50話~その10倍あるよ~
「おっ。結構似合ってんじゃん。アヌビス」
【どうも!】
海斗さんから褒められて、俺はビシッと胸を張る。すると、首に付けた首輪がキラリと光った。
今、俺達は各々に配られたレンタル装備を試着している。これから試験の為に草原へと出るのだが、その前にみんな、装備を整えていた。
俺には無縁の話だと遠目で見ていたのだが…なんと、俺用の装備も作ってくれていた。首輪だけだけど、初めての専用装備は何だか嬉しい。伸縮性もあるらしいので、ワーウルフくらいであれば壊さずに進化できるようにもなっている。
有難い。
俺は、配慮してくれた人達に感謝する。でも、俺の後ろでは不満の声が漏れた。
「ちと重いな、これ。純粋な魔鉄製じゃねぇのか」
「仕方ないって、ババちゃん。試験用のレンタル品だから、武具の質はお察しだよ」
「重さもそうだけど…ちょっと小さいわね。もうワンサイズ上のは無いのかしら?」
「いいなぁ~、ユリ姉。あたしなんてブカブカだから、ちょっと分けて欲しいよ」
経験者の4人は満足していなかった。きっと、普段使っている装備はこれより良い物なのだろう。
でも仕方がない。これは試験であって、装備の差で合否が分かれては不公平だ。だから、こうしてみんなが同じ装備に包むのは当然の事。
今回の三次選考では、戦闘力を計るみたいだからね。より多く、より高質な魔石を集めることが合格の基準となるらしい。
「自分には、懐かしい重みです。今すぐにでも試し斬りをしたい気分です」
持田さんは満足していた。鞘に入れたロングソードを両手で抱え、キラキラした目で空を見ている。
凄いな、持田さん。初めての異世界入りとは思えないほど堂々としている。他にも始めたな人は何人かいるが、みんな装備の重さで倒れている。経験者ですら、彼女の様に真っすぐ立てない人が居るのに。
流石だな。
「よ~し。みんな装備は大丈夫だな?なら早速、冒険のレクチャーをするぞ。初心者も居るみたいだから、最初っからやるからな」
「おい。ちょっと待て、海斗。その前にやることがあんだろ」
陽太さんは弟を止めて、みんなに手鏡を配る。
ステータス確認か。
「先ずはこれでステータスを確認してくれ。持田さん。悪いけど君は、各数値もここに記入して欲しい。初回の人はそう言う決まりなんだ。差し支えなければスキルもお願いしたい」
「これを覗くだけで宜しいのですか?あっ!何か書いてあります」
珍しく、驚きを口にする持田さん。
そうだよな。それ、初めて見るとビックリするよね。
「アヌビスも見てみろよ」
海斗さんが手鏡を向けてくれる。
毛並みが艶やかな犬が、こちらを見返してきた。
〈ステータス
種族:雑種犬
LV:52(+8)
HP:171(+36)
MP:180(+16)
物理攻撃力:284(+20) 【+50】
物理防御力:365(+4)
魔法攻撃力:0(+0)
魔法防御力:152(+12)
俊敏性:206(+16) 【×1.25】
器用性:56(+4)
スキル:瞬発力(中)、剛腕(小)、釣師、暗視〉
おぉお!軒並み上がってる!マンモスを10体以上倒して、4体の肉を食べたからかな。バケモノじみた成長率を叩き出してる。特にHPの伸びが凄いな。やっぱあいつら、体力バカだったって事だ。
そして何故か、スキルまで増えてる。
きっと、冒険者試験で頑張ったからだろうな。二次で夜中に狩りをしたし、それで暗視スキルも手に入ったのか。
試験でめっちゃ走ったから、瞬発力もレベルアップしたし。中になると掛け算になるのか。この倍率はヤバいぞ。もっと俊敏性を鍛えれば武器になる。戦闘の補助って立ち位置から必殺技って感じになって来た。
「どうよ?アヌビス。強くなってるか?」
【バッチリよ!】
「そっか。そうだよな。あんなに頑張ったもんな」
本当に嬉しそうな顔を、彼は浮かべてくれる。
良い人だ。
「あの、波多野海斗プロ」
俺達の会話に、ユリ姉さんが入ってくる。少し硬い表情を海斗さんに向ける。
「貴方、随分ヴァルと仲良さそうに見えますけど、どのような関係なのかしら?」
おっと。そうか。野良犬が1級冒険者と仲良しだから、驚かせてしまったか。
「アヌビスとの関係?そりゃまぁ、俺達はトランプルまん…」
「あっ!ちょっ!海斗!おまっ、ちょっとこっち来い!」
お兄さんが慌てて、海斗さんの首根っこを掴んで引きずって行った。
えっ?どうしたん?
俺も驚き、隅でコソコソ話す2人に耳を向けた。
「(小声)バカお前。アヌビスの事は口外するなって、上から厳命されてるだろ。あの災害の事なんてもっとダメだ」
「(小声)ごめ。つい口が滑っちまったよ」
「(小声)ったく、お前。気を付けろよ?」
そう言えば、俺が拘留所に入れられている時にも言ってたね。あの事件と俺のことは緘口令が敷かれているって。あの時だけの処置かと思ったけど…なるほど。俺の存在は、周囲にバレると色々と不味いみたいだ。
「あの、何か私、不味い事を聞いてしまったかしら?」
「いや!全然!」
訝しむ姉さんに、お兄さんが慌てて立ち上がり、愛想笑いを浮かべる。
「俺達は、アレだ。この子を保護してさ。優秀な子だから、冒険者にするのはどうかって上に掛け合ったんだよ」
嘘は言ってないな。魔力切れの俺を抱きかかえ、処遇に対して口添えをしてくれたらしいから。
「あら?そうなんです?でも海斗プロは、さっきトランプルがなんとかって…」
「と、トランプ!トランプだよ!アヌビスはトランプも出来るから、こいつは冒険者に良いぞって、俺の直感がビビッと来てね!ははっ!はははっ!」
「トランプで…冒険者?」
苦しい言い訳だな、お兄さん。確かにトランプくらいは出来るけど。
大量の汗をかくお兄さんに、俺は一声【ちょっと】と鳴く。
さぁ、早く先に行きましょう。
「おっ!そうだな、アヌビス。もたもたしてたら、夕方になっちまう。みんな!先ずは草原に出るぞ!」
お兄さんは手をブンブン振って、みんなを誘導する。
そうそう。試験開始は明日からだけど、それまでに色々と学ばないといけないことが多い。
何せ、持田さんは正真正銘の初心者だからね。今日は冒険の基礎を教えてもらうことになっている。
「それじゃあ、持田さんを中心に教えるけど、他の人も復習がてら聞いてくれ」
街の正門を超えて草原に出ると、陽太さんがロングソードを引き抜いて大地に突き刺す。
「ここがフィールド。危険な野生動物や魔物がうじゃうじゃいる危険地帯だ。ここいらは討伐も進んでいるし、上からの援護射撃も届くから比較的安全だ。でも、気を抜くなよ?草むらに隠れた蛇や角ウサギにプスッてやられることもあるからな」
「承知しました」
持田さんは動揺する素振りもなく、静かに頷く。
流石だな。
彼女の冷静さを頼もしく思っていると、美味しそうな匂いが微かに漂ってくる。そして、小さな足音も。
おっ、これは。
「ヴァル。何か見つけたのかしら?」
流石は姉さん。俺の僅かな動きにも反応した。そして、一緒に草むらを注視する。
草のカーテンから、1羽のホームラビットが飛び出してきた。
やはり、君だったか。これは、持田さんには丁度いい練習相手になるぞ。
幸先良いなと、俺は尻尾を振る。
すると、
「下がって、ヴァル。危険よ」
姉さんが俺の前に割り込んで、ウサギを睨みつけた。
ええっ?姉さん、そんな。
俺は困惑して、彼女を見上げる。
それはちょっと、過保護過ぎるんじゃない?
「普通のウサギじゃねぇぞ。こいつは魔物だ」
そう言いながら、姉さんの前に出る馬場山君。
おぅ。君までそんな、過保護に…。
みんなの反応に戸惑っていると、目端に兄弟が笑いを堪えている姿が見えた。俺を見て、顔を真っ赤にしている。
ぷぷっ。ボスマンモス倒した奴が、角ウサギ相手に守られてやがる。
2人の表情から、そんな心情がうるさいくらいにダダ漏れていた。
ぐぅ…。確かに、みんなは俺が初心者だと思っているから、過保護になるのも仕方がない。かと言って、あまり力を出し過ぎるのも不味いみたいだし…。
これは、思った以上に大変な試験になりそうだぞ?
俺の予想は、的中する。
その後も、俺は随分と過保護にレクリエーションをこなす事となった。魔物と戦闘を行うにしても、必ず誰かサポートに入った。
姉さんが薬で弱らせたり、シアンさんが矢でダメージを与えたり、馬場山君が押さえつけてくれたり…。
まるで接待ハントだ。俺は首筋を噛むだけでお終い。
まぁ、良いか。ウサギ相手じゃ、もう何も上がらなくなっていたし。
「どう?ヴァル。レベルは上がっているかしら?」
5羽目を倒した所で、姉さんが屈んで鏡を見せてくる。そこには、1mmも成長していない犬が情けない表情を見せていた。
俺の横に馬場山君も並び、鏡を覗く。
「こんだけ狩れば、5レベくらいにはなってんだろ。どうだ?」
【うん。その10倍あるよ】
「なんだ?俺か?俺はもう、草原じゃ何匹狩ってもレベルは上がんねぇよ。18もあるからな。俺のレベルは」
レベル18で…。
どう言うべきか迷う俺の後ろで、蜂須賀君が驚きの声を上げる。
「ええっ!?18って、もしかして森に入ったの!?」
「バカ、入れる訳ねぇだろ。俺ら5級だったんだぞ?」
「でもさ。草原に居るゴブリンとかじゃ、14レベが精々でしょ?どうやったの?」
「簡単だ。上級冒険者が森に入る時、ここで張ってるんだよ。そうすりゃ、オークとかの中級魔物が迷いでて来るんだよ」
「なるほどねぇ」
うん。確かに面白い。
この世界のレベルアップは意味無いものだと思ったけど、実力を測るのには持って来いだ。レベルが高ければ、それだけ強い魔物を狩れる。強さの指標にはなるんだ。
「せぇえいっ!」
【ギヤァ…】
納得した矢先、目の前でゴブリンが切り裂かれる。それを行ったのは、流れる動作でロングソードを鞘に収めた持田さん。
すっご。
「良いね。持田さん。めっちゃ綺麗な太刀筋だったよ」
「恐縮です」
海斗さんに褒められた彼女は、小さく礼を行う。
まだフィールドに出て1時間くらいだぞ?もうゴブリンが赤子のよう。
最初から強い人は、レベルでは測れないみたい。
「さっすが、剣豪のスキル持ちは違うな」
ええっ?
持田さん。最初からスキル持ちなの?
そうか。現世で厳しい修行をしていたから、強力なスキルを始めから持っているのか。初心者とは言え、戦闘は玄人。
こりゃ、俺達もウカウカしていられないぞ?
俺は馬場山君を見上げる。案の定、彼の表情にも焦りが浮かんでいた。
彼は、海斗さんに近寄る。
「すんません。俺、森に入りたいんすけど…」
「ダメだよ。もう日が傾き出している。夜の戦闘は、昼の何倍も難しい。暗視スキルでもあれば別だけどね」
おっ。出た。暗視スキル。
俺は持ってるよ。二次選考でゲットしたんだ。
「森へは明日から入る。本当はもう少しここで慣らそうと思ったけど、持田さんも持て余しているみたいだし」
「明日…まぁ、なら…」
「待って!」
馬場山君が引き下がると、今度は姉さんが前に出た。
どうしました?
「まだ早いわ。ヴァルが居るのよ?」
かほごぉおお!
姉さん、過保護過ぎますぅ!
「大丈夫だよ。アヌビスは鼻が良い。魔物にも、俺達より先に気付く」
「でも…」
「それに」
海斗さんはニヤリと笑って、姉さんと、そして俺を見る。
「危なくなったら、俺達が"守る"よ。君たちの大切なヴァルちゃんをね」
ぐぅっ。
これみよがしに「守る」を強調させやがってぇ〜。
俺は項垂れた。




