5話〜嘘でしょ!?ねぇ!〜
うーん。やっぱりダメだなぁ。
水面に映る情けない顔を見て、俺は唸る。
お腹がいっぱいになってからも、俺は狩りを続けた。当初の見立て通り、やはりここは生物のオアシスだったみたいで、ひっきりなしに動物や魔物が現れる。なので、結構な数の魔物を倒す事が出来た。
出来たのだが…やっぱりステータスの伸びが芳しくなかった。
〈ステータス
種族:雑種犬
LV:11(+4)
HP:85(+2)
MP:70(+4)
物理攻撃力:90(+4)
物理防御力:35(+2)
魔法攻撃力:0(+0)
魔法防御力:38(+2)
俊敏性:102(+8)
器用性:35(+2)
スキル:ー〉
レベルが4つも上がったのに、上がったステータス値は2〜4。2レベルで+1~2と言った所。
これでドンドンレベルが上がるのなら、まだ良い。でも、今はその逆。レベルが上がり辛くなってきた。
ゴブリン1匹ではもう上がらず、11レベルとなるのに4匹狩った。ホーンラビットなんて、もう何羽狩っても上がる素振りも見せない。ドロップ品の角ばかりが溜まっている状況。
10レベルになったら何か変わる。そんな風に思っていた時期もあった。でも、今は無い。ステータスの伸びも一緒だし、スキルも覚えない。
ジョブ転職があるかもと一瞬考えたが、そもそも職業欄がステータスに無い。
数値上で芳しくないステータスだが、それは実際もそうだ。俺の攻撃力が上がった気はしないし、今だってホーンラビットの角攻撃は脅威だ。
動き易くはなっているから、俊敏性が上がっている実感は確かにある。でもそれも、劇的には変わらない。気持ち速くなった?程度の変化だ。
こんな事で、ゲート前のゴブリン軍団に勝てるだろうか?はぐれゴブリンと違い、奴らはチームプレーを仕掛けてくる。フィールドも完全アウェイだし、レベルを100まで上げても勝てるか分からない。
銃とか、爆弾とか、何か武器が使えたらなぁ。
俺は落ちていたウサギの角を拾う。そして、何気なく水面を見てみると…。
あれ?物理攻撃力が95(+5)になってる。試しに角を放すと…あっ、やっぱり。また90に戻った。
【待てよ…】
俺は背筋が凍った。
だってこれって、俺が角を"装備した"って判定でステータスが上がったんだよな?しかも、こんな角1本で+5も。
これってさ、つまりは…装備が物言う世界って事じゃないの?
【嘘でしょ!?ねぇ!】
俺は情けない声を上げる。
装備とか、犬の俺には無理な話だからだ。この手じゃ装備を作る事は出来ない。人間に作って貰わないといけないけど、そんなの作ってくれる可能性は極めて低い。
犬お断りだったからな。きっと異世界では、ペットを連れてくる余裕も無いんだ。そんな世界で、犬用装備を作ってくれる人なんて居ないだろう。
武器も無理だ。こうして咥えた状態で戦おうとすると…うん、首が死ぬ。体重も無いから威力が落ちるし、そもそも噛み付きの方が何倍も効果的だ。
武器を咥えて戦うメリットのは、今のところ無い。
そう、無いんだ、俺には。武具を装備出来る可能性が無い。武具装備のメリットを享受出来ない。
この世界で俺は、強くなる道を閉ざされてしまった。
【いや】
こう考えるのは早計だ。まだ何か、手があるかも。
例えば、宝箱から犬専用の武具が出るかもしれない。精霊とか天使とか、人じゃなくても武具を作ってくれる存在がいたりしないだろうか?
いやいや、もっと現実的な事を考えろ。
例えば、装備じゃない方向で強くなる事は出来ないか?このスキルの欄。ここで強力なスキルを獲得したら、一発逆転って可能性もあるぞ?
空間だ。空間魔法。あれを入手出来れば、俺は一気に強くなる。アイテムボックスでも良いから、俺に空間魔法をくれ!
俺はまた、空想じみた方向に考えが流れ出してしまった。なので、一度冷静になる為に川で顔を洗う。
そして、ついでに体でも洗おうかと思った。その時、
殺気を感じた。
方向は…川の中!?
ヤバい!
俺が咄嗟の判断で後ろへ跳ぶと、今まで居たその空間が、鋭利な両刃によって裁断された。
【グルゥ…】
低い唸り声。
河原を転げて逃げおうせた俺が見上げると、そこには1匹の大きなワニが上陸していた。
ワニが、俺を物欲しそうな目で見下ろす。
クロコダイル?いや、それよりも大きい。背中の棘も、随分と殺傷能力と防御力が高そうに見える。
魔物だろうか?こんな背中に棘が生えたワニなんて見たことないし。
それに、いきなり襲って来るって事は魔物…。
いやでも、普通のワニも襲ってくるか。俺みたいな犬なら、エサだと思って猶更に…。
俺は立ち上がり、距離を取る。こちらを見定めようとするワニを観察する。
こいつの素材で、俺専用の武器とか作れないかな?この牙なら、俺のより攻撃力ありそうだし。
俺がそんな事を考えていると、ワニが動く。こちらを向いて、口を僅かに開けた。そのまま、突進してくる。挟まれれば真っ二つにされる裁断機が、目の前に迫る。
うぉっ!?危ねぇ!
俺は慌てて草原の方に逃げる。すると、ワニは直ぐに追うのをやめた。そして、ゆっくりと河原に戻っていく。
あまり水辺から離れたくないのか?移動できる場所が限定されているなら、何とか倒せるんじゃないか?
そう思った俺だったが、現実は厳しい。再び河原へ戻った俺を、ワニは大きな口を開けて威嚇した。もう貴様に用は無いとでも言うように、俺に敵意を向く。
俺も何とか隙を突こうとするも…ワニの反応が早い。素早く背中側に回り込もうとしても、絶えずこちらに口を向けてくる。痺れを切らしてちょっと近づこうものなら、図体に似合わぬ素早い動きで逆襲された。
危ない、危ない。
有利かも?なんて慢心したら、一瞬でこちらが餌になっちまう。下手な動きは出来ないぞ。
とは言え、こいつの装備は魅力的だ。牙と背中の棘だけでも、何とか剝ぎ取りたい。何か、何か手段はないか?例えば投擲とか…。
俺が攻めあぐねていた、その時。
影が落ちる。
大きな影。鳥が太陽を妨げたのか。そんな風に思った直後。
ドンッと言う地響きと共に、俺の目の前が真っ赤に染った。
な、なんだ!?赤い…鱗?鱗の壁。壁が、落ちてきた?
俺は恐る恐る、壁を見上げる。すると、それが巨大な生物だと分かる。重厚な鱗に覆われた巨躯。巨大な2枚の両翼。そして、猫のように開かれた縦長の目。
その目が、俺を見下ろす。
見下す。
こいつは、まさかっ!ドラゴ…!?
【グルゥアアアア!!!】
空気が割れそうな咆哮。全身を、恐怖と絶望が縛り上げ、俺は立っていることすら出来なくなった。
座り込む俺を、真っ赤なドラゴンはもう見ていない。その両翼を大きく羽ばたかせ、太陽光を乱反射させながら離陸する。その鋭利な鉤爪には、ワニのだらりと垂れ下がった死体があった。
くっ、こいつ。ワニを捕まえに降りてきたのか。端から俺は、眼中にも無かったと。
悔しくても、何も出来ない。俺は風圧で河原を転がり、転がり終わって漸く、動ける様になっていた。
空を見上げると、あれだけ大きかったドラゴンの姿が小さく見えた。その足に掴まれたワニは、もうトカゲくらいの大きさに見える。
【グルァアア…】
勝ち誇った様な、ドラゴンの咆哮。
あいつからしたら、あのワニはただの餌。そして俺は、餌にすらならない雑魚。
これが、この世界の食物連鎖。奴が頂点で、俺は底辺。
そんな絶望的な現実を突きつけられて、俺は、俺の胸の中には、
【ありがとうよ】
歓喜が広がっていた。
お前のお陰で、この世界の天井が見えた気がする。少なくとも、俺が目指すべき先は見えた。
あのドラゴンを狩る。そうすれば、この世界で生き抜くには十分な力が得られるだろう。
何故、異世界と現実が繋がっているのか。あのゲートは何なのか。そう言う疑問はそれからだ。
先ずは強くならねば。
生き残る為に。
俺は空を仰ぐ。
もう見えなくなったドラゴンの背を、頭の中で思い描く。




