46話〜トイレに行ってくるわ〜
試験開始4日目の朝。
昨日に続き、我々の空気はどんよりスタートだった。
「今度は灯油ですか」
「そうなんだよ。折角、節約しながら使っていたのに、今朝見たら一つも残って無くて」
持田さんの嘆きに、蜂須賀君がやるせない顔で首を振る。
灯油は何時も、灯油バーナーに使っていた。火加減の難しい米炊きとかでは重宝していた。それに、着火剤としても優秀だった。ちょっと撒くだけですぐ火が燃え移ったし。
その灯油が忽然と消え、みんなは表情を硬くする。昨日の今日なので、余計に空気がピリついた。
「どう言う事かしら?火器の管理はそちらよね?」
「ちっ。ああ、そうだよ」
ユリ姉さんの鋭い雰囲気に、馬場山君は顔を逸らしながら肯定する。
昨日とは真逆の立場。
姉さん、やり返しているんだな。その気持ちは分かる。
でも、忘れないで。俺達はチーム。こんな事で男女に溝を作っちゃダメだ。
【みんな!見てくれ!】
俺は、昨晩の内に移動させて置いたクマの死体を踏み付けて、ドヤ顔を披露する。
すると、馬場山君以外が注目してくれる。
「うぇえ!?きょ、今日はクマを狩ったの!?」
「おっきぃー!」
「あ、貴方、凄いわね。もしかして、闘犬か狼の血が入っているんじゃない?」
みんなが喜んでくれている。持田さんなんか「今朝はクマ鍋にしましょう」と目を輝かせ、凄いスピードで捌き始めた。
おぅ…。もしかして貴女、剣聖の称号を受け継いでいたりする?
そうしてみんなが盛り上がっているのを見てから、俺は彼に近付く。硬い表情の彼を、ジッと見上げた。
なぁ、馬場山君よ。なんで昨晩の君は、あんなに灯油臭かったんだ?
教えてくれよ、なぁ。今のこの状況と、あまりに繋がり過ぎだろうが。
「…ちょっとツラ貸せ、犬ころ。コインが無事か確かめる」
そう言って、俺の前に屈む馬場山君。彼は袋を開けながら、小声で呟く。
「(小声)頼むから、そう俺を見るな」
ふむ。そう言うって事は、やはり君が犯人か。
でも、何故こんな事をしたんだ?まさか、消えたコインも君の仕業?
「(小声)詳しくは言えねぇが、これもチームの為だ。だから、吠えたりすんなよ?バレたら困る」
…ふむ。チームの為、ね。
彼の目を見るに、これは嘘では無さそう。それどころか、本気でそう思っている様に見える。
力強い瞳だからね。後ろめたさが殆どない。そもそも、俺にバレているのに逃げる素振りもない。
「頼んだぞ」
馬場山君はコインを袋に戻し、俺に背負わせる。そして、朝食の準備に向かった。
コインも無事だ。
思えば、昨日の彼は本気でキレていた。コインが無くなり、ずっと独りで犯人を探していた。
だから、彼がコイン泥棒とは思えない。でも、彼は灯油泥棒ではある。泥棒だが、チームの為の泥棒。
矛盾している?確かに、これが異世界で、冒険の最中なら理解に苦しむ。
でもここは、試験会場。俺達は、冒険者足りえるかを問われる受験生。
だからこれは、試験の一環なのだろう。馬場山君は試験官に指示されて、このような事をしている。
では、バレたら困るとは何か。
きっと、そう言う指示もあるのだろう。バレずにやれと。
そんな理不尽で難しいミッションを受けている以上、何らかの見返りがある筈だ。
成功したら個人で合格を確約?
いやいや。ならば後ろめたさが出る。チームの為という言葉を解釈すれば、きっとポイントを貰えるのだ。それも、通常ミッションとは桁違いのポイントが。その数値が変動性で、バレた人数で変わるとしたらどうだ?ああやって必死なのも頷けるのでは?
これなら、チームに2人の泥棒が出るのも頷ける。
そしてもう1人の犯人だが…思い返せば、一昨日の夜のシアンさんは表情が硬かった。リーダーになるからかと思ったが…案外、彼女がコイン泥棒かもな。
俺は確かめる為、焚き木に火をつけようとしていた彼女に近付く。そして、背中の袋を見せつけた。
途端に、彼女は表情を硬くする。目が泳ぎ、俺を視界から排除した。
「今忙しいから後にしてよ、ヴァル。こ、コインが無事なのは分かったから、あんまりあたしに見せないで…」
ふむ。触ってすらいないのに無事とは、これ如何に。
ちゃんと、消えたコインは帰ってくるルールなんだよね?シアンさん。
俺は樹海に入り、探索する。白樺の皮をひっぺがし、松ぼっくりを拾ってキャンプ場に戻る。まだ火付けに苦戦していた彼女に、持ってきた着火剤を渡す。
「えっと、これに火を付けて欲しいの?」
【着火剤さ。灯油の代わりに使ってよ】
「うん。乾いてるし、小さいから良いよ。じゃあ、この松ぼっくりに…わわっ!めっちゃ炎上してる!灯油要らないじゃん!」
ふぅ。良かった。これでクマ鍋にありつける。
俺は安心して、追加の焚き木を拾いに行った。
灯油がないから、朝食はかなり苦労した。でもその分、いつもより美味しい気がした。
苦労した分、思いが籠ったのかもしれない。
そして、苦労はまだ続く。
新たな刺客が生まれたのだ。
それは、昼も過ぎた休憩のこと。今日も順調にポイントを稼いでいた我々は、次に向かうエリアについて話し合っていた。
「東西のミッションは大分こなしたな。次は北に登るか?それとも南に戻るか?」
「戻ってもミッションないんじゃないかな?来た道だし」
「だが他のチームは居る。奴らを狩って、対戦ミッションポイントを得るのも手だ」
「うわっ。流石はババちゃん。戦闘狂」
「うっせ」
こんな感じで、チームの雰囲気はかなり良くなっていた。2日目と同じくらいかな。
そんな良い雰囲気の中、みんなの端末が鳴る。
何だろう?
「リーダー交代だ。お前ら、しっかり従えよ?」
「ええぇー。戦闘狂に回っちゃったよ〜」
「戦闘狂言うな!弓道女」
おお。馬場山君がリーダーか。こりゃ、躍進するな。
「ごめんなさい。ちょっと、トイレに行ってくるわ」
みんながワイワイやる中、姉さんがスっと立ち上がる。そのまま、いそいそと木々の中へ消えていった。
急いでいた?いや、このパターン、シアンさんと同じ。
もしかして…姉さんも?
俺が不安に思っていると、姉さんの消えた方から短い悲鳴が。
「きゃっ!」
「えっ?」
驚くみんな。
それを置き去りに、俺は駆け出す。驚いた事に、俺のすぐ後ろには、持田さんの姿も。
本当、人間離れしてますね、剣聖。
「大丈夫ですか!?小原さん!」
俺達が駆け付けると、姉さんは地面に座り込んでいた。両手で左足首を握っている。
「ええ、ごめんなさい。ちょっとコケてしまって。つい、声を上げて…つぅっ!」
立ち上がろうとした姉さんだが、左足を地面に着けた途端に座り込んでしまった。
足首を捻挫したのか?もしかして骨折?
「見せて下さい。ふむ…特に腫れてはいませんが…」
持田さんが触診する。
確かに、綺麗なものだ。白くスベスベした肌は、腫れる所か赤くもなっていない。
…これ、本当に捻挫してる?
「そ、そうね。まだ症状が現れていないだけかもしれないわ」
姉さんの頬を汗が垂らり。
相当緊張している様子。目が泳ぎ回ている。
姉さん。嘘、下手ですね。
俺は呆れるも、持田さんは素直だ。「念の為」と言って、木の枝とハンカチで簡易ギプスを作り上げた。
「あ、ありがとう、持田さん」
困り顔の姉さん。
「いえ、これくらい」
ドヤ顔の剣聖。
この2人の組み合わせ、面白いな。
俺達が休憩場に戻ると、みんなも姉さんの心配をする。その度に、姉さんは苦しそうな顔をして「大丈夫よ」と繰り返す。それが余計にリアリティを生み出し、みんなは心配していた。
ただ、馬場山君とシアンさんだけは、どこか察して居そうな雰囲気だったけど。
そこからは、ちょっと進みが遅くなった。馬場山君が姉さんを背負ったからだ。負傷者を運ぶ彼のペースに、みんな合わせた。
「ねぇ。もう今日は上がりで良くない?」
シアンさんがそう提案するも、馬場山君は汗だくで否定する。
「良くねぇ。今日は実質最終日だ。意地でもポイントを稼ぐぞ」
「じゃあ、ユリ姉を先に休ませるとか」
今度は、持田さんが首を振る。
「それは感心しません。テン場にはクマが出没します。そんな場所に、負傷者を置くのは危険です」
「あ、そっか…」
そうだな。クマだけでなく、受験者も危ない。試験中とはいえ、何をするか分かったもんじゃないし。
と言う事で、我々は負傷者を連れながらミッションをこなした。
姉さんは申し訳なさそうにしていたが、彼女が居なかったら大変な事になっただろう。その後のミッションで、クイズ形式が多かったからだ。
これで姉さんが居なかったら、ポイントの半分も得られなかっただろう。置いて行く選択肢をみんなが取らないでくれて良かった。
…運営も、これを見越してミッション配置してたんじゃないだろうな?
そうして夕刻まで頑張った我々は、何とか10位まで順位を上げる事が出来た。
それに、蜂須賀君が喜びの声を上げる。
「良いね、良いね!10位なら通過するんじゃない?」
「そうね。毎年、二次試験の通過率は2割程度だから、きっと200人前後が合格のラインよ」
「そうすると…40位くらいが合格?」
「低く見積っても、30位に入っていれば大丈夫よ」
「やった!」
「やったじゃねぇ」
馬場山君が参戦する。
「1位を目指さないでどうする。二次試験で良い成績を残す事が、3級合格の早道なんだよ」
「もう終わりなんだから、足掻いたって仕方ないじゃーん」
シアンさんはそう言って、端末を指さす。
彼女の言う通りだ。先程送られてきたメールには、明日は連絡があるまでテント場で待機と指示されていた。最後のミッションを発令するらしい。
「それに、明日のリーダーはヴァルだよ?ちゃんと従ってね?馬場山君」
「うっせ。分かっとるわ」
そう。明日はとうとう、俺がリーダー。
とは言え。帰るだけのリーダーだから、実質お飾りだろう。
精々みんなの目を癒すマスコットリーダーになろうと、俺は思っていた。
最後のミッションが発令される、その時まで。
翌朝。
俺達はゆっくり朝食を取って、撤収の準備をしていた。最後のミッションが発令されるのは10時なので、かなり余裕の引き上げだ。余裕過ぎて、蜂須賀君なんか釣りをしていた。
結局、ミッション開始までには釣れなかったけど。
そして、10時が近付くと、みんなは荷物を囲んで集合する。みんなで端末に集中する。
と、その時、
ピコッ!
着信。
みんなは押し黙り、ミッション内容を読み進める。でも、次第に顔を青くする。シアンさんなんて、全身を震わせ始めた。
何が、書かれていたの?
「これです。ヴァル殿」
持田さんが屈んで、画面を見せてくれる。
そこには…非情な文言が書かれていた。
〈最後ミッション:チームメンバーの中から1人、脱落者を選んで下さい〉




