36話~うるせぇな、ほんと~
上級の冒険者試験はかなり難しい。そうは聞いていたが、心の何処かで【大丈夫だ】という思いがあった。ボスマンモスを倒し、数々の冒険をして来た俺なら、大きなアドバンテージがあるだろうと高を括っていた。
だがまさか、筆記試験があるとは…。
どうするべきか、俺は一晩中悩んだ。犬だから免除してもらえないかと。
でもそれが通ってしまうと、豪徳みたいな人間からイチャモンを付けられる可能性がある。正規のルートで受かっていないのだから、冒険者ではないと言う輩が湧く来る気がする。
ただでさえ、犬である俺が冒険者になる事に難色を示している人がいるからね。人間様の職業に、犬なんかが入って来るなと。
何時から人間は、犬よりも偉い存在になったのだろうか?
「いいこと?試験会場では静かにするのよ?」
悩みながら歩いていると、俺を引率してくれた鈴原先生が忠告する。彼女の視線の先には、〈冒険者特化クラスC〉の看板が掲げられた教室がドアを開いて待っていた。
ここが試験会場か。
「もしも騒いだりしたら、追い出されちゃうからね?そしたら一発アウトよ」
なるほど。人に害をなす犬だと思われたら、幾ら優秀でも冒険者になれないと。
人間の考えそうな事だ。
【分かりました。気を付けます】
俺は先生に頭を下げて、教室に入る。
さて、どうにかしてこの窮地を乗り越えねば…。
〈◆〉
本当に行っちゃった。あの子。
大丈夫かしら?
私は、ペンケースを咥えて歩く犬の後姿を暫く見送る。彼はキョロキョロと周囲を観察しているけれど、吠える様子は無かった。そもそも、かなり大人しい子だから、返事以外で吠えるところを見た事ない。
警察犬かと思ったけど、もしかしたら介助犬だったのかしら?あの子。人の事をよく見ているし、無駄吠えしない。あの子なら、うちのマンションでも飼えるかも…。
「って、何考えてるのかしら」
逸れ始めた思考を止めて、もう一度教室を見る。色々あったけど、何とか自分の席に座ったあの子を見て、私も安心した。
これなら大丈夫と、背を向けた。
そうよ。そうして出席する事が大事。それがあなたへの評価に繋がるわ。
犬に対して筆記試験の結果を求めるような人は、流石にいないんだから。
〈◆〉
さて、先生から教えてもらった俺の番号が1111番だから、この辺かな?
教室に入った俺は、自分の番号が何処にあるのかを探す。椅子に登り、机の端に貼られている番号を見る。
「あら?珍しい」
「ホントだ。良く入れたねぇ」
「迷子の迷子の迷イーヌかな?」
その俺を凝視する視線も感じる。
やっぱり試験会場に犬は珍しいのか、先に来ていた受験生達が振り返り、俺を指さしてコソコソ話し合っている。
耳の良い俺には、全部聞こえているんだけど。
そんな視線は無視して、俺はまた椅子に登る。
ふむ。ここが〈1101番〉だから、俺の席はこの隣かな?
「おい。なに人の席を陣取ってんだ?そこのクソ犬」
椅子を降りようとした時、そんな声が聞こえた。見ると、黒髪リーゼントヘアの青少年が、額に青筋を浮かべて俺を睨んでいた。
今時、珍しい髪型だな。絶滅危惧種のヤンキーだろうか?
【ごめんなさい】
俺は椅子から飛び降りて、ヤンキーに謝罪する。すると彼は、厳しい目のまま俺に手を伸ばす。
匂いからして、好意的なアクションではないな。
そう察した俺は、その手か逃れる。途端に、ヤンキーから「ちっ」と舌打ちが漏れた。
「大人しくしやがれ、クソ犬がっ。こちとら、年に2回しかねぇ試験前でムシャクシャしてんだ。素直に出てかねぇなら殺すぞ?おっ?」
おっと。やっぱりこの青年、俺を放り出そうとしていたのか。
だがね、そう思い通りになってやるつもりはない。全力で逃げ回る俺を、果たしてそのデカい図体で捕らえられるかな?
「止めるんだ、馬場山君」
さぁ、来いと構えていると、ヤンキーの肩を別の青年が押さえた。
ヤンキーが怒りの目をそちらに向ける。
「あぁ?うっせぇぞ、委員長。てめぇから先にボコってやろうか?」
「そうしたら君は、落第どころか冒険者の道も閉ざす事になる。冒険者は絆が大事。仲間内で喧嘩なんて1発アウトだ。そして…」
委員長さんが俺を指さす。俺の首にかかったプレートを示す。
「これがある以上、彼も立派な受験生だ」
「あぁ?!こんな犬コロがか?」
「受験リストにも載っている。しっかり確認したまえ」
委員長が黒板を示すと、馬場山は「ちっ」と舌打ちをするだけで席に座った。
ふぅ。助かった。
「済まなかったね、犬君」
委員長が片膝を着いて、俺に握手を求めてくる。差し出された手にお手をすると、彼はブンブンと俺の前足を振った。
「僕の名前は久田天馬。特化クラスでは学級委員をさせて貰っている。困った事があれば言ってくれ」
天馬君は立ち上がり、俺に向かってビシッと敬礼して見せる。
好青年なんだけど、ちょっと天然さんだな。言ってくれって、犬の俺がどうやって物申せば良いと言うのか。
気持ちだけ受け取って、俺は自分の席に着く。何の因果か、隣はあのヤンキー君だ。まだこっちを見て「あぁ?」って威嚇してる。
いや、だからさ。俺も受験者な訳よ。この受験プレート見てよ?ほら。
そうしていると、徐々に空いていた席も埋まる。そして30人程度の席が全て埋まると、試験官らしき女性が入ってきて、みんなにプリントとマークシートを配った。
おっ。マークシート形式か。ならまだ、ワンチャンあるんじゃない?
希望の光を感じる俺。そこに、「始め」の声が掛かる。周囲がみんな、目の色を変えてプリントを捲った。
始まったか。俺もやるぞ。
意気込んでプリントを開…開く…開けこら。くっ。紙をひっくり返すのって、こんなに難しいのか。
四苦八苦しながらも何とかプリントをひっくり返し、ページを捲る。そこには問題がビッシリ書かれていた。
え〜っと、なになに…?
Q1、異世界に行くために必要な事は何か。次から1つ選べ。
A、魔力の籠った装備を着る
B、6等級以上の魔石を装着する
C、特定のゲートを潜る
D、3級以上の冒険者に引率してもらう
これは、Cか。簡単だな。
そう思って回答しようと思ったが…鉛筆が持てない。ツルツル滑ってしまい、肉球で挟めない。
くっ…やはり手で書くのは難しいか。なら、口ではどうだ?
俺は鉛筆を咥えて、回答用紙に向かう。だけど…鼻が邪魔で下が見えない。見ようとすると、鉛筆の位置がズレてしまう。しかも、口に物を咥えてるから涎が出て来る。その涎のせいで、鉛筆がコロリと転がってしまった。
うわっ、やば。寄りにも寄って、隣の席に行っちゃった。
「…だぁ、くそっ。うるせぇな、ほんと」
案の定、ヤンキー馬場山から凄い目で睨みつけられてしまった。彼は俺の鉛筆を握りしめて、グッとこちらに近寄ってきた。
お、おい。早まるなよ?その鉛筆で、何をしよってんだ?
俺が目を白黒している間にも、馬場山は俺の右前足を無理やり引っ張る。
そして、
「(小声)次にうるせぇ行動とってみろ。そいつで、てめぇの首を縛り上げてやるからな」
解放された俺の右前足には、彼のネクタイでグルグル巻きにされていた。しかも、落とした俺の鉛筆も一緒に巻かれている。
おお、これなら何とか字が書けるかも?
俺は嬉々として、マークシートの欄に芯を擦り付ける。時間はかかったが、何とか塗り潰すことが出来た。
【あ、】
ありがとう。
そう、彼に向かって吠えようとして、慌てて口を噤む。
危ない、危ない。今は試験中。そうでなくても、静かにしろと言われたばかりだろうに。
俺は馬場山君に感謝の念を送って、マークシートに向き合う。そう言えば名前を書いていなかったなと思い出し、ヨレヨレな字で〈犬〉と書きなぐる。
良いよな?これで。戸籍とかないから、正式な名前も持ってないし。
順調だった。
俺は順調にマークシートの欄を埋めていく。ページを捲るのは一苦労でも、馬場山君のお陰で鉛筆が落ちることも無くなった。かなりキツく縛ってくれたから、ちょっとやそっと振り回してもすっぽ抜ける気配もない。
ちょっときつ過ぎて、前足の感覚が無くなってきた気もするけど…気のせいだろ。うん。
問題文もそれ程難しくない。数学や理科は常識問題レベルだし、異世界関係の問題も感覚で解けるものだった。
ゴブリンのドロップ品は何かって?ボロボロの布切れだよ。
スキル、暗視の効果は何かかぁ。又聞きだけど、Bの〈光量の少ない場所でも視認出来る〉が正解っぽいな。
何だか楽しかった。分からない異世界問題もあるけど、逆に勉強出来る。回復薬の作り方も何となく分かったし、新たなスキルも学べた。
そうしてワクワクしていると、
「はい。そこまでです」
試験官が静かに手を叩いた。
……えっ?終わり?もう終わり?
俺は唖然とする。目の前に置かれたマークシートは、まだ半分近く埋まっていなかったから。
おいおい。嘘だろ、おい!
慌てる俺の前で、マークシートが回収されていく。周囲から「終わったぁー」と言う声が幾つも聞こえ、本当に終わってしまったんだと思い知る。
それから程なくして、結果が張り出される。
昇降口。そこに設置されている電光掲示板に、受験番号と順位が表示されていた。
俺の順位?そりゃもう、分かりやす過ぎる。
掲示板の一番右側。そこで、頭を抱えて蹲る受験者達の向こう側で、堂々と掲示されていたから。
〈順位:1111位、受験番号:1111〉
上級テストを受けた1111人中、俺が最下位だった。




