52話~その矢を何処で…?~
ゴブリンの集団を蹴散らしてから暫く、我々は森の中を彷徨っていた。魔物の肉を食べた俺は、ずっと看病されていたからだ。
みんなは必死に魔物の姿を探すけど、森の中は障害物が多くて探すのに苦労している。数時間探し回り、偶に迷い出るホーンラビットやはぐれゴブリンからしか魔石を稼げていなかった。
蜂須賀君が大きく首を振る。
「全く居ないね、魔物」
「どうする?もっと奥に進んでみる?」
シアンさんが森の先を指さす。
それに、後ろから波多野兄が声を上げる。
「ここから先は、魔物のレベルが一段上がるよ。それを忘れないでね」
「地龍の目撃例もあるぞ」
海斗さんがシレッと言うと、シアンさん達は顔を見合せ、指さしていた手を下ろす。
今度は馬場山君がため息を吐いた。
「ったく、埒が明かなねぇ。おい、小原。ヴァルを貸せ」
「ダメよ」
彼がこちらに手を伸ばそうとすると、ユリ姉さんはより強く俺を抱き寄せた。
「体調が悪化するかもしれないでしょ?」
「あぁ?薬は飲ませたんだろ?だったら良いじゃねぇか」
「薬だって万能じゃないわ。症状が突然出て、魔物の前で倒れるかもしれないし」
姉さんが馬場山君を睨み付ける。
大丈夫だって、姉さん。俺は散々、魔物を食べてきたんだから。
そんな思いを込めて、俺は姉さんの肩に前足を置く。ジッと、彼女の目を見る。
姉さんも見返して、小さく息を吐き出した。
「…良いわ。でも、前に出過ぎちゃダメよ?」
姉さんの許しが出た。
地面に降ろされた俺は、早速周囲の匂いを嗅ぐ。
うんうん。色んな魔物の匂いがするな。こっちはゴブリン系。こっちはイノシシ系。んでこっちの獣臭は…コボルトかな?
「何見てんだ?」
俺が地面に出来た足跡を見ていると、隣に馬場山君が並んだ。そして、地面に頭を擦り付けるくらいに這いつくばって、足跡を凝視する。
「なるほどな。お前は匂いだけじゃなく、こう言うのも見ている訳か」
何かを得た馬場山君は、その姿勢のまま地面を這う。
それに、後ろで見ていたシアンさんが驚きの声を上げる。
「ちょっ、変態みたいだよ、馬場山君。やめなって」
「何言ってんのさ」
馬場山君を立たせようとしたシアンさんに、海斗さんが呆れた声を掛けた。
「そうやって魔物の痕跡を探すのは、冒険者の基本だぜ?特に、こう言った視界の悪い所だとな」
「シアンちゃんも、アヌビスを手本に探してみなよ」
「ヴァルを?」
お兄さんに促され、シアンさんが俺を見下ろしてくる。
俺は彼女でも出来る様にと、木の幹を鼻で指した。
ほら。ここに毛が挟まってるでしょ?
「ホントだ。結構あるもんなんだね」
「面白そ。俺もやろうっと」
シアンさんだけでなく、蜂須賀君も参戦する。3人は競うように、周囲を探索し始めた。
俺も彼らに負けじと、より良い匂いを選別する。
ふむ。こっちの方が、匂いが強いし足跡も大きくくっきりしている。きっと大物だぞ。
【みんな!こっち!】
「またお前は、凄いのを見つけやがる」
馬場山君も足跡を見て、嬉しそうな、でもちょっと悔しそうな顔を見せる。
でも直ぐに表情を強ばらせる。目の前に、小山程のイノシシが現れたからだ。
「レッドボアの親玉か。お前ら!散会しろ!」
「おっけー」「いっくよー!」
3人は連携して、大イノシシに立ち向かう。姉さんも布の様な物を丸め、それをイノシシの近くに投げた。
なんだろう?鼻が曲がる程の臭いだ。
「臭い袋よ。これでボアの行動範囲を狭めたわ」
おお。なるほど、そう言う戦い方もあるのか。
感心する俺の視線の先で、馬場山君達が奮闘する。いつの間にか持田さんも参戦し、大イノシシに太刀を浴びせていた。
「せぇええいっ!」
【ブヒィ!】
やるな、持田さん。イノシシの首を切りつけて、確実にダメージを与えている。もう、馬場山君と引けを取らないメインアタッカーになっているぞ。
やはり鍛えた人間は強いなと、俺は改めて彼女を評価する。
その時、音がした。
風切り音。
これは…!
慌てて振り返ると、こちらへ矢が飛んできていた。姉さんに向かって一直線に向かっている。
うわっ、危なっ。
【よっと】
俺は空中で矢を咥え、姉さんに当たるのを防いだ。
ふぅ、危ない。こんな忙しい時に誰だ、こんなイタズラをして。
「ヴァ、ヴァル」
下手人を探していると、姉さんが驚きの声を漏らす。
「貴方、その矢を何処で…?」
俺が咥える矢を、訝しそうに見る姉さん。
おや?姉さんは見ていなかったのか?自分に矢が飛んできているのを。ちゃんと気を付けないと…って、また来た。
俺が振り返ると、こちらに飛んでくる2本の矢が見えた。
こいつら、確実に姉さんを狙ってやがる。明らかに殺意も感じるし…潰すしかない。
俺は飛び上がり、二本の矢をたたき落とす。そのまま、矢が飛んできた方向へ駆け出し、直ぐに辿り着く。
矢を放っていた、5匹のゴブリン集団の元に。
全く。戦っている人を横から襲うとは、なんて頭の回る個体だ。森の奥には、レベルだけでなく能力も高い魔物が多くなるのか。
確かに危険だ。森の奥へ進むって言うのは。
【ギャッ】【ギィ…】
俺は全速力で、ゴブリン達を蹴散らす。防御力300越えなので、ただ体当たりするだけで相手は弾け飛んでいく。
瞬く間にゴブリン達を葬り、素早く肉を口にする。
急げ、急げ。姉さんに見つからない内に、腹に収めるんだ。
「ヴァル!」
何とか咀嚼が終わった時、姉さんが追い付いた。慌てた様子で、俺の全身を撫で回す。
「大丈夫なの?何処も、怪我してない?」
「おい、どうした?」
馬場山君達もやってきて、姉さんの様子に眉を寄せる。
姉さんは彼らに振り返り、落ちていた弓を拾う。
「ゴブリンアーチャーが潜んでいたみたい。矢を射られたけど…ヴァルが全部防いでくれて、アーチャーも追い払ったみたいなの」
「いやぁ〜。追い払ったんじゃないみたいだよ?」
蜂須賀君は屈んで、何かを拾う。
灰色の魔石だ。
「これ全部、Eランクの魔石だ。だからきっと、ヴァルが全部倒したんだよ」
まぁ、相手はゴブリンだからね。これくらいは許して欲しいんだけど?
呆気に取られている女性陣に、俺は毅然とした態度で訴えかけた。
〈◆〉
「よしっ。行ったぞヴァル!足止めしろ!」
【ワンッ!ワンッ、ワンッ、ワンッ!】
森の中で、馬場山君とヴァルの声が響く。その後には、魔物らしき悲鳴が上がり、バサッと何かが倒れる音が続く。
私達が到着した頃には、そこに大きな鹿の魔物が倒れていた。
その横で、あの無愛想な馬場山君が嬉しそうにヴァルを撫でていた。
「良い動きだ。あの俊足に追い付くとはな」
「ヴァルの50m走は、受験生唯一の4秒台だからね」
男達が楽しげにヴァルを囲む。
それに、綾ちゃんまで加わった。
「見事な誘導でした、ヴァル殿。叔父上の飼っていた狩猟犬を思い出す動きです」
【アウゥ】
ヴァルも楽しそうに頷く。それを見ていると、自然と心が緩みそうになるけど…でもやっぱり心配が勝つ。
ヴァルは異世界初心者で、しかも装備を殆ど着けていないのだから。唯一着けられた首輪も、防御力が10上がるかどうかの安易な魔鉄製だ。そんな弱い装備では、ホーンラビットの一撃も防げない。
それでも、ヴァルは私を助けてくれた。驚異的なスピードで矢を弾いて、瞬く間にゴブリン5体を倒してしまった。
確かにゴブリンはEランクの魔物。でもそれは、はぐれ個体の場合。ああして集団になっているゴブリンは、危険度が一気に跳ね上がる。それなのに、私達が駆け寄る僅かの時間で倒してしまった。
これが、冒険者になった犬の力なの?レベルアップしたら、こんなに強くなるの?人間の私達だと、1つレベルが上がってもステータスは良くて+2が精々なのに。
もしかして、何か特別なスキルでも持っているのかしら?
「さて、次の獲物を探すぞ」
【ワンッ!アンッ!】
ヴァルは「こっちだ!」とでも言うように、私達を案内する。
こんなに早く魔物を感知できるなんて、本当に凄いわ。普通、森の中で魔物を探すと、遭遇率はグッと落ちる筈なのに。ヴァルと一緒だと、直ぐに魔物を見つけてしまう。
驚異的な嗅覚と聴覚。これもきっと、犬ならではの能力。
今までは否定的な意見が多かったけれど、これからは犬を伴って冒険すると言うのもありかもしれないわね。寧ろ、何故今まではそうしていなかったのかしら?
私が思い出そうと目を伏せそうになった時、前から緊張気味な蜂須賀君の声が聞こえた。
「うわっ、次はオークだ」
「っ!」
オーク。
腕力だけでなく、そのぶ厚い外皮と脂肪で防御力も高い厄介な相手だ。しかも、私達の前に現れたのはかなり大きな個体。小さな群れのリーダー格レベルのオークだった。
それは、みんなも直ぐに分かったみたい。下手に飛び込もうとせず、大きく距離を取って構えた。
逃げるか、それとも戦うか。それを判断しようとしているみたい。
でも、
「あっ、ダメだよ!ヴァルちゃん!」
ヴァルは止まらない。私達が開けていた距離を軽々と飛び越し、オークに向かって威嚇し始めてしまった。
ああ、思い出した。だから、冒険に動物を起用しないんだ。ここは異世界。野生動物とは違い、魔物は最初から私達を獲物としか見ていない。動物のルールが通じない。そのギャップが、多くの動物の命を奪っていった。
そしてそれは、今も。
「ヴァル!下がって!」
私も声を張ったが、ヴァルが動くより先にオークが動き出した。目を爛々に輝かせて、手に持った鉈を振りかざした。
不味い!
私はつい、前に飛び出していた。手にした杖では防げないと分かっていても、ヴァルを助けるのに必死だった。
でも、
【ワウッ】
助けようとした黒い犬は、軽々と鉈を避けて見せた。
いいえ。避けただけじゃないわ。オークの太い手を伝って、その顔に突進した。その右目に向かって、勢いよく頭突きする。
【ブギィイイイ!】
オークの絶叫。
見ると、オークの右目は潰されていて、大量の体液が吹き出していた。
えっ?何を?何が?なんで、どうやって、目を潰したの?
【ワオォッ!ワンッ、ワンッ!】
呆気に取られていると、ヴァルが吠える。歪なタップダンスを踊るオークを鼻で指し、訴えかけるような目でこちらを見ている。
それに、みんなは遅れて頷く。
「あ、ああ。おう。そうだな。やるぞ、お前ら」
「おっけ。じゃあ、取り敢えず足を潰して来るよ。シアちゃんは左目を狙ってくれる?」
「いいよ。足止めてるから楽勝だよ」
「では、自分は首を落とします」
4人がオークへ駆け寄る中、私はヴァルの元へと急いだ。彼の額には、オークの血がベットリついていた。
「ヴァル。あなた一体、何をしたの?」
【アウ?アウゥ?】
えっ?不味かった?
そんな声が、聞こえそうな返答だった。




