49話〜君のカードは無いから〜
二次試験が終了した翌々日。
我々受験者は、三次試験に向けて出発した。二次試験の時は660人が10数台のバスで旅立ったが、今回はその1/3、188人まで受験者数が減っていた。最初の受験者数を考えれば約1/10だ。
難関とは聞いていたが、噂以上だな。これから三次でも、半分以下まで篩い落すんだろ?
「あら、ヴァル。散髪したの?格好良くなったわね」
バスに乗り込み座席に座っていると、ユリ姉さんが隣に座った。そして、俺の毛並みを褒めてくれた。
昨日、ダメ元で鈴原先生に頼んだら、近くの犬用床屋に連れて行ってくれたんだ。涼しいし軽いしで、最高の気分だった。
【先生には感謝ですよ】
「そう。良いトリマーさんに出会えたのね。撫で心地も最高よ」
姉さんは優しく、俺の背中を撫でてくれる。そして、俺の顔を両手で挟み、真っ直ぐ瞳を見詰めて来た。
「ヴァル。三次試験もよろしくね。私は調合のスキルを持っているから、怪我したら直ぐに私の元にいらっしゃい。特製の回復薬で治してあげるから」
【流石は姉さん】
なんと。姉さんも異世界経験者だったか。
そして…調合師?錬金術師?兎に角、姉さんのイメージにピッタリなスキルだね。
出来れば俺も、同じスキルを得たいんだけど…先ずはゴブリン系を食べて器用性を上げないとだよな。
久しぶりの異世界で、俺は心がワクワクしていた。
確か最後は、トランプルマンモスのボスを倒した所で終わっていたはず。ボスの肉は食べ損なったけど、マンモス肉は大量に摂取したからな。ステータスはかなり期待出来る。
こっちの試験も色々頑張ったから、何かスキルが出ているかも。スキルの瞬発力が成長していたら嬉しい。
そして何より、久しぶりにハウンズに会える。街の外で俺を待っていると聞いているから、一言挨拶したい。
俺は冒険者になろうとしているからね。ボスの権限を正式にクマ君に返さないと。
楽しみだと、俺はバスの窓から外を見る。でもそこで、違和感を感じた。
バスの進行先が、東京とは反対方向だった。
あれ?
「すみませーん!今から行くのは、明治神宮じゃないんですかぁ?」
同じ事を思った蜂須賀君が、手を挙げて聞いてくれた。
試験官が咳払いして、教えてくれる。
「ああ、違うぞ。例年はそうなんだが、今年はトランプルマンモスの災害があったからな。復興で試験どころではないんだ」
おっと。そう言うこと?
止められなくて、ごめんなさい…。
「じゃあ、何処に行くんです?」
「今から行くのは、神奈川県の箱根神社」
試験官がニヤリと笑う。
「明治神宮に負けない大都市、箱根が今年の試験会場だ」
それから暫くして、バスは箱根の芦ノ湖を右手に北上し、直ぐに目的地に到着する。
箱根神社。来たことは無かったけど、広く立派な境内だ。
それで?異世界へ通じるゲートは何処だい?
「全員、集合!」
バスから降りてキョロキョロしていると、試験官の1人が手を挙げる。彼はみんなが集まると、カードの様な物を高々と掲げた。
何だろう?
「今から諸君らに、4等級の冒険者カードを配布する」
おっ。4級にはこの時点で受かるのか。そう言えば、4級合格者の合格率は2割程度って聞いていたな。確かに割合的にも合っている。
俺は興奮し、尻尾を振る。
「5等級以下を持っている者は受け取る際、試験官に渡すように。受け取ったら顔写真と生年月日が正しいか確認してくれ」
ふぁっ!?生年月日?
俺、野良だからいつ生まれたかも分からないんだけど?気付いたらこの成犬になってたし。
慌てる俺の前に、試験官がやって来る。
「あ~…。君のカードは無いから」
なにぃっ!?
まさかここに来て、犬はダメですなんて言わないよな?
俺は驚愕し、目を剥く。
その前で、試験官は座り込み、紐で吊るされた何かを見せて来る。それは…。
「君はこっち。無くしたら、再発行に1000円かかるからね」
ドックタグだった。試験官は俺の首にそれを巻き、「よしっ」と自己完結させて次の人に行ってしまった。
どうなんだ?これ。ちゃんと4級カードと同じ効力あるんだろうね?
「似合ってるわよ、ヴァル。とってもハンサムね」
またユリ姉さんが褒めてくれる。タグを持ち上げてくれたので、俺でも視認することが出来た。確かに〈4等級冒険者〉と書かれている。名前の所が〈犬〉なのは、仕方がないと思うけど…。
まぁ、マークシートもそれで通したしな。
「では今から、ゲートに向かう。隊列を乱さぬようについて来てくれ」
試験官に先導されて、我々は箱根神社の中を通る。観光客らしき人達が振り返り、手を振ったり写真を取ったりしている。
なんか、相当注目されているな。中には「あっ!冒険者の…」って、我々の境遇を知っていそうな人たちも結構いる。特に俺に対しては、余計に多くの注目が集まっている。まるで動物園のパンダ状態だ。
ここでもパンダか。
「ここが、箱根街へのゲートだ」
試験官が指し示したのは、芦ノ湖の中に立つ鳥居であった。
箱根神社の代名詞とも言われる平和の鳥居。それを手で指していた。
えっ?良いのかこれ。確かここって、立ち入り禁止だったよな?今も警備員がズラリと立っているけど…?
不安に思いながら試験官に着いていくと、警備員は我々に小さく頭を下げた。中には「頑張れ」とでも言うように、握り拳を挙げる人まで。
受験者って、ちょっと特別な存在なのかも。
警備員に邪魔されない優越感に浸りながら、俺は真っ赤な鳥居を潜る。目の前に広がっていた逆富士の光景が一変、埃っぽい石畳に変わる。見回すと、石造りの家々が街道の両脇にズラリと立ち並んでいた。
おお。ここが箱根の街か。ここから見える限りだと、明治神宮の街と変わらず栄えているな。アメ横みたいに威勢の良い声があっちこっちから聞こえる。
そして…体の中から湧き出るこの感覚。重力から解放されたかのような体の軽さ。
俺の中に、魔力が戻ったんだ。それも、いつも以上に。
早くステータス確認がしたいものだ。
「ようこそ、ヴァル。ここが異世界よ」
隣の姉さんが、街を手で指して歓迎してくれる。
あのぉ…お気持ちは嬉しいんですけどね。僕、異世界初心者ではないんですよ、実は。
正式な入場は、これが初めてだけど。
「戸惑ってるね、ヴァルちゃん。街の様子が急に変わったもんね」
後ろにいた蜂須賀君まで、勘違いをしている。
違うんよ。この戸惑いはそう言う事では無くて…。
「おい、ヴァル。こんな程度で戸惑ってたら、フィールドに出て失神しちまうぞ」
「そしたら今度は、あたしが運んであげるよ。二次の恩返しでね」
みんながニコニコこちらを見下ろす。
う~ん。なんか、騙しているみたいで罪悪感が…。
「ヴァル殿」
困っていると、持田さんが屈んで俺と同じ目線に。
「自分も戸惑っています。鳥居の向こう側にこのような街が広がっているとはと…。ですので、共に乗り越えましょう」
【そうですね】
そうか。彼女は初めてなのか。
ってことはレベルも1だし、マトモな装備も持っていない。かなり不利な出だしになるだろう。
みんな以上に、気を配ってあげないと。
「みんな、こっちに集まってくれ」
試験官が集合の合図を上げる。それに従うと、そこはゲート横の広場になっており、そこには軽装備に身を包んだ冒険者が待ち構えていた。
十人十色。圧倒的なオーラを伴っている者も居れば、偉そうに腕を組んでいる者も居る。
試験官がその人達に一礼した後、こちらを振り返る。
「こちらが、今回の試験で君たちのインストラクターとして名乗りを挙げて頂いた冒険者の皆様だ。お忙しい中、君たちの為ならとご好意で集まって頂いている。くれぐれも粗相が無いように」
試験官は厳しい目で我々を牽制するが、周囲の受験者を見る限りは心配無さそうだ。
「見ろよ、あれ。日天堂ドラグナーズの桐生さんと美星さんだ」
「あっちは川崎重騎士の波多野兄弟が居るぞ」
「四井ゴールドホルンの園田さんまで居るじゃん。こんな豪華メンバーが一緒なのかよ…」
興奮気味な声が、至る所から漏れ聞こえる。幾ら小声でも、寄り集まったらガヤガヤと大きくなる。
試験官が大きく手を叩き、それを止める。
「静かに!今から、各チームに同行して頂くインストラクターを決めていく!先ずは二次試験順位1位のチーム110番、前に出なさい!」
呼ばれて、俺達は試験官の横に並ぶ。途端に、先輩冒険者達からの視線が突き刺さる。何人かは驚いた顔をして、姉さん達女性陣をジロジロ見る。そして、俺を見て首を傾げた。
これが順位1位?嘘だろ?
そんな声が、彼らの顔から読み取れた。
「では、このチームに同行して頂ける方は挙手を願います」
えっ?そう言うスタイルなの?
てっきり、既に決まった組み合わせなのかと思っていた俺は、かなり驚いてしまった。同時に、これでは誰も名乗りを上げないのではないかと危惧した。
俺達は異質なチームだからね。大手からは嫌煙されそうと思った。
でも、
「はい、はい、はーい!俺達がやるよ」
思いの外、すんなりと手が挙がった。そちらを見ると、先輩冒険者達が慌てて道を開ける。そこを、ツンツンヘアと坊主の2人組が闊歩する。
ツンツンヘアの男性が、俺を見下ろしてニヤリと笑った。
「久しぶり、アヌビス。また一緒に冒険しようぜ」
【おお!波多野弟くんじゃないか!】
俺が嬉しくて声を上げると、後ろで姉さんが「知り合いなの?」と聞いてくる。
そうなんだ、姉さん。彼らは俺と共にボスマンモスを倒した仲間で、捕まった時も声を上げてくれた人達だ。森では争った事もあるけど、良い人達なんだよ。
俺が胸を張ると、波多野兄も弟の横に並び、姉さん達に向かってキメ顔をする。
「どうも!川崎重騎士の波多野陽太ですっ。皆さんを全力でサポートしますので、よろしくっ」
鼻の下伸びてますよ、お兄さん。
「伊藤さんに言いつけるぞ?ヨウちゃん」
「ばっ!何言ってんだ、海斗。そんなんじゃねぇって!」
うん。やっぱり仲の良い兄弟だな。
俺はホッコリとするが、後ろのみんなはガチガチに緊張していた。あの馬場山君ですら「波多野兄弟が俺達に?マジか…」と漏らしていた。
そんな凄い人達なんだ。この仲良し兄弟。
俺は少し驚き、彼らを見上げる。でも彼らは相変わらず、兄弟漫才を繰り広げていた。
…まぁ、楽しくなりそうではあるな。うん。




