23話〜進化、だ〜
現場に着くと、そこには3人の人間と複数のラプトルが居た。ラプトルの数は10体ほど。まだ奥にもいそうだけど、取り敢えず出て来る様子は無い。数的有利はこちらにある。
そう見た俺は、ハウンズにツーマンセルで戦うように指示をした。
ラプトルはカバ以上の攻撃力と俊敏性を持っている。それはきっと、ヘルハウンドでも敵わない。だから、絶対に1対1にならないように厳命した。
そうすると、何とか勝てている様子だった。1匹がラプトルの正面で威嚇し、もう1匹が死角から首に食らいつく。そして、威嚇していた子もそれに加わるのだ。
流石は根っからの狩人。意志を伝えただけで見事にやってのけた。
俺は安心して、人間の方を注視する。
随分と弱っているみたいだけど、もしもハウンズへ刃を向けるようなら無力化しなければ。人間を助けたいが、それ以上にハウンズが大事だから。
そう危惧して見ていたら、より厄介なのが現れた。ラプトルより倍以上大きなボス個体だ。
デカいな。元々ラプトルが人間並みなのに、こいつは象並の大きさだ。ラプトルと言うよりケラトサウルスの方が近い気がする。
俺は前に出る。途端に、人間達を見下ろしていたボスの目がこちらを向いた。まだ俺を獲物と見ているようで、ワニのような鋭い牙の間から唾液が垂れていた。
もう喰った気でいるのか。随分と舐められてしまったな。
見た目だけで判断すると、痛い目を見るぞ!
【こちらから行くぞ!】
俺は先に動き、ボスの足元へと突撃する。最初から油断せずに、背中を石化させて万全の状態で飛び掛かる。
でも、
【ギジャァア!】
俺の牙が届くより早く、ボスの口が俺の胴体を咥える。そのまま、ギリギリとかみ砕こうとした。
「うっ」「きゃっ」
人間達から声が漏れる。赤髪の兄ちゃんは顔を青くし、女性は口を手で覆っている。
俺が食われたと思っているのか?大丈夫。ちゃんと見てくれ。
【ギャァア!】
バキッと、何かが折れる音の後に、ボスの悲痛な叫びが響く。解放された俺が見上げると、立派に生え揃っていたボスの牙が数本欠けていた。どうやら、俺の防御力に勝てなかったようだ。
今の俺の物理防御力は460。それよりこいつの攻撃力は低いと。
よしよし。良いぞ。そこらの雑魚には負けないと思っていたが、まさか群れの長にも通じる防御力だったとは。
これなら、あのマンモスくらいは手が届くんじゃないか?
【ギジャァア!】
ボスが怒る。牙では通用しないと理解したのか、俺を踏みつけようと足を上げる。その巨体には似つかわしくない素早い動きだ。
やはりラプトル系の魔物。俊敏性が高い種族だから、体が大きくなっても素早い事には変わりない。寧ろ、そこらのラプトルよりキレがある。
俺は踏み付け攻撃をかろうじて躱し、僅かな隙を縫って接近する。上げていない方の足首へ、思いっきり噛み付いた。
ガブリッ。
【ギジャッ!】
短い悲鳴。ダメージは通っている。
だが、牙は表皮で止まってしまう。ラプトルの鱗に覆われた皮膚を前に、俺の牙では深くまで刺さらなかった。
攻撃力250でもこれか。なら、これでどうだ!
俺はスキル:剛腕を発動し、牙に魔力を送る。すると、少しずつ牙が肉に沈んで行くのが分かった。
よしっ。もう少し。
【ギヤァッ!】
更にダメージを与えようとした所で、ボスが足踏みをする。それだけで、俺は吹き飛ばされてしまった。
くっそ。体格差がえげつない。
俺は立ち上がろうとする。でもその直前、何かが背中を強打した。
なんだ?新手か?
俺は地面を転がりながら、視線を上げる。すると、こちらに迫ってくるボスの尻尾が見えた。
尻尾振り回し攻撃か!
【ギャギィッ!】
【くっ、おっと】
太い尻尾で、何度も地面を叩きつけるボス。俺を立ち上がらせないその連撃に、俺は躱し切れずに何度も転がされる。
ぐっ。
ダメージはそれ程感じないけど、1発1発が重い。立ち上がるのは勿論、このままだと意識が飛びそうだ。
ステータスだけじゃないんだ、この世界は。当たり前だけど、体格差も大きなアドバンテージになる。それが、ステータスすら超えてくる。
ならば!
俺は一旦、ボスから距離を置く。そのまま進化しようとして…。
やめる。
ここでワーウルフになったとして、その後どうする?ワーウルフではまだ、こいつに勝てない。ただ的が大きくなるだけだ。
もっとだ。もっと。もっと強い力が必要だ。俺の全てを出し切り、更なる力を生み出さないと。
こいつを凌駕する程の、体を!
【進化ぁああ!!】
俺は集中する。最初に進化した時を思い出し、心を奮い立たせる。
思い出せ、俺が食ってきた者達を。俺の血肉となった魔物達の姿を思い出せ。
ラプトル、カバ、岩亀。その全てを今、俺の体に表現しろ。
更なる進化を!
【はぁあああ…っ!】
集中すると、体の変化が分かる。ワーウルフとなる工程の先に、違う動きが重なり合う。爪はラプトルの様に鋭利に、牙はカバのように頑強に。そして体は、亀の様に頑強になっていく。
俺の目線が、徐々に高くなる。人間並に。そして、人間より更に高く。
ボスと、並んだ。
良いぞ。これぞまさしく!
【第2進化だ!】
〈◆〉
「なっ…」
その圧倒的な姿に、俺は尻もちを着いていた。取りこぼした愛刀を拾うことすら忘れ、目の前の光景をただ仰ぎ見た。
もしかしたら、ただ黒いだけの野良犬かも?と思っていた子狼は、巨大な魔獣に変身ししていた。分厚い甲羅が背中を覆い、その隙間から鋭利な棘が突き出している。牙も爪も凶悪な形に伸び、グランシルヴァと比べても遜色がない程の大きさになった。
これは、なんだ?何かのスキル?それとも幻影魔法?
「進化、だ」
呆けた顔で、土田が魔獣を見上げる。
「進化したんだ。適応する為に、目の前の強敵に勝つ為に、自分の体を作り替えた」
「しん…か…」
土田の言葉が、俺の胸に重くのしかかる。
あんな子供が、勝つ為にそこまでしているのかと。生きることに、そこまで覚悟を決めているのかと。
それなのに、俺は…。
【グォオオ!】
【ギギャァア!】
大型魔物達が、互いに威嚇し合う。先程まで嫌らしい笑みを浮かべていたグランシルヴァも、驚愕を隠せないでいた。
あるいは、これが奴の恐怖の表情なのかも。
【グォオオ!】
先に動いたのは亀魔獣だ。ドシンッ、ドシンッと地響きを伴い、グランシルヴァに突進する。
それを見て、グランシルヴァも構える。迫り来る亀魔獣に向けて、大きく飛びかかった。
でも、
【ギャヒィッ!】
轢かれた。
その圧倒的な質量を前に、まるでトラックに跳ねられる野生動物の様に宙を舞った。そして地面に叩き付けられると、その衝撃と痛みで立てない様子だった。
そこに、影が落ちる。
【ガッハハァッ!】
亀魔獣が、高く高く飛び上がっていた。彼が突っ込んで行ったところには、大きく揺れる大木があった。
あの木を足場に、三角跳びをしたみたいだ。木のたわみも利用して、高く飛び上がったんだ。
そして奴は、その凶悪な甲羅をグランシルヴァに向ける。そのまま、真っすぐ落下する。目を見開くグランシルヴァの真上に、今、
着弾。
ズシンッ!
衝撃で、地面が揺れる。木々が騒めき、遠くの方で鳥達が喚き散らす。
暫しの、静寂。誰も言葉を発しない。動かない。
動けない。目の前の結末を、ただ見るしか出来なかった。
当人を除いて。
【ガァア…ガブッ。ガツ!ボリボリ】
大きな口を開けて、潰れたグランシルヴァの死肉を食らう亀魔獣。その色鮮やかな魔石も躊躇なくバリボリと咀嚼する。
くっ。あれだけの濃さなら、1000万は行くだろうに。あの爪も、ドロップで残れば引く手数多だ。ギルドの競売に掛ければ高値が付く。それを、あんなバクバク食っちまうなんて…。
いや、そんな事考えてる場合じゃねぇ。もうシルヴァは全部食われちまった。ここに残ってるのはヘルハウンドと…俺達だけ。
「うっ…」
俺が息を飲むと、亀魔獣の目がギロリとこちらを向く。それだけで、俺は金縛りにでも遭ったみたいに体が動かなくなる。
くそっ。なんて威圧感だ。
俺は気が遠くなりそうだった。でも、直ぐにその圧は小さくなる。彼の体が、空気が抜ける風船のように小さくなるにつれて。
そうして現れたのは、先ほどの子狼。つぶらな瞳でこちらを見た後、【ワン!】と一鳴きして森の中へと消えてしまった。
【【アオォオオン!!】】
その小さな背を、他の黒狼が追う。まるで黒い風の様に、彼らは瞬く間に森の闇へと溶けていった。
残されたのは、俺達3人。まるで悪夢のような出来事だったが、周囲に散らばるシルヴァのドロップがそれを否定する。
「俺達、生きてんだよな?」
「分かんない…」
南の気の抜けた返事。俺と同じく、彼女も状況に取り残されているみたいだ。
でも、土田は違った。「生きてるさ」と嬉しそうに答えた。
「ここに、その証拠がある」
そう言って彼は、針の止まった腕時計を見せつけてきた。




