27話〜なんだ、あれは!〜
最初は僅かな違和感であった。揺れていると言うよりも、僅かな振動が地面を走っているかのような微細なもの。ここが廃墟で瓦礫が散乱していたから、小さな破片が躍ってやっと気づいただけだった。
でも、その破片のダンスは次第に激しくなる。カタカタと地面を離れて踊りだし、崩れかけていた廃墟からもコンクリートがパラりと剥離し始めた。
これは…それなりの地震かもしれん。
【全員、広場に集まれ!建物に近付くな!崩壊に巻き込まれるぞ!】
俺は周囲に警戒を呼び掛け、ハウンズを収集する。直ぐにクマ君達が遠吠えで知らせてくれたので、一旦は安全が確保された。
それを確認してから、俺は最初の遠吠えを上げた隊員の元へと駆け寄る。既に地震はかなりの揺れとなっており、立っているのも怪しくなって来た。
震度幾つだ?しかも、かなり長い。ずっと揺れている。
これは、大災害になるぞ。
【どうした!?何があった?】
最初に遠吠えを上げた隊員の元まで来て、俺は声を上げる。彼は瓦礫が積まれた高台のようなところに立ち、狂ったように遠吠えをし続けていた。でも俺が駆け寄ると、少し安心した様子で【こっち来て!】と言わんばかりに尻尾を振りまくった。
やけに興奮している。地割れでも起きているのか?
ずっと続く胸騒ぎを押さえつつ、俺は瓦礫の山に駆け登る。そして、見張りの子と同じ方向を見ると…。
【なっ!?なんだ、あれは!】
目の前に広がっていたのは、真っ赤なモヤ。地平線を全て覆い尽くす程に巻き上がった、赤い砂塵のカーテンだった。濛々と立ち込める土煙の雪崩が、落ちつつある太陽に照らされて真っ赤に染まっていた。
まるで、砂の溶岩が迫って来るかのような感覚に襲われ、押さえていた不安が爆発しそうになった。
その横で、見張りの子が首を振る。そして、俺の足に噛みついてきた。
…いや違う。こいつは甘噛み、全く痛くない。
でも、彼は必死に俺の足を噛み続ける。そして引っ張る。ここは危険だとでも言うように。
そして、
【アオーーーン!!!アオーーーン!!】
また遠吠えを始めた。その悲鳴にも似た声は、逃げろ、逃げろと言っている様に聞こえてならなかった。
いや、そうだ。正にそうなんだよ!
【逃げろ!全員、街を捨てて逃げろ!!何かが来るぞ!!】
俺も叫ぶ。叫びながら広場へと戻り、全員を引き連れて廃墟唯一の街道をひた走る。
砂塵は太陽とは反対側から迫って来ていた。つまりは東北東。このまま北へ走り続けたら、きっと巻き込まれずに済む。
そう思いながら走るも、中々に難しい。時間が経つにつれて揺れが激しくなり、走ることが難しくなってきているからだ。
【みんな!頑張れ!このまま走れば助かるぞ!】
俺は根拠のない言葉を吐いて、みんなを鼓舞する。
それでも、みんなはその声に釣られるように【アオーン】【アオーン】と雄たけびを上げる。
大丈夫だ。落ち着け。きっと間に合う。このまま走れば、きっと助かるんだ。
そう信じて、我々は走り続ける。何とか廃墟を脱して、少し走りやすくなった草原に出ても速度を落とすことなくひた走る。
と、その時、
【パオォオオオオン!!!】
耳を覆いたくなるような爆音が響いた。ついその方向を振り返ると、赤い溶岩流のような砂塵が廃墟を呑み込むところだった。
その砂塵の中に、黒く大きなシルエットが浮かび上がる。長い鼻を高々と掲げ、廃墟の街を蹂躙するそいつらは、
【パォオオオオン!!】【ファォオオオオオン!!】
象だった。
巨大で、巨体で、見上げるよりも大きな象達が、何頭も、何十頭も、何百頭も連なって、廃墟を押しつぶしながら走っていた。
こいつら、もしかして…泉で見かけたマンモスか?あいつらが、大移動しているってことか。
【ああ、そうか…】
この街を廃墟にしたのは、きっとこいつらだ。今回みたいに巨大なマンモスの群れが街に押し寄せ、そしてすべてを踏み潰して行ったんだ。
もしかしたら人間は、このマンモス達がまた来ることを予測していたんじゃないか?だから街を復興せず、魔物の住処となっても放置していた。だから仕方なく、ゲートを進入禁止にするしかなかったんじゃないのか?
そりゃ、こんな化け物の巡回ルートに入っていたら、復興も諦めちまうわな。
俺は過ぎ去る大災害の様子を傍で見て、乾いた笑いを浮かべる。親しみが出てきた居住区が潰されて、心も潰されたように感じた。
そして、奴らが過ぎ去った後には、もうただコンクリートの残骸が散らばるだけの更地が広がっていた。
これじゃあもう、ここで何かを拾う事も雨露も防げないな。唯一ゲートが無事っぽいのは有難いけど。
ゲートを隠す瓦礫の山を見て、俺は首を振る。きっと、マンモス達も死にたくはないからゲートを避けたんだろうなと考えた。
そして、奴らが去って行った方角を見た時、
【うん?】
違和感を覚えた。
なんか随分と、南寄りに砂塵が発生している気がするけど?
気になった俺は街を出る。すると、そこにはマンモス達が刻んだ足跡が大量についていた。
でもその足跡は、以前俺が見つけた足跡と方角が異なっていた。以前よりも遥かに、南へと寄っていた。そしてその方角とは…。
【明治神宮の方じゃねえか…!】
〈◆〉
「ってなことで、現実世界ではお祭り騒ぎだ。俺も今度テレビに出ろって、山本クラン長がうるさくてよ」
「それは良かった。俺のヘマが、ちょっとは会社の役に立ったみたいだな」
土田はそう言って、リクライニングしたベットに背中を預けた。
少しは顔色が良くなったように見えるが、やっぱり何処か変だな。きっと、シルヴァに襲われたショックが抜け切れてないんだ。
そりゃ怖いよな。俺も3年前、まだ試験に受かったばかりで地龍に出くわした時、ビビッてちびりそうになった。試験でクマの前に立たされたけど、あれよりも怖かった。その何倍も怖い思いをしただろう。
丁度いい。精密検査を受けている間、土田には久しぶりの休暇を満喫してもらおう。
「おっと、そうだ。これ、見舞いの亀饅頭な。気の早い奴が、もうこんなの売り出してんだぜ?」
「ああ、そうだろうな。俺の方にも、聞いた事のない配信者がアポ取って来たぞ。全部受付で弾いてくれたけどな」
「根性だけは1級品だな、あいつら」
病室で笑い合っていると、ポケットで携帯が震える。勿論、私用のスマホじゃない。会社で持たされている冒険者用の携帯だ。
緊急メール?一斉送信か。至急、冒険者本庁まで来いだって?
「どうした?一樹」
「緊急メールだ。すまん、ちょっと行くわ」
俺は制服を片手に、病室を出る。
しまったな。ちょっと見舞いだけと思ったから、インナーも装備も持ってきていない。散々動き回った最後に、緊急招集だなんて。
一体、何が起きたんだ?
はやる気持ちを押さえながら、俺は武具を預けていた冒険者ショップに寄り、装備を整えてから本庁へ向かう。
そして到着すると、再び驚いた。いつもは無駄にだだっ広いと思っていた広場に、所狭しと冒険者達が詰めかけていたからだ。
この数、2級や3級だけじゃない。戦える者を全員集めたレベルの数だ。
一体、何が始まるって言うんだ?戦争でも始めようって言うのか?
『え~。皆さん!ご静粛に!ご静粛に!これより、緊急クエストの発令を致します。先ずは、谷垣局長から詳細をお伝えいたします!』
集まった人数に圧倒されていると、前に設置された台にスーツ姿のオッサンが登り、マイクでみんなに叫びかけた。
緊急クエストだって?しかも、全員を集めての強制参加…。
みんなと同じように、俺も固唾を呑んで前を向く。登壇した小さなおっさんが、静かな声で俺達に語り掛ける。
『皆さん、落ち着いて聞いてください。現在この街に、トランプルマンモスが迫ってきております。皆さんには先ず…』
「トランプルだって!?」「嘘だろ!?おい!」
ギルドトップが話している最中だと言うのに、集まった冒険者達から悲鳴が上がる。ほぼ全員が、青い顔で目を見開いている。
そしてそれは、俺も同じだった。
トランプルマンモスだと?地龍ですら裸足で逃げ出す相手じゃないか。なんでそんなのが、この街に迫っているんだ?巡回ルートじゃねぇだろ!
俺は想像してしまった。冒険の最中に見てきた、廃墟の様子を。マンモスに踏み潰されて消えてしまった、柏街の残骸を。
あれが、ここに来るってのか?日本で一番栄えたこの街に、迫っているって言うのか?冗談じゃねぇぞ!
怒りと恐怖で、俺の拳は震えていた。




