47話〜何か映らなかった?〜
最終日の朝。
我々の端末に、非情なミッションが押し付けられた。
かなり長かったので要約すると、こんな感じだ。
・メンバー6人の中から脱落者を選ぶ。選ばれた者の番号を端末に打ち込めば、ミッションクリア。
・クリアしたチームは、A地点(ここから歩いて3時間程度の近場)に来ること。クリア出来なかったチームはB地点(ここから歩いて8時間以上はかかる場所)へ向かう。
・タイムリミットは15時00分。間に合わなかったチームは保有ポイントに関わらず、全員脱落。
・脱落者の選び方は自由。話し合いでも多数決でも、各々で判断する様に。1人以上選んでも良い。
現時刻は午前10時。
だから、脱落者を選ばねば全員不合格と言っている様なもの。
「なに、これ…」
「ここに来て生贄を捧げろって事?試験官は悪魔だねぇ…」
「ちっ。今回ばかりは同意するぜ、ハチ野郎」
みんなも顔面蒼白だ。頭を突き合わすだけで、誰も顔を上げようとしない。
上げたら最後、選ばないといけないから。
脱落者を。
生贄を。
【前を向くんだ!みんな!】
俺が吠えると、みんなはこちらを見る。まるで縋る様な目線に、俺は鼻先で示す。湖の先を。
俺達が目指すべき、B地点のゴールを。
馬場山君が鼻で笑う。
「はっ!分かってねぇのか、ヴァル。そっちは歩いて8時間は掛かるルートなんだよ。何の装備も持たねぇ、怪我もしてねぇ奴らのな」
「私は…大丈夫よ。一晩寝たから、痛みも引いたわ」
ユリ姉さんが訴えかけるも、馬場山君は大きく首を振る。
「だとしても、8時間は余裕で掛かる。それを5時間なんて無茶だ。2時間使って、脱落者を決める方が確実なんだよ」
「それ、誰にする気?あたしは嫌だよ。ここで落ちるなんて」
「自分も…済みません。こればかりは譲れません。自分が目指せる、唯一の道ですので」
普段は飄々としているシアンさんや、控えめな持田さんまで強い意志を見せる。
それに、馬場山君も「おもしれぇ」って顔で受け答えた。
この仲良しチームですらこれだ。他のチームは決闘が起きているんじゃないだろうか?
本当、えげつない事するよ、ここの試験官達。
俺は憤りを鼻から吐き出して、蜂須賀君の元に駆け寄る。彼のザックから。先の折れた釣竿を抜き取る。
それを、彼に突き付けた。
「えっ?な、なんだよ、ヴァルちゃん。今は釣りしてる場合じゃないって。みんなで脱落者を…」
【良いから!こいつを拾った場所を教えてくれ!】
俺は釣りを咥え直し、それを持って管理ハウスへ至る道の上に乗って見せる。
蜂須賀君が頭を搔く。
「えっと…それで何する気なの?」
「案内しろって言っているんじゃないの?釣竿があった場所まで」
さっすが姉さん。犬の気持ちが分かる良い女だぜ!
俺は飛び跳ね、蜂須賀君を先に促す。
そして、案内された先で見つける。起死回生の駒を。
【こいつだ!これを使おう!】
「ええっ!?これを直せって言ってるのか?」
今回は蜂須賀君も、俺の言いたい事が分かってくれた。
絶望的な彼に、俺は指令を出す。
【そうだ!至急、テント用のリペアシートを持って来るんだ!】
〈◆〉
「おや?辰野先生。貴方までこちらにいらっしゃるとは」
俺が車から降り立つと、ゴール地点に立っていた試験官が驚きの声を上げる。彼の隣には、鈴原先生の姿もあった。
やはり貴女も、こっちに来ましたか。
俺は少し心が跳ね、試験官に「ええ」と明るい声を返していた。
「彼なら、B地点を選ぶと思いましてね」
俺の質問に、全員助けるを選んだ彼だ。きっと、こっちの道を選ぶ筈。
あとは、どうやってゴールするかだが…それは分からない。彼は優秀な犬ではあるが、それだけだ。人間の、それも優秀な受験者達と肩を並べてしまえば、突出するのは難しい。
それでも俺は、彼らなら何かやってくれるのではと信じたかった。どこまでも甘く、仲間に固執する彼だが、それが正解だと言って欲しかった。
殺伐とした冒険者界に、新しい風が吹く事を願って。
「それで?現在はどのような状況なのでしょうか?」
「はい。現在110チーム中、既にリタイアしているチームが8チーム。脱落者を選んでA地点を目指しているのが55チーム。B地点を選んだチームが6チームですね。そして、まだ決められていないのが41チーム」
「…41ですか。多いですね」
もう、出発のタイムリミットである12時になるぞ?
「ええ、まぁ。決められないチームと言うのは、相当揉めてるチームでして」
「ああ…」
きっと、誰が脱落者になるかで争っているのだろう。タダでさえ極限状態の中で、更にチームを裏切れと言う極秘ミッションまで発令されているのだ。
チームの空気は最悪。そんな中で、この最終ミッションが発令されたら…。
火を見るより明らかだな。
「本当に、嫌らしい試験ですね」
「おや?現役冒険者の貴方が、それを言いますか?」
言われて、俺は言い返せない。
そうだな。今の内に経験した方が良い。極限状態で、人がどのような行動に出るのかを。自分がどれだけ浅ましい生き物なのかを、受け止めるんだ。
それで不合格なら、冒険者になんかなれない。なっても、自分か他人を殺してしまう。そして、その後悔は一生付きまとう。
一生だ。
「あら?そこのモニターの端、何か映らなかった?」
鈴原先生が、モニターの一つを指さす。
俺も顔を上げ、画面を見る。試験官は、彼女の言うままに画面を操り、そして捉える。
湖の上を滑る、その異質な者達を。
「なっ!?ボート!?」
試験官が驚く。
それは確かに、ボートだった。
ゴムボート。それに、5人の受験者が乗っている。物凄いスピードだ。まるでモーターでも付いているのではと思ってしまう程に。
これは…。
「ボートなんて、配備していたんですか?」
「していません!キャンプ場は完全無人にして貰って、備品も全部引き上げている。あそこにあるのは、精々使えなくなった廃材だけです!」
「廃材…」
まさか彼らは、それを使って湖を渡っているのか?
有り得ない…事はない。彼らの装備の中には、テントを直す簡易キットも入っている。それを流用して、船を直したんじゃないか?
「やるなぁ。チーム110!」
ボートの先端で風を浴びる1匹の犬に、俺は自然とエールを送っていた。
〈◆〉
【頑張れ!もうちょっとだ!】
何も出来ない俺は、船の先頭でみんなを激励していた。
それに、みんなが働きで答えてくれる。
「負けねぇぞ!もちだぁ!」
「自分もです!」
俺のすぐ後ろでオールをぶん回すのは、馬場山君と持田さん。2人が強烈な推進力を作ってくれて、このゴムボートはモーターボートになっていた。
その後ろで船に空気を入れ続けているのは、シアンさんとユリ姉さんだ。ペンションに置いてあった空気入れを、必死にポンピングしている。
この船は穴だらけだからね。抜けてくより早く空気を入れて、無理やり形を保っていた。
1番後ろに座る蜂須賀君は、船の舵を取っている。難しい8人艇の操縦を巧みに操ってくれているから、船は常に最短ルートを進んでいた。
リペアシートも彼が貼ってくれたからね。本当に君が居てくれて良かったよ。
みんなの力で、俺達は真っ直ぐに進む。合格への道を。
生き残るんだ、全員で。
俺は前を向く。対岸が近付いていた。
時刻は12時45分。対岸に着いたら峠を越えないといけないから、そこで2時間は使う。
ギリギリだ。でも、何とかなる。焦らず、最前の道を選び続けるんだ。
「ちょっと、ヴァルちゃんどうするの?このままだと岸に乗り上げるよ?」
【前進あるのみだ!突っ込ませるんだ!】
「前進って、言ってるみたいだぞ!我らがリーダーからの指示だ!真っ直ぐ漕げ!」
俺が前を向いて遠吠えすると、馬場山君が察してくれる。
それに、蜂須賀君は悲鳴交じりの声で「分かったよぉ~!」と答える。
もう、岸は目の前。
着くぞ!
【岸に突っ込むぞ!衝撃に備えろ!】
ガザザッ!
岸に船が突っ込み、舟艇がジャリで削れる。
衝撃で船体が大きく歪み、反動で俺は放り出される。でも、備えていたので空中で宙返りをして、地面に降り立つ。
スチャッ!10点!
っと、バカなことをしていないで、他のみんなが降りるのを手伝わないと。
俺は【早く!早く】とみんなを急かして、降りるのをサポートする。全員が荷物を持つと、有無を言わさず先を示した。
目の前の峠に向けて、全速前進だ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「あちぃ…」
【頑張れ!ゴールは直ぐだ!】
先頭で、みんなを鼓舞する。
食料も水も殆ど消費した状態だから、荷物はかなり軽くなっている。
それでも、みんな辛そうだ。荷物を殆ど持たない姉さんですら、顔を真っ赤にしている。
結構歩いた気がするけど…いま何時?
「お待ちください。…今は、13時56分です」
俺のすぐ後ろにいた持田さんに確認すると、予想以上にヤバイ答えが。
もうあと1時間しかない。なのに、峠は半分も登っていないぞ。
ヤバイ。ペースが落ちてる。後ろが落ちてるんだ。
俺は後ろに行き、苦しそうな姉さんの横に付く。彼女をどうにかサポート出来ないかと見てみると…ザックの紐が伸びてるな。これは使えるかも。
【ちょいとゴメンよ】
俺は両端の紐を咥え、引っ張る。顎に姉さんの体重が掛かって、一気に重くなる。
でもその分、姉さんは楽になったと言う証拠。
どうだい?
「ありがと、ヴァル。かなり楽になったわ。でも、あまり無茶しないでね?」
【大丈夫だよ。|一気にトップまで返り咲きましょう《ウフゥ》】
俺は姉さんをグイグイ引っ張る。蜂須賀君達を越えて、馬場山君も越える。そして、持田さんのすぐ後ろまで到着した。
よしよし。これで、ペースアップできる。
「あぁ~。良いなぁ、ヴァルタクシー。あたしもやって欲しぃ~」
おっと。次の乗客だ。
持田さん。ペースアップ宜しくね。
「では、自分が先頭を引っ張ります」
頼むよ。
先頭は彼女に任せ、俺は女性2人を引っ張り上げる。蜂須賀君もやって欲しそうに見て来るけど…頑張ってくれ。もう直ぐだから。
そうして、やっと峠を越える。ここからは下りだ。向こうの方には、駐車場の端が見える。
時刻は…14時45分。
行ける。行ける筈だ!
【みんな!あとちょっとだ!】
「行こう!行こう!」
「「おお~!」」
我々は下り坂を早足で下る。
俺は最短で安定したルートを探す。ここでコケたりしたら、一巻の終わりだ。浮石がなく、木の根っこもない安全な道。それを瞬時に選び取らないといけない。
ここ。こっち。あっちはダメ、こっちに行こう。
そうして、平地に降りる。目の前が駐車場。その真ん中あたりに、テントと2台の大型バス。
ゴールだ。
「あと3分!」
3分。微妙だ。歩いてたら絶対に間に合わない。
走れ。走るんだ!みんな!
【いくぞぉおおお!】
「「「おおおぉお!」」」
走り出すみんな。
俺はユリ姉さんの紐を引っ張りながら、彼女と共に最後尾からみんなを追いかける。
大丈夫。大丈夫だ。後少し。あと少しなんだ。
間に合え。間に合え!間に合えぇ!!
「「ゴーォオオオルッ!」」
走り終えた俺達。全員が肩で息をして、端末の時間を確認するのも難しい状態。
どうなんだ?どうなったんだ?俺達。
不安が心臓の鼓動を早める。
そんな時、
パチパチ。
「ありがとう、みんな。ありがとう」
テントの中にいた男性が、拍手しながら走って来た。そして、目を潤ませながら感謝を述べる。
そして、腕時計をこちらに向けた。
「今ちょうど、15時になった。間に合ったんだよ、君達は」
それを聞いた瞬間、みんなは「はぁ…」と気の抜けた声と共に座り込んだ。
反対に、俺は嬉しくて尻尾をブンブン振った。




