10話~なんだ!これはぁあ!!~
〈スキル:瞬発力(極小)〉
初めて取得したスキルに、俺は興奮した。
こいつは十中八九、走り回ったから得たスキルだよな。つまりスキルって、食べたり偶発的に発生する物ではなく、繰り返しで得られる技能みたいなものなのかも。
あっ、いやまぁ、それが本来の技能の意味だから、当たり前の事なんだけど。ステータスとかがあるゲームみたいな世界だったから、アイテムとか装備とかで得られる物なのかもと思い始めていたんだ。
でも、そうではないらしい。身に付いた技能が、スキルとなると。
まぁ。それだけがスキルの発生条件ではないかもだけど。
俺は早速、獲得したスキルを試そうと立ち上がる。でも、なんだか熱っぽくて再び座り込んだ。
走り過ぎたか?もしかしたら、熱中症になりかけているのかも。犬は発汗しないから、体温の調整が難しいな。
取り敢えず、水でも飲むか。
俺は暫く、その場で休む。でも、一向に良くならない。体の中で熱がうねり、関節がピキピキと悲鳴を上げている。
何だろうな。インフルエンザにでも罹ったか?犬でも罹るんだっけ?あれって。
俺は立ち上がり、歩き出す。
これは不味いな。この世界はゲームみたいなシステムで出来ているけど、生き物の動きはリアルだ。強者は闊歩し、弱者は狩られるのみ。熱でダウンなんてしていたら、一瞬で食われてお陀仏だ。
早く、帰らないと。現実に。
戻るんだ。あの、世界へ。
危機感から、俺は走り出す。風が体に当たって気持ちが良い。景色が過ぎ去ると、テンションが上がって来る。
なんだ?体のダルさはそれ程でも無いな。インフルエンザじゃないのか?でも、まだ節々は痛いし、熱もある。
分からん。こいつは早く医者に見せ…ああ、俺って野良犬だから、医者は掛かれないか。でも、安心して寝るだけでも違うだろう。
そうして、俺は記憶と匂いを頼りに走り続けた。
安心する匂いの方へと進み続けると、辺りはいつか見た風景になっていき、やがて地平線の端に歪な建物群が見え始めた。
廃墟だ。あの中に、現実へ戻るゲートが眠っている。
そして、あそこには連携バッチリなゴブリン軍団が待ち構えている。
俺は速度を落とし、なるべく地面スレスレで草むらの中を進む。ちょっと遠回りをして、背の高い草むらから近付いた。だが、廃墟の前は草むらが途切れている。これ以上姿を隠していられない。
俺は隠れるのを諦め、全速力で廃墟へと走る。
足に力を入れると、体がグンッと前へ押し出される。景色が瞬時に背後へ流れ、俺は廃墟の街道を疾走する。
これが瞬発力(極小)か。図らずも試運転が出来てしまった。そして、なかなかに優秀と。
俺は物陰に隠れながら、周囲の匂いを嗅ぐ。でも、至る所にゴブリンの匂いが充満していて、あまり効果が無さそうだ。
あいつら、ここに住み着いて長いらしい。至る所にマーキングしているぞ?
俺はなるべく壁に触らないように進む。来る前に水浴びを十分に行ったから、俺の匂いは抑えられている筈。後は、姿さえ見られなければ抜けられる。
そんな風に考えていたからか、俺は足元がお留守になっていた。走っている最中、コンクリートの破片を踏んだ途端にパキリッと大きな音が鳴った。
どうやら、破片の下に乾燥した木の実を入れていたみたいだ。
これは、明らかなトラップ。奴らの仕掛けた警報に引っかかってしまった。
途端に、殺気を感じた。
跳び退ると、その場に3本の矢が生える。
ゴブリンアーチャー。
斥候に見つかった。
【ギャギャー!ギャギャー!】
遠くでゴブリンの声が木霊する。何か金属を叩く音も聞こえるから、俺の侵入を廃墟中に伝えているのだろう。
くっ。だが、ここで退く訳にはいかない。もう少しでゲートに辿り着く筈なんだ。体も心配だし、駆け抜けさせてもらう!
【ギャギャ】【ギギ】
駆け出してすぐに、目の前にゴブリンが現れる。手には廃墟からくすねたであろう金属製の棒を握っている。
そこらのはぐれゴブリンとは、訳が違う。
でも、遅い!
俺は全く速度を落とさず、構えるゴブリンに駆け寄る。そして、驚く先頭のゴブリンの左側を駆け抜けながら、そいつの脇腹を大きく削いだ。
【ギャッ!】
後ろから悲鳴が追いかける中、俺の前には2匹目が立ち塞がる。
口はゴブリンの肉が邪魔で、すぐには使えない。なので、素早く角を生やし、それで2匹目の首筋を切り裂く。
【グギッ…】
2匹目は、声も上げられずに落ちた。
瞬殺。
もう、ゴブリン程度では俺の速度に追い付けなくなっていた。
ゴブリンアーチャーの矢も、以前ほど脅威ではない。風切り音がしてから飛び退れば、十分に避ける事が出来た。
これなら、行け…。
【【ギャギャ!】】【【ギギャ!】】
俺の行先で、ゴブリン達がわらわらと現れる。手には石や鉄パイプ等を持ち、ギラ付いた目をこちらに向けている。
一体一体は敵では無いが…数が多過ぎる。正面突破は危険だ。
ゴブリンの群れを前に、俺は急旋回する。瓦礫の合間を縫いながら大回りした。
時折、ゴブリンが廃墟の影から現れるも、数匹程度なら止まらずに処理出来る。
だが、気を付けないと。ゴブリン単体は雑魚でも、ここは元々人間の街。強力な武具を得たゴブリンがいるかもしれない。装備が物を言う世界なのだ。下手な魔物よりも厄介だぞ?
自分を戒めながら、俺は廃墟の中を駆け抜ける。少しずつだが、自分の匂いが強くなっていく。
ゲート前に付けた俺のマーキングだ。こっちの方に、ゲートがある証拠。
ここだ!
少し開けた場所に飛び出すと、向こうに瓦礫の山が見える。あの中に、ゲートが埋まっている。
あと、1歩。
そう思って踏み出した瞬間。
殺気。
強烈な殺意。
右か!
【グガァア!】
俺が飛びすさったその場所に、黒く大きな鉄の塊が叩きつけられる。その塊は石畳を叩き割り、深々と地面に突き刺さった。
その鉄塊が、持ち上がる。重そうなそれを悠々と持ち上げたのは、金属プレートを身に着けた鈍色の戦士。技巧を施されたヘルメットからは、しかし、黄色い目で見下ろすゴブリンの顔が覗いていた。
完全武装のゴブリン。普通のゴブリンより大きく見えるのは、鎧のせいだけじゃないだろう。
ゴブリンの上位個体。
こいつは、厄介だ。
【グギャァア!】
ヘルメットでくぐもった声を出しながら、大型ゴブリンが鉄塊を振り回す。剣筋は滅茶苦茶でも、月光を反射するその鋭利な刃は脅威。当たれば急所でなくとも致命傷になる。
くっ。
俺は避ける為に、大きく後ろへ飛んだ。
それを、大型ゴブリンも追ってくる。こんな重そうな装備なのに、俺のスピードに付いてくる。
【グギャギャ!】
くぐもった鳴き声。これは、以前にも聞いた声。遠くからゴブリン達に指示を送っていた指揮官の声だ。
つまりこのゴブリンはゴブリンリーダー…いや、ゴブリンヒーローの可能性もある。もし後者なら、ヤバい。勝てるビジョンが見えない。
俺は必死に、奴の攻撃を避ける。避けながら、隙を見つけて噛みついた。
でも、硬い。鎧から出ている足や腕に噛み付くも、石みたいに硬い。俺の牙では、攻撃力では、奴の防御を貫けない。
ならば逃げるかと、フェイントを混ぜながら奴の横をすり抜けようとする。でも、ヒーローは俺の動きについて来る。俊敏性は互角。なんなら鎧を付けている分、奴が有利だ。
この状況では、逃げることも出来ない。
【はぁ、はぁ…くっ】
ここに来て、熱が上がって来た気がする。心臓が激しく脈動し、体中の毛が逆立つ。
余りの変化に、俺は一瞬足を止めてしまう。それが、命とりだった。
【グヘェア!】
取った。
そうとでも言うように、ゴブリンの大刀が振り下ろされる。鈍く冷たい刃が、俺に迫る。
避ける、無理。
受け止め、死。
窮地に立たされた俺は、咄嗟に”右腕”を伸ばしていた。
キィンッ!
高い金属音。
大刀が、頭上で止まっていた。その刃と鍔迫り合いをしていたのは、俺の右腕。その”手のひらに生えた鋭利な爪”が、冷酷な刃を受け止めていた。
俺は驚き、見下ろす。小さくなったゴブリンヒーローの驚く姿を。
いや、違う。
俺だ、俺の体が、大きくなっていた。
【なんだ!これはぁあ!!】
俺の咆哮が、空気を震わせた。
右腕?体が大きく?
一体、何が?




