12話〜御上に言われちゃって〜
「あっ、見て。犬がいるよ」
「へぇ、珍しい。野良か?こんな所に独りで」
柏神社の前で、俺は高校生カップルに撫でられていた。
現代日本へ戻ってきた当初はグロッキーだったが、境内の裏でゆっくりと休んだら随分と回復していた。まだ体が重い気がするけど、気分は絶好調だ。
そう思った途端、腹の虫が訴えを起こす。
グゥ〜…。
…前言撤回。空腹なこと以外は好調だ。
「ねぇ。お腹減ってるみたいだよ?何か持ってない?」
「オヤツ用の魚肉ソーセージはあるけど…タダでやるのはなんかなぁ。おい、犬。チンチンしてみろ、チンチン」
「ちょっと、可哀想でしょ?」
いやいや、それくらいは朝飯前ですよ。
俺は立ち上がり、見事なチンチンを披露する。
「へぇ。やるじゃん」
お粗末さまです。
俺が臨時ボーナスにかぶりつく間も、2人は俺を撫で回す。
「この子、本当に野良かなぁ?めっちゃ人懐っこいね」
「だな、毛並みも良いし、きっと逃げたか捨てられた飼い犬だろ」
そう。今の俺は、完全にただの犬に戻っていた。水溜まりを覗いても、もう額から角は生えていなかった。進化も出来ないし、ステータスも見えなくなっていた。
理由は分からないけど、明治神宮で出会った樹里さん達も、スキルが使えないと言っていた。きっと、向こうの世界とこちらとでは、システムが違うのだろう。
「ええ〜…可哀想だよ。飼い主探してあげない?」
「どうやって?SNSに上げるか?心無い奴が、保健所に連絡するかもだぞ?」
ぐっ。それは不味い。
少年よ。何とか少女を説得してくれ。
「でもさぁ、ここって危ないじゃん。なんか、殺人事件があったんでしょ?」
「違うよ、久美子。トランプルマンモスにやられた冒険者の、装備が見つかったって話だよ」
ああ、ごめんね。あの装備、俺が持ち帰った物なんだ。
俺はあの夜の事を思い返す。
ゴブリンが消えてから程なくして、警備員達が駆けつけた。俺は直ぐに隠れたけど、装備は全部没収されてしまった。
そこに落ちていた、ゴブリンの魔石も一緒に。
「話では、マヌケなゴブリンが現代日本に侵入して、装備だけ残して死んだらしい。馬鹿だよな。装備で強くなったとでも思ったんかね?」
「ねぇ。なんでマヌケだと死んじゃうの?」
そうそう。俺もそれが聞きたい。
「そりゃさ、こっちには魔力が無いだろ?魔力の無い世界に来たモンスターは、魔力が枯渇して死んじまうんだ」
「へぇー」
へぇー。そう言う事だったのか。
俺は少年の説明で合点が行く。
確かに、死に際のゴブリンは苦しそうだった。まるで溺れたみたいに、酸欠で死んでいくみたいに藻掻いて死んでいった。
うん?酸欠?
待てよ…ワーウルフの時に感じた体調の異変も、もしかして…。
「あっ。だから、ゲートの警備って緩いんだね?」
「ああ。向こうからこっちに出てこられるモンスターは居ないからな。だから、人間が向こうに行かない様にするのが、警備員の仕事なんだよ」
「へぇ。詳しい」
少女が手を叩くと、少年は胸を張る。
「まぁな。なんせ俺も、冒険者を目指していた時期があるから」
「うわぁ。馬鹿だぁ」
「なにをぉ!」
少年は憤るが、少女は呆れている。
まぁ、そうだよな。あの世界はかなり過酷だ。ドラゴンもワニも居るし、サバンナよりも危険かもしれない。山でクマと出会う方が、まだ生き残れるんじゃないだろうか?
「なんで男の人って、そんな危険な事をするの?毎年、何人も死んでるんでしょ?」
「そうだけど、夢があるだろ?大型モンスターの魔石を売れば、一攫千金。億万長者も夢じゃない。そうでなくても、1級冒険者になって有名クランに入れば、そこらの会社員なんて目じゃない給料が貰えるんだぜ?」
ほぉ。そうなのか。
魔石を売る…確かに、あのゴブリンも魔石だけは残していた。体もドロップした服も消えてしまったけど、あれだけは警備員が回収していたな。
あれって売れるんだ。しかも、物によっては一攫千金になると…。
でもその魔石、何に使うの?
「なればって…1級って、相当難しいんでしょ?」
「まぁな。難しい試験に受かって、更に数多くの実績を重ねないと認められない」
「うわぁ。東大受かるより難しそう」
「まぁ、な」
「だから諦めたの?」
「…まぁ、な…」
少年は項垂れて、少女に慰められながら神社を後にする。
俺はソーセージのお礼に2人を見送り、立ち上がる。
取り敢えず、警備員が居なくなるまでは情報収集だ。出来たら別のゲートも見つけたいな。
そう思った俺は、走って移動する。すると、以前よりも景色が速く通り過ぎる気がした。
なんだろうな。スキル:瞬発力は使えない筈なのに、なんだか足に活力がみなぎっている。
ソーセージパワー?
思ったよりも速く移動出来たので、それなりの距離もあっという間に走破出来た。そして、川沿いにある神社で俺は立ち止まる。凄くぶっといしめ縄がある、なんだか荘厳な神社だ。
でも、俺が足を止めたのは、神社の雰囲気が原因じゃない。明治神宮と同じように、ライトアーマーを着た警備員が立っていたからだ。しかも、結構な数が見回りをしているな。
こりゃ、相当高難度なゲートなんだろうなと思っていると、警備員の1人と目が合った。
やばっ。
「おっ。犬も参拝に来るのか」
追い返されるかと思ったら、おっちゃんが「おいで、おいで」と手招きする。
これは、チャンスか。
俺は素直に近付き、おっちゃんに撫でられる。
「よしよし。良い子だ。お前みたいな奴が、こんな危険なところをウロついちゃいかんぞ?このゲートの先にはな、恐ろしい地龍がうようよ居るんだ」
ほぉ。地龍とな?そいつはかなりヤバそうだ。
俺はちょっと見たいと思う反面、ゴブリンヒーローで手一杯の今は時期尚早とも思う。
龍の名が付く時点で、あのドラゴンと同格かもしれんし。
そうしておっちゃんと戯れていると、車のエンジン音が聞こえてきた。振り返ると、大型のトラックと乗用車が鳥居の前で止まり、トラックの運転席や荷台から迷彩服の男性が数人降りてきた。
自衛隊?もしかして、彼らも冒険者か?
予想外の来訪者に目が点になっていると、助手席からライダースーツを着た男性が降りて来る。そして、警備員ににこやかな笑みを見せた。
「お疲れ様です、武藤さん」
「式守プロ。まさか、またご出陣ですか?先日帰って来たばかりじゃないですか」
驚くおっちゃんに、式守青年が「ええ」とため息交じりに頷く。
「そうなんですけどね。御上に言われちゃって。魔石の収集率が悪くて、まだ夏を乗り切る分が集まっていないとかで」
「ああ、年々暑くなってますものね。それでも電気代が上がらないのは、皆さんのお陰ですよ」
「僕たちは基本、現地調達ですからね。アメリカや中国と違い、そこは抑えられてますよ」
式守さんはそう言って、後ろを見る。そこには、トラックから下ろされたコンテナがあった。その内の1つが開けられると、中からは重厚な鎧と巨大な剣が入っていた。
ふむ。なるほど。現地調達という事は、あれは魔物の素材で作られた武具ということ。そして、魔石は発電事業に利用されているらしい。
俺が状況整理をしている間にも、乗用車から数人の男女が降りて来て、武具を装着した。そして、自衛隊員に支えられながらゲートへと入っていった。
式守さんも、装備を身に付ける。鎧の表面は黄色い鱗で埋め尽くされ、腰のベルトには短剣や腰袋、それに手鏡が吊るされている。そして、彼の獲物らしい身の丈を越える大剣は、隊員3人がかりで運ばれていた。
ゲートへ向かおうとした式守さんが、一旦止まる。こちらを振り返り、武藤さんに苦笑いを向けた。
「1週間経っても戻らなければ、僕らの死亡を会社に伝えて下さい。今回は火山の麓まで行きますので」
「それは…随分と危険な。それほど魔石が足りていないのですか?」
「いえ。魔石とは別に、偵察も含まれていまして。どうも、飛竜達の行動範囲が拡大しているとの話で、草原エリアでレガディウムの目撃報告も上がっているんです」
「レガディウム…火竜ですか。草原エリアでそれは…」
武藤さんと同じように、俺も息を呑む。
あの赤いドラゴンの事か。あれってやっぱり、相当ヤバい相手だったんだな。
それに、式守さんが頷く。ジッと武藤さんを見る。
「その任務もあるので、今回は長期になります。出来たら、優秀な3級冒険者にサポートを依頼したいくらいですけど…」
「いやぁ、私はとうに引退した身ですよ。それに、全盛期でも小型地龍を倒すのがやっとでした」
武藤さんが両手を振って拒否する。
そうか、おっちゃんも冒険者だったんだな。小型でも龍を倒せるんだから、十分凄いんじゃない?
「十分ですよ、武藤さん。最近の冒険者は、3級でもオーク相手に苦戦する人もいますから」
そうなの?俺でも倒せるのに、それじゃねぇ?
「おっと、おしゃべりが過ぎましたね。すみません」
「いえいえ。貴重なお話をありがとうございました。お気をつけて」
「はい。では、出陣します」
式守さんはそう言って、ゲートの中へと入っていった。自衛隊の3人から刀を受け取り、それを軽々と背中に背負う。
その一瞬、強烈な威圧感を感じる。あのマンモスに感じたよりも強い、強者のオーラを。
ああ、やっぱりゲートを越えると、何かが変わるんだな。
彼らを消したゲートを見詰め、俺はそう思った。
あのドラゴン。レガディウムって名前なんですね。
「しっかり記録しておくように」
はいはい。
イノセスメモ:
レガディウム…真っ赤な鱗を纏うドラゴン。その鱗はどんな攻撃も弾き返し、放たれる炎は骨すら残さないと言う。まさに、大火の王の名に相応しい魔物である。




