35話〜君はどの資格を狙う?〜
「ようこそ、冒険者養成所へ。稀代の英雄君」
豪徳に連れて来られたのは、養成機関の中でも一番立派な建物。そこの最上階の扉前で首輪を外された俺は、無言の豪徳に促されて部屋に入った。すると、デスク越しにそう挨拶されたのだった。
俺に挨拶をして初老の男性が立ち上がる。老人だとは思うが、随分と背が高く、背筋がしっかりとしている。
そして何処か、強者の雰囲気を感じる。
「私は、この学園の学長をしている火伏と言う者だ。既に豪徳教授から聞いているとは思うが、君には他の受験生と同じように試験を受け、冒険者を目指して貰いたいと思っている」
学長は俺の前まで来ると、そう言いながら片膝を着く。
すると、俺の後ろで「では、私はこれで」と豪徳が去って行く音が聞こえた。
…逃げたな。
それを学長も察したのか、「ふぅ」と短い溜息を吐いて首を振る。そして立ち上がり、ソファーを示して「先ずは、かけてくれ」と着席を勧めた。
素直に従う事としよう。
「ほぉ」
俺がソファーに座ると、学長は短く息を吐いて顎を摩った。
なんですか?
「警察犬レベルだとは聞いていたが、これ程までに賢いとはな。人の言葉を理解していると見える」
そりゃまぁ、元人間ですからね。理解できるのは当たり前。
喋れはしないけど。
「で、あるなら話は早い。試験についての話をしよう」
試験には大きく分けて2つの種類があると言う。共通テストと、階級テストの2つだ。
共通テストは、冒険者を目指す物なら誰もが受ける基礎的なテストで、一般常識や体力の有無を問うものらしい。
そして階級テストというのは、目指す冒険者のスタイルによって難易度が大きく変わるテストとの事。
冒険者には1級から7級までの等級があり、等級が上がれば上がる程、行動出来る範囲が広がり、受けることの出来るクエストも増えて来るそうだ。
「具体的には、6級以下では街の外へは出られず、3級以上でなければ大型の魔物と戦闘が出来ない。故に、その階級へと上がる為には相応の試験を受け、合格せねばならん」
なるほど。だから冒険者はみんな、試験の話をしていたのか。そして、より行動範囲を広めるにはそれだけ難しい試験に受かる必要がある。試験を受けて実力を示さないと、危険な魔物がうろつくエリアへは行けないのだ。
「階級テストは3つのコースに分かれている。7級の資格を得られる初等コース、5等級までの資格を得られる中等コース。そして、3等級までの資格を得られる上等コースだ」
初等コースは、ある程度の教養と身体能力があれば多くの者が合格するコース。だがそれで得られる7級冒険者では、武器による魔物討伐も出来なければ街から出ることも出来ないそうだ。
中等コースに受かれば、弓などで外壁に近寄った魔物を相手にすることが出来るようになり、5級に受かれば街の周囲で小型の魔物を狩ることも出来る。ただ受かるには、教養と体力だけでなく、相応の戦闘能力も試されることとなる。
そして、上等コースに受かることが出来れば、3級から4級の資格を得ることが出来る。どちらも街から離れて活動することが出来るようになり、3級に受かる事が出来れば、ボスラプトルみたいな大型魔物との戦闘も許可されるんだとか。
ただし、それだけ試験は厳しくなる。能力や技術だけでなく、精神面においても冒険者に相応しいかを計られるとのこと。
それもその筈。街から離れれば危険度は飛躍的に跳ね上がり、自分達だけで対処しなければならなくなるからだ。
確かに、俺も危ない状況が何度も遭った。ワニに食われそうにもなるし、火竜遭遇したり、マンモスの水浴びに突っ込んだりもした。生きているから良かったが、下手すりゃあそこで終わっていた場面が幾つもある。
俺も改めて、学ばないといけない。
「さて、ここまで話した中で、君はどの資格を狙う?そもそも、冒険者になるつもりはあるか?」
【あります】
「うむ。今のはイエスと取らせてもらおう。では…初等、中等、上等。このどれを選び取る?」
学長は机の上に、〈初〉〈中〉〈上〉の3枚のカードを並べた。
ふふっ。こんなの決まっている。
俺は迷わず、一番右の〈上〉のカードに前足を置いた。
途端に、学長の口がニュイッとひん曲がった。
「かかっ。これはまた、興味深い。自らの意志をこうまで表現出来るとはな。君を見ていると、若い頃に相対した水龍を思い出す」
えっ?水龍?
もしかしてこの人、元冒険者なのか?それも、龍と対峙出来る程の強者?
聞きたかったが、学長はカードをポケットにしまってデスクに戻ってしまう。そこで誰かに電話して「では頼む」と電話を切った。
次は何をするのかとソファーに座っていると、学長室の扉がノックされる。学長が許可すると、スーツ姿の若い女性が1人、入ってきた。
「学長。迎えに来ましたけど…飛び込みの受験者は何処です?」
「そこのソファーに座しておる」
学長の視線を追って、女性がこちらを見る。一瞬目を開くも、すぐに小さなため息を吐き出した。
「はぁ。本当に犬が試験を受けようとするなんて。一体、どうやって受けさせるつもりですか?」
「どうもこうも、皆と変わらぬ。公平性を期すためにも、ルールや査定の大きな変更は無しとする」
学長が断言すると、女性は目を細める。
「無しって…上級のテストですよ?体力テストだけじゃなくて、集団行動とか実地訓練とかもあるテストなのに…」
「鈴原教諭。受験生の前で試験内容を暴露するのは、あまり好ましい事ではないぞ」
学長に諭されて、鈴原先生は口をパクパクさせる。
その間に、学長は話を進めた。
「君を呼んだのは、試験が始まる明日の朝、彼を会場まで案内してもらう為だ」
「わ、私が、ですか?」
驚きすぎて大きく口を開ける鈴原先生に、学長は「そうだ」と大きく頷く。
「全てを公平にするとは言ったが、流石に犬である彼が単独で会場に入るのは不可能である。故に、カリスマ教師と名高い君に、引率を頼みたいのだ」
「引率…まぁ、それくらいでしたら構いませんけれど…」
鈴原先生が渋々と言った感じで頷く。
済みませんね、先生。俺一匹だと、確実に門前払いを食らってしまうので。
「では早速、彼を宿直所まで送ってはくれぬか?」
「分かりました。それで?リードは何処にあるんです?」
「そんなものはない」
言い切る学長に、鈴原先生はまた口をパクパクさせた。
「いいこと?絶対に、私の傍から離れないのよ?」
【了解】
俺が静かに鳴くと、鈴原先生は小さくため息を吐いた。
むっ。俺が理解していないと思っているな?見せてやろうじゃないか。
俺は警察署と同じように、鈴原さんのすぐ隣をピシッと付いて歩く。すると彼女も「へぇ」と眉間のシワを広げた。
「リード無しで散歩出来るなんて、あなた相当訓練された犬なのね。これなら、先日の緊急クエストに参加したって噂も本当かも…」
考え込みながら俺を見下ろす鈴原さん。でもすぐにニヤッと笑って座り込み、俺の頭を撫でた。
「でもね、ただクエストに参加しただけじゃ冒険者にはなれないわよ。特に、あなたが受けようとしている上級テストの合格率は20%。3級の合格者なんて10%を切るわ。私の教え子にも、10年連続で落ちてる人なんてザラに居る。とても狭き門なんだから」
【なるほど】
そんなに難しいのか。10%って言ったら、難関国家資格レベルだ。集団行動とか言っていたから、もしかしたら自衛隊のレンジャー訓練みたいなのを課せられたりして。
俺が不安に思っていると、誰かが駆け寄って来る音が聞こえる。次いで、複数の人間の匂いが風に乗って来た。
「せんせー!」
「鈴原先生!」
「あら、あなた達」
先生の元に、大学生くらいの男子4人組が駆け寄って来た。それに、先生は口元を正し、優雅な微笑を携える。
切り替え早いな、先生。
「せんせー、何してんの?って、犬?せんせ、犬なんて飼ってたっけ?」
「いえ、ちょっと預かってて。それより貴方達、こんな所で油を売っていていいの?明日は試験当日よ?」
おっ。試験という事は、この子達も冒険者候補生か。
俺が見上げる先で、青少年達はお気楽そうな笑顔を浮かべる。
「今更、足掻いたってしかたないじゃん?僕はもう、体力テストに全振りよ」
「あのねぇ、蜂須賀君。筆記もある程度取らないと、かなり厳しくなるわよ?筆記と体力テストの結果で、第一次試験の合否は決まるんだから」
…えっ?筆記?
とんでもないワードを聞いてしまい、俺は先生を縋る思いで見上げた。
でも先生は、お気楽な問題児に頬を膨らませるのに忙しそうだった。
なぁ、先生。筆記って…俺、犬なんだけど?




