11話〜随分なシステムだな〜
大刀を受け止められたゴブリンヒーローは、大きく目を見開いて驚いていた。あまりに驚き過ぎて、鍔迫り合いを自ら止めてしまい、大きく後退りしていた。
でも、俺はそれを追わない。
追えない。何せ、俺はゴブリン以上に驚いていたから。自分の体が突然、とんでもない変化をしていたからだった。
俺は刀を受け止めていた右手を見詰める。その手は人の物にそっくりで、長い指に鋭利な爪が伸びていた。
これが、俺の手なのか?まるで人間じゃないか。
指を曲げ伸ばしして、その手で顔を触る。顔の形はそれ程変わっていないみたいだが、首から下は人間そっくりだ。まるでコボルトのような…いや、どちらかというと狼人間。
どうやら俺は、ワーウルフに進化しているみたいだった。
【くはは…。進化とはまた、随分なシステムだな】
己のステータスが見えるだけでなく、ただの雑種犬を魔物に変えてしまうとは…なんとハチャメチャな世界なんだろう。
これ、元に戻るよな?
【グギャァ!】
ちょっと心配していると、ゴブリンヒーローが再起動する。俺に向って、大刀を横から薙ぎ払ってきた。
でも、遅い。刀の動きが目で追える。
俺の俊敏性が上がった証拠だ。それに加えて、
【おらよぉ!】
俺が腕を振るうと、あれだけ脅威だった大刀の刃すら、あっさりと受け止める事が出来た。
物理防御力も上がっている。
そして、その木の幹の様に太い腕に力を入れると、鈍く光る刃が押し返される。ゴブリンヒーローは力負けして、大きくたたらを踏んだ。
物理攻撃力も大幅に向上している。全ステータスが、進化によって爆発的に強化されているみたいだ。
【こいつは凄い。どれだけ強くなっているのか、試させて貰うぞ】
俺は一歩踏み出し、右手を大きく振り下ろす。鋭利な5本の爪で、ゴブリンに襲い掛かる。
【ギッ!】
ゴブリンは刀を掲げ、俺の攻撃を受け止める。でも、受け止めきれずに大きく体勢を崩した。俺はそこに、すかさずもう一撃入れる。すると、耐えきれなくなったゴブリンは大刀を手放した。
無防備な奴が、目の前に。
ここだ!
ギンッ!
俺の振るったかぎ爪は、甲高い音を立てて鎧を傷つける。でも、貫通はしなかった。
なんて高い防御力。その鎧、ただの金属じゃないな。
【グゲゲ…】
吹き飛ばされ床を転げたゴブリンが、立ち上がりながら笑う。この鎧さえ着ていれば、負けないと理解したみたいだ。
挑発的な笑み。だが、俺の中に怒りや焦燥感は無い。
あれだけあった体の熱が、すっかり引いていたからだ。体の中に爽やかな風が通り抜けるような感覚を覚え、頭の中がクリアになっている。
鎧は鎧だ。傷付くなら、使えなくなるまで破壊するだけ。
俺が動じずに一歩踏み出すと、ゴブリンは笑みを消して顔を引きつらせる。大声で【ギャーギャー!】叫んで大きく手を振る。
すると、
【ギギッ!】【ゲギャッ!】
いままで周りを取り囲むだけだったノーマルゴブリン達が、一斉に飛び掛かって来た。
戦いは数だと言いたいのか?確かにその通りだ。
だがな、
【この程度!】
俺が腕を振るうだけで、2体のゴブリンが消し飛ぶ。放たれた弓矢も、俺の毛皮を少し突ついただけで落ちた。
今や俺の体は、ノーマルゴブリン程度では傷付かないレベルになっていた。
有象無象では、俺は止まらんぞ!
【ギギ!】【ギギャ!】
それでも、ゴブリン軍隊は退かない。ゴブリンヒーローに指示されるまま、俺の道を阻もうとする。
親玉の命令に絶対服従か。なら、
俺は雑魚を無視して、走り出す。指示を送っていたゴブリンヒーローに。
【グギャ!】
奴は慌てて、自分の前にゴブリンを集めようとする。仲間の命で、自分を守ろうと必死だ。
卑怯な奴め。それでも群れのリーダーか!
俺は足に力を込める。すると、世界が少しだけ遅く感じた。ゴブリン達が集まる前に、俺はそいつらの間を駆け抜ける。
駆け付ける。奴の目の前に。
【グッ】
ヒーローが身構える。腕を上げて、頭を守ろうとする。その腕の合間から、奴の黄色い目が弧を描くのが見えた。
俺の攻撃力じゃ、お前の鎧には勝てないだろうって?ああ、その通りだ。今の俺では、その鎧に勝てない。
お前が鎧を着ている間はなぁ!
俺は右腕を大きく引き、同時に深く構える。そして、腕を振り抜くと同時に貯めた足の力を一気に解放する。
フルスイングのアッパーを、奴の顎にぶち当てる。
これぞ!
【ガゼル・パンチ!】
【グブッ!】
俺の拳をモロに食らったヒーローが、宙を舞う。ただ紐で括っただけのヘルメットは、その一撃で奴の頭からすっぽ抜けた。
つまりそれだけ、防御力が落ちたと言うこと。
ガシャリっと、鎧と共に奴の体が地面に落ちる。
俺がトドメを刺そうと爪を伸ばすも、それを振るう前に奴の体が消えていった。
アッパー1発で仕留めていたらしい。爪では削りきれずとも、打撃だったら内側にダメージが通ったか。
ただ数値で計算するだけではダメなんだな、この世界。
【ギャギャ!】【ギギャ!】
漸く終わったと思っていると、後ろでゴブリン達が騒ぐ。親玉がやられたから逃げ出すのかと思ったら、こちらに挑戦的な目を向けていた。
奴らが一斉に、こちらへと殺到する。
ボスの敵討ちか?
そう思ったが、奴らの目は俺を見ていない。その先にあるのは、ヒーローの残した鎧。
くっ。こいつら、次のボスの座を狙っているのか。
そうはさせるか!
俺は構える。
だがそこで、違和感を感じる。清々しく感じていた風が、寒く感じたのだ。
体の芯が寒い。頭痛もし始めたし、何だか目も霞む。
【ギギャ!】
俺の事などお構い無しに、ゴブリン達が駆け寄ってくる。
俺は無理やり体を動かす。剛腕を振るい、飛びかかってくるゴブリン達を紙くずの様に千切り飛ばす。更に爪を鋭利にして、一振で何匹ものゴブリンを血祭りに上げた。
でも、ゴブリンは退かない。廃墟からゾクゾクと現れ、ボスが遺した鎧と大刀を得ようと躍起になる。
俺の体も、徐々に動かなくなる。一振で3匹同時に葬っていた剛腕も、今は1匹殴り飛ばすので精一杯になっていた。
なんだ?これは。まるで吹雪だ。極寒の吹雪の中に、裸一貫で突っ立っている気分だ。
頭も割れそうに痛い。意識を、保てない
俺は作戦を変える。ゴブリンの殲滅は諦め、鎧と刀を掴んでゲートへと急いだ。
【ギギャ!】【ギャギャ!】
そんな俺を止めようと、ゴブリン達が体に纏わり付く。
俺はそいつらを跳ね飛ばし、ゲートの眠る瓦礫の山へと体を滑り込ませた。
そこで、体に変化が現れる。視線が徐々に低くなり、鎧を抱えていた手が短くなっていった。
ぐっ、これは、退化している。俺はまた、野良犬に戻ろうとしているんだ。
瞬時に理解した俺は、装備を抱えたままゲートへと飛び込む。その際に、篭手とヘルメットを落としてしまうが…もう戻れない。後ろからはゴブリン達が追ってきていた。
俺はタッチダウンする勢いで、ゲートに飛び込んだ。
ガラガラガシャン!
俺は鎧と大刀と共に、アスファルトの上に転がる。体を擦り、全身に痛みが走る。その痛みで、飛びそうだった意識が戻ってきた。
ぬっと湿っぽい風と、化学薬品の匂いが鼻を突く。遠くでクラクションの音が聞こえた。
顔を上げると、そこはコンクリートジャングルだった。
戻ってきた。現代日本に。凄い久しぶりの気がする。
【ギギャ!】
ホッとしたのも束の間、ゲートの向こうからゴブリン達の声がした。
くそっ。追われた状態で出てきたから、引き連れてしまったか。もしも現代日本への侵入を許したら、大変な被害になるぞ。
誰か、居ないのか?
俺は周囲を探るも、誰も居ない。日も落ちており、警備の爺さんも帰ったあとだった。
俺が、やるしかない…。
悲鳴を上げる体にムチ打ち、俺は立ち上がる。額に生えている角を操作…あれ?角がない?ってか、体が滅茶苦茶重い。まるで、重力が何倍にもなったみたいだ。
俺が足を震わせている間にも、ゲートから1体のゴブリンが出てきた。黄色い目をギロギロさせて、俺を見下ろす。その鋭利な牙の間から、ヨダレが零れ落ちる。
くそっ。俺の体に、一体何が起きているんだ?
いや、今はまず逃げるんだ。逃げることを優先しろ。
俺は必死に立ち上がり、逃げようとする。
でも、その前に、
【ギッ!?】
ゴブリンの歩みが、突如として止まった。目を見開き、何かに恐怖する様に震え出す。
そして、両手で喉を押さえる。酸素を求める様に口を大きく開けて、何度も呼吸を繰り返す。
そして、
バサリッ。
倒れた。
【グァ…ギィ…】
苦しそうな鳴き声を上げ、何かを求める様に、その長い爪で何度も、何度もアスファルトを掻きむしる。爪が剥げても止めようとせず、指から青い血が流れ出した。
そして、止まる。掻きむしる手の動きが。
呼吸が。
気付けば、ゴブリンは死んでいた。
【なに…が…?】
俺は、消えていくゴブリンの体と、そこから転げ落ちた魔石を、ただ見詰めるしか出来なかった。
酸素…酸欠?
「さて、真相は明日分かる」




