39話〜座れ〜
「1次試験最後の試験は、面接です」
クラスメイトの殆どが障害物走を終える頃、試験官の男性が説明をする。
番号を呼ばれたら、向こうに見える建物に向かい、そこの一室で面接を行う。格好は自由だが、荷物は持ち込めないとのこと。また面接がどれくらいで終わるか、何を聞かれるかは秘密らしい。
「って言っても、大体は圧迫面接だけどね」
競技場を出てすぐに、蜂須賀君が伸びをしながら爆弾発言を落とす。
俺は【バレたらヤバいんじゃ?】と気が気じゃなかったけど、他のみんなも「そうね」「あれキラーイ」と当然の様に頷く。
あら?みんな受けた事があるの?
「大丈夫だよ、ワンちゃん。適当に聞き流してりゃいいからさ」
蜂須賀君を見上げていると、彼は人懐っこい笑みを浮かべる。俺が不安で見上げていると思ったみたいだ。
そうじゃないけど…ありがとう。圧迫面接は確定なのね。気を付けよう。
「しっかし、犬とかワンちゃんじゃ呼び難いよな?」
「そうね。折角の可愛さが半減しているわ」
「よ~し。あたしがもっと、ポップでキュートでロックンロールな名前を付けてあげよう!」
蜂須賀君の意見に、集まった女性陣からも賛同の声が上がる。赤毛の子なんて、「う~んとねぇ」と考え始めてしまった。
「じゃあさ、ブラックハヤテ号とかどう?」
【アカン!そいつだけはアカンです!】
「うんうん。喜んでる、喜んでる」
俺の気も知らないで、赤髪の女の子が手を叩いて喜ぶ。
ヤバいぞ?このままだと俺、色んな所から怒られる名前になっちまう。
「えー。なんか長くない?」
蜂須賀君が不満を漏らす。
良いぞ!黒一点。赤髪ちゃんを押し返せ。
俺は【頑張れっ】蜂須賀君の足に前足を乗せる。
蜂須賀君がニコッと笑う。
「イギーとか良くない?」
【アカンって!】
体、真っ二つになる奴やん。
俺が両前足で目を押さえていると、頭上で「うふふ」と笑う声が。
「なら、シュヴァルツから取ってヴァルちゃんなんて、どうかしら?」
うぉ!最高ですやん、姉御!
俺は全力で尻尾を振って、提案してくれたユリ姉さんの周りを回る。
俺の愛称は黒色のヴァル。異論は認めんぞ。
「ブラックハヤテ号も良かったんだけどなぁ」
「仕方ないよ、シアンちゃん。本人が喜んでんだし」
赤髪のシアンさんはブー垂れるが、蜂須賀君は認めてくれた。
そんな事をしていると、俺達の番号が呼ばれた。もっと後かと思っていたが、案外早く回ってきた。
これって、いい事なんだろうか?もしかして面接が難しくて、バンバン落とされているんじゃ…?
心配だったが、俺は蜂須賀君達と一緒に面接会場へ入る。そこのロビーには多くの受験者が待機しており、ロビーの奥は沢山の扉が連なっていた。
まるで、ホテルの客室だ。
そのドアには番号札が貼られており、受験者は試験官が示した番号の部屋に入っていく仕組みだった。
なるほど。これだけ面接部屋があるから、1000人を超える受験者でもスピーディーに捌けるのか。
そう思っていると、さっき入った子がもう出てきた。
…随分と顔が青いな。圧迫に屈したのか?
「では次…1111番の受験生、1番の扉に入って」
おっ。もう呼ばれた。番号的に最後かと思ったのに。
俺は試験官に連れられて、みんなの前を横切る。「頑張って」と、蜂須賀君とシアンさんが手を振ってくれたので、尻尾で答える。
さて、やるぞ。
俺は気合いを入れて、開けて貰った扉を潜った。
〈◆〉
「では、次の受験者を呼びます。次は…1111番。例の犬ですね」
辰野先生が手元の紙を読み上げると、真ん中に座った豪徳理事が「はっ!」と鼻を鳴らす。
「そいつは失格だ。そもそもマトモにテストも受けてない動物を、ここに通すのが間違いなんだよ」
ぶよぶよの頬を掻きながら、理事は面倒くさそうに言う。
それに、辰野先生が「ですが」と言葉を返す。
「彼の体力測定は、群を抜いての好成績です。これで面接もせずに失格とすると、冒険者ギルドから不正を疑われ…」
「筆記があるだろうが!白紙で出すような者は、人間であったとしても落とす。そう言えばギルドも…」
「あっ、いえ。1111番はちゃんと、記述試験も点数を取っています。48点ですけど…」
「なんだと!?」
豪徳は辰野先生から紙をひったくり、両手を震わせた。赤ら顔で叫ぶ。
「不正だ!こんなもの。犬がマークシートなど出来る訳がないだろ!学長の仕業か!」
「豪徳様。彼はしっかりと試験を受けています」
堪らず、私は声を上げる。すると、彼のイヤらしい目がこちらを向く。私の顔を見て、すぐ胸元に視線が落ちる。
うっ。これだから声を出したくなかった。でも、しっかり言わないと。
「試験官は入江試験官です。それに、そちらから数名の試験補助員が出ていました。彼女らから確認を取られたら如何でしょう」
「むっ、そうか。入江君なら抜かりはないな…」
漸く落ち着いた豪徳。
そこに、ドアをノックする音が響き、ドアが開く。試験官の姿が見えて、彼の足元から黒っぽい犬が入室した。
来たわね。頑張りなさいよ。
私が心の中で念を送ると、彼は部屋の真ん中に置かれた椅子の横で立ち止まる。そこで、私達を見て軽く頭を下げた。
流石ね。
「座れ」
豪徳の短い命令。それに、彼はぴょんと椅子に登り、ちょこんと座った。
良いわよ。お利口さんね。
私が心の中で褒めていると、豪徳が机に拳を叩きつけた。
ドンッ!
「何処に座っている!?そこは人間の座るところだ!犬畜生は床に座れ!」
唾を飛ばして怒鳴る豪徳。それに、犬は一声も鳴かずに床に降りる。
また、静かにお座りをした。
逆に、私の心は荒れ狂う。顔が真っ赤な豪徳を睨んだ。
でも、私が声を上げる前に、
「豪徳理事。今のは言い過ぎです」
辰野先生が、静かに指摘した。
「何だと?貴様。私は学校の運営に携わっているのだぞ?私に意見する事が、どう言う意味か分からんのか?」
「過ぎた言葉は暴言です。この録音を聞いて、騒ぐ団体もいるでしょう。私はそれを危惧するに過ぎません」
良いわよ、辰野先生。ナイスだわ。
私が心の中で拍手を送る中で、豪徳も「ぐっ」と怒りを飲み込む。
よし。黙ったわね。
「こちらに非がありました、1111番さん。椅子に座って下さい」
私が進めると、彼は素直に座り直す。
全く動じてないわね。これくらいは余裕ってこと?
本当に、不思議なワンちゃんね。
「では今度は、私から質問させて頂きます」
私は切り替えて、面接官になる。応援する気持ちはあるけれど、それはそれで、これはこれ。
「貴方が冒険者を目指す理由をお答えください」
【アオアオアオゥ~。ワォウ~ワオ】
…うん。分からない。何かしゃべろうとしているのは分かるんだけど、全く分からない。ただただ、笑っちゃうくらい可愛い。
いえ、ダメね。彼は賢いんだから、ちゃんと意思疎通しないと。
「聞き取れませんでしたので、貴方の考えに近いものを次の4つから選んで下さい。1つ、お金や餌の為。2つ、地位や名誉の為。3つ、社会貢献の為。4つ、異世界や冒険に興味がある為」
【ワン、ワン、ワン】
「…3つ、社会貢献でしょうか?」
【ワン】
犬は大きく頷く。
意外だわ。てっきり1だと思ったのに。
「分かりました。ですが社会貢献でしたら、冒険者でなくとも可能かと思います。警察犬や盲導犬ではダメなのですか?」
【ウゥ〜】
大きく首を振る犬。彼は変わらず、こちらをジッと見る。その強い瞳は、全くブレない。自分には伝えたい思いがあるのだと、強く訴えかけて来ている。
ハッタリやこじ付けじゃないのね。貴方は、他の子達とは違うわ。式守君と一緒で、貴方も譲れない思いがあるのね。
「ふんっ!犬が冒険者など、笑わせる」
豪徳理事が、鼻で笑う。
私はそれを、俯瞰する。怒りは湧いて来ない。ただ、始まったと思う。
「良いか?貴様は、異世界がどんな物か知らんのだ。仮にゲートを潜り、街のすぐ傍で魔物を狩った事があったとしても、そんな物は一部に過ぎん!あの世界にはもっと狡猾で、獰猛で、凶悪な魔物がウジャウジャ居る。貴様の様な子犬に、何が出来ると言うのだ!」
再び机を叩き、激高する理事。
でも、彼は動じない。ただジッと、理事を見ている。背筋を伸ばし、自信満々に座っている。
全く動じない彼に、理事は立ち上がる。彼の目の前まで行って、彼の前足を掴んだ。
「貴様の様な弱者はなぁ、ゴブリンやコボルトに食われてお終いだ。足を貫かれ、動けなくなった所をムシャムシャと、こう、ムシャムシャと食われるんだ。泣き叫んでも、誰も助けん。それがあの世界だ」
犬の前足を食べるフリをして、笑みを浮かべる理事。
それを、彼は見上げる。まるで分かっていますよと言いたげに、彼の言葉を受け止める。
彼の脅しに、顔色一つ変える事も無かった。
「ふんっ」
理事が折れる。ノッシノッシとこちらに戻ってきて、椅子にドカッと座る。
これは演技じゃ無さそうね。本当に悔しそう。
「次は、私から宜しいでしょうか?」
辰野先生が手を挙げ、彼に向かって笑顔を向ける。
そして、
「君が冒険者になり、数人でパーティーを組んで魔物討伐の為に森へ入ったとしましょう。その時、仲間が1人魔物に襲われ、食い殺されそうになっていました。加えて、パーティーは魔物の群れに包囲されています。貴方は、どう動きますか?1人を助け、パーティーを瓦解させる?1人を見殺しにし、パーティーを助ける?どちらです?」
無慈悲な質問に、犬は全力で首を振った。そして、力強く【ワンッ】と答えた。
不思議と、彼の考えが分かった気がする。
両方助ける。最後まで、全員が生き残る道を探す。
そう、言っている気がした。
笑みを消す、辰野先生。
「聞いていなかったのか?それでは、パーティーが瓦解する。誰も救えないんだぞ?」
【ワンッ】
任せて。
そんな声が聞こえた。ただ意地を張っているのではなく、全員を救う事が彼の真意であるかの様に。
そう、辰野先生も感じたみたい。彼の顔に、再び笑みが戻った。
「傲慢だな、君は。いつかそれは、己の身を滅ぼすぞ?」
【ワフ】
「ふっ。覚悟の上か」
辰野先生は背もたれに背を着けて「私からは以上です」と質問を終えた。
全員が質問を終え、犬が退室する。最後まで堂々としていて、その背中は何処か楽しそうにすら見えた。
「私は、Aを付けます」
ドアが閉まると同時、辰野先生が宣言する。
A評価。犬の面接態度に満点を付けると言っていた。
それに、理事は「正気か?!」と声を荒らげた。
「何も喋ってない、ただ吠えただけだろ!」
「本当にそうお思いですか?彼のその一声に、強い意志を感じたからこそ、質問を終えられたのでは?それに、彼は動じなかった。その胆力を測ることも、この面接の意義ではありませんか」
辰野先生が、強い瞳を理事に向ける。
「そんな彼と、私はパーティーを組みたいと、そう思いました」
「ぐっ…」
現役冒険者に言い切られ、理事は口を閉じる。腹いせか、手元で〈C〉を付けていた。
まぁ、辛口のこの人からしたら、Cでも十分ね。DとかEとか、今までそんな評価ばかりだったもの。
私は満足して、手元の評価用紙に〈A〉を書き記した。




