51話〜君は優秀な斥候だね〜
初日は簡単なレクリエーションで終わらせた我々は、箱根の街に1泊する。ここは水源の近くみたいで、簡易なシャワーもあった。
女性陣が嬉しそうにしていた。試験に受かったら、ここを拠点にしようかなんて話し合っていた。
そして、翌日。朝食を終えた我々は、正門の横に集まる。フィールドへ繰り出す冒険者達を横目に、試験官の説明を聞いていた。
『白のFランク魔石は1ポイント、灰色のEランク魔石は5ポイントです。この集めたポイントと、インストラクターからの評価で合否を分けていきます』
3日間の試験期間中に、より多く、そして高得点の魔石かそれに類する収集物を集める。
それが、三次試験のルール。二次試験は色々と複雑だったが、三次は狩るか採取するかのシンプルな物であった。
でも、だから簡単と言う訳ではない。外は魔物が跋扈する危険な世界。1ポイントを集めるだけでも、命懸けになる事も珍しくない。二次の比ではない難易度になっている。
そう、試験官に釘を刺された後、俺達はフィールドへと繰り出す。
優秀なインストラクターと共に。
「そんじゃ、俺達は君らの後ろから着いていくから。ヤバかったら迷わず頼って良いよ」
「ちょっとしたアドバイスくらいは出来るからね。不安だったら、バンバンお兄さん達を頼ってちょうだい!」
優秀…うん。取っ付き易い良い人達だ。
陽気に手を振る陽太を見上げ、ちょっとの不安を感じる俺。
そこに、誰かが近付いてくる。
「よう、仲良しチーム」
式守君だ。彼の後ろには、委員長もいた。
寄りにも寄って、このチームに配属されたのか、天馬君。
「残念だったな。お前らは二次までだ」
「あぁ?なんだとコラ」
馬場山君が突っ込みそうになり、慌てて蜂須賀君達が止める。
それを、式守君が「ふんっ」鼻で笑う。
「二次では運良く1位になっていたがな、この三次は実力のみが評価される。現に、俺らは優秀な人達に選ばれた。マグレじゃ冒険者になれねぇんだよ」
式守君はチラリと向こうに視線を流し、彼らに付いたインストラクターを見る。
確か、ドラグナーズとか言われていた人達だ。
うちの仲良し兄弟より上なの?
疑問に思う俺の頭上で、馬場山君が「はっ!」と威勢よく笑う。
「企業ランク1位をインストラクターにして、強気になってんのかよ?俺達が狩らねぇと、ポイントにはなんねぇんだぞ?」
「言葉を覚えろ、ゴリラ。ドラゲナーズが選んだのは1位のてめぇらじゃねぇ、俺達だ。そして、てめぇらに波多野兄弟が付いたのは知り合いだったからだけ。埋まってねぇんだよ、差は。俺とお前らとの圧倒的な実力差は、全くな。それを三次で見せてやる」
式守君はみんなを睨みつけた後、俺を見下ろす。殺気にも似た怒気を飛ばし、彼のチームへと戻っていく。彼らは足早に、森の方へと向かって行った。
「何なんだ、あの野郎は」
「気にしたら負けだよ、ババちゃん。ほら、俺達も急がないと」
苛立つ馬場山君を蜂須賀君が宥め、チームを森へと引っ張る。
ナイスだ、蜂須賀君。やっぱり君は、このチームの潤滑油だな。
俺も率先して先頭に立ち、みんなを引っ張る。そのまま雑木林の中に入った。
途端に、後ろのみんなが緊張する。
「とうとう入ったね。ここに」
「分かってたけどさ、視界はあんまり良くないよね。弓は暫く封印かも」
そうか。みんな森に入るのは初めてなのか。それは緊張するのも当然だ。森の方が、魔物との遭遇率が上がる気がするから。
「一方向ばっか見るな。俺が後ろを警戒するから、お前らは左右を警戒しろ」
「私は、ヴァルと一緒に前方を見ているわ」
みんなは俺を先頭に一列となり、四方を警戒する。
うん。そう言う緊張感は大事だ。俺も匂いと音で警戒しているけど、完璧じゃないからね。
とは言え、大概の魔物はこれで事前察知できる。
今も、11時の方向からこちらへ向かってくる何かの足音を捉えた。この重めの足音と獣臭さは…イノシシ系の魔物かな?
【来るよー!】
「「っ!」」
俺の一声に、みんなが一段と緊張する。馬場山君が前に出て、両脇を蜂須賀君とシアンさんが固める。持田さんも前に出ようとしたけど…ユリ姉に止められた。
まだ冒険者2日目だからね。後ろで戦い方を見学させるんだろう。
じゃあ、先ずは俺が一番槍として…。
「ヴァルも、こっちにいらっしゃい」
飛び出そうとしたら、ユリ姉に止められてしまった。
…うん。いや、分かっていたよ。こうなることはね。
有無を言わさないユリ姉の元へ、俺はスゴスゴと引き下がる。それを、一番後ろで見守る波多野兄弟がニヤニヤと見ていた。
ああ、分かっているよ、貴方達の心情は。あの時、山の様に大きくなった俺が、今は飼い犬みたいになっているのがおかしいんだろ?でも、仕方ないじゃないか。
2人に目線で訴えながら、俺はみんながイノシシ系の魔物を倒すところを遠くで見ていた。
そこそこ大きなイノシシだったけど、馬場山君が突進を止めて、蜂須賀君とシアンさんが両脇から攻撃すると直ぐに倒れて、灰色の魔石を残して消えた。
おお、見事な連携。
「レッドボアか。それなりの大きさだから、群れが近くにいるかもしれねぇな」
「おっ。なら、それも倒してポイントゲットだ」
男性陣が周囲を探索する中、シアンさんが近づいて来る。俺の頭を優しく撫でた。
「ナイスだったね、ヴァル。匂いで分かったの?」
【それと音だね】
「そっか。君は優秀な斥候だね」
いやいや。これくらい、犬なら出来て当たり前のことさ。
シアンさんと戯れる前で、蜂須賀君が頭を掻く。
「近くにいる訳じゃなさそうだね。こっちの方角から来たから、こっちを探してみる?」
「まぁ、行くだけ行ってみるか。危険だから、ヴァルと持田は後ろの隊列だ」
馬場山君達はボアが来た方角を探すらしい。
確かにそっちから来たみたいだけど…そっちに居るとは限らないんじゃない?
俺は彼らの後ろを付いて行きながら、周囲を警戒する。風上方向は匂いを、風下方向は耳を研ぎ澄ませて魔物を探る。
「…いねぇな」
そうして暫く歩いたが、ボアどころか角ウサギ1匹遭遇しなかった。
馬場山君が首を振る。
「こっちはダメだな。ヴァル。何か匂いはあるか」
【ちょっと待って】
頼られた俺は、気合を入れて周囲を探る。木々に付く匂いを嗅ぎ、地面に刻まれた僅かな足跡を探る。すると、小さな足跡を見つけた。匂い的にはゴブリンで、足跡の数からして4匹以上。
悪くない獲物じゃないか?
【居たよ、こっちだ】
俺は匂いのする方へとみんなを導く。そして、程なくしてゴブリンの集団を見つけた。8匹程が纏まって、森の中を歩いている。
「よし。よくやった、ヴァル」
馬場山君まで褒めてくれて、俺の頭を軽く撫でるとそのまま、ゴブリン達に向って突撃した。大剣を振り回して、群れを両断する。
「おらぁ!」
「こっちは俺が!」
「じゃあ、あたしはこっち」
馬場山君が蹴散らしたことで、ゴブリンの集団は散り散りになる。それを、みんなが各個撃破する。俺の方にも1匹、迷い込んだ奴がいた。
ゴブリンか。器用性を上げたいと思っていたから丁度いいな。
俺は駆け出し、ゴブリンの首筋に噛み付く。すると、牙を入れようとした瞬間に血が噴き出し、俺の口にはゴブリンの肉が切り取られていた。
最早、このランク帯の敵は雲の様に軽い。きっと突進するだけでバラバラになってしまうだろう。
兎に角、器用性を上げるために不味い肉を食らうか。
「ちょっ!ヴァル!ナニしてんのさ!?」
ゴブリン肉を無理やり呑み込んでいると、後ろで悲鳴が上がる。振り返ると、目を丸くしたシアンさんが立ち尽くしていた。
何って…肉を食べているだけだけど?
「魔物を食べるなんて、お腹壊したらどうするんだよ?ほら、ペッして」
ええっ…。魔物の肉を食べるのって、普通じゃないのか?
俺が困惑している間にも、他のみんながどんどん集まって来る。シアンさんが「ヴァルがゴブリン食べちゃった」と慌てて説明して、みんな顔を青くする。
泣きそうなユリ姉さんが、俺の背中を摩る。
「ダメよ、ヴァル。そんなゲテモノを食べたりしたら、とても危険なことなのよ?」
「そうだよ。前にそれで立てなくなっちゃった人もいるって聞いたし、死んじゃった人もいるらしいよ?」
「ああ。マギ・ギラン・バレーとかって症状だったよな、確か」
馬場山君まで心配そうな顔をしている。
そうか。人にとって魔物の生肉は危険なんだな。ギランバレー症候群と言うのは聞いたことがあるけど、マギが付くのは初めて聞いた。でも、きっと同じ様に生肉を食べることで発症する感染症なんだろう。
そりゃ、人が食べたらそうなるかもしれない。でも俺は犬だぞ?犬は元々、肉や骨を消化するのに特化した体だ。特に俺は、散々生肉を食べて来たんだ。
そう訴えたいところだが、生憎その意志は伝わらない。それに、みんながこれだけ心配してくれるのに申し訳なくも感じる。
心配を掛けたら不味いな。今度から魔物の肉は、こっそり食う事にするか。
【ごめんね、みんな。心配をかけて】
「分かってくれたら良いのよ、ヴァル。次から気を付けて頂戴ね」
姉さんが優しく抱擁し、そのまま俺を抱きかかえてしまう。
ええっと…、もしかして暫く、俺は安静にしないといけないのかな?
この過保護っぷりはどうにかしないと不味いぞ?と、俺はユリ姉さんの胸の中で考えた。




