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台帳に載せた夜、防犯カメラに私が映った  作者: 黒木 あん


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第23話:まだ、空欄

 私は、櫛を、記録した。


 柘植の櫛。菊花文。各務の家系を、聞き取れるかぎり、聞き取って、書いた。祖母。祖母の母。そこから先は、各務も、知らない。けれど、「知らない」ということも、記録だった。「ここで、来歴が、辿れなくなる」という一点を、はっきり、書いた。空白を、空白として、正しく、載せた。それだけでも、櫛は、少し、静かになった。番号は、KG-0494を、与えた。


 揃いの品が、二つ、私の台帳に、載った。手鏡KG-0418。櫛KG-0494。どちらも、根っこは、同じ。鏡台だ。そして、鏡台だけが、まだ、「K─」のまま、空欄だった。


 私は、鏡台の来歴を、桐谷さんの控えと、初代の台帳を、突き合わせながら、書けるところまで、書いた。何代もの持ち主。手放され続けた経緯。菊花文の揃いが、ばらばらになった、その分かれ道。一つずつ、埋めた。


 そして、最後の一点で、私も、止まった。


 初代が、この鏡台を、どこから、預かったのか。


 初代の台帳には、「一 鏡台。来歴――」とだけ、あった。桐谷さんの控えには、「初代が預かった相手――」とだけ、あった。二人とも、そこで、止まっていた。私も、同じ場所に、立っていた。四人目の記録係として、四人目の空欄の、前に。


 けれど、桐谷さんは、私より、一歩、先まで、行っていた。


 控えの、いちばん端。ページの、余白に、彼女は、鉛筆で、薄く、走り書きを、残していた。急いで書いたような、乱れた字。几帳面な桐谷さんの字にしては、めずらしく、崩れていた。


「初代の預かり先=巡回展の、あの品。貸出目録を見よ。菊花文・屏風。よその館に――」


 そこで、鉛筆の字は、途切れていた。


 巡回展。貸出目録。菊花文の、屏風。


 私は、その走り書きを、何度も、読んだ。鏡台と、同じ組の品が、もう一つ、あった。屏風だ。そして、その屏風は、この博物館の、巡回展で、よその館に、貸し出されている。桐谷さんは、その屏風に、鏡台の根っこ――初代がどこから預かったか、の手がかりが、あると、見当をつけた。目録を見ようとした。けれど、その先を、書く前に、彼女は、いなくなった。


 貸出目録。それは、区分外の台帳では、ない。表の、正規の、学芸業務の書類だ。企画展や、巡回展で、どの品を、どこの館に、貸し出したか。その記録は、事務室の、正規の書棚に、ある。私のような、契約の整理係が、勝手に、見ていいものでは、ない。


 そして、貸出の、最終的な決裁は、館長の――三上さんの、印が、いる。


 私は、事務室の、書棚を、思い浮かべた。三上さんが、記録を消して回る人だと、私は、知っている。区分外の存在を、"無い"ことにする人だと。もし、その三上さんが、巡回展の貸出目録から、菊花文の屏風を、消していたら。あるいは、区分外の品を、こっそり、正規の品に、紛れ込ませて、貸し出していたら。


 桐谷さんが、目録に、辿り着けなかったのは。もしかしたら、目録そのものが、いじられていたからかも、しれない。


 私は、一人では、事務室の、正規の書棚に、入れない。契約の整理係の、権限では、届かない。表の学芸業務の書類を、堂々と、辿れる人。巡回展の、貸出の経緯を、知っている人。三上さんに、怪しまれずに、目録を、確かめられる人。


 一人だけ、いた。


 和泉さん。正規の学芸員。いつも、企画展の図録を、抱えている人。館内の噂に、詳しい人。「あの部屋、本当は、何なの?」と、私に、訊いた人。表の博物館の、住人。


 私は、ずっと、和泉さんを、危ない場所から、遠ざけてきた。区分外の重さを、あの人に、背負わせたくなかった。けれど、あと一点を、埋めるには――桐谷さんを、放すには――私は、表の人の、手を、借りなければ、ならない。


 私は、綿手袋を、外して、鞄に、しまった。首のメモ帳を、閉じた。区分外の、奥の暗がりに、布のかかった鏡台が、あった。まだ、顔を映さない鏡が。まだ、「K─」の木札が。まだ、空欄が。


 「あと、一点です」私は、暗がりに、言った。「桐谷さん。あなたが、辿ろうとした、屏風のところまで、私が、行きます。もう少し、待っていてください」


 鏡台は、答えなかった。ただ、常夜灯の消えた奥で、静かに、待っていた。埋められることを、待つ、書きかけの一行のように。

 第四章、これで締めです。鏡台の来歴は、あと一点――初代がどこから預かったか、で止まりました。桐谷さんが遺した走り書きは、その手がかりが「巡回展に貸し出された菊花文の屏風」にあると告げています。けれど、貸出目録は表の学芸業務の書類。ナナミは、ずっと遠ざけてきた和泉さんの手を、借りることになります。次章「巡回展」――区分外の品が、よその館へ。台帳は、一冊では、終わらない。第18話から23話、ありがとうございました。ブックマーク・評価が、続きを書く力です。

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