54話~構えろっ!~
「おっし、おまえら。ここからが森の深部だ」
翌日。
俺達は、昨日引き返した場所まで戻ってきた。そこで、馬場山君が注意するようにみんなに伝達する。
後ろのみんなから、緊張感が漂って来た。
俺だって緊張している。以前ラプトルを倒した時は、独りかハウンズを伴った状態だった。でも今回は、戦闘慣れしていない若者達を引き連れている状況。
彼らを守りながらの戦闘。それは、マンモスを倒すのと同等の難しさだと思う。後ろの兄弟が参戦してくれたら楽勝だろうけど、そうしたら試験は受からない。だからここは、俺が頑張らねば。
俺は周囲の匂いと音を確認し、吠える。
【敵影なし。安全だよ】
「そう、ヴァル。魔物は近くに居ないのね?」
【流石は姉さん】
俺が肯定すると、みんなから程よく緊張感が抜ける。
それで良い。最初から緊張し過ぎると、大事なところで持たなくなる。今はただ、何時でも戦える様に準備だけしておいて。
そして俺は、彼らの緊張が完全に抜け切る前に、適当な魔物を見つけないといけないぞ?
今日最初の獲物を求め、俺は全力で魔物の痕跡を探した。
〈◆〉
「随分と暗くなって来たわね」
「そだねー」
俺の後ろで、小原達が不安げな声を漏らす。
当たり前だ。俺も、この薄暗さには緊張を隠せない。木々の間が広くなり、小さな草木が減ったのは歩きやすくて良いが、太い木の幹の裏から何か飛び出して来ないかと嫌な想像が絶えない。
それでも前に進めているのは、ヴァルのお陰だ。
こいつが周囲を警戒し、俺達を力強く導いている。偶に目の錯覚で闇に溶けて見えなくなるので、一瞬ヒヤリとするが。
…大丈夫だよな?こいつには匂いだけでなく、視界もしっかり開けて見えるんだよな?
「ヴァル。お前は大丈夫か?」
【アウアォー】
何となく、大丈夫と言っている気がする。
大丈夫か?俺がそう思いたいだけじゃないのか?
「大丈夫だよ、ババちゃん。俺達には昼間の草原と変わらなく映ってるから。だよね?ヴァルちゃん」
蜂須賀の問いかけに、ヴァルは【ワフ】と頷いた。
そうか。俺の思い違いじゃないか。それは良かっ…。
良いのか?犬の言葉が分かる様になる事が。
【アウッ!ワンッ!】
ヴァルが短く吠え、尻尾を振る。
この感じは、何かを見つけた合図だ。昨日もこれで着いて行ったら、その先に獲物が居た。
匂いで探知したのか?昨日習った足跡は…ええい、くそっ。この暗さじゃ良く見えねぇ。もっとこいつのスキルを盗みたいんだが…。
今はポイントだ。稼いで、あのクソゴミ野郎の鼻を明かす。
「隊列を組め。魔物が居るぞ」
俺は後ろに声を掛け、背中に背負っていた大剣を構える。
最悪、いきなりシルヴァラプトルと鉢合わせるかもしれない。その場合を考えて、何時でも攻撃出来る様にしねぇと。
そう身構えていた俺だが、目の前に魔物が現れて構えを解いた。
こいつは…。
「うわっ。大きな魔物。アンキロサウルス?」
「似ているけど違うわ、シア。これはカタフラウス。動きは遅いけど物理防御力の高い魔物よ。尻尾に棘が付いていて、振り回して攻撃してくるから注意してちょうだい」
小原が落ち着いて解説する。
まぁこいつなら、それほど焦る必要もない。シルヴァと同じCランクだが、性格は比較的大人しい。防御力は落ちるが、攻撃力は高いロックタートルとでも言えばいいか。
だが、楽な相手ではない。少なくとも今の俺達では、マトモにダメージを与えられるか微妙だ。
ああ、くそ。俺の装備があればな。こんな魔鉄のナマクラじゃ、攻撃スキルの1つも付きやしねぇ。
「小原。防御力を下げる薬は作れるか?」
「材料はあるわ。でも、調合に少し時間がかかるの。5分間注意を逸らして貰える?」
「5分だな」
俺は小原に蜂須賀を付け、前に出る。こちらを見ている地龍に剣を構えた。
「おし。やるぞお前ら」
「「はい!」」【ワウッ】
「ヴァルは威嚇。シアンは撹乱。俺と持田で足止め。手はず通りに行くぞ!」
俺の合図に、みんな動き出す。既にこちらへと突進していたカタフに対して、一直線で駆け寄る。
始めに動いたのは、シアンだ。
「当たれ!」
頼りない掛け声だが、彼女が放った矢はカタフの顔に当たり、突進を中断させた。
よしっ、ナイスだ。
【ガウッ!】
止まったカタフの首下目掛け、ヴァルが噛み付き攻撃をする。
なるほど。首下なら分厚い装甲に守られていないから、比較的防御が薄い。そこなら、多少のダメージが通る。
ナイスだ、ヴァル。
【ウォオオン!オォン!】
ヴァルに噛み付かれたカタフが、大きく暴れる。頭と尻尾を振り回し、ヴァルを振り払おうと必死になっている。
それでも、ヴァルは食らいつく。体がブンブン振られても負けじと、喉元を噛んで離さない。
おいおい。大丈夫か?
俺は、ヴァルに退避を命じようと思った。でもそれより先に、ヴァルは振り落とされる。コロリと地面を転がり、こちらへ戻ってきた。
「良くやった、ヴァル」
良い時間稼ぎだ。
そう褒めようとしたが、言葉が止まった。ヴァルが何かを咥えていたから。
それは、真っ赤な何かの肉。
はぁっ!?
【ヴォオン…グオォ…】
驚く俺の前で、カタフが低い鳴き声を上げる。見ると、奴の首筋から大量の血が漏れ出していた。
マジか…お前…。
「カタフを、食ったのか…」
驚き過ぎて声が掠れる。なのに、目の前のワンコは平然と肉を咀嚼した。
マジか…。カタフって確か、防御力が200以上あったよな?じゃあこいつは、それよりも強力な顎をしてるって事か?そんなの、マグライト級の攻撃力じゃねぇか。
「馬場山殿」
目を剥いていると、持田が横に並ぶ。そして、その鋭い眼光を俺からカタフへ移した。
「宜しければ、自分が介錯致します」
「あっ、ああ…?」
かいしゃく?
俺が曖昧に頷くと、持田はゆっくりとカタフへ近付く。
もう奴は、フラフラと歩くので精一杯になっていた。目は虚ろで、定期的に首から血が吹き出している。必死に呼吸しているが、その大半は血と一緒に漏れ出ている様だった。
その様子を見てやっと、持田の言った言葉の意味を理解した。
ああ、介錯かと。
「せぇええいっ!」
スパンッ!
持田の一刀で、カタフの首が落ちる。防御力200の首が、あっさりと。
空気中の魔素を吸えなくなっていたからな。防御力を保つ事が出来なくなっていたんだろう。それでも、魔鉄製の武器でこれほど綺麗に切断するとは…。
【アオゥ!アウアウ】
「いえ、自分などまだまだです。ヴァル殿に比べたら」
今回のMVPが揃って、獲物の前で謙遜し合う。
俺はそれを見て、動けなかった。
なんて奴らだ、こいつら。特にヴァルは、何の装備も付けていない犬だぞ?それが、地龍を倒すなんて…。
俺は、何をやっているんだ?
「馬場山君」
呆気に取られていると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、厳しい顔の小原が。
「どう言う事か説明してくれるかしら?なんで薬を作る前に、標的が倒されているの?」
「…俺が聞きてぇくらいだ」
そう返すのが、精一杯だった。
それからも俺達は、ヴァルに導かれるままに森の奥を探索した。その中で、カタフレベルの魔物を幾つか討伐し、貴重な薬草も採取することが出来た。その薬草で作った薬で、俺も少しは活躍することが出来た。
持田程じゃないが、俺もカタフの脇腹に一太刀浴びせて、行動不能にする事に成功した。
うっし。そうだ。これでいい。確実に俺も、レベルアップしている。今は差を見せつけられているが、必ずこの2人に追い付く。
執念が俺の、武器だからな。
「これで、Cランク魔石は9個目だね。どうする?もうちょっと粘る?」
魔石を数えていた蜂須賀が、俺に問いかけてくる。
それに、俺は大きく頷く。
「当たり前だ。これっぽちで、順位は上がんねぇ。他のチームも昨日と同じ…いや、昨日以上に稼いでいるんだからな」
式守の野郎なら、昨日の倍稼いでいてもおかしくねぇ。だから、
「俺達も倍稼ぐ。そんで1位を目指すんだよ」
「一理あるわね。首席で合格すればそれだけ、ドラフトの時に有利ですもの」
珍しく、俺に賛成する小原。
かと思ったが…。
「でも、引き際は肝心よ?明日もあるんだから、少し余裕を持って終わりにしましょ?」
「分かってんだよ、それくらい」
俺は端末をチラリと覗く。
ふんっ。まだ昼過ぎじゃねぇか。
「あと2時間だ。2時間粘って、日が落ちる前に街へ戻るぞ」
「おっけー!」「りょ」「承知しました」【ワウ!】
終わりが見えたからか、みんなに気合いも入る。
さて、あと2時間の間に、3体は狩りたいところだが…?
俺が欲に目を光らせていると、ヴァルがピタリと止まる。耳をピンと立て、周囲を探る。
この反応は…ヤバい!
「構えろっ!」
俺の号令に、すかさず持田が従う。遅れて、他の3人も。
ヴァルは前で唸る。カタフを貫く牙を剥き出しにし、何時でも飛びかかれる態勢を取った。
そして急に、俺の方へと飛びかかってくる。
それに俺は反応出来ず、ヴァルにのしかかられ、凄い力で押された。
倒れゆく俺の前で、ヴァルは跳躍する。その先に居たのは…。
【ワウッ!】
【ギャゥイ!】
灰色の小型地龍、シルヴァだった。
「ぐっ」
俺は地面に尻もちを着くも、直ぐに立ち上がる。頭上では、シルヴァの首に噛み付いたヴァルが、頑張って耐えていたから。
待ってろ、今、俺が、
「せぇえええいっ!」
俺が剣を構えるより早く、鈍色の閃光が宙を舞い、次の瞬間にはシルヴァの頭が地面に転がった。
持田。お前…。
「まだです!囲まれています!」
持田はシルヴァの血を払いながら、叫ぶ。そして、再び構えた。
俺も感じた。こちらを向く、幾つもの殺意を。
くそっ。とうとう来たか。シルヴァの群れ。それも、そのど真ん中に来ちまった。
「陣形を組み直す!亀の陣だ!」
「「了解!」」
俺の指示に、全員が機敏に動く。小原を中央に周りをシアンと蜂須賀がガードする。
そして、1番外側は俺と持田だ。
俺達が耐えられなきゃ、そこで終わりだ。回復役の小原は絶対に、守らにゃならん。耐えて、この窮地を脱するんだ。
【ワオゥッ!】
ヴァルがこっちに吠える。
来るか!
俺が大剣を構えた所に、シルヴァの顎が飛び出す。俺の剣に、その鋭い牙で噛み付いた。
ぐっ、このやろ!
【ガウッ!】
蹴り飛ばそうとしたそいつの首筋にもヴァルが噛み付いた。途端に、俺の剣は自由となる。
さっきは出遅れたが、今度はそう行かねぇぞ!
「おらぁあ!」
俺の一刀が、シルヴァの肩へ深々と食い込む。
ちっ。持田みてぇに両断出来なかったか。まぁ良い。
これが、俺の一刀だ。
力任せに剣を振り切り、シルヴァの血肉を振り払う。その頃にはもう、目の前のシルヴァはこと切れていた。
「それっ!」
「いっくよぉ〜」
向こうでも、ピエロコンビが連携プレイを見せつける。ヴァルの指示で構えていたシアンが、飛び出したシルヴァにナイフを投げ、それで足踏みした所に蜂須賀が切り込んでいた。
やるな、蜂須賀。短剣で良く、あのシルヴァに突っ込めるもんだ。シアンも暗視スキルが無いのに、なんて命中率だ。
「みんな!その場から動かないで!足元に粘着剤を撒くわ!」
小原もしっかりと仕事をする。フィールドを自分らの戦いやすい様に作り替え、仲間に回復とバフを振り撒いている。
そして、
「せりゃぁあああ!!」
【ガウッ!】
2人は別格だった。飛び出して来たシルヴァをそのまま、一噛みと一刀だけで倒していた。ヴァルなんて、こっそり死肉を食らう余裕すら見せている。
なんて奴だよ、お前。お前にとって、シルヴァは餌なのか。
いや、
「それは、俺もだろうが!」
俺も負けじと、前に出る。小原の粘着剤で動きが弱まった個体に、思い切り大剣を叩き込んだ。
「来いよ!次!」
俺は力の限り、大剣を振り回し続けた。




