34話〜目が覚めたか〜
目を開けると、真っ白な壁が見えた。
一瞬、何が何だか分からなくなり、うわ言の様に呟く。
【知らない壁だな…】
なんで横向きで寝ているのかと理解出来なかったが、自分が野良犬なのを思い出した。
そして、ついさっきまで異世界で戦って、巨大なマンモスを倒した事も。
その後…ええっと、その後どうなったんだ?そんで、ここは何処だ?
【マジで知らん場所だぞ?】
周囲を見て、匂いを嗅いでも覚えがない。鉄格子が見えるし、床はフローリングに俺が居る所だけ毛布が敷かれていた。
留置場みたいだな。被疑者が逃亡しないように入れておく身柄拘束用の警察署施設だ。人間の頃にお世話になったから良く分かる。
という事は、ここは警察署。しかもスキルや進化が出来ないから、現実世界の警察署だ。
つまり…捕まったということか。
そこはちょっと残念だけど、保健所じゃないだけマシだった。
保健所だったら、全力で逃げ出さねばならなかったから。
現状を把握していると、近くで扉の開く音が聞こえた。次いで、こちらに向かってくる足音が1つ。
見回りか?と思って音のする方に意識を向けていると、鉄格子の向こう側に知った顔が現れた。
黒坂君だ。
「おっ!目が覚めたか、ワンコ」
俺を見て、硬かった表情を氷解させる黒坂君。でもすぐ暗い顔に戻り、冷たい鉄格子を掴む。
「済まねぇ、こんなことになっちまって。本当だったらお前は、街を救った英雄だって表彰されるべきなのに。頭の固いオッサン共は、それが分からねぇみてぇなんだ」
ふむふむ。頭の硬いおじさんね。
分かる気がする。現場からしたら戦友でも、報告書を読んだだけの重役からしたら異物だろうからね、俺は。マンモスを倒す犬なんて、彼らからしたら脅威なのだろう。
俺は【もっと情報は無いの?】と尻尾を振りながら黒坂君に近付く。すると彼は、持っていたビニール袋から犬用のジャーキーを出して、俺に差し出してきた。
おおう。それも嬉しいんだけどね。
「言い訳になっちまうけど、俺達も全力で抗議したんだ。波多野兄弟も加勢してくれて、こんなことはおかしいって声を上げたんだ。だが、結局は警察に連れて行かれちまった」
ジャーキーを噛み噛みしていると、黒坂君がその時を思い出しながら事情を話してくれた。
俺が魔力切れで気を失った後、街は平和を取り戻したらしい。外にいたマンモスは、アローズの皆さんと駆けつけた援軍によって退治された。ボスを倒したことで、混乱していた街の人達も落ち着きを取り戻したそうだ。
それは良かったんだけど、落ち着いたのは現場だけではなかった。
マンモスを倒したのが野良犬だと分かると、警察は身柄の譲渡を迫ってきたそうだ。最初はそれに、冒険者側も随分と渋ってくれたそうなのだが、冒険者の上層部からも指示が出てしまったそうで、俺はここに拘束されることとなったそうだ。
「今もまだ、お前の処遇をどうするか話し合っているって聞いている。危険だから処分しろなんて言っている奴らもいるけど、そんなことはさせねぇから安心しろ。冒険者は勿論、自衛隊や街の人間からも反対の声が上がっている。街を救った英雄に、それはねぇだろってな」
そう言って貰えると、助かるよ。ハウンズに人間を襲うなって厳命したのが功を奏している。
そう言えば、ハウンズはどうなったんだ?まさかマンモスと一緒に処分とかされてないよね?
心配だが、知る術がない。黒坂君は「また来るからな」と言って、ジャーキーを大量に置いて帰ってしまった。
こうして拘束されてしまうと、犬の立場は圧倒的に不利だな。立場も弱いし。
不安に思いながらも、俺は沙汰が下るのを待った。
部屋には毛布の他に、洗面所も犬用のトイレも用意されていたので清潔に過ごせる。食事も3食ちゃんと出て、狭いけど施設内を走らせてくれもした。
俺があまりに従順にし過ぎたせいか「警察犬にするのはどうでしょう?」なんて言い出す警官もいて困った。
一般家庭のペットよりはマシだけど、やはり俺は異世界に行き、謎を解明したいんだ。
面会も、毎日の様にやってきた。
黒坂君は勿論のこと、彼のチームメンバーである南さんや色黒のお兄さんもやって来て「街を救ってくれてありがとう」と言われた。南さんなんて、「私が引き取るから今すぐ出してくれ」って、割とマジな感じで警官に詰め寄っていた。
その気持ちは嬉しいが、君の場合、ペットとして引き取りそうでちょっと不安。それなら、警察犬になるつもりだ。
波多野兄弟も面会に来てくれた。弟さんの方が俺の事を「アヌビス!」と頻りに呼ぶから、一瞬俺の名前がアヌビスで決まりそうになった。
何なんだ?アヌビスって。俺はあんなにスマートじゃないぞ?
「今のところ、お前さんを処分するって話は立ち消えそうだ。冒険者組合と動物愛護団体から猛抗議を受けて、政府が折れたみたいだな」
弟さんに撫でられていると、波多野兄が教えてくれる。
ギルドは良いけど…動物愛護団体か。あれは厄介なんだよなぁ。
「ただ、以前までの生活に戻れるかって言ったら、あまり期待しない方が良いな。何かしらの制約がかかると思った方が良いぞ」
波多野兄が言うには、政府が俺をここに拘束する一番の理由は、誘拐されない為らしい。何処かの組織、もしくは国に攫われた場合、ボスマンモス級の戦力を渡すことになる。そうなれば厄介なので、こうして目の届くところに置いているんだとか。
「だからかは分からんが、お前さんの情報はかなり規制されてる。街を救ったのも自衛隊と冒険者って事になってるし、お前さんを知る俺達みたいなのには緘口令が敷かれちまった」
なるほど。俺の存在自体を危険視する方向から、利用される事を危惧し始めたのか。
確かに、他国も異世界攻略を進めているらしいから、俺の事を聞けば欲しがるだろう。特にあの第3進化は強力で、下手すりゃ龍とも渡り合えるかも知れない。
まぁ、魔力消費が半端ないんだけどね。
いや、今はそんな事よりも。
【ハウンズがどうなったか知りません?あの子達、元気にしてる?】
俺は波多野の兄に訴えかける。
すると、兄は「うん?」と俺の目を覗き込んだ。
「なんだ?お前。もしかして向こう側を心配してるのか?確かに凄い被害だったが…募金もマンモスの魔石売却金もあるから、復興は順調に進み始めているぞ」
うーん、そうか。街は何とかなりそうなのね。
「あと、お前の仲間達が街の外をウロウロしてるぞ。きっと、お前の帰りを待ってるんだろうな」
【おおっ!それそれ!】
無事だったか、ハウンズ。
俺は嬉しくて飛び上がってしまい、それを見た波多野兄も「おお、分かりやすいな」と笑っていた。
反対に、波多野弟は眉を顰めた。
「なんでアヌビスの聞きたいことが分かったんだよ?ヨウちゃん」
「あぁ?偶然だよ、偶然。目を見てたら、こう、なんか心配してそうだなぁって感じただけだ」
「またかよ。マンモスの時もそうだったよな?女心は分からないのに、犬は分かるのかよ」
「あっ!海斗てめぇ!言っちゃならん事を平気で言いやがって」
「へっへーん。悔しかったら、早く伊藤さんに告白するんだな」
「ぐぅ。このモテ男めぇ〜」
…仲が良いな、この兄弟。
波多野兄から朗報を得られてからは、心情も随分と落ち着いた。
でもそれが、揺さぶられる事が起きる。
独房生活にも飽きてきた頃、数人の警官と見知らぬおじさんがやって来た。そして無言で、俺を連れ出した。
何だ?もしかして他国のスパイ?
そうも思ったが、俺は攻撃できない。したら最悪、保健所送りだ。
「ったく。呆れる連中ばかりだ、俺の周りは」
車に乗せられて少しすると、おじさんが警官にボヤく声が聞こえた。
「犬が街を守っただと?バカも休み休み言え。人間様に出来ない事が、なんで犬畜生に出来るって言うんだ。それも、こんなみすぼらしい野良犬に」
「ご、豪徳様。そのような大きな声で…」
「何だ?まさかお前達まで、犬に聞かれるなんて言うんじゃないだろうな?ふんっ。犬に人間様の言葉が分かってたまるか」
豪徳と呼ばれた男は、助手席で機嫌悪そうに鼻を鳴らす。
「全く、火伏学長もどうかしている。こんな下等生物を冒険者試験にかける等と」
うん?冒険者試験?それって…。
俺が顔を上げると、丁度車は何かの施設に入っていく所だった。かなり広い敷地で、幾つも棟が並んでいる。中央に天使らしきモニュメントが飾っており、そこのプレートには〈冒険者育成機関〉と書かれていた。
冒険者?俺が?
「次は何だ?動物園からロバでも連れてきて、冒険者試験を受けさせるのか?ブレーメンの音楽隊でも作る気か、日本の冒険者ギルドは」
困惑する俺の前で、豪徳の愚痴が何時までも吐き出され続けた。




