3話〜裏をかかせてもらうぞぉ!〜
異世界へのゲートを潛った先は、石のダンジョン。
そう思った俺の見立ては、間違っていた。
石の隙間から出てみると、外には夜空が広がり、煌々と照らす満月が2つ。そして、その明かりによって見えたのは、雑多な廃墟。コンクリート片が散らばり、何やら電線の様な物が絡まり放置され、グシャグシャに折り曲げられた鉄板が千切れて捨てられていた。
大きさから言って、それなりに大きな街。コンクリート片から鉄筋が見えるので、建築技術も現代並みだ。
異世界人が作った街…じゃないよな。明らかに、現代人がゲートで転移して、ここに街を作ったっぽい。でも、何かで壊れたって感じだ。
地震か?それとも魔物?いや、先ず確認すべきは…。
俺は振り返る。すると、そこには瓦礫の山がこんもりしていた。
ここがゲートの位置とは、ぱっと見で分からなくなりそう。だから、目印を付けとかないと。
しーっとっとっと。
マーキングを終えた俺は、夜の廃墟を慎重に進む。
臭いの中にはコンクリートや鉄以外にも、強烈な血の匂いも混じっている。ちょっと薄いので、風化した古い血の匂いだとは思うけど…。
そうして進んでいると、異様な臭いをキャッチした。濃い血の中に、浮浪者の様な酸っぱい臭い。何処か懐かしい。この臭いは…。
【ギシシ…】
身を屈めて構えていると、小さな瓦礫の山に影が登る。禿げ上がった頭に長い耳。鋭い牙にみすぼらしい布切れを巻いただけの身なり。
間違いない。ゴブリンだ。
【ギシャ?】
さて、どうするかとゴブリンを見ていたら、奴がこちらを振り返る。
俺の視線に気付いたみたい。この世界のゴブリンは、かなり手強いかも。
こいつは、危険だな。
そう判断した俺は、攻めの構えから一転、逃げに転じた。
相手の実力が分からない内に、攻め込むのは得策ではない。奴がああして姿を現したのだって、何か考えがあっての事かも知れないし。
ゴブリンってのは、かなりズル賢いからね。人間だった頃、何度か煮え湯を飲まされた事がある。
【ギヤー!ギヤー!】
瓦礫の中を駆け抜けていると、後ろでゴブリンの声が聞こえた。
その直後、強烈な殺気を背中に受ける。
慌てて横に飛ぶと、さっきまで駆けていた道に矢が突き刺さった。
ゴブリンアーチャー!?やはり、仲間が隠れていたか。
俺は瓦礫の間をジグザグに走り始める。
体力は使うが、後ろから狙われている時に一直線で逃げるのは不味い。こうして左右に体を揺らして、的を絞らせない様にするんだ。
俺の目論見は、的中する。後ろから何度か矢が飛んでくるも、地面に突き刺さってばかりだった。
よしよし。距離も十分稼げている。このままなら逃げ切れるぞ。
廃墟地帯の終わりも見えたので、俺がラストスパートをかけようとした、
その時、
【ギジャァア!】
くぐもったゴブリンの声。さっきの斥候の物ではない、太く耳に残る声。
それが聞こえると同時、廃墟を抜ける道に低い壁が出来る。
いや、壁じゃない。あれは…板か?
【ギシシ】【ギヒヒ】
板の後ろから、ゴブリンの声と臭いが漏れてくる。
どうやら、ゴブリンガードが道を塞いでいるみたいだ。しかも、ご丁寧に少しだけ板を斜めに構えている。
その板を足場にして、ジャンプしろって言ってるのか?それで、空中にいる間にアーチャーが射抜くんだろ?
分かってるぜ、お前らの考える事はな!
【裏をかかせもらうぞぉ!】
俺が吠えながら走ると、ゴブリンガードが体を硬直させる。その瞬間、奴らの間に僅かな隙間が出来る。
甘い!
そこに、俺は体をねじ込む。板を跳ね除け、目の前に見えた薄緑の肌に思いっきり噛み付く。
噛みちぎる!
【ギァアアアア!!】
絶叫。それと共に、板が一枚落ちる。
大きな隙間。
俺はその隙を潜って、ガードの包囲網を脱出した。
【ギガァアア!!】
後ろから、くぐもった怒号。
ゴブリンの親玉かな?ふふっ。あんな甘いファランクスじゃ、猫の子一匹捕まらないぞ。
俺は異臭のする廃墟を、足早に駆け抜けた。
【はっ、はっ、はっ】
それから暫く、俺は草原を走り続ける。ゴブリン達が追ってくると思って、かなりのハイスピードで。
でも、その様子は無い。あいつらのアンモニア臭はドンドン遠ざかっているので、あの廃墟からは出てこないみたいだった。
廃墟を寝ぐらにするなんて、ホント盗賊だな。洞窟とか森とか、普通はそう言う所で暮らすと思うんだが…。
っと、考えながら走っていると、地面の窪みに足を取られて転んでしまった。
いてて。
ダメだな、ちゃんと前を向かないと。やっぱりまだ、四足歩行に慣れてないかも。
反省しながら立ち上がる。そして、ふと後ろを見ると…。
【ふぁっ!?】
そこにあった物に驚いて、息を飲んだ。俺の足を取ったのは、ただの窪みじゃなかった。
それは、俺の体がすっぽり入ってしまう程の巨大な凹み。草を踏み潰し、地面まで掘り返す程の、巨大な生物の足跡だった。それが、幾つも、幾つも地面に刻まれていた。
草原を、横断していた。
これが足の裏だとして、本体はどれくらいの大きさになるんだ?象くらい?いや、もっと大きいだろう。
それこそ、恐竜クラスの大きさ…。
【恐ろしい…】
俺は身震いし、その足跡から離れる様に走り出す。
ゴブリン相手でも逃走したのに、今こんな魔物と遭遇したら、ひとたまりもない。
先ずは、この世界で生き残れるくらいに強くならなければ。
また走り続けていると、徐々に夜が明け始める。眩しい輝きの太陽が、向こうの山からか顔を出し、世界を彩らせる。
夜闇では見えなかった世界が、明ける。
【わぉ…】
そこには、豊かで広大な大地が広がっていた。
風に靡く草原の向こうには、大地を横断する大河が煌めく。その大河の向こうには、鬱蒼と茂る木々が連なり、大きな森を形成していた。
そして、空にも届きそうな荘厳な山々。頭から立ち上る黒煙は、大地の怒りを吐き出しているかのようだった。
まるで白亜紀だな。見た事ないけど。
雄大な大自然に圧倒されていると、目端で何かが動いた気がした。注視すると、小さな影が動いているのが分かる。
見えないが、この匂い…ウサギか?
そう思った途端、お腹の虫がキュルキュルと寂しい音を奏でる。
思えば、昨日の干し肉から何も口にしていない。ここまでは命の危機を感じて必死に走って来たけど、そろそろガス欠だ。
血を、肉を、俺に、たんぱく源を…。
内なる思いが爆発しそうだったが、俺は慎重に獲物へと近づく。俺の狩りの腕前は、俺自身が一番分かっているから。
焦るな。まだ慌てるような時間じゃない。一本…いや、一体確実に。
俺はゆっくりとウサギらしき小動物に近付く。身を低くして、なるべく草に体を隠す。常に風下に立つように立ち回り、殺気を出さないよう気を付ける。
そして、あと数歩も近付けば射程距離という所で、
【っ!?】
気付かれた。
くそっ!
俺は草むらから飛び出し、追いかけようとする。でもそこで、予想外の事が起きる。
【ピピッ!】
なんと、ウサギの方からこちらへ向かって来たのだ。
なんで、獲物が向こうから?
そう思った瞬間、俺の目に長い角が映り込む。
あっ、ホーンラビット。魔物だから襲ってきたのか。
【ピッ!】
おっと、あぶねぇ。
角を突き出しながらの跳躍を、俺は間一髪で避ける。
だが、躱すのが精一杯で、着地したウサギに追い打ちをかけることが出来なかった。予想外の攻撃に、こちらも大きく手間取ってしまった。
焦るな、焦るな。相手が逃げないなら、ゆっくりじっくり攻めようじゃないか。
俺が落ち着いてウサギを見ると、奴は変わらず俺に突っ込んでくる。そして、飛び込む前動作を行った。
よし、見える。じっくり見れば、奴の動きがスローモーションのように見える。
確かに、俺は犬で視力が悪い。だが、動体視力は人間の比ではないのだよ!
ウサギの飛び込みに合わせ、俺は横に跳ぶ。そして、奴のフワフワとした胴体が顔面の横を過ぎ去ろうとしたところで、
ガブッ!
思いっきり噛みついた。
【ピッ!ピィ…】
ビクンと体を跳ねさせたかと思った次には、ウサギの体がぐったりと力を無くす。
死んだか。
俺は一旦、ウサギの死体を地面に置いて観察した。
さて。異世界の、それも魔物の死体だけど、食べても大丈夫だろうか?その世界に寄っては、魔物の肉を食べたら死んでしまう…なんてパターンもあるからな。食えるのかどうか、実験したい気持ちもある。
でも…腹も減ってるし…。
俺は迷う。
迷っている内に、死体に変化があった。まるで風船が萎むように体が小さくなっていき、徐々に骨が見え始めた。
えっ!?なにっ!?何が起きてる?
驚いている内にも、ウサギの死体は見る見る小さくなり、最後には頭の角と小さな白い石だけが残った。
美味しそうだった死体が、綺麗に消えてしまったのだった。
【うそ、だろ…】
俺は、項垂れた。
本日はここまで。
明日からは、18時に投稿致します。
「3話か?」
1日1話です。体がもちません。
「またまた」
いやいや。
それと、1話3000〜5000文字の間でやらせて頂きます。
「幅があるな」
…筆がのると、4000字をオーバーしちゃうんです。
「良いではないか」




