28話~うぉお!何だアレ!~
俺は今、赤龍と戦っている。激闘の末、もう少しで討伐出来そうなところまで来ていた。
よし、いいぞ。こいつからドロップした魔石で、ネックレスを作るんだ。そしたらそれを、伊藤さんにプレゼントする。そして告白するんだ。
いいぞ。なんだか赤龍の後ろに、白いチャペルが見える気がする。こいつを倒して、そのままゴールインして…。
明るい未来を夢見ていると、急に何かを叩く音が割り込んで来た。
ドンッ、ドンッ!
「おい、ヨウちゃん!ヨウちゃん返事しろ!」
んぁ?海斗?
俺は体を起こす。目の前には、机に広げていた教材の数々が。
ああ、しまった。勉強の最中に眠ってしまったみたいだ。でも、折角良い夢だったのに…。
「おい、ヨウちゃん!寝てるのか!?」
「んあ、ああ、起きてる、起きてるよ!」
まだドア叩く弟に答え、俺はドアを開ける。すると、真剣な顔の海斗がスマホの画面を突き付けて来た。
えっと、なに?このメールを読めってか?
「緊急招集だ、ヨウちゃん。今すぐ車を出してくれ」
「うぇえ?招集?」
訳が分からないまま、俺は海斗に背中を押されて家を出る。そのまま、運転席に押し込まれる。
「なんだってんだ、海斗。招集って…先ず、何処に向かえばいい?」
「渋谷だ、ヨウちゃん。渋谷の明治神宮に向ってくれ。街に、トランプルマンモスの群れが近づいている」
「なっ、なんだって!?」
それを聞いて、一気に目が覚めた。エンジンを吹かして、国道をすっ飛ばす。
「マジなのか?海斗。トランプルなんて…アイツらの移動ルートと街は被ってないだろ?そもそも、あいつらの移動は冬前。全く逆じゃねぇか」
「俺も分かんねぇよ。なんで今日急に始めやがったのかは、現地でマンモス共に聞いてくれ。まぁ、間に合えばだけどな」
海斗はカーナビを睨む。渋谷までの道が、真っ赤に染まっていた。
帰宅ラッシュか。これじゃ、神宮に着くのは夜になっちまう。あいつら図体の割に速いからな。このままじゃ間に合わない
くそっ。
俺は気を紛らわす為に、車のラジオを付ける。ポップなミュージックが流れるけど…局を変えて、ニュースに合わせる。
『繰り返しお伝えいたします。異世界地域の明治神宮街に、大型魔獣であるトランプルマンモスの接近が予想され、異世界対策本部は17時11分をもって緊急事態宣言を発令しました。これにより、5級以下の冒険者は入場が禁止され、明治神宮周辺への入場も制限されます。また、今入ってきた情報によりますと、政府は臨時閣議を開き、総理は魔獣防衛出動に署名しましたとの事です。これにより、上級冒険者への緊急招集と…』
ラジオからは緊迫した様子が伝わって来る。政府も動き出しているみたいだし、こいつは大事だ。俺が子供の頃、柏と伏見稲荷の街が潰された時を思い出す。
いや、今はあれ以上だ。明治神宮の街は日本でも指折りの大都市。中には冒険者だけじゃなく、それを支える町民も多くいる。俺らの装備も預けてるし、魔石の集積所もある。もしもあそこを潰されたりしたら、日本経済は大打撃だ。
「どっかに抜け道とかあればいいんだが…うん?」
俺がハンドルに体重を預けていると、後ろから音がする。
これは…サイレン?警察だと!?
『前の車、端に寄りなさい!端に寄って!』
「マジかよ!?」
こんな時に捕まるとか、なんて日だよ。
俺は車を端に寄せる。そして、免許書の準備をしていると、
パトカーは俺達を素通りしてしまった。
…はぁ?何だったんだ?
「ヨウちゃん、後ろ!」
「えっ?」
興奮気味な海斗が指さす方向を見ると、何台ものトラックがパトカーの後ろを付いて行く。そのトラックの荷台部分は幌が掛かっており、中には迷彩服を着た男達数人が座っていた。
自衛隊だ。防衛出動って、俺達だけじゃないのか。
「こうしちゃいらんねぇ!」
俺は、去りつつあるトラック群の背中を追いかけた。
〈◆〉
「急げ!急げ!時間が無いぞ!」
対策課の職員と警察に指示を受けながら、俺達冒険者はひたすら荷物を運ぶ。街の中にバリケードを張り巡らし、いざ侵入された時の時間稼ぎをする為だ。外では自衛隊の人達が走り回って、トラップなどを仕掛けているらしい。
全部気休めだ。そんな物でマンモスは止まらない。あいつらの図体は普通の象の比じゃない。こんな柵なんて一蹴りで吹き飛んじまうだろう。
でも、今は少しでも準備を進めないと。奴らが来た時に、ほんの少しでも時間を稼ぐために。
「おい!あれは何だ!?」
馬用の柵を何個か担いでいると、頭上で声がする。見上げると、見張り役の低級冒険者達が一方向を指さして慌て始めていた。
なんだ?
俺も階段を上がろうとした、その時、
『ピンポンパンポーン!!』
大音量のチャイムが鳴った。次いで、女性の合成音声が幾重にも重なって流れる。
『ただいま、大型魔獣接近アラートが発令されました。非戦闘員の方は警察の指示に従い、速やかに避難してください。冒険者の方は、自衛隊の指示に従い、持ち場へ移動してください。繰り返します。ただいま…』
「きっ、来たのか?」「嘘だろ?早すぎる」
アラートを聞いて、今まで粛々と働いていた冒険者達に動揺が走る。青い顔を突き合わせ、身の振り方を相談している。
そしてそれは、壁の上に立つ者達の方が酷かった。悲鳴に近い声を上げて、一点を指さしている。
その様子に、俺は気になって壁の上へと急いだ。階段を駆け上がると、僅かな揺れを感じた。壁全体が横揺れを起こしている感じだ。コンクリートで頑丈に塗り固められた壁が、大きな軋み音を生んでいた。
でも、誰もそれを気にした様子は無い。そんな事よりも、ただ一点を見詰めるのに忙しそうだった。
「来た、来た…」
「なんて数だよ」
皆が見ている方を向くと、地平線の向こうで濛々と土煙が巻き起こっていた。その土埃の先頭には、巨大な象の化け物達が居た。
トランプルマンモス。
奴らの行進に呑み込まれた木々は、一瞬にして消えていき、奴らが通った後は丘ですら平地に踏み替えられていた。
まさに歩く災害。1体でも討伐は難しいのに、それが数十、数百と集まってこちらへ迫って来ていた。
止まる様子は、毛頭無い。無慈悲な死の行進が、見る見る迫って来ている。
逃げなければ…踏み潰されて死ぬ。
「こ、こんなの無理だ。勝てる訳ない!」
誰かが恐怖を叫ぶと、それが伝播する。1人、また1人と弱音を吐き出し、階段を降りようとする者が続出した。
おい、バカ。
「お前ら!持ち場を離れるんじゃねぇ!」
俺は手を伸ばし、1人を捕まえる。でもそいつは大粒の涙を流し、俺を睨む。
「も、持ち場だって?ふざけるな!あんな化け物に、こんな弓で何しようってんだ!」
「うっ…」
確かにそうだ。俺達がこんな弓を使ったところで、焼け石に水。せめて、アメリカの様に重火器を使わせてもらわないと…。
でも、今更そんな事も行っていられない。俺達がやらなければ、この街が無くなる。
「どうすりゃ良いんだよ、くそっ」
俺が項垂れたその時、音が聞こえる。低い重低音。ゴゴゴと地面を削る音。マンモスが近くまで来ているのかと思ったが、そうではなかった。
周囲で、声が上がる。
「うぉお!何だアレ!」
「すげぇ、こんなの隠してたのかよ!」
歓声。
大歓声。
あれだけ絶望していたみんなの顔が、輝いていた。街の方を見て、大きく手を振っていた。
どうした?そこに、何があるんだ?
そう思ってみんなの隙間から覗き込むと、
「なっ!?」
俺も驚く。そこに居た、鉄の塊を見て。
巨大なキャタピラが石畳の通路を叩き割り、後ろから噴き出る排気ガスが黒い狼煙を上げる。象の鼻の様に長い砲身が、陽光を浴びてキラリと光る。
その勇猛なる姿に、喜びの声が爆発する。
「10式だ!10式の戦車大隊だ!」
「2…4…6…。すげぇ、8台もある。こんな近代兵器が、街の中に潜んでたって言うのかよ…」
戦車。間違いなく戦車だ。
どうして、戦車がこの街に?ゲートを潜り抜けられるとはとても思えない。まさか、分解してこっちで組み立てていたのか?
この日が来るのを見越して。
「いけぇ!やっちまえ!」
「頼んだぞ!自衛隊!」
期待の声に背中を押され、8台の戦車が街の門を通過して草原へと出る。キャタピラで草木をなぎ倒し、轟々と黒い排煙を吐き出しながら一列に連なって草原を走る。そして、綺麗な単横陣となって並び立つ。濛々と土煙を立ててこちらへ迫るマンモスの大群に向けて、一斉に砲身が向き直る。
そこから、今、戦いの狼煙が上がろうとしていた。




