37話〜では、位置に着いて〜
「そろそろね」
私は時計を見て、立ち上がる。
そろそろ試験が終わる時間だ。つまり、ここに答案用紙が返ってくる。
全て機械で処理するけれど、間違いが無いかを私達も手伝って確認する。
その最中に、見知った名前を見つけては目を凝らす。
もう、蜂須賀君。あんなに勉強しなさいって言ったのに、62点しか取れていないじゃない。馬場山君も、あれだけ啖呵切っておいて70点ってどう言うこと?これじゃ、ボーダーラインギリギリよ?
まぁ、あの2人の身体能力なら、1次選考は通過出来ると思うけど。
「おいおい。48点は無いだろ」
作業をしていると、隣で作業していた辰野先生が声を上げる。
その点数に、私も思わず彼の手元を覗いていた。
確かに、48点って印字されている。機械の誤認識かと思うレベルだけど、そもそも回答欄が半分しか埋まっていない。端にヨダレも垂れてるし、まさか寝ていたの?
私は心臓が鷲掴みにされた思いだった。初級テストでならザラにいる点数だけれど、今日は上級のテスト。こんな点数、そうそう取るものじゃない。これだと、体力テストで上位に食い込まないと落とされる。もしくは、”あの面接”に堪えないといけない…。
私のクラスの子じゃありません様に。
そう願いながら名前の所を見ると、そこには歪な線で〈犬〉と書かれていた。
「…えっ?」
ちょっと待って。これって、もしかしてあの子?受験番号も覚えやすい1111だし…あの犬の解答用紙ってこと!?
「驚きますよね、鈴原先生。まさかこんな点数を取るなんて」
「ええ…本当に。まさかこんなに点数を取れるなんて…」
「えっ?」
「えっ?」
会話が嚙み合わず、私は暫し辰野先生と見つめ合ってしまった。
〈◆〉
『体力測定を実施します。受験者の方は第一競技場前へお集まりください』
最低の点数を取ってしまった俺は、他の屍達と一緒に立ち尽くしていた。でも、そんな放送が聞こえたので顔を上げる、移動し始めている受験生の波に乗った。
さて、気持ちを切り替えないと。元々、筆記試験は不利だったんだから。切り替えて、次の試験から結果を出さないと。
じゃないと、冒険者にはなれない。もう異世界には行けなくなるぞ。
なんとか気持ちを奮い立たせた俺の前で、受験生が大勢集まっていた。教室には30人しか居なかったが、ここには数百…いや、きっと千人を越える人達が集まっている。どうやら、別の教室でも試験が執り行われていたらしい。
集まった生徒達の前で、男性が台に登壇し、拡声器を向けた。
『皆さん!次の体力テストは3か所に分かれて行います。測定器具や場所は十分な量ではありませんので、試験官の指示に従い、時間厳守で測定を行ってください!』
これだけの人数だから、手早くやらないと時間が無いのだろう。今日一日で1次選考を終わらせるつもりなのか。
俺は他の受験生と共に、示された第3競技場に向かう。
かなり広い芝生の会場で、中央にはジャージとビブス姿の男性が何人も立っていた。
彼らが、試験官みたいだ。
「皆さん!ここでもいくつかのチームに分かれて測定して貰います!760番から789番までは2番の前に!」
測定をスムーズにする為、更にチーム分けをするらしい。
我々も30人程に分けられ、2人の試験官の元に集められる。
「ちっ。またてめぇか」
と、そこでもまた、ヤンキーの馬場山君と一緒になった。
そう言えば、ちゃんとお礼を言えてなかったね。筆記試験ではありがとう。
彼の足に前足でタッチすると、馬場山君はまた「ちっ」と睨みつけてきた。
「なに馴れ馴れしくしてんだ、クソ犬。もう手助けなんてしねぇからな。諦めて犬小屋に帰りやがれ」
プリプリ怒って、馬場山君は競技場の端へと向かって行った。
ふむ。やはり手助けのつもりだったんだな。
「先ずは50m走を行います!6人ずつレーンに並んで!」
試験官の指示に従い、俺も競技場の端へと向かう。みんなの列に並んで、順番を待つ。
「へい、ワンちゃん。よろしく~」
並んでいると、周囲の受験生から注目を集める。俺の前に立つ青少年は座り込み、俺の頭をワシャワシャ撫でた。
筆記の時よりも好意的な人が増えたのは、みんなが慣れてくれたからか、俺が無駄吠えしないと分かってくれたからか。
後者かもしれないな。だって、今ここに並んでいる生徒は、一緒に筆記試験を受けたクラスメイト達だから。
「まさか、ワンちゃんと一緒に試験を受けるとはねぇ。なんだか、今回は受かりそうな気がするよ」
「あら?さっきまで筆記試験の結果に落ち込んでいた人の発言とは思えないわね」
俺を撫でる青少年の後ろから、黒髪の女性が小さな笑みを浮かべて茶化す。
すると、青少年は立ち上がり、肩を竦めた。
「うん。もう大丈夫だよ。この体力測定で巻き返すつもりだからさ」
「そんな事言って、気負い過ぎたら危ないわよ?蜂須賀君、張り切り過ぎるとヘマする事あるでしょ?」
「ぐっ、ユリ姉の仰る通りで」
仲が良いな、この2人。付き合っている…って雰囲気じゃないけど。
きっと、養成所のクラスメイトなんだろう。良い雰囲気の人達と受けられて、俺はラッキーだ。
そう思った俺だったが、すぐに違うと分からされる。50m走が始まると、みんなはレーンの方を向く。今並んでいる青少年達を見て、小さく唸った。
「委員長と馬場山か。どっちが勝つかな?」
「そりゃ委員長だろ。あの人に足で勝てるのは、きっと稀代の天才君しかいないだろうぜ」
「すげぇよな、委員長。記述テストでも10位に入ってたんだろ?合格間違いなしじゃん」
ほぉ。委員長さんは勉強だけじゃなくて、スポーツも得意なのか?
俺はチラリと話題の人物を見る。ぶ厚い眼鏡を直している様は、どう見てもガリ勉タイプに見える。でも確かに、ガタイは良い。隣に並ぶ馬場山君と横幅は変わらないように見える。
その馬場山君は、委員長を睨みつける。俺に対するより、遥かに強い怒りを見せる。
また敵視してるな。
「では、位置に着いて」
並んだ人達が、クラウチングスタート用の器具に足を乗せる。そして、合図と共に駆け出した。
速い。天馬君と馬場山君が、他の人達より一歩前に出る。ぐんぐん先に行き、引き離して行く。
ぶっち切って行く。
「ぐぅっ!」
このまま、2人同時にゴールかと思ったが、半分くらいの所で天馬君が更に前へ出た。馬場山君を体二つ分引き離し、確かな差でゴールラインを踏み越えた。
見事な戦いに、周りからも大きな拍手が起こる。俺もそれに合わせて、遠吠えしたい気分だった。
「999番、5.70秒。1101番、5.98秒」
試験官がデータを読み上げると、周囲からの声は更に大きくなる。
5.70って、日本記録じゃないか?委員長すげぇ…。
「ちっ、後少しだったのによ」
馬場山君が悔しがる。自分の足を叩いて、歯を食いしばる。
そこに、天馬君が近寄る。フォローするのかな?と思って見ていると、
「少しじゃない。明確な差だ」
フォローしなかった。腕を組み、堂々と宣言した。
自分が、勝ったのだと。
「僕は誰にも負けない。君にも、式守蓮にも勝って、トップで3級冒険者になるんだ」
「ぐっ…」
天馬君がシキモリと言う名を口にした途端、怒りが爆発しそうだった馬場山君は歯噛みした。
大人しくなった彼を見て、委員長はレーンを離れる。少し冷たい目で、でも確かに熱い瞳で次の競技地区を見ていた。
…そうか。みんな本気なんだ。本気で、冒険者になりたいんだ。
俺も一緒だ。どうしても冒険者になりたい。またあの世界に戻る為に。あの異常な世界を、もう一度見る為に。
「最後の組、並びなさい!」
おっと、呼ばれたぞ。
俺は蜂須賀君の後ろに付いて行き、彼の隣のレーンに着く。スターティングブロックに足を乗せて…むっ。ちょっと大きさが合わないぞ?いいや、乗せてるフリだけしとこ。
「位置について、よ~い…バンッ!」
スターターピストルの音と共に、俺は飛び出す。最初はみんなの方が速かったけれど、2歩、3歩と駆けるだけで追い抜いてしまう。後はもう、誰も居ない。俺は風を独り占めにして、レーンを駆ける。
ああ、久しぶりの感覚だ。この高揚する感覚。空を滑るような感覚。楽しくて遠吠えしたいくらいだ。
そんな楽しい時間は、一瞬で終わる。計測用の機械を超えると、目の前には競技場の壁が見えた。
ふむ。早く次の競技をやりたいぞ?次は何だ?持久走か?
俺は物足りなくて、記録係の試験官を見上げる。でも彼は、俺なんて見ていなかった。機械から出てきた紙を、ただ凝視していた。
早くしてくれと見上げていると、彼は漸く再起動する。
紙を、読み上げる。
「あ~…ゴホンッ。え~…。1111番の記録は、4.11秒!」
「「おぉお~…」」
「よっ、4秒台?」
「委員長の記録を1秒以上も縮めた?ヤバ過ぎんだろ!」
みんなが驚いている。天馬君の時よりも大きめな拍手が送られた。後からゴールした蜂須賀君達も、「やるじゃん、ワンコ!」と言って、息を切らしながら俺の頭をワシャワシャ撫でてきた。
いやぁ。まぁ、犬だから走るのは得意なんだよ。それと、異世界で大量の肉を食べて、走り回ったからね。走る為の筋肉は付いていたんだ。
「おい、クソ犬」
みんなにナデナデされていると、足音荒く馬場山君がやってきた。
「次の反復横跳び。俺と同じ組になれ。俺と勝負しろ」
敵意剥き出しの馬場山君。それに、蜂須賀君が立ち上がる。
「何言ってんのさ、ババちゃん。これはテストなんだから、僕らが勝手にチームを変えたりは出来ないよ?」
まぁ、そうだよな。受験番号順で呼ばれているんだし、試験官もそれで記録を付けている。俺達が勝手なことは出来ない。
「ちっ」
馬場山君がキレる。
俺と勝負したい気持ちは嬉しいけどね…俺に怒ったって、どうしようもないぞ?




