33話〜アヌビス、神〜
「河崎重騎士団の波多野兄弟です。ここを通してください」
人混みを掻き分けて、何とか受付に到着した俺は、その手前で検問を敷いている自衛隊員に向かって冒険者カードを突き付ける。すると、最初は怪訝な顔で俺達を睨んでいた隊員も、ビシッとくるぶしを合わせて敬礼した。
「2級冒険者の波多野陽太さんに、1級冒険者の波多野海斗さんですね?緊急招集をお受け下さり、ありがとうございます」
隊員に連れられて、俺達は裏の更衣室に通される。なんでも、街の方は混乱しており、武具の預かり所が機能していないんだとか。だから、ここでレンタル武具を借りるように言われたんだが…。
「しっくりこねぇな。この武器ってアレだろ?マギクォーツ製だろ?これじゃ、ちょっと斬っただけですぐ折れちまうよ」
弟の海斗が文句を言う。
仕方ないだろ、海斗。こいつらは全部レンタル品。何時も使っているマグライト製とは訳が違うんだ。寧ろ、魔鉄製じゃないだけ感謝しろ。
「グダグダ言ってないで、とっとと行くぞ。向こうは相当ヤバい状態なんだから」
ラジオから流れる情報は、時間を追う毎に緊迫感を増していた。車を降りる時なんて、マンモスが城壁に体当たりした!って言っていたし。
1秒も無駄に出来ない。だから、俺はレンタルで我慢してんだ。
「分かってるよ、ヨウちゃん」
海斗も分かっているみたいで、素直に俺の背に付いてくる。
くそっ。レンタル品でも様になってるな。俺なんてサイズがキツすぎて、自慢のアフロが潰れちまってる。
なんか、不安だな。
「そんじゃ、行ってきます」
ゲート前に並んでいた自衛隊員と共に、俺はゲートを潜る。途端に視界が切り替わり、向こう側の街並みが広がった。
でも、いつもと違う。空は黄色く淀み、血と火薬と排ガスの匂いが鼻を突く。向こうの方では黒煙が登っており、遠くでは爆発音がしていた。
そして、
「早くしろ!止まってんじゃねぇ!」
「おいおい、何やってんだ!」
「お母さんを探して!お願い!お母さんが居ないの!」
悲鳴。
怒号。
詰めかけた人達が、あらん限りの声で泣き叫んでいた。普段は優しい顔で「いってらしゃい」を言ってくれる街の人達が、今は鬼の形相でゲートへ詰めかけていた。
それを、ゲート前で警察が受け止める。
『押さないで下さい!押さないで!荷物は全部置いて、身分証だけご提示ください!』
「ふざけるな!置いてなんて行けるか!これが俺の全財産なんだ!」
「魔石だけなら良いだろ?場所取らないからさぁ」
「そんな事よりお母さんよ!お願い!あの人足が悪いの。探すのを手伝って頂戴!」
『皆さん!落ち着いて!順にゲートを潛って!』
大混乱だ。ゲートは狭いのに、大荷物を運び出そうとする人がそれを塞いでしまって、後ろにも大行列が出来ている。ここでは商人が多いから、余計にがめつい奴が道を塞いでしまったみたいだ。
俺達が入った側も使えば良いんだろうけど、そっちは自衛隊や冒険者が使っている。追加戦力を削ぐ事になるから、避難路としては使えない。
これは、不味いな。
「おい。何の音だ?」
何かが倒壊する音が響き、象の鳴き声の様な物が聞こえた。
次に感じたのは、地響き。ずっと感じていた微細な振動ではなく、ドドドドッと直下地震にも似た大きな縦揺れだった。
そして、それは現れる。
4階建てのホテルをなぎ倒し、街道の向こう側から姿を表したのは、山の様に大きなマンモス。
トランプルマンモス。
その、親玉だった。
「「きゃぁあああ!!」」「「うわぁあああ!!」」
絶叫が響き渡る。辛うじて保たれていた秩序まで崩壊し、人々は我先にとゲートへ殺到する。誰が見ても明らかな死を前に、全員が恐怖で理性を失っていた。
その声を聞き、マンモスは歓喜する。鼻を振り回し、こちらへと走り寄る。
爆走する。街道の石畳を踏み潰し、商店街をなぎ倒し、一直線にこちらへ猛進する。
「「ぎやぁああ!!」」「「いやぁあ!!」」
「助けてぇ!」
「死にたくない、死にたくない!」
「あああぁあ!!」
絶望。
濃厚な死の香り。
誰もがここから、逃げ出そうとする。
そんな中、俺達は…。
「行くか、ヨウちゃん」
「おう」
狂った俺達兄弟は、前に出る。借り物の武器を構えて、仮初の勇気で背筋を伸ばす。
「あーあ。せめて、俺の剣があればなぁ」
「バカ言ってんなよ、海斗。あんなの、マグライトでも歯が立たなかったろ。伝説のファムタイトでもありゃ別だけどな」
最期までバカを言い合って、俺達は笑う。
さて、お仕事を始めようかね。
俺が駆け出そうとしたその時、後ろで「頼んだ」と言う声が聞こえた気がした。空耳かと思って振り向こうとしたら、頭上を何かが飛んでいた。
鳥か?飛行機か?いや、これは…。
【ワフゥ】
「いっ、犬?」
なんで、こんな所に?
俺が呆気に取られている間にも、犬は俺達に背を向ける。猛進するマンモスに対して、牙を剥く。
大きく、吠えた。
【ワォオオオン!】
ゾクリッと、俺の中で信号が灯る。自然と数歩、後ろに下がってしまった。それは、弟の海斗も同じ。
そして、結果的にそれは正解だった。
犬は見る見る大きくなっていき、変容していった。二足歩行のワーウルフになり、甲羅を背負った亀の化け物になる。
そして、更に大きくなる。倍の大きさに、更にその倍の大きさとなり、まだ肥大化は止まらない。
とうとう、見上げる程の大きさになってしまった。目の前に迫る、マンモスにも負けない程の巨体。
巨大な、石の犬。
まるで…これは…。
「アヌビス、神」
海斗の言葉に、俺はただ頷くしか出来ない。
アヌビス、守り神。それが今、俺達の前にいる。俺達を守る様に、立ち塞がっている。
凶悪なマンモスと、対峙する。
【ワォオオオオオン!!!】
アヌビスが吠える。迫り来るマンモスに向かって、駆ける。躍動する四肢。そのまま、マンモス目掛けて体当たりした。
ズシンッ。
衝撃がこちらにまで伝わり、背後で住人達が悲鳴を上げる。
だが、止まった。絶望かと思われたマンモスの進軍は止まり、アヌビスと押し合いを始める。
拮抗している。あのマンモスと。
「良いぞ!やれ!アヌビス!」
海斗が興奮気味に声を上げると、まるでそれに答える様に、アヌビスは顔を上げる。マンモスの鼻に、思いっきり噛み付いた。
【パォオオン!?】
マンモスの悲鳴。
うぉ、凄いな。まるで怪獣映画を見ている気分。もしかして俺、まだ夢の中だったりするのか?
現実離れした大怪獣バトルに「ほぇ〜」と呆けていると、肩を揺すられた。
海斗だ。
「何やってんだよ、ヨウちゃん。俺達も行くぞ」
「はぁ?行くって、お前。まさか…」
俺が問うと、海斗はニカッと笑った。
そして指さす。大怪獣達を。
「加勢するに決まってんだろ!」
「ちょっ、マジかよ!?」
俺は絶句した。
〈◆〉
不味い、不味いぞ!
俺はマンモスの鼻に噛み付きながら、焦っていた。
さっきから寒気が加速度的に上がっている。チャリ乗車中に魔石でMP回復したのに、もう底を尽きそうな勢いだ。
この進化、ヤバい。ボスマンモスにも匹敵する力は出せるけど、一瞬で魔力を持っていかれる。
早く、倒さないと。じゃないと、街が。
「よーしっ。到着!」
焦る俺の耳元で、呑気な声が聞こえた。チラリと見ると、俺の肩に冒険者が乗っていた。
臭い的に、俺を斬り付けたツンツンヘアか?
まさか、また俺と戦いに?
不安に思うも、俺は動けない。
その間にも、冒険者は両手剣を構える。そして、飛び上がった。
「イェーイ!!」
あの時見た乱舞を繰り出す。でも、その剣先で刻まれたのは、
【パォオオオン!?】
マンモスだった。
冒険者は回転しながらマンモスの背中を乱れ斬りして、尻尾まで斬り付ける。そして、痛みで仰け反ったマンモスの背から「よっと」と軽々しい声を発して飛び降りた。
相当強いな。あの女性弓兵と同じくらいか?
「そりゃ!」
俺の足元で、もう1人の冒険者が剣を振るう。立ち上がったマンモスの腹部分を切りつけて、大きな傷を付けていた。
おお。ナイスだ。やはりこのマンモス、背中より腹の方が防御力が低いみたいだ。
なら、
【おらぁ!】
立ち上がったマンモスに、俺は再度体当たりをかます。そのまま押し込もうとしたが…なんて重量だ。
この、倒れろ!落ちろ!
俺は前足に魔力を回し、手を何重にも岩で覆う。そして、その拳でマンモスの腹を殴りつけた。
何度も、何度も。
【リバー・ブロー!】
【パゥ、パゥウ…】
効いている。マンモスの漏らす苦しい鳴き声で、それは分かる。
分かるが、足りない。あと一歩が足りない。マンモスの短い後ろ足が、つっかえ棒みたいに体を支えてしまっている。
このままだと、俺のMP切れだ。
誰か、
【後ろ足を、斬れぇええ!】
俺の悲痛な叫びに、
「足だ、海斗!」
呼応する声。
「後ろ足を斬れって、言ってる気がする!」
「マジかよ!ヨウちゃん」
長剣の冒険者がマンモスに駆け寄るのに、驚きながらも付いてくる双剣の冒険者。
そして、武器を構える。踏ん張るマンモスのアキレス腱を狙い、勢い良く振り下ろした。
「「喰らえっ!」」
ガクンッ。
マンモスの体が、一気に沈む。俺に掛かっていた重みが消え、体が後ろへと傾く。俺に押されるままに、仰向けで倒れた。
今だ。
【喰らい尽くす!】
俺は喉元に食らい付き、全力を顎に回す。生きようと暴れるマンモスを押さえ込み、一切の魔力供給を遮断する。
まだか?まだ生きてるのか?
持つのか?俺の魔力。
全身を走る寒気に抗いながら、俺はあらん限りの力を振り絞る。酷い頭痛に耐えながら、神に祈る気持ちで食いしばる。
すると、
ブシュリッ…。
俺の牙が、マンモスの皮膚を貫く。口いっぱいに濃厚な血と肉の味が広がった。ボスの防御力が著しく落ちたんだ。
つまり、それは…。
【パッ…】
ボスの体が一瞬震え、四肢が投げ出される。白目がゆっくりと閉じられ、身体中から熱い何かが抜け出る。
魔力だ。魔力が身体中から抜け出ていた。
絶命。
倒した。
「うぉおお!やったぞ、ヨウちゃん!1年ぶりにレベルアップだ!超大型魔獣を倒したんだ!」
「俺もだ海斗!やった、やったんだ俺達!」
手鏡を見て、喜び合う兄弟。
それを見て、俺の中で安心感が広がる。薄れ行く意識の中で、温かさを感じた。
ああ、今度こそ俺は…。
「アヌビス!おいアヌビス!しっかりし…」
誰かの腕に抱き抱えられる感覚を最後に、俺の意識は途絶えた。




