25話~ねぇ、ヤバくない?~
【悪いがみんな。俺は暫く留守にする】
ハウンズの群れと合流してすぐにそう言うと、みんなはまた【アオン】【アオン】と驚きの鳴き声をあげる。
待て待て。ちょっと説明させてくれ。
黒坂君達の話を聞いていると、どうも最近キナ臭い出来事が増えているらしい。火竜だけでなく地龍まで行動範囲を広げているらしいし、何より他国の介入を示唆する発言もあった。
これは、一度現代日本で情報収集する必要がある。この世界の事もある程度知れたから、以前よりも話が分かると思うし。
【よって、また君に指揮権を返そう】
俺がクマ君にタッチすると、彼は大きく項垂れた。そして、目で訴えてくる。
ええっと…見送りに来るつもり?廃墟までは良いけど、絶対にゲートは潜らないでね?
そうして俺は、廃墟に戻ってくる。今回は団体での帰還だったからか、最初からゴブリンが迎撃態勢を見せていた。
けど、ハウンズの敵では無い。彼らは瞬く間にゴブリンを片付けて、廃墟を我が物顔で進む。中には、新居の内見をし始める子も出る始末。
もしかして、ここを寝ぐらにするつもり?
ゲートも健在だ。瓦礫の中を潜ると、現代日本への口を大きく開けたままだった。
俺は振り返り、ここまで見送ってくれたクマ君に挨拶をする。
飯はみんなで、仲良く食べるんだぞ?
ゲートを潜ると、目の前にはパイプ椅子に座るご老人がいた。警備員さんだ。
彼をそっと避けて道路に出ると、アスファルトに爪が当たってカチカチ言う。
うん。戻ってきたんだな。また体が重いけど、以前ほどキツくはない。ちょっとは慣れたのかも。
人間達が作る臭いに顔を顰めながら、俺は道端をそそくさと進んだ。
こっちではただの犬だからね。目立たない様に移動しないと。
「ねぇ、ヤバくない?これ」
「うん。やっぱ冒険者ってリスキーだね」
歩いていると、そんな会話が耳に入る。数人の女子高生が体を寄せ合い、1台のスマホに視線を落としていた。
ヤバいって、何を見ているんだろう?冒険者がリスキーって、何の動画を見ているんだい?
俺は気になり、彼女達の方に耳を向ける。すると、むせ返る様な化粧の臭いと共に、彼女達が持つスマホから音声が聞こえた。
『シルヴァラプトルの目撃情報があった事で、政府機関の異世界対策本部は本日から、第三森林エリア全体も特別警戒区域に加え、3級以下の冒険者及び一般人の入場を規制しました。また、上級クランによる周辺調査を計画しており、既に1級クランの日天堂ドラグナーズを始めとした複数の大手クランに協力を要請したと明かしました』
スマホから聞こえたその声に、俺は完全に足を止めてしまう。
これって、今朝の事だよな?ラプトルが現れた事で、森に規制線が張られたみたいだ。加えて政府は、森に強い冒険者チームを送り込むらしい。
こっちに帰ってきて良かった。知らずに森へ入っていたら、俺達なんて一瞬でやられてしまう。
「ドラグナーズだって。式守レイ様が来るのかな?」
「それは分からんけど、結構上の人が出るんじゃね?TOMITAクランの人もやられたんでしょ?」
「やられてないよ。怪我したらしいけど、生きてたみたいよ?確か、ヘル何とかって魔物に助けて貰ったとか、会見では言ってたよ?」
えっ?もうそんな情報まで出回ってるの?
「あー。なんかデカい魔物?がデカくなって、ボス恐竜を倒したとか聞いたね。進化したとか何とか」
ええっ!俺の情報まで出回ってる?
「ちょ、どんだけ魔物デカくなりゃ気が済むんだよ」
「だって、めっちゃデカかったって聞いたもん」
驚く俺を置いて、女子高生達はバスに乗り込んでしまう。俺は暫く過ぎ去るバスの後ろ姿を見ていたが、再び歩き出した。
けれど…気になるな。あの3人には見られていたから、何時か噂程度は広まるだろうと覚悟していた。でもまさか、ここまで早く広まるとは。しかも、人間達まで進化の事を知っていたとは。
これは、俺以外にも進化する奴がいるのか?
色々考えていたら、いつの間にか東京に入っていた。相変わらず人が多く、臭いがキツくて嫌になる。季節が進んで、かなり蒸し暑いし。
そうしてトボトボ木陰を歩いていたら、頭上から声が降ってきた。さっきと同じ、テレビの声だ。
『いやぁ、しかし信じられませんね。浅いエリアに"こんな"大型のシルヴァラプトルが現れるとは』
こんな?
まるで実物を見ながら話す様子に、俺はふと顔を上げる。
そこには、ビルの真ん中に巨大なモニターが設置してあり、中ではスーツや着物姿の人間が議論し合っていた。
どうやら、午後のワイドショーをやってるみたい。テロップを見る限り、昼に会った女子高生達と同じ話題で盛り上がっている様子。
そして驚いた事に、画面の向こうで出されているクリップボードには、デカデカとボスラプトルの写真が張り出されていた。
ええっ!?なんで、あのラプトルの写真があるんだ?もしかして、別個体の写真とか?
『驚くのは早いですよ、こちらはその大型シルヴァを倒したとされる魔獣なんですがね…』
そう言ってキャスターが取り出したのは、間違いなく俺の第2進化姿だった。
【……】
俺はもう、隠れるのも忘れてテレビに釘付けになっていた。
これは間違いなく俺だ。傍から見たのは初めてだけど、この手の形は覚えている。そして、この背中からのボディプレスは間違いなく俺がやった技。
なんで、こんな画像が出回っているの?
『何の魔物でしょうね?これは。甲羅からすると亀みたいなんですけど、顔は狼っぽいんですよ』
『キマイラの亜種じゃないですかね。亀と狼と…後は何でしょう?』
『皆さん。問題はそこじゃなくて、こいつがあっさり大型地龍を倒してしまった事ですよ。1級冒険者だって手こずる相手を、軽々と一撃で倒してしまったんですよ?物凄く危険だと思いませんか?』
軽くないし一撃でもないですよ。逃げ回られたらきっと、魔力切れで俺が負けていただろうし。
そう突っ込みたかったが、相手は画面の向こう側。そこでは好き勝手に、俺の凶悪さをコメンテーターが誇張していた。
不味いな。あまりに悪評が立つと、進化し辛くなる。
俺は心配した。
でも、
『ですが、玉川さん。この魔獣が襲ったのはシルヴァだけだそうですよ。人間には一切牙を剥かなかったとかで、それで全員が無事帰還出来たと当事者が語っています』
意外にも、司会者は俺を擁護する発言をした。
それに、幾つか肯定的なコメントが続き、最初に俺を酷評した男性が首を振った。
『偶々ですよ、偶々。地龍を相手にするので手一杯だっただけでは?小型地龍とは言え、群れで来られたら上級冒険者だって手こずる相手なんでしょ?もしくは、腹が減ってなかったから見逃したかもしれません』
『なるほど。異世界と繋がって30年近く経ちますが、まだまだ未知な部分の多い世界ですね。1日も早く解明される事を祈ります』
司会者はそこで話を区切り、次の話題に移った。
思ったより、酷い誹謗中傷が飛び出さなかったな。これなら、ラプトルと一緒に指名手配されずに済むか?
そう思った俺は、甘かった。東京の街を歩いていると、出るわ出るわ亀魔獣の噂話。
「すげぇよな。グランシルヴァを一撃だぜ?しかも、人間を守ったらしいじゃんか」
「それは分からんけど、かっけぇフォルムしてるよな。まるでガメラだぜ」
「俺はクッパに見えるね。ほら、この最後の技なんて正に、大乱闘のスクラブブラシじゃんよ」
コンビニから出てきた若い兄ちゃん達が、熱く語り合う。
オフィスから出てきたサラリーマン達も、浮かれた様子で腕を組む。
「シルヴァの群れが出たのに、死人がゼロとはな。ヘルハウンドって実は、良い魔物だったりするのか?」
「それはない。死因のトップ5に毎年食い込む危険魔物だ。統率してるこの亀が異常なんだよ」
「亀…本当に魔物なのか?もしかして守り神とかなんじゃ?もしくは精霊とか…」
「はっはっは。そんなのが存在するなら、異世界常識が覆る特大ニュースだ」
男性ばかりじゃなく、女子高生の間でも話に上がった。
「なんか可愛くない?この子」
「何処がよ」
「目がさ、なんかつぶらで可愛いじゃん。変身する前は子供の狼だって噂だし」
「なら変身前の方を見たくね?」
「言えてるー。また誰か、動画とか撮ってくれないかな?」
「きっと、異世界ユーチューバー達は血眼になって探すんじゃね?亀凸してみた…みたいな?」
「うわっ。それ観てぇ〜」
おいおい。そりゃ困るぞ。
別の意味で進化し辛くなったと、俺は肩を落とした。




