60話~明日、か~
ズシンッ…!
レガディウムの巨体が地に落ち、その衝撃で地面が揺れる。強力な獄炎ブレスを放っていた首は、馬場山君の一撃で完全に泣き別れになっている。
我々を睨みつけていたその双眼は、今はただ虚空を見詰めていた。
倒したんだよな?あの赤龍を。今度こそ。
俺はシェルガードを構えたまま、レガディウムの死体を睨みつける。ボスマンモスの時があったから、慎重になっていた。
でも、完全に事切れているみたいだった。体から僅かずつ、魔力が漏れ出てるし。
ふぅ、終わったか。
俺がそう、油断した時、
「うぉおおおお!」
雄叫び。
一瞬、レガディウムが復活したかとビクッとしたが、奴は今でも地に伏していた。
声は、後ろから。
「すげぇ!みんな、凄いことやっちゃったよ!ねぇ、ほら!」
波多野兄だった。
1班と一緒に退避したと思っていたけど…陰ながら見ていたらしい。俺達以上に興奮し、レガディウムの前でぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「どうしたんだよ、みんな!レガディウムだぞ?龍の中の龍を倒したんだ。もっと喜んで良いんじゃないの!?」
「あっ、ああ。そうなん、だけどよぉ…」
馬場山君が頬を搔きながら、みんなを振り返る。みんなも、困惑した表情だ。
本当に自分達がやったのかと、狐に摘まれた様な顔をしている。
でも、陽太さんのお陰で実感が湧いてきたみたいだ。徐々に表情が明るくなり、馬場山君が拳を突き上げた。
「レガディウム、狩ったぞぉ!!」
「「わぁああ!」」
シアさんと蜂須賀君は飛び跳ね、姉さんも嬉し泣きをしている。持田さんは相変わらず、刀に付いた血を吹き取ろうとしていた。
それ、時間が経てば消えるんだけどね。
「ヴァル!」
ユリ姉さんが駆け寄って来る。
「あなた、凄い無茶して…。その両手を見せてちょうだい」
いや、今両手は甲羅で塞がってるんだけど…。
ちょっと待って。今、退化するから。
「しっかし、ビックリしたねぇ。ヴァルちゃんがいきなり、大きくなるんだもん」
「本当に、ヴァル…なんだよね?」
蜂須賀君とシアンさんも近付いてくる。シアンさんが、恐る恐る俺を見上げた。
それに、姉さんが眉を寄せる。
「決まっているでしょ?どんな姿でも、ヴァルはヴァルなんだから」
「ごめん、ごめん。そう言う意味で言ったんじゃなくてさ。ほら、いきなりでビックリってことで」
そんなに怒らないでくれ、姉さん。シアンさんの反応が普通なんだから。
俺は退化し、姉さんに処置をしてもらう。
そうしていると、向こうから足音が。
「おい!お前ら!」
怒号。
見ると、鼻に皺を寄せた式守君が、我々を睨んでいた。
レガディウムの亡骸を指さし、吠える。
「俺の獲物だ!横取りしやがって!」
「はぁ?んだと、てめぇ」
馬場山君が低い声を出し、置いた大剣を肩に担いだ。
あかん、あかん。このままだと決闘になっちゃう。
俺は急いで駆け出し、レガディウムの上に乗る。そして、そこで吠える。
【俺達の勝利だ!!】
済まない、レガディウム。死体蹴りみたいな事をしてしまって。
でも、効果はあった。馬場山君は大剣を下ろしてくれて、みんなはニッコリ。式守君も、それ以上言葉を続けられなくなった。
そんな彼らの後ろから、複数の声がする。人間達の荒い息遣いも同時に。そして直ぐに、森から冒険者達が飛び出した。
飛び出して直ぐ、俺とレガディウムの亡骸を見て、急停止した。
その人達は、冒険者達だった。
「なっ!えっ!?レガディウム!?」
「首が…倒したのか?受験者だけで?」
「犬は、あの犬は何なんだ?」
固まる冒険者達。
その人達を追い越して、1人のツンツン頭が俺に手を振る。
「アヌビス!みんな!やったな!」
「海斗さん!」
波多野弟さん。
という事は、後ろの人達は1級の冒険者さん達か。
「ちっ」
近付いてくるプロハンターを前にして、式守君は悔しそうに引き下がる。 俺を睨みつけて、街の方へと消えていった。
面倒くさい奴だな。
「本当に、お前らだけでやったのか?」
「凄いな。首を両断じゃないか。魔鉄装備でやったんだろ?」
1級の冒険者さん達が、馬場山君達を取り囲んで褒めちぎる。どうやって倒したのかと、根掘り葉掘り聞こうとしていた。
そんな人達を越えて、海斗さんがレガディウムに近付く。先に調べていた陽太さんとユリ姉さんの横に座り、「どうよ?」と声を掛けた。
「なんか分かった?ヨウちゃん」
「おう。ちょっと、こいつを見てくれ」
陽太さんの指さす方向を覗き見ると…背中に、紫色の魔石が生えている。
なんだ?これ?
「なんだよ?それ」
「分かんねぇけど、こいつが電波障害の元凶だ。ほら、端末を近づけると画面が消えるだろ?」
「大丈夫かよ?それ。放射能とかじゃねぇの?」
「それは考えにくいわ。機器を瞬時に壊すレベルだったら、私達なんてとうに死んでいるもの」
なるほど。流石は姉さん。
「だが、ヤバそうなのは変わらない。俺がサンプルを取って、対策課に送るよ。小原さん達は試験に集中してて」
お兄さんはそう言うけど、もう試験はこれでお終いだ。レガディウムが出たと言う事で、試験も繰り上げて終了となったとの事。
それって、このレガディウムはノーカンってこと?
「大丈夫だぞ、アヌビス。帰るまでが試験らしいからな」
おお、そうなのか。そいつは安心だ。
俺達はレガディウムの亡骸と別れ、先に街へと戻る。レガディウムの素材は、他の冒険者さん達が運んでくれることになった。
鱗とか外骨格とか、消えずに残った物が多かったからね。疲労困憊のみんなが運ぶのは難しかった。
レガディウムの影響で、林にも草原にも魔物は殆どいなくなっていた。お陰で、俺達は何事もなく街にたどり着くことが出来た。
そこには、既に受験者全員が集まっていて、俺達を待っていた。
みんなの好奇な目が、俺達を見回す。
「A級の飛竜を倒したらしいぞ?」
「マジか?あいつらだけで?」
「犬と女のチームで、なんでそんな…」
「皆さん!静粛に!」
ガヤガヤとしていた場が、試験官の一声で静かになる。試験官はそれを満足そうに見た後、「試験結果は明日」という内容を伝え、今日は指定の宿で休むように指示を出した。
助かる。流石に、今日は疲れたから。
「明日、か」
試験から解放されたと言うのに、みんなの顔は浮かばない。ポイント的にも1位は確定していると思うのだが…どうしてだろうか?
「不思議そうな顔してるね、ヴァルちゃん」
おぉ、蜂須賀君。
一体、何故なんだい?
「明日は試験の合否だけじゃなくて、その後にドラフトもあるんだって」
「ドラフトって言うのはね?ヴァル。合格者には、有名クランからも声掛けがあるって事だよ。優秀な冒険者に、うちに入って下さいって手を上げてくれるって事」
「逆に言うと、誰からも声が掛からないかも知れないんだ」
なるほど。そう言う事か。
蜂シアコンビのお陰で、俺はこの空気の固さを理解することが出来た。
そして、その空気の固さは、翌日になると更に固く、重くなっていた。
宿屋の裏に設置されたステージ前で、受験者達は椅子に座らされていた。その後ろには、大手クランの冒険者や見物人の方々が詰めかけていた。
まるで、卒業式の父兄席だ。おっ、あそこにいるのは黒坂君じゃないか。
やっほー。
俺が振り返って尻尾を振ると、黒坂君が嬉しそうに手を上げる。その横の南さんは、黒坂君の頭に当たりそうなくらい大きく手を振っていた。
ははっ。愉快な人達だ。
『それでは、これより第29回、上級冒険者試験3級の部、合格発表会を執り行います。番号を呼ばれた方は前に登壇して下さい』
司会の鈴原先生が、ちょっと緊張した声でアナウンスする。前の演台には火伏校長が立ち、鋭い目で俺達を見下ろしていた。
そのオーラはまるで、レガディウムのそれに思えた。
勘違い…かな?
『受験番号、87番。渡辺拓海。チーム順位、15位』
「っしゃぁ!」
呼ばれた受験者は、飛び上がらんばかりに喜んで登壇する。校長から3級のカードと証書を貰い、嬉しそうに振り返った。
でも、直ぐに絶望した顔になる。彼に対して、誰も手を上げなかったからだ。
ええ、こんな感じなの?
「これが現実だ、ヴァル。実力を示せなかった奴は、合格出来ても茨の道を歩き続けにゃならねぇ」
【それは、厳しいね】
「まぁな。だがまぁ、ここに来てるのは大手クランと、限られた中堅クランだけだ。卒業した後、自分から売り込みに行きゃ、取ってくれるところもあるだろ」
なるほど。
ドラフト指名がなかったら、就活に移行って訳か。
『受験番号、162番。中村裕也。チーム順位、7位』
「はい!……おおっ!やったぁ!」
次の人は、無事に勤め先が決まったみたいだ。
振り返ると、端っこの方に立っていた冒険者が手を上げて、中村君はそちらに走って行った。
やべ。今の見てたら、俺も緊張してきた。犬を取ってくれる企業なんて、あると思えないんだけど?
誰も手を上げなかったら、野良でやれって事?それって……今までと一緒じゃないか?
なんか、安心したな。
『受験番号、888番。蜂須賀弓弦。チーム順位、1位!』
「「「おぉお…!」」」
1位という事で、受験者だけでなく後ろからも多くの声が上がる。
何処からか「ちっ」という音が聞こえたけど…誰だか想像が付くな。
「俺っちか。行ってくるよ、みんな」
俺達の中で受験番号が一番若い蜂須賀君は、足取り軽く階段を上がる。
それとは反対に、俺は自分の事以上に緊張してしまう。先ず彼が合格して嬉しいはずなのに、もうドラフトが気になって仕方がない。
さて、どうなるか…。
俺は緊張で喉を鳴らしながら、後ろを振り返る。すると、そこでは10人以上の人が手を上げており、会場がザワついた。
うぉおお!やったぁ!
【おめでとう!蜂須賀君!】
「ありがと、ヴァル!みんなも、ありがとー!」
蜂須賀君は喜びのあまり、またムーンジャンプを披露していた。
それは良いんだけど…この場合、彼は何処に行くべきなんだ?
「普通は一番デカイとこに行くのが定石だ。だが…パラソニックワイルドナイツと、四井ゴールドホルンか。どっちも超大手だな。どうするんだろうな、蜂助は」
「良いなぁ。次、あたしだ」
心配そうにしていたシアンさん。でも彼女も見事合格していて、セブン&アローズが手を上げてくれたと喜んでいた。
ひぇっ。あの白いツインテ少女の所じゃないか。南無南無。
『受験番号、999番。久野天馬。チーム順位、2位』
おっ。委員長だ。
そうか、やっぱり式守チームは2位だったのか。色々やらかしてくれたチームだったけど、さてどうか。
彼にも色々お世話になったので、何とかいい結果となって欲しいと俺は思った。
でも、杞憂だった。チーム2位に対しても、みんなは中々いい反応を示していた。
蜂須賀君達程ではないけどね。
「はぁ、良かったよ。あれだけやらかしてしまったけど、何とか大手に拾って貰えた」
「何が、何とか…だよ。味の元ユナイテッドなら、十分勝ち組じゃねぇか」
委員長に突っ込む馬場山君。軽口を叩いているけど、手が僅かに震えていた。
不安なんだ、彼も。そろそろ呼ばれるだろうし。
『受験番号、1101番。馬場山和英。チーム順位、1位!』
「は、はいっ!」
うわっ。ガチガチに緊張している。大丈夫かな?
俺の不安を他所に、馬場山君は壇上に上がる。そして、振り返ると同時に叫ぶ。
雄たけびを。
「おっしゃぁあああ!」
もう振り返らなくても分かったけど…うん。凄い数の手が上がっている。もう、数えるのが面倒なくらい。
「すっげぇな、ババちゃん。戸畑製鉄スチールハーツと、TOMITAブリッツ…うわっ、日天堂まで手を上げてるよ」
「ドラゴンキラーって呼ばれてるからじゃない?トドメ刺したのがデカいね」
いやいや。彼には色々と光るものがあるからだよ。指揮能力もそうだし、諦めない根性も凄かった。
あの最後のジャンプが無ければ、俺達はこの場には居なかったんだから。
『受験番号、1108番。式守蓮。チーム順位、2位』
おっ。とうとう式守君か。さて、どれだけの手が上がるか。
既にザワ付いている会場の雰囲気に、俺は期待して彼の登壇を見守った。
でも、
「……はぁっ?」
彼の変顔を見て、俺はつい振り返った。
そこでは、シンッと静まり返った来場席の様子が広がっていた。
誰一人、手を上げない。考える素振りも無く、冒険者達はただ冷徹な目を返していた。
「おっ…おい、何だよこれ。何なんだよ!」
「これが結果だ、式守蓮君」
校長が、静かに口を開く。
「確かに君は、最年少で3級となった。だが、考え方が余りに若い。命のやり取りをする冒険者が、どうして焦る君を取ると言えようか」
「ふざけるな!俺は、俺は1人でBランクも狩れるんだぞ!」
「止めろ!蓮!」
後ろから声。
振り返ると、式守プロがそこに仁王立ちになっていた。
「結果は示された。早く降りなさい。他の受験者の迷惑だ」
「くっ…そ、アニキぃ…」
式守君は凄い顔で式守プロを睨みつけ、そのまま会場を去ってしまった。
その姿を見て、冒険者達は残念そうに首を振っていた。
こっわ。2位でもこんな結果になるのか。
じゃあ…俺は?
俺は急に怖くなって来た。野良に戻るのは別にいいけど、最低評価をされると言うのはどうにも心臓が悪い。まるで、人間社会に野良犬は要らないと言われているみたいで。
心臓が変な音を奏で始めたその時、俺の名前が呼ばれる。
『受験番号、1111番。野良犬のヴァル。チーム順位、1位!』
しかも、ヴァルの方で呼ばれた。
彼女なりのサービスかな?
「ヴァル!がんばれ!」
「きっと大丈夫だよ!」
蜂シアコンビが励ましてくれる。持田さんと馬場山君も大きく頷いてくれたし、姉さんなんて既に拍手をしていた。
いや、姉さんだけじゃないな。波多野兄弟まで拍手してくれてる。何となく、彼らなら拾ってくれそうな気がするぞ?
ちょっと気分を良くした俺は、登壇する。校長が演台から出て、金色のドッグタグを待ち構えていた。
済みませんね。俺だけカードじゃなくて。
「冒険者、ヴァル。其方は犬と言う大きな枷を嵌められた状態で、数多の試験を最高の形で踏破して見せた。その姿は、受験生は勿論の事、多くの人に希望を与えたであろう。故に、貴殿に冒険者3級の資格を与えるものである」
校長は態々、俺の為に言葉を用意してくれた。
あっ、いや。違うか。俺が最後だからだよね?
でも、最初の人にも何も言っていなかったな。じゃあ…?
「この者と共に歩みたいと思う者は、その意思を示すが良い」
校長がそう言った途端、後ろで「はいっ!」と元気のいい声が響いた。
海斗さんだな。ふぅ。何とか1社内定が決まったか。
そう思って振り返ると…。
「ワンコ!こっちだ!一緒にやろうぜ!」
「なに言ってんだ!アヌビスは俺達とやるって決まってんだよ!」
「いらっしゃい、ヴァル!一緒に、資正堂メディックスへ行きましょう!」
「私達の所においで?ワーウルフ君」
めっちゃ手が上がっていた。上げていない人を探す方が難しいくらい。
「どうする?ヴァルよ」
校長先生が、ニヤリと笑って座り込む。
「何処に入るかで、君の生き方が変わる。今まで歩んで来た道とは大きく違う、プロハンターの道がな。君にはその道が、数多広がっているのだ」
【広がり過ぎでしょ…】
俺はつい、愚痴を零してしまう。
それを、校長は「かかっ!」と笑う。
「悩むが良い、若人。だが、貴殿がどの道を選ぼうと、それが正道であり、栄光へと続く道である」
いやぁ、どうですかね?
必死に俺を呼ぶ冒険者達を見て、俺は吠えたい衝動に駆られる。
何処に入るかもそうなんだけどさ…取り敢えず、俺の名前を1つに決めてくれないかね?
ここで、野良犬のお話は終わらせて頂きます。
「まだ続きがありそうだが…まぁ、そう言う事か。ならば、次に行くべきであるな」
次はどんな世界ですか?
「ありきたりな剣と魔法の世界だ。だが…」
だが?
「全ての枷から解き放たれよう」
…それって。




