17話〜悪かった〜
※他者視点です
「なんか、妙なことになってるなぁ」
俺は自分を落ち着けるため、小さく零す。目の前には、俺達が追い込んでいた獲物を口に咥える妙な魔物が仁王立ちになっていた。
何なんだ?こいつは。見た目は狼男とか、ワーウルフって奴だと思うけど、そんなのこの世界で見たことない。ヘルハウンドの生息域はもっと西だし、ここいらはもっぱら地龍の生息域だ。
そもそも、シルヴァラプトルを喰おうとしているこいつは、本当にウルフ系の魔物なのか?普通逆だろ?食物連鎖的に。
まぁ今は、そんな事は置いといて。
「ほら、やり合おうぜ、ワンちゃん。そんなもん持ちながらだと、まともに戦えないでしょ。捨てないんだったら、俺がバッサリやっちゃうよ?」
俺はワザと挑発するように、剣を大ぶりに振って威嚇する。人狼を怒らせて、その手から小型地龍を手放させようとした。
でも、人狼は挑発に乗って来ない。こちらを警戒しながら、シルヴァ死体を左手で掲げる。その姿はまるで、伊藤さんの狙撃を警戒しているかのように見えた。
ほんと何なんだ、こいつは。なんでこんな頭が良いんだよ。これじゃまるで、ゴブリンの最上位種と戦ってる気分になっちゃうよ。
いや、もしかしたらこいつ、ただのワーウルフじゃないのかも。ワーウルフの上位種で、ゴブリンキング並みの知能を持っているんじゃないか?
もしもそうだとしたら…相当ヤバい事だぞ。ここで討伐しなかったら、こいつが明治神宮の街を襲う可能性だってある。頭の良い魔物ってのは、トランプルマンモスと同じくらいの脅威だからね。
だからこいつは、ここで狩らないと。
「良いんだな?じゃあ、遠慮なく行くぞ!」
俺は踏み込み、愛剣を構える。口では軽く言うけど、一撃必殺の思いで剣を突き出す。スキル〈剣技〉も使用して、俺の全力を叩き込んだ。
でも、その突きは奴に届かなかった。人狼は俺が突きを繰り出すよりも早く動き出し、シルヴァを正面に構えた。そして、俺の突きに合わせて一歩下がる。すると、俺の剣はシルヴァの体を突き刺すまでしか伸びず、奴の体には到達しなかった。
くっ、こいつ。見ただけで俺の間合いを把握したってのか。
想像以上の頭の良さに、俺は驚きを隠せない。
そんな俺を嘲笑うかのように、人狼は更なる手を繰り出してくる。剣が深く突き刺さったシルヴァの死体を、ブンッと振り回したのだ。
そのせいで、剣の柄から俺の手が離れてしまう。奴はそのまま、シルヴァを遠くの藪へと放り投げてしまった。
「なっ!こいつっ!」
予想外過ぎる戦法に、俺はつい声を上げてしまった。まさかこんな方法で、俺を戦力外にするなんてと。
でも、死体を放り投げたのは少々浅はかだ。確かに俺は、何もできなくなっちまった。けれど、お前を守っていたシルヴァの肉壁ももう無くなったんだ。
こうなりゃ後は、伊藤さんに任せれば良い。
俺は瞬時にそう判断し、後ろへと飛び退った。謀らずも、人狼と同じことをしていた。
これで、伊藤さんも撃ち易くなっただろう。俺さえいなきゃ、誤射も気にせず全力で射れる。
俺のこの行動を見て、人狼は少しだけ目を開いた。その色には、怒りや憎しみと言った負の感情は読み取れない。それどころか、何処か称賛に似たものを感じた。
そして驚くことに、人狼は頭を下げた。上半身を大きく屈めて、体勢を低くした。その奴の頭上を、矢がスレスレで飛んで行く。伊藤さんが矢を放つ事を、事前に把握していたみたいに。
そして、そのままの姿勢で、人狼は俺へと突っ込んで来た。まるでラグビーのタックルの様に、俺の胴体を狙う。
俺に引っ付いて、撃たせねぇ気か!
「くっ」
そうはさせるかと、俺は更に後ろへ飛ぼうとする。でも、人狼の方が速かった。俺の胸倉を掴んで、持ち上げられてしまった。
「ぐっ!」
不味い!このままだと俺、食われる!
俺はその左手から逃げ出そうと、必死に藻掻く。でも、全く歯が立たない。その木の幹の様に太い腕は、異常な力を発揮していた。鎧込みで200㎏はある俺を、こんな簡単に吊り上げているんだから。
ヤバいって、これ。海斗!早く助けに来い!
藪の中に隠れているだろう仲間に、俺は呼びかけそうになる。
でも、呼びかけなかった。
何故か。それは、人狼が俺を食べようとしないからだ。その鋭利な牙でガブリッとやられるかとビクビクしているのに、一向に口が開かない。それどころか、俺を持ったまま左へ動く。さっきシルヴァを持っていたみたいに、俺を弓の射線上に置いた。
「ま”っ」
まさかこいつ、俺を盾にしようっていうのか?俺を殺せば自分が撃たれると言うのを理解して、逆に俺を人質にした?
恐ろしい程に冷静だ、こいつ。魔物というより、同じ人間の、それも歴戦の戦士と戦っているかのようだ。
こんな魔物もいるのか?この異世界には。
【ガル?】
俺が人狼に感心していると、彼は小さく唸る。そして一瞬、背後を気にした。
俺もそちらへと視線を移した瞬間、藪の中から影が飛び出した。
仲間の、賢介達だ。
【ガルッ!】
奇襲攻撃。だがそれは、人狼にはお見通しだった。どうやったかは分からないが、仲間達が飛び出す前に動き出しており、空いていた右手を振り抜いた。それが、飛び出してきた影を迎撃した。
ガンッ!
人狼の拳をもろに受けた影は、しかし、その場で耐えた。
そこには、全身をフルプレートアーマーで包んだ兵士が、大きな盾を構えて立っていた。タンク役のケンスケだ。彼のカイトシールドが、人狼の拳を受け止めていた。
「ぐっ!なんて攻撃力だ…」
でも、受け止めたケンスケは苦しそうな声を出す。受け止めた盾も、拳の当たった所が大きく凹んでしまっていた。
嘘だろ、おい。マギクォーツで作った盾が凹むなんて、どんな攻撃力してんだ、この人狼。シルヴァ級。いや、下手すりゃBランククラスのパワーだぞ…?
俺は絶句するも、やられたケンスケはニヤリと笑う。
その彼の背中を、また別の影が駆け上がる。ケンスケを踏み台に、空へと高くジャンプした。
ムーンジャンプ。
「ヨウちゃんを離しやがれ、狼!」
海斗だ。太陽を背に、両手に持った双剣を大きく振り回す。体も回転させながら、人狼へと斬りかかった。
サクッ、サクッ、ザクッ!
【ガァッ!】
海斗の乱舞が、人狼の肩と背中と太ももを深く斬り付ける。それに、冷静沈着だった人狼が唸り声を上げた。
初めて、人狼の目に負の感情が生まれる。俺を吊るす腕の力が抜けていき、手放しそうになる。
でも、寸前のところで力が戻る。あれだけ斬り付けられたと言うのに、怯む様子もなく立ち直る。弱まっていた彼の瞳に火が灯り、着地したばかりの海斗を見下ろした。人狼の鋭利な爪が、大きく振り上げられる。
ヤバイッ!
「海斗!」
俺は叫ぶも、海斗は動けない、あんな大技を出したばかりだから、着地で大きく体勢を崩していた。
そこに、人狼の鋭利な爪が迫る。ケンスケの盾すら凹ませた攻撃力で、海斗をバラバラにしようとしていた。
やめてくれ!俺の弟を!
「ぐぁっ!」
俺が叫ぶよりも早く、海斗はやられた。吹き飛ばされ、木の幹に背中を打ち付けた。そしてそのまま、木の根元に横たわった。
ぐったりと気絶している。でも、死んではいない。彼の体は何処も、切り裂かれてはいなかった。
それもその筈。海斗を攻撃した人狼は、硬く拳を握っていた。あの鋭利な爪は、その手の内にしまわれていたのだった。
何故、爪を使わなかった?まさか、海斗を殺さない為?
信じられず、俺は人狼をマジマジと見てしまう。
そこに、ロングソードを構えたケンスケが近づいて来た。
「待ってて、ヨウ君。今度は僕が助けに…」
「待て!|ケンスケ!ちょっと待ってくれ!」
今にも人狼へ斬りかかりそうになっているケンスケを止めて、俺はポシェットから小瓶を取り出す。それを、人狼へと差し出した。
「悪かった、人狼さん。突然襲っちまって。この回復薬を渡すから、それで手打ちにしてくんないか?」
「何をしているんだ!ヨウ君。魔物と交渉しようなんて、そんな無謀な!」
「良いから、俺に任せてくれ」
俺はケンスケを黙らせて、人狼の目を真っすぐに見る。
こいつに殺意は無い。少なくとも、俺達を食べるために戦っている訳じゃない。俺達が攻めるから、守っているだけだ。
普通の魔物じゃないこの人なら、きっと。
そう思って彼を見ると、彼は顎をクイッ、クイッと上げて見せる。
信用できないから、試しに俺が試飲しろってか?つくづく人間っぽい奴だな。
分かったよ。
「…ほら。ちょっと苦いが、効果は保証する。海斗が付けたその傷も、これで治る筈だ」
俺が一口飲んでみせると、人狼は頷く。俺を地面に降ろし、回復薬を飲む。すると、彼の傷がみるみる塞がっていった。
ふぅ。ちゃんと効いて良かったぜ。もしも魔物に効果が無かったら、交渉決裂だったからな。
「交渉成立って事で良いんだよな?俺達はもう、あんたを襲わない。だからそっちも、牙を収めて欲しい」
【ガルゥ。グルルゥア】
…なんか喋ってるっぽいな、この人。もしかして魔物じゃなくて、人狼になるスキルを持った冒険者だったりするのか?
分からなかったけど、人狼さんは約束通り牙を収めてくれる。俺達を素通りして、そのまま去る…かと思ったら、落ちていたシルヴァの魔石をバキバキと食べてしまった。
「ヨウ君。あれは何だったんだろう?」
人狼さんが立ち去ってから暫くして、ケンスケが話しかけて来る。
それに、俺はヘルメットを外して頭を掻く。
「いやぁ~。特殊スキル持ちの冒険者…かと思ったんだけど…」
魔石食ってたし、そうじゃないかも。
くっそ~。マジで訳が分からんぞ?
俺は頭を抱えた。




