32話~メテオ・シェル・プレス~
【バォアオオオン!!】
壁が崩れた事を喜ぶ様に、ボスマンモスは雄叫びを上げる。鼻を振り回し、周囲のマンモスに号令の様な物を出している。
突撃。
蹂躙。
邪魔する者は、全て踏みつぶせ。
そう言うかの様に、ボスは自分が開けた穴に体をねじ込む。鉄筋が剥き出しでも関係ない。ゴリゴリと、穴を広げて壁の中へと侵入した。
【【パォォオオン!!】】
他のマンモス達もいきり立つ。ボスに続けと、その道へ殺到する。
そこに、無数の矢が降り注ぐ。
「貴方達は通さないよ!」
頭上で女性の声。
先程の突撃でも、まだ弓兵は生きているみたいだった。
その矢が、次々と壁に近付くノーマルマンモスを仕留めていく。
俺達が乗る、このマンモス以外。
「おい、亀…じゃなかった。狼?いや、犬か?」
【正解!】
俺が返事すると、黒坂君が困った様に頭を搔く。
今の俺は、野良犬まで退化している。そのギャップに戸惑っているのだろう。
でも、すぐに真剣な眼差しになる。動くマンモスの上で、刀を構えて微動だにしない。
「じゃあ、わんこ。合図したら飛び乗れ。思いっきり行くから、振り落とされんなよ」
【了解だ!】
俺が合図すると、黒坂君は更に深く構える。刀の刃を下に向け、力を貯める。
そして、
「行くぞっ!」
合図。
俺が走り出すと、彼は思い切り刀を振るった。その刀の背に、俺は足を掛ける。
「せぇえええあぁ!!」
彼の剛力で振るわれた刀を足場に、俺は跳躍する。
高く。高く。
30m近くある壁を、垂直に登る。
あと少しで天辺に着くと言うところで、失速し始める。
おっと、ヤバい。
【進化ぁああ!!】
俺はワーウルフに進化し、壁の亀裂に爪を引っ掛ける。
ボスが作った亀裂に助けられるとは、皮肉なものだ。
【よっと】
「きゃっ!?」
登りきると、そこには弓を担いだ女性達が立ち並んでいた。
弓で迎撃していたのは彼女達か。妙に強い奴が紛れているな。
「みんな!マンモスに集中して!」
その強い女性が、俺を警戒する女性達を窘める。
ふぅ。助かった。人間は全員味方のカウントだったから、油断していた。
俺は、サイドテールの少女に感謝の視線を向ける。すると、彼女は冷たく微笑んだ。
「今回は通すけど、街でオイタしちゃダメだよ?」
おおう。恐ろしい。
下手なことしたら、貫かれそう。
俺は頷き、壁の向こう側まで走り寄り、下を見る。壁の中には、本当に街が広がっていた。
広大な街。向こう側壁が凄く小さく見える。高い建物は少ないが、二階建てのしっかりした建物が多い。日本の街なのにヨーロッパ風の石造りが多いのは、この土地の気候が乾いているからか。
そして、足元では崩れたコンクリート片が散乱しており、それによって倒壊したらしき建物が幾つも見られた。
それをしでかした張本人が、今、壁の隙間から現れる。長い鼻を振り回し、声を上げる。
【バォオオオン!!】
恐れおののけ。俺は王だぞ。
そうとでも言うように、ボスマンモスは堂々と侵入する。
その声で、壁のコンクリートが更に崩れた。
くっ。鼻が邪魔だな。どうにか下げさせないと…。
「行くぞぉお!」
「「わぁああああ!!」」
思案していると、マンモスの足元で声が上がる。
黒坂君達だ。
彼ら冒険者が、マンモスの足元で武器を振るっていた。ちゃんとアドバイス通り、後ろを中心に攻撃しているみたいだ。
良いぞ!ナイスガッツ!
【バァアオン!】
ボスの短い鳴き声。
煩わしい。
そう言って、ただ苛立っている様子。
ダメージこそ与えられていない。でも、それで十分だった。ボスの鼻が降りる。俺の視界が、クリアになる。
行ける。
【第2進化】
俺はクストフへ進化する。回せる魔力を全て背中に回し、甲羅と棘を強化する。
その状態で、壁から飛び降りた。
加速する。地面がドンドン近付く。奴との距離も、みるみる縮まる。
狙うは、頭。この高さを最大限活かして、
最大限の!
【メテオ・シェル・プレス!!】
俺の甲羅が、今、ボスの脳天を直撃する。
グォオンッ…!
甲羅から伝わる、鈍い音。
確かな衝撃。
【パォオ…】
甲羅の下から、短い断末魔。見下ろすと、白目を向いたボスマンモスの顔が見えた。甲羅から伸ばした棘が、深々とボスの頭に突き刺さっていた。
俺の視界が、徐々に下がっていく。ボスの前足が屈して、前のめりに倒れているんだ。
やがて、ボスはゆっくりと倒れる。顔から石畳に突っ込んだ。全身をコーティングしていた魔法が、ボロボロと崩れ落ちた。
やった。
「やったぞぉ!」
「「「「わぁああああああ!!!」」」
冒険者達が歓声を上げる。拳を突き上げ、互いに抱き合い、涙するものまで居る。口では一千万とか、栄誉をだとか言っていたけど、内心では不安でいっぱいだったみたいだ。
そりゃそうだ。俺だって、もう間に合わないって思っていた。壁が壊された時は、蹂躙される未来しか見えなかった。
おっと、まだ外ではノーマルマンモスが暴れているんだ。早くあちらも処理しないと、侵入してきたら事だ。
「亀ま…あっ、今はワンコか」
俺が進化を解いて地面に降り立つと、黒坂君が駆け寄って来た。俺の小さな姿を見て、戸惑いを隠せない。
まぁ、それは分かる。あの凶悪シェルドロップを見た後に、この犬の姿を見ちゃうとね。
「助かったぜ。意味が伝わるか分かんねぇけど、感謝しているんだ。お前に、俺達全員な」
黒坂君は何とか伝えようと、手をワチャワチャさせて俺に語り掛けて来る。それに、俺も【分かってるよ】と答える。
途端に、必死だった彼の表情が少しだけ緩む。
「なぁ、お前。もし俺の言っている事が分かって、もしその気があるんだったらよ。俺達と一緒に、パーティーを組まねぇか?今は俺も2級だけど、直ぐに1級に上がるし、TOMITAは大きなクランだ。絶対に後悔はさせない」
彼からの嬉しい誘いに、俺は尻尾を振る。
でも、直ぐに凍り付く。背後に、強烈な圧を感じた。
バカなっ!マンモス!?まだ生きて?
俺は振り返るも、そこには白目を剝いたままのボスが倒れている。
だが、そこから圧を感じる。こいつはまだ、死んでいない。
「おっ、おい。どうし…」
【進化ぁあああ!!】
俺は構わず、進化を選ぶ。体中の魔力をかき集め、体を変容させていく。
でも、それが完成する前に、
【バォオオオオオオオオオン!!!】
強烈な音の波動が、俺達を襲う。喜んでいた冒険者は吹き飛ばされ、俺も黒坂君も地面に這いつくばるだけで精いっぱいだった。
そして、山が動く。ノソリと、屈した筈の前足を真っ直ぐに突き立て、石畳を踏み潰して立ち上がる。
【バォオオオオオオオン!!】
ボスマンモスが、再び立ち上がった。
バカな。確かに脳天は貫いた筈。なのに、なぜ生きている?
俺は奴の頭を見る。でも、そこは確かに大量の血が流れ落ちている。目も白目のままだ。意識はない。
でも、動いている。本能のままに。
ただ、進む。
走り始める。木々をなぎ倒し、家屋を踏み潰して、街を蹂躙し始める。
くっ、なんて生命力。
俺は犬の状態で走り始める。心もとない魔力を足に回し、全速力でボスマンモスの背中を追いかける。
でも、速い。家々を踏み潰す奴の方が、俺の疾走よりも速かった。
うっ。ここに来て、育てていなかったステータスに足を引っ張られている。俊敏性も器用性も、いざという時には必要なんだ。
時間が無い。時間が欲しい。時間を巻き戻して、災害が起こる前に戻りたい。
「ワンコ!」
ひたすら街道を走っていると、後ろから声が聞こえる。チラリと振り返ると、チャリンコで爆走する黒坂君の姿があった。
うぇっ!?ママチャリ?
「乗れ!ワンコ!」
俺と並走した黒坂君が、問答無用で俺の首後ろを掴む。そのまま、ママチャリの買い物かごに入れられてしまった。
おぉ…。ET。
ちょっと強引な勧誘だったが、助かる。彼の漕ぐ自転車は、俺の足よりも遥かに速かった。
ただ…チャリンコのタイヤが火花を散らせてるんだけど、パンクしない?
「不味いぞ。あいつ、街の中心に向かってる。そっちはゲートがあって、まだ避難中の人が居る筈だ」
なんと、そう言う事か。あいつ、魔物の本能のままに、人の多い所に向かっているんだ。脳が半分死んでも、人を殺す本能だけは生き残ってしまったと。
こいつは、何としてでも止めねば。
【急ごう!黒坂君!】
「はっ!お前なら、そう言ってくれると思ったぜ!」
黒坂君は泣きそうな顔で笑みを作り、チャリを走らせる。裏道や細道を駆使して、街の中を走り抜ける。最初は前方から聞こえていた破壊音も、徐々に真横に、そして後方で聞こえるようになって来た。
すげぇ。あのマンモスを追い抜いたんだ。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
でも、その代償も大きい。黒坂君は顔を真っ赤にして、必死になって漕いでいた。自転車も悲鳴を上げている。さっきからガタガタが酷くなっているから、もうタイヤが焼き切れてしまったみたい。
それでも止まらない。暗い細道の先に、明かりが見えた。その更に先から、人々の悲鳴が聞こえてきた。
広場。きっと、ゲートの前。
間に合ったのか?
俺が期待を込めて前を見た瞬間。
ガキンッ。
高い金属音。
次の瞬間、俺は放り出される。後ろを見ると、黒坂君も同じだった。
先に耐えられなかったのは、自転車の方だった。余りのスピードに、前輪が取れてしまったみたい。そして、投げ出された俺達の前には、雄大に流れる川が横たわっていた。
げっ!?ヤバ!落ちる。流される!
「ワンコ!」
その瞬間、グイッと首根っこを掴まれる。
黒坂君だ。
彼は俺を持ったまま、腕を大きく引いた。
そして、
「頼むっ!」
思いっ切り、前へと放り投げた。
彼の剛腕で、俺は飛ぶ。後ろでバシャンッ!と水が跳ねる音を聞きながら、俺は宙を舞う。ゲートの前で多くの人がひしめき合い、嘆き合っている上を通過。その人達を守ろうとしている2人の冒険者を飛び越えて、俺は地面を転がった。




