22話〜何なんだよ、次から次へと〜
森に入ると、辺りは一段と暗くなる。さっきまで朝日が出そうになっていたのに、ここでは木々に遮断されて夜闇に逆戻りだ。
それでも駆け抜けられるのは、優秀な誘導部隊のお陰。斥候達が前方に広がり、行先を示してくれる。
最高のチームワークだ。お前たちは必ず、俺が守ろう。
そうして森の奥へと進んでいくと、斥候の鳴き方が変わる。獲物との距離が近いことを知らせている様だった。
そろそろ接触するか。
【良いか、諸君!人は襲うな!人は執念深く恐ろしい。決して手を出すな!】
【【アオーン!!】】
頭の良い子達だ。
俺は更に加速し、彼らの先頭に立つ。
さて、人間達と戦っているのはどんな魔物なんだろう?
〈◆〉
「くそっ。斬っても斬っても、変わらず湧いて出てきやがる。一体、何体いやがるんだ」
苛立ちで愚痴を吐きながら、俺は刀に付いた血を振り払う。
すると、それを見たヒーラーの南が「落ち着いて」と優しく諭す。
「出口まではもうすぐだから、そしたらもう襲って来ない筈だよ」
「そいつは分かる。だが…南。あと魔石は何個残ってる?」
「えっと、Cランクのが2つ。でも、私のMPがあとちょっとしかなくて…」
「くっ…そうか」
また愚痴を吐き出しそうになり、俺は唾を飲み込んで抑える。
こんな事なら、もっと魔力回復薬を用意したら良かった。今回は森に入らないからと、節約しようなんて思っちまった。完全に、リーダーである俺のミスだ。
俺が歯噛みすると、俺が肩を貸していた仲間が「悪い」と呟く。
「俺のせいだ。油断して、夜に1人になっちまった。ちょっとトイレと思って、軽装で…」
「お前のせいじゃない、土田。まさか、こんな浅い所にシルヴァの群れが居るなんて、誰も予想出来ない事だ。ギルドのホームページにも無かったんだからな」
「だが、俺を回復させるのに、南さんはMP切れに…」
それはそうだが、仕方がない。寧ろ、良く生きていたと思う。地龍に引き摺られて森に入ったのを見た時は、絶対助からないと思った。見つけた時も酷い有様だったけど、今はこうして歩けるまで回復した。
…いや。それが奴らの狙いなのかもしれない。俺達を森の奥へとおびき寄せ、全員を狩る為の作戦。土田はワザと、殺さないで攫われたんじゃないか?
何処までも狡猾で、残忍な奴らめ。
「黒坂君。また、音がするよ」
南が止まり、周囲に耳を済ませる。
俺は土田を座らせ、彼女の向く方に太刀を構える。
何時でも来やがれ。また、返り討ちにしてやる。
「…来た。向こうから来る!」
【ギャゥイ!】
南の指さす方向で、奴らの鳴き声が響く。次いで、鋭利な牙を向けて1匹のシルヴァラプトルが突っ込んで来た。
正面からなんて、舐めた真似を!
「おりゃぁ!」
俺は愛刀を振り下ろし、シルヴァの体を両断する。奴は驚いた表情のまま、地面に横たわった。
よし。まだいける!
「また来るよ。今度は2匹!」
「しゃらくせぇ!」
俺は後ろから飛びかかってきたシルヴァを、振り向きざまに斬り上げる。寸分狂わず放った一撃に、シルヴァは一声も鳴くことなく首を落とされる。
でも、そのすぐ後ろから、別の個体が飛びかかって来た。
くそっ!刀の返しが間に合わな、
【ギャゥッ!】
「ぐぁっ!」
俺の肩に、奴の牙が深々と突き刺さる。熱さと痛みが同時に襲いかかり、刀を取りこぼしそうになった。
でも、俺は痛みに耐える。食われていない方の腕で脇差を抜き、それをシルヴァの腹に深々と突き刺した。
刀と同じ、マギクォーツが原料の刃だ。お前らの硬い皮膚でも、負けはしない!
【ギァアッ!】
「おらぁ!」
脇差の一撃で口を離した奴を、俺はすかさず刀で両断する。痛みで多少鈍ったが、シルヴァ程度なら問題なく倒す事が出来た。
だが、深手を負った。まさか、ロックタートルの鎧すら貫通するとは。相変わらず、恐ろしい攻撃力だ。
「見せて、黒坂君」
俺が肩を押さえていると、南が駆け寄ってくる。俺が止めるより早く、回復魔法を発動させてしまった。
おいっ、南。
「ごめん。でも、黒坂君が倒れたら、私達終わりだし…」
そう言って、青い顔で笑う南。
くそっ。もう後がない。南の様子から言って、次撃てば確実に気絶する。土田も戦えない。そもそも武器をベースキャンプに置いてきている。
このままじゃ、俺達は…。
「一樹、俺を置いて行け」
「えっ?は、はぁ?土田お前、なに言って…」
突然の事で、俺は戸惑う。それに、土田の座った目が向く。
「聞け、一樹。南さんも立ってるのがやっとだ。お前が支える必要がある。2人を支えるのは、流石のお前でも無理だ。このままだと、3人仲良くラプトルに食われ終い。だから、ここは俺に任せて先に行くんだ」
「土田…」
俺は何も言い返せなかった。親友の覚悟を前にして、怒るに怒れなかった。
そこに、無情の声が。
【ギャイィ…】【ギィィ…】
もう、南じゃなくても分かる。俺達が、囲まれている事に。
やがて、奴らの目玉が闇の中から浮かび上がる。瞳孔が縦に割かれた獰猛な目玉が、爛々とこちらを見ている。
幾つも、幾つも。全方向から。
くそっ。これじゃ、逃げ場なんて何処にもない。少ない数で襲い、俺達を疲弊させ、弱ったら総攻撃。
最初から、こうするつもりだったのかよ。
「良いぜ。全員、ぶった斬ってやるよぉ!」
俺は南を背中に回し、太刀を構える。最後まで、生き残る選択肢を捨てない。
と、そこに、
【【アオーン…】】
森の中に、魔物の声が響く。
聞いた事のある声。
これは…ヘルハウンドか。
「くそっ。何なんだよ、次から次へと」
心が震えた。神様って奴の顔を踏みつけたくなった。何で俺達ばっか、こんなことにって。
投げ出したくなる、生きる可能性。
でも、それを投げ捨てる前に悲鳴が上がった。
【ギャウゥ!】【ギィイイ!】
「なっ!」
なんだ?周囲が急に、騒がしくなった。シルヴァの悲鳴と、何か重い物が地面を叩く音。それが、連続して聞こえた。
なんだ?何が起きている?
「気を付けろ、南。何か、可笑しなことが起こって…」
「きゃっ!」
南の叫び声。
振り返ると、茂みからシルヴァが飛び出して来た。
襲撃。
かと思ったが、そいつは俺達には目もくれず、狂ったように頭を振り回していた。よく見ると、そいつの首には2頭のヘルハウンドが噛みついていた。
ヘルハウンドが、シルヴァラプトルを襲っているだと?
「そんな。こんなことが、ある筈は…」
そう呟いたのは、土田。俺以上に驚いている。
彼は、力尽きて地面に倒れるシルヴァと、その死肉を漁る2匹のヘルハウンドを凝視する。
土田も、呆然と首を振った。
「人間には目もくれず、魔物同士で争うなんて…」
「そんな珍しいことなのか?」
問うてみたが、土田はヘルハウンドの様子に釘付けだ。
いや、土田の様子を見れば、それが異常なんだってのは聞くまでも無い。
異常だが、でも、
「こいつはチャンスだ。戦況が混乱している内に、俺達は逃げるぞ」
俺は固まっていた土田を強制的に立たせ、南の手を引く。シルヴァの悲鳴とヘルハウンドの雄たけびを背に回し、この場を去ろうとした。
でもその途端、森の中から重い足音が聞こえる。藪を踏み潰し、何か大きな影がこちらへ迫って来た。
そいつの姿が、木漏れ日の中へと飛び出して判明する。
【ギャァウィ!ギャァウィ!】
耳が痛くなる程の鳴き声。
他のシルヴァが子供かと思える程、巨大なシルヴァラプトル。
この群れのリーダーである、大型級個体だった。
「グラン…シルヴァ…」
「黒坂君」
南が、俺の腕をギュッと握る。
ああ、分かってる。こいつはもう、俺達の手に負えるレベルじゃない。グラン級の、それも地龍との戦闘なんて、2級冒険者3人じゃ到底敵わない。せめて、2級がもう1パーティーか、1級が1人いないと無理だ。
こんな上位種が出てきたら、ヘルハウンドも逃げちまう。
俺は縋る思いで、黒い狼達の方を見る。だが奴らは、全く逃げようとしない。変わらずシルヴァを襲い、死肉を喰らっていた。
何故、逃げないんだ?こいつらには、このグラン個体すら怖がらない戦力があるのか?
俺は、期待と不安で彼らを見る。すると、暗闇から更に数体の黒狼が現れた。先頭にはクマかと思う程大きな狼と、その足元には小さな子狼が居た。
群れのボスと、その子供か?子供…なんか、犬っぽいけど?
ボス同士の戦いかと思って、俺は拳を握る。あのクマみたいな大きさのヘルハウンドだったら、もしかしたらと期待する。
でも、
「…何…だと…っ!?」
グランシルヴァの前に進み出たのは、クマではなかった。
犬っぽい、子供の方だった。
「どう言う事だ?生贄、ってことか?」
子供をやるから、手を引け…とか?
そんな事を考えていたら。
【ワオォオオ!】
子狼が吠えた。
その途端、空気中の魔素が震えた気がした。




