七夕閑話 七月七日、備考欄はひとりでに埋まった
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収蔵品調査記録票(区分外)/整理番号:KG-0207
・品名:針箱(桐製。五色の糸、針七本を納む)
・寄贈受理日:昭和四十一年七月(日欄、かすれて読めず)
・受理担当:署名あり、判読不能
・寄贈者申告:「町の古手屋より引き取り。もとの持ち主、詳らかならず」
・状態:桐箱に経年の反り。針七本、うち一本に五色の糸を残す。来歴資料の添付なし。
備考欄に、一行、書いてあった。私が書いた覚えのない字で。
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昨日まで、この欄は空白だった。
区分外収蔵庫の、いちばん低い棚。桐の針箱は、番号を振られて、たぶん私が生まれるより前から、そこに座っていた。整理番号 KG-0207。受理は昭和四十一年。担当者の署名は、インクが焼けて、もう誰のものとも読めない。
備考欄は、ずっと空白のままだった。半世紀、誰も、書き足さなかった。
なのに今朝、そこに一行、増えていた。
――針、じょうずになりますように。
細い、右上がりの、けれど桐谷さんのとは違う字だった。もっと古い。もっと、たどたどしい。手習いを始めたばかりの子どものような、それでいて、ひどく丁寧な字。
私は須藤ナナミ。この地方博物館で、いわく付きの寄贈品を、正しく記録して仕舞う係をしている。霊感はない。あるのは、物の来歴の矛盾に、なんとなく気持ちが悪くなる、それだけの地味な眼だ。
その眼が、今朝から、ずっと痛かった。
私は消しゴムを手に取って、けれど、迷って、やめた。書いた覚えのないものを、確かめもせずに消すのは、この仕事でいちばんやってはいけないことだ。書き損じよりも、抹消のほうが、ずっと悪い。それだけは、就いて半年で、骨身に沁みていた。
今日は、七月七日だった。
表の展示室では、和泉さんが、脚立に乗って笹を立てていた。
「須藤さーん、短冊、書いてく?」図録を小脇に抱えて、彼女は笑った。「七夕企画。『乞巧奠』の再現なの」
「きこうでん……?」私は、聞き慣れない言葉を、口の中で転がした。
「うん。乞う、巧み、奠える、って書いて、きこうでん。奈良のころに中国から伝わった、いちばん古い七夕の行事なんだって」和泉さんは、脚立の上で振り返った。「庭に机を出して、針に五色の糸を通して、瓜や糸をお供えするの。そうして、裁縫や機織りが上手になりますようにって、お星さまに願う。織姫って、もともと機織りの神さまでしょ。だから昔の人は、恋じゃなくて、手仕事の上達を願ったのよ。針を、七本ならべてね」
「……願いが、具体的なんですね」
「そう。いいよね、そういうの」
私は、短冊を一枚もらって、けれど何も書けずに、袂に仕舞った。
針を、七本。五色の糸。――KG-0207の、桐箱の中身と、同じだった。
その夜、区分外に降りると、乾いた音がした。鍵束の音だ。
「須藤さん。それ、動いたね」
宮下さんだった。針箱を覗き込みもせず、ただ、備考欄の一行を、節くれだった指でなぞった。
「節句にはな、時々ある。願いのこもった品は、暦を覚えとる。盆に帰ってくる仏さんと、同じだ」
「この字は……誰なんですか」
「さあな。だが、書いとるのは、この箱の、もとの持ち主だろう」老人は少し黙った。「願いが、まだ済んどらんのさ。だから七夕のたんびに、思い出したように、書く」
「済んで、いない……」
「――正しく書けば、悪さはせん」宮下さんは、いつものように言った。「悪いのは、書き損なったまま、半世紀ほっといたことだ。あんたが、済ませてやりな」
鍵束を鳴らして、背を向ける。窓のない部屋に、空調のうなりだけが残った。
私は、KG-0207の来歴を辿った。
昭和四十一年、町の古手屋からの引き取り。もとの持ち主は「詳らかならず」――けれど、桐箱の底に、小さく、墨で名が入っていた。
「つた」。
それだけ。
私は、市史と、古い裁縫の稽古所の名簿を、片端から照合した。地味な作業だ。何日もかかった。そして、見つけた。
明治の末、この町の呉服屋に、つた、という名のお針子がいた。十二で奉公に上がり、筋がいいと評判だったという。乞巧奠の夜には、いつも真っ先に、庭に出した針へ糸を通した。誰よりも、上手くなりたかったのだ。
けれど、つたは、二十歳を前に、目を病んだ。
針の穴が、見えなくなった。お針子は、目が命だ。彼女は暇を出され、稽古所も辞めた。それでも七夕の晩だけは、見えない目で、針に糸を通そうとした、と、名簿の余白に、稽古所の主が書き残していた。
「つた、今年も来たり。針を握りて、糸通らず、泣きて帰る」。
つたは、上手くなれないまま、若くして亡くなった。針箱だけが、古手屋を経て、この博物館へ来た。
願いは、届かなかった。
八十年、この桐箱は、七夕のたびに、同じ一行を書いていた。まだ、上手くなりたい、と。
私は、奥の台帳を開いた。区分外収蔵台帳、第三巻。KG-0207の頁は、来歴の欄が、半世紀、空白のままだった。
私は、ペンを執った。怖いときも、哀しいときも、手が先に手順を思い出す。
私は、書いた。
KG-0207。針箱。本品の持ち主は、お針子〔つた〕。明治末、当地の呉服屋に奉公。裁縫の上達を願い、乞巧奠の針に糸を通すを常とせしが、二十歳を前に眼を病み、その技を大成せぬまま没す。願いは、果たされざりき。本記録をもって、〔つた〕が確かに願い、確かに励みしことを、事実として確定し、これを弔いとして記録する。
それから、備考欄に、私の字で、書き足した。
――針の道、じゅうぶんに、励まれた。もう、上達を願わずともよい。
書き終えて、私は、桐箱を開けた。針が七本。うち一本に、五色の糸が、通ったままだった。
誰が、通したのだろう。昨日まで、糸は、針のそばに、ほどけて落ちていたはずだった。
翌朝、KG-0207の備考欄を、確かめに行った。
私の書いた一行の下は、空白だった。もう、何も増えていない。次の日も、その次の日も。つたは、もう、書かなかった。
正しく記録することは、時々、看取ることに似ている。私は、そう思う。届かなかった願いにも、確かに願われた、という事実だけは、残してやれる。台帳は、たぶん、そのためにもある。
袂から、短冊を出した。表の笹に、結んでこよう、と思った。何を書こうかは、まだ決まらない。けれど一つ、分かったことがある。願いは、叶わなくても、書いておいたほうがいい。誰かが、いつか、読むかもしれないから。
――ただ、その帰りに、私はまた、棚の前で足を止めた。
この頃、区分外の棚は、どこか落ち着かない。数えるたび、指の先が、迷う。まだ正体の分からない品が、どこかに一つ、紛れている気がする。
それは、七夕の願いよりも、ずっと、答えの遠い謎だった。
私は、綿手袋を嵌め直して、もう一度、棚を、端から数え始めた。
七夕の閑話をお届けしました。第1話「備考欄は、空白だった」の、ちょうど裏返し――今度は、空白のほうが、ひとりでに埋まっていく話です。乞巧奠は、恋ではなく「手仕事が上手くなりますように」と願う、古い七夕の行事でした。叶わなかった願いも、正しく書いておけば、いつか誰かが読んでくれる。台帳は、そのためにもあります。本編の続き――棚の、あの落ち着かない一点については、また近いうちに。




