↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき犬、異界の地にて名を馳せる  作者: イノセス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/60

46話〜トイレに行ってくるわ〜

 試験開始4日目の朝。

 昨日に続き、我々の空気はどんよりスタートだった。


「今度は灯油ですか」

「そうなんだよ。折角、節約しながら使っていたのに、今朝見たら一つも残って無くて」


 持田さんの嘆きに、蜂須賀君がやるせない顔で首を振る。

 灯油は何時も、灯油バーナーに使っていた。火加減の難しい米炊きとかでは重宝していた。それに、着火剤としても優秀だった。ちょっと撒くだけですぐ火が燃え移ったし。

 その灯油が忽然と消え、みんなは表情を硬くする。昨日の今日なので、余計に空気がピリついた。


「どう言う事かしら?火器の管理はそちらよね?」

「ちっ。ああ、そうだよ」


 ユリ姉さんの鋭い雰囲気に、馬場山君は顔を逸らしながら肯定する。

 昨日とは真逆の立場。

 姉さん、やり返しているんだな。その気持ちは分かる。

 でも、忘れないで。俺達はチーム。こんな事で男女に溝を作っちゃダメだ。


【みんな(アオウ)!見てくれ(アオッ)!】


 俺は、昨晩の内に移動させて置いたクマの死体を踏み付けて、ドヤ顔を披露する。

 すると、馬場山君以外が注目してくれる。


「うぇえ!?きょ、今日はクマを狩ったの!?」

「おっきぃー!」

「あ、貴方、凄いわね。もしかして、闘犬か狼の血が入っているんじゃない?」


 みんなが喜んでくれている。持田さんなんか「今朝はクマ鍋にしましょう」と目を輝かせ、凄いスピードで捌き始めた。

 おぅ…。もしかして貴女、剣聖の称号を受け継いでいたりする?


 そうしてみんなが盛り上がっているのを見てから、俺は彼に近付く。硬い表情の彼を、ジッと見上げた。

 なぁ、馬場山君よ。なんで昨晩の君は、あんなに灯油臭かったんだ?

 教えてくれよ、なぁ。今のこの状況と、あまりに繋がり過ぎだろうが。


「…ちょっとツラ貸せ、犬ころ。コインが無事か確かめる」


 そう言って、俺の前に屈む馬場山君。彼は袋を開けながら、小声で呟く。


「(小声)頼むから、そう俺を見るな」


 ふむ。そう言うって事は、やはり君が犯人か。

 でも、何故こんな事をしたんだ?まさか、消えたコインも君の仕業?


「(小声)詳しくは言えねぇが、これもチームの為だ。だから、吠えたりすんなよ?バレたら困る」


 …ふむ。チームの為、ね。

 彼の目を見るに、これは嘘では無さそう。それどころか、本気でそう思っている様に見える。

 力強い瞳だからね。後ろめたさが殆どない。そもそも、俺にバレているのに逃げる素振りもない。


「頼んだぞ」


 馬場山君はコインを袋に戻し、俺に背負わせる。そして、朝食の準備に向かった。

 コインも無事だ。

 思えば、昨日の彼は本気でキレていた。コインが無くなり、ずっと独りで犯人を探していた。

 だから、彼がコイン泥棒とは思えない。でも、彼は灯油泥棒ではある。泥棒だが、チームの為の泥棒。


 矛盾している?確かに、これが異世界で、冒険の最中なら理解に苦しむ。

 でもここは、試験会場。俺達は、冒険者足りえるかを問われる受験生。

 だからこれは、試験の一環なのだろう。馬場山君は試験官に指示されて、このような事をしている。


 では、バレたら困るとは何か。

 きっと、そう言う指示もあるのだろう。バレずにやれと。

 そんな理不尽で難しいミッションを受けている以上、何らかの見返りがある筈だ。

 成功したら個人で合格を確約?

 いやいや。ならば後ろめたさが出る。チームの為という言葉を解釈すれば、きっとポイントを貰えるのだ。それも、通常ミッションとは桁違いのポイントが。その数値が変動性で、バレた人数で変わるとしたらどうだ?ああやって必死なのも頷けるのでは?


 これなら、チームに2人の泥棒が出るのも頷ける。

 そしてもう1人の犯人だが…思い返せば、一昨日の夜のシアンさんは表情が硬かった。リーダーになるからかと思ったが…案外、彼女がコイン泥棒かもな。

 

 俺は確かめる為、焚き木に火をつけようとしていた彼女に近付く。そして、背中の袋を見せつけた。

 途端に、彼女は表情を硬くする。目が泳ぎ、俺を視界から排除した。


「今忙しいから後にしてよ、ヴァル。こ、コインが無事なのは分かったから、あんまりあたしに見せないで…」


 ふむ。触ってすらいないのに無事とは、これ如何に。

 ちゃんと、消えたコインは帰ってくるルールなんだよね?シアンさん。


 俺は樹海に入り、探索する。白樺の皮をひっぺがし、松ぼっくりを拾ってキャンプ場に戻る。まだ火付けに苦戦していた彼女に、持ってきた着火剤を渡す。


「えっと、これに火を付けて欲しいの?」

【着火剤さ(ウゥ)。灯油の代わりに使って(ワフゥ)よ】

「うん。乾いてるし、小さいから良いよ。じゃあ、この松ぼっくりに…わわっ!めっちゃ炎上してる!灯油要らないじゃん!」


 ふぅ。良かった。これでクマ鍋にありつける。

 俺は安心して、追加の焚き木を拾いに行った。



 灯油がないから、朝食はかなり苦労した。でもその分、いつもより美味しい気がした。

 苦労した分、思いが籠ったのかもしれない。

 そして、苦労はまだ続く。

 新たな刺客が生まれたのだ。


 それは、昼も過ぎた休憩のこと。今日も順調にポイントを稼いでいた我々は、次に向かうエリアについて話し合っていた。


「東西のミッションは大分こなしたな。次は北に登るか?それとも南に戻るか?」

「戻ってもミッションないんじゃないかな?来た道だし」

「だが他のチームは居る。奴らを狩って、対戦ミッションポイントを得るのも手だ」

「うわっ。流石はババちゃん。戦闘狂」

「うっせ」


 こんな感じで、チームの雰囲気はかなり良くなっていた。2日目と同じくらいかな。

 そんな良い雰囲気の中、みんなの端末が鳴る。

 何だろう?


「リーダー交代だ。お前ら、しっかり従えよ?」

「ええぇー。戦闘狂に回っちゃったよ〜」

「戦闘狂言うな!弓道女」


 おお。馬場山君がリーダーか。こりゃ、躍進するな。


「ごめんなさい。ちょっと、トイレに行ってくるわ」


 みんながワイワイやる中、姉さんがスっと立ち上がる。そのまま、いそいそと木々の中へ消えていった。

 急いでいた?いや、このパターン、シアンさんと同じ。

 もしかして…姉さんも?

 俺が不安に思っていると、姉さんの消えた方から短い悲鳴が。


「きゃっ!」

「えっ?」


 驚くみんな。

 それを置き去りに、俺は駆け出す。驚いた事に、俺のすぐ後ろには、持田さんの姿も。

 本当、人間離れしてますね、剣聖。


「大丈夫ですか!?小原さん!」


 俺達が駆け付けると、姉さんは地面に座り込んでいた。両手で左足首を握っている。


「ええ、ごめんなさい。ちょっとコケてしまって。つい、声を上げて…つぅっ!」


 立ち上がろうとした姉さんだが、左足を地面に着けた途端に座り込んでしまった。

 足首を捻挫したのか?もしかして骨折?


「見せて下さい。ふむ…特に腫れてはいませんが…」


 持田さんが触診する。

 確かに、綺麗なものだ。白くスベスベした肌は、腫れる所か赤くもなっていない。

 …これ、本当に捻挫してる?


「そ、そうね。まだ症状が現れていないだけかもしれないわ」


 姉さんの頬を汗が垂らり。

 相当緊張している様子。目が泳ぎ回ている。

 姉さん。嘘、下手ですね。

 俺は呆れるも、持田さんは素直だ。「念の為」と言って、木の枝とハンカチで簡易ギプスを作り上げた。


「あ、ありがとう、持田さん」


 困り顔の姉さん。


「いえ、これくらい」


 ドヤ顔の剣聖。

 この2人の組み合わせ、面白いな。


 俺達が休憩場に戻ると、みんなも姉さんの心配をする。その度に、姉さんは苦しそうな顔をして「大丈夫よ」と繰り返す。それが余計にリアリティを生み出し、みんなは心配していた。

 ただ、馬場山君とシアンさんだけは、どこか察して居そうな雰囲気だったけど。

 

 そこからは、ちょっと進みが遅くなった。馬場山君が姉さんを背負ったからだ。負傷者を運ぶ彼のペースに、みんな合わせた。


「ねぇ。もう今日は上がりで良くない?」


 シアンさんがそう提案するも、馬場山君は汗だくで否定する。


「良くねぇ。今日は実質最終日だ。意地でもポイントを稼ぐぞ」

「じゃあ、ユリ姉を先に休ませるとか」


 今度は、持田さんが首を振る。

 

「それは感心しません。テン場にはクマが出没します。そんな場所に、負傷者を置くのは危険です」

「あ、そっか…」


 そうだな。クマだけでなく、受験者も危ない。試験中とはいえ、何をするか分かったもんじゃないし。


 と言う事で、我々は負傷者を連れながらミッションをこなした。

 姉さんは申し訳なさそうにしていたが、彼女が居なかったら大変な事になっただろう。その後のミッションで、クイズ形式が多かったからだ。

 これで姉さんが居なかったら、ポイントの半分も得られなかっただろう。置いて行く選択肢をみんなが取らないでくれて良かった。

 …運営も、これを見越してミッション配置してたんじゃないだろうな?


 そうして夕刻まで頑張った我々は、何とか10位まで順位を上げる事が出来た。

 それに、蜂須賀君が喜びの声を上げる。


「良いね、良いね!10位なら通過するんじゃない?」

「そうね。毎年、二次試験の通過率は2割程度だから、きっと200人前後が合格のラインよ」

「そうすると…40位くらいが合格?」

「低く見積っても、30位に入っていれば大丈夫よ」

「やった!」

「やったじゃねぇ」


 馬場山君が参戦する。


「1位を目指さないでどうする。二次試験で良い成績を残す事が、3級合格の早道なんだよ」

「もう終わりなんだから、足掻いたって仕方ないじゃーん」


 シアンさんはそう言って、端末を指さす。

 彼女の言う通りだ。先程送られてきたメールには、明日は連絡があるまでテント場で待機と指示されていた。最後のミッションを発令するらしい。


「それに、明日のリーダーはヴァルだよ?ちゃんと従ってね?馬場山君」

「うっせ。分かっとるわ」


 そう。明日はとうとう、俺がリーダー。

 とは言え。帰るだけのリーダーだから、実質お飾りだろう。

 精々みんなの目を癒すマスコットリーダーになろうと、俺は思っていた。

 最後のミッションが発令される、その時まで。



 翌朝。

 俺達はゆっくり朝食を取って、撤収の準備をしていた。最後のミッションが発令されるのは10時なので、かなり余裕の引き上げだ。余裕過ぎて、蜂須賀君なんか釣りをしていた。

 結局、ミッション開始までには釣れなかったけど。


 そして、10時が近付くと、みんなは荷物を囲んで集合する。みんなで端末に集中する。

 と、その時、

 ピコッ!

 着信。

 

 みんなは押し黙り、ミッション内容を読み進める。でも、次第に顔を青くする。シアンさんなんて、全身を震わせ始めた。

 何が、書かれていたの?


「これです。ヴァル殿」


 持田さんが屈んで、画面を見せてくれる。

 そこには…非情な文言が書かれていた。

 〈最後ミッション:チームメンバーの中から1人、脱落者を選んで下さい〉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
献身と言えば献身だが、問題の共有を放棄して指令が約束する?高報酬を優先し、チームに当面の不利益を 与えているとも言える。信頼関係が無ければ「献身者」が増えてお互いに何が起こっているのかわかって来た 状…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。