍りするみんなを、馬場山君が制す。
「まだ、換金してないチームは多いからな」
おっと。そうか。ラプトルの群れに遭遇したから、予定より早く帰って来たんだ。
それでも、きっと10位以内には入っているんじゃない?
そう願いながら、我々は明日の準備をする。
でも結局、その結果が変わることはなかった。
まだ早いとユリ姉さんには言われたけど、その日の夕食に我々は、プチパーティーを敢行するのだった。
〈◆〉
「はぁ、はぁ…ああ、疲れた…」
夜遅く。我々は漸く、箱根神社街の正門に辿り着く。
門のライトを見た瞬間、誰かが弱音をつい零し、先頭に立つリーダーが「ちっ」と舌打ちをした。
「だったら帰れ。ゴミメンタル」
「あっ…ごめ…」
謝罪には取り合わず、式守はズンズンと街の中へと入っていく。
冒険の最中も思ったけど、随分と焦っているな。最年少で上級試験を受けるって言うので話題になっているけど、それもこの焦りと何か関係がありそうだ。
やはり、兄の存在が大きいのか?彼に追いつこうと必死だったり?
いや、やめておこう。ここにはそう言う奴がゴマンといる。あまり突っ込み過ぎると、二次の時の様に「人の心が分からない」と言われるんだ。
僕は荷物を背負い直し、彼の背について行く。そして、ギルドの受付に来た。他の窓口は閉まっているけど、ここと向こうの素材取引所だけは明かりが点っていた。
式守君が、屈強な男性に魔石を渡す。直ぐに結果が出て、報酬とポイントが支給された。
でも、
「はぁ!?」
デバイスの画面を見て、式守君の表情が一気に変わる。詰まらなさそうな気取った顔から、怒りで頬を赤らめる。
僕も画面を確認すると…なんと、順位が2位までしか上がっていない。今日はCランクを10体も狩って、ポイントも1800近くあるのに。
僕らを超えるチームが現れたのか。昨日2位だったチーム3か?昨日は400ポイント程度と言っていたが、今日で巻き返したのだろうか?
いや、違うな。彼らにそのポテンシャルはない。
そうではなくて…きっとチーム110だ。あのチームなら有り得る。昨日は20位だとか言っていたけれど、あのチームの実力ならきっと巻き返せる。
そう、僕が思いたいだけかもしれないけど。
「おい、お前ら。準備しろ」
顔色が戻った式守君が、僕らに指示をする。
…色は戻っているけど、目は戻っていない。ハントしている時と、同じくらいに鋭い。
これは…。
「あ、あの。式守さん。じゅ、準備って?」
「分からねぇのか?狩りの準備だよ。今からフィールドに戻って、そこで野営する。そこから朝イチで出発し、明日は森を抜ける」
「もっ、森を?」
震えるチームメイト。
僕の手も自然と震える。森を超えれば、荒野が広がっている。そこまで行くと、Bランクの魔物も出てくる様になる。大型の地龍や、トランプルマンモス級の魔物がゴロゴロ出没するエリアになる。
「分かったら行くぞ。野営の道具を持ってこい」
「待つんだ、式守君」
僕が立ちはだかると、式守君の目が僕を穿つ。ギロリと、僕を覗き込んでくる。
「待ってどうなんだよ、委員長。1位が遠のくだけだろうが」
「1位にこだわるより、体調を万全にすべきだ。みんな今回の冒険で、酷く疲弊している。5位内に入っておけば、合格の可能性は変わらないのだから」
「ヌルい事言ってんじゃねぇよ」
式守君が肩を掴んでくる。より、異常な光を孕むその目が、僕に近付いてくる。
「1位でなく、5位でいいだと?良いわけねぇだろ。常にトップを目指し、最高峰に立ち続ける。それが一流の冒険者って奴だ。一流の俺は、ここを首席で通過するんだよ」
「それは…お兄さんの為か?」
「あぁ?」
殺気。
式守君の存在感が、一気に膨れ上がる。
やられる。そう思ったが、彼はただ僕の肩を押すだけだった。僕が1歩下がると、その横を通り過ぎる。
「俺は独りでも行く。お前らは勝手にして、勝手に落ちてろ」
式守君の背中が、どんどん小さくなっていく。それに、チームメイト達もついて行った。
僕は振り返り、お二方に問いかける。
「止めるべきではないですか?夜は危険です。こう言う時に止めるのが、貴方達なのでは?」
「そうしたいのは山々だが、こいつは試験だ。俺達は、君たちの意見を最大限尊重する。俺らが動くのは、君らの手に余った時だけだ」
ぐっ。
そうか。これも選択肢の1つと言うこと。こんな事は、冒険者をやっていればいくらでも起こりえる事なんだ。
「分かりました」
僕も彼の背について行く。ここでチームをバラけさせる方が、余程不味い。
僕だけは、彼のブレーキとならねば。
〈◆〉
昨晩はとても楽しかった。Cランクの魔石はかなりの金額になったので、武具のメンテナンスを終えてもかなりの金額が手元に残った。
なので、我々は高級料亭に行って、舌鼓を打たせて貰った。俺も、豆腐のカツ煮とかって言うのを食べさせて貰った。
美味かったね。肉が柔らかくて、脂身の少ないオーク肉って感じだった。不思議と活力が上がった気がしたけど、冒険者宿舎に帰って鏡を見たらステータスは上がっていなかった。
美味すぎて、勘違いしたみたいだった。
とは言え、ラプトルを食べた効果は出ている。
俺は暖炉横に設置された姿見を見て、ステータスの伸びにニヤついた。
〈ステータス
種族:雑種犬
LV:52(+0)
HP:171(+0)
MP:180(+0)
物理攻撃力:288(+4) 【+50】
物理防御力:365(+0)
魔法攻撃力:0(+0)
魔法防御力:152(+0)
俊敏性:220(+14) 【×1.25】
器用性:56(+0)
スキル:瞬発力(中)、剛腕(小)、釣師、暗視、嗅覚強化〉
攻撃力が若干上がり、俊敏性が大幅上昇だ。10体分の肉を食べたからね。なかなかの上昇率。
そして、新スキルもゲット。嗅覚強化。
この試験が始まってから、必死に嗅ぎ回っているからね。なんか昨日は調子が良いなぁと思っていたけど、まさかスキルが発現しているとは。
これは、頑張れば聴覚も来るな。そしたら俺は、もっと探索に磨きがかかるぞ。
店に流れるポップなミュージックと相まって、俺の心は踊っていた。
そこに、
「ひぇ〜。散々な目に遭ったぜ」
ボロボロの冒険者3人組が、宿のカウンターに飛び込んできた。かなり歳がいっている玄人冒険者で、受験者ではない。
彼の体からは、血と火薬の臭いがした。
何だろう?何か遭ったんだろうか?
「どうしました?」
「いやぁ、それがねぇ。林の手前を探索してたら、いきなりオークが現れてねぇ」
「しかも3体もですよ?護身用の爆竹投げて逃げて来たけど、まさかこんな平原でオークの集団と遭遇するなんて」
「森の中も騒がしいらしい。逃げてきた奴は、手前の雑木林でシルヴァを見かけたとか」
ふむ。それはおかしいな。
俺は冒険者達の話を聞いて、尻尾を下ろす。
オークもシルヴァも、何時もより浅いエリアに出没しているみたいだ。
森で、何か起きているのか?
俺は不安になり、宿の窓から外を見ようとした。
そんな時、店内に音楽を届けていたラジオから、急にノイズが走った。
『さぁ、夢描こう♪あなたの夢を♪大丈夫よ、きっと叶うか…ザッ、ザー!ザザッ!ザッ!』
おぉ、なんだ?
俺は振り向き、ラジオを見る。
でも、おかしくなったのはラジオだけじゃない。店のランプは激しく点滅し始め、緊急放送などを流す放送スピーカーからは『ガガガガッ!』と壊れたような異音がした。
な、なんだ?何が起きている?
突然始まった異変に、俺は慌てる。まるでトランプルが来た時の様に、胸騒ぎがした。
でも、異変は直ぐに収まる。ラジオは何事も無かったかのように歌を歌い出し、ランプは淡い光で俺を照らす。そして、店の人達も談笑に戻っていた。
よくある事なのか?
そう思ったけれど、俺の胸の中には、不安が燻ぶっていた。
変わらず襲い来る、寒気と共に。




