41話~てめぇも、もっと働け~
バスを降りると、我々のバスの隣に別のバスが1台、停まっていた。出発時は10数台あったのに、他は見当たらない。ここには2台しか来ていないみたいだ。
『これより、第二次試験会の概要説明を致します。一度しか言いませんので、聞き逃さないようにお気を付け下さい』
周囲を見回していると、駐車場の中央で拡声器を持った試験官が声を上げる。不安そうにお喋りしていた受験者も、一度しか言わないと聞いて慌てて黙った。
メモとか取れたら良いんだけどな。この体じゃ、聞いて覚えるしか出来ない。
もどかしくて、俺は後ろ足で頭を搔いた。
『皆さんには先ず、1チーム6人で分かれて頂きます。このチームで様々なミッションをクリアして頂き、このコインを集めて貰います』
試験官は何かを摘み上げるが…小さくて見えん!犬の視力を舐めないで欲しいな。
彼の説明を聞くに、コインはこの樹海の何処かに隠してあるか、課されるミッションをクリアするなどして手に入れられるらしい。集めたコインの枚数によって、チームを評価するらしい。
その大切なチーム分けだが、既に試験官の方で終えてるとの事。
バスの中で俺達を監視していたのは、もしかしてこの為なのかも。だとしたら、馬場山君の予想は大当たりってことだ。
『コイン以外にも、ポイントを獲得する手段を多数用意しています。そうして、我々は多方面から皆さんを評価します。樹海の中には各所に監視カメラが設置されていますし、これからお配りする携帯端末へ指示を出すこともあります。これから5日間、それらをクリアし、皆さんの力を見せて下さい』
説明が終わると、俺達はチームごとに分けられる。番号を呼ばれて行ってみると…。
「ヴァルちゃん。よろしく~」
蜂須賀君が手を振っていた。その近くには、シアンさんとユリ姉さんの姿もあった。
おお。仲良し3人組。
「おい。なんで俺が、てめぇらお気楽組と一緒なんだよ」
そう言って睨んでくるのは、こちらもレギュラーの馬場山君。
うん。いつもの4人だ。
「またまた。そんな事言って嬉しいんでしょ?ババちゃん」
「寝ぼけてんのか?ミツバチ野郎。この犬コロが入るせいで、俺達は実質5人で戦う羽目になるんだぞ?」
そう言って、一点を指さす馬場山君。そこには、大きな荷物が山の様に積まれていた。テントとパンパンに膨らんだ登山用のザック(リュックサック)。この密林を過ごす為の必要物資だ。
ああ、なるほど。あれは俺では運べない。引きずって良いなら頑張るけど。
「大丈夫だって。ヴァルちゃんは優秀だもん。ねぇ?」
【任せてくれ!】
食料は現地調達しますよ。今の俺なら、鳥もネズミも捕まえられるだろうし。
俺が胸を張ると、「そうね」とユリ姉さんも援護してくれる。
「それに、この子の運動能力と鼻はとても心強いわ。この中では一番の好成績なんだし」
「んなことは分かってる。だが実際、荷物はどう分けるつもりだ?こっちは男が2人しかいないんだぞ?」
馬場山君は面々を睨む。
そう、俺達の組は何故か、女性が3人も配置されていた。シアンさんにユリ姉さん。そして、隣のバスから来た栗色の髪の小柄な女性だ。圧倒的に男性率が高い受験者の中で、このチームは特に異質となっていた。
それを見て、含み笑いをする人も見受けられる。
「あの…」
馬場山君の厳しい指摘に、その小柄な女性が手を上げた。
「自分は、男性と同じ量の荷物で構いません。宜しければ、テントも私が持ちます」
「えぇえ~!?ちょっと、何を言ってるんだよ、君」
「そうよ。テントはボール込みで20㎏近くあるのよ?」
女性の申し出に、蜂須賀君とユリ姉さんが慌てる。でも、女性は涼しい顔で首を振る。
「それくらいでしたら問題ありません。修行の中では、100㎏近い荷物を背負って山を登る経験もありますので」
「ひゃっ!?」
「…貴女、名前は?」
ユリ姉さんの問いに、女性は「申し遅れました」と頭を下げる。
「自分は、持田綾。北辰一刀流を学ぶ、剣士の端くれです」
持田と言えば、昭和の剣聖と呼ばれた持田剣聖を思い起こされる。
綾さんが剣聖とどのような間柄かは聞けていないが、今彼女の背負う大荷物を見てしまうと、きっと遠くない血筋のお方なのだろうと想像してしまう。
みんなを先導しながら樹海の中を進みながら、俺はチラチラと彼女の様子を窺ってしまう。凄まじい血筋だと言うのは分かっても、小柄な少女に大荷物を背負わせている罪悪感はぬぐい切れなかった。
それは、俺だけでは無いようだった。彼女の横に、赤髪の女性が並ぶ。
「本当に大丈夫なの?綾ちゃん」
「はい。問題ありません」
汗を拭いながら聞くシアンさんとは対照的に、綾さんは涼しい顔で淡々と答える。
でもその顔が、こちらを見て一瞬だけ曇る。
「自分は問題ありませんが…大丈夫なのでしょうか?先ほどから、あの犬の跡を追っているばかりとなっていますが」
ああ、なるほど。俺が不安なのね。
そりゃそうだ。ただの犬に付き従うなんて、何処に連れて行かれるか分からない。ここは電波も入らないみたいだし、迷ったら一環の終わりだ。
…まぁ、イザと言う時は緊急コールを掛ければ、合格と引き換えに試験官達が駆け付けてくれるらしいけど。
「大丈夫だよ、アヤちゃん」
「そそ。あの子は頭が良いからね。きっとあたし達を良いところに導いてくれるよ。ねぇ?ヴァル?」
【お任せを!】
既に俺の鼻は、奥から漂う水の匂いをキャッチしていた。
この試験で大事なのは、コインの獲得だけではない。水と食料の確保もだ。リュックにパンパンになるまで入れられてはいるが、5人と1匹が5日間活動するには足りない。コイン集めで動き回るからね。その分消費が激しくなる。
勿論、試験官達もそこを考慮し、先ほどの広場に戻れば追加の食料や燃料を貰えるとの事だった。でもその為には、一々あそこまで戻らないといけない。物凄いタイムロスだ。きっと試験官もそれが分かっていて、水や食料を少なめに渡しているのだろう。
自分達で確保出来ないようなら落とす。そう、言うかのように。
キュィイン…。
歩いていると、頭上から僅かな異音が聞こえる。見上げると、木々の隙間からキラリと光るものがあった。
恐らく、監視カメラだ。見えないけど、至る所から機械音が聞こえてくる。相当数のカメラを設置しているみたいだ。
予算あるよな、この試験。一体、何処からこのお金は来ているんだろうか?
「いやぁ~。暑いねぇ」
蜂須賀君が袖口で汗を拭う。他の人も息が荒い。ユリ姉なんて顔が真っ赤だ。
「そうか?俺には涼しいくらいだけどな」
逆に、馬場山君と持田さんは涼しい顔だ。持田さんなんて、テントまで持っているのにキョトンとしている。
体幹がしっかりしているんだろうな。相当厳しい修行を受けて来たんだろう。
2人に感心しながらも、俺はその場に座る。
すると、俺のすぐ後ろを付いて来ていた2人が止まった。俺を見下ろす。
「あぁ?なに勝手に休んでんだ?こら。荷物背負ってねぇんだから、その分働きやがれ」
「お腹が空いた…とかでしょうか?」
違うぞ、持田さん。後ろの人達を見てくれ。
馬場山君にせっ突かれても動かない俺を見て、2人は漸く察してくれる。リュックを置いて「休憩だ、おら」と他の人にも強制的に休憩を取らせる。
ありがとう。やっぱり君は優しい人だ。
みんなに指示を出す馬場山君を見上げてから、俺はユリ姉さんに近付く。短く呼吸を繰り返していた彼女は、俺が近づくと少しだけ笑顔になる。
「あら?どうしたの?お水が欲しいのかしら?」
ペットボトルを差し出してくれたけど、俺は首を振る。そして、彼女のリュックから食料の入った袋を咥えた。途端に、「あっ、こら」と怒られてしまったけど、俺はスタタタと逃げる。そして、馬場山君の所に持って行く。
「あぁ?なんだてめぇ。飯が食いてぇのか?」
違う、違う。
俺は首を振って、その袋を彼のリュックの上に置く。途端に、馬場山君の舌打ちが追い打ちした。
「ちっ。分かったよ」
馬場山君は立ち上がり、ユリ姉さんのところへ。
「荷物を寄越せ、小原。幾つか俺が持ってやる」
「えぇ?大丈夫よ、私はまだ…」
【それがダメです!】
強がる姉さんに、俺はピシャリと言う。
まだ大丈夫って言葉は危険だ。その言葉すら出なくなったら、取り返しがつかないところまで行ってることが多いから。
「犬コロも言ってんだろ。ここでお前がへたばったら、俺らが迷惑なんだ」
「…そうね。ごめんなさい」
こら、馬場山君。言葉はもっと、オブラートに包みなさい。
俺は反省を促す為、彼の足に前足をポンと置く。でも彼は気付かずに、シアンさんの方を向く。
「てめぇの荷物も幾つか寄越せ。スピードアップするぞ」
「えっ?あたし?まだ余裕なんだけど…」
「うっせぇ、黙って貸せ。どのチームより先に行くんだよ」
「では、自分が持ちましょう」
持田さんがススッと進み出て、シアンさんの荷物を奪い取る。
馬場山君が少し悔しそうにしているのは、また重量で持田さんに負けたからか。
「おい、犬コロ」
微笑ましく思っていると、馬場山君が話しかけてきた。
なんでしょう?
「てめぇも、もっと働け。ただ歩いてないで、なんか探し当てろ。犬だろうが。棒にでも何でも当たりやがれ」
「ちょい、ちょい。ババちゃん。ヴァルに当たらないでよ?」
大丈夫だよ、蜂須賀君。馬場山君の言う通りだから。
確かに、ただ水辺を求めて突き進んでいたけれど、それでは負荷が足りず不公平だな。もっと鼻を利かさないと。
休憩が終わると、俺は更に周囲をくまなく探索する。木々や草花の匂いを嗅ぎ、何か違和感は無いかと探し続けた。
そうしていると、美味しそうな匂いを嗅ぎつける。木の幹からにじみ出る樹液や野生の果実などを見つけた。
まぁ、これも成果ではあるけど、今は必要ないな。もっと食料が枯渇し始めてから採取しても良いだろう。
取り敢えず今は、場所を覚えておこう。しーとっとっと。
「結構奥まで来たねぇ。今はどのあたり何だろう?」
4回目の休憩で、蜂須賀君が汗を拭いながら訪ねて来る。それに、少し疲れ気味のユリ姉さんが端末を見る。
「歩いた距離で言うと、15㎞ちょっとかしら。ずっと南西に向っているみたいね」
「地図アプリとか入れてくれてたら良かったのにねぇ」
どうやら、端末で表示されるのは自分達の歩いた軌跡だけみたいだ。それでも、元来た場所には戻れるから有難いんだろうけど。
地図なんて入れたら、きっと試験の意味が無いだろうし。
俺は木に登り、周囲の様子を確認する。かなり水の匂いが強いので、そろそろ水場に着くと思うのだが…。
うん?
「なんだ?犬っころ」
慌てて木から降りると、馬場山君が声を掛けて来る。でも、俺は答えられずに鼻を利かせる。
ここら辺、人間の匂いが残っている。こんな樹海の奥でするとなると、考えられるのは…。
匂いに従い、俺は大木の洞(穴)に鼻を突っ込む。すると、何か硬い物が鼻に当たった。
これは…。
「なんだ?次は何を見つけ…って、おまえこれ…コインじゃねぇか」
そう。洞の中にあったのは、金ぴかのコイン。
俺達が集めることになっている、評価対象の1つだった。




