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台帳に載せた夜、防犯カメラに私が映った  作者: 黒木 あん


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第21話:載せ損ねた品

 桐谷さんの控えの、いちばん最後のページ。そこに、彼女の字は、途中で、途切れていた。


 鏡台の来歴を、辿れるかぎり、辿った跡。持ち主の名、年代、手放された経緯。几帳面な字が、ページを、埋めていた。そして、最後の一行。「初代が預かった相手――」まで書いて、その先が、白い。桐谷さんは、鏡台の来歴を、あと一点というところまで、書いた。書いて、そこで、止まった。


 私は、その、途切れた一行を、長いあいだ、見ていた。初めて、机の書きかけ台帳を見たときと、同じだった。あのときは、意味が、分からなかった。今は、分かる。


 桐谷さんは、載せてはいけない品を、載せたのではない。逆だ。載せるべき品を、載せ損ねた。宮下さんが、ずっと前に、言った言葉だった。あのときは、比喩だと思っていた。違った。文字どおりの、ことだった。


 桐谷さんは、鏡台を、記録し「始めて」いた。木札に「K─」と書き、控えに来歴を書き連ね、あと一点まで、辿った。けれど、その一点を、埋め切れなかった。記録を、始めて、終えられなかった。


 それが、いちばん、いけなかった。


 私は、宮下さんの言葉と、三上さんの記録抹消と、桐谷さんの控えを、頭の中で、並べた。三上さんは、記録を「消した」。載っていた品を、載っていないことにした。それで、封じが、解けた。


 けれど、消された品は、まだ、始めから、終わりまで、いちど、ちゃんと記録された品だった。だから、もう一度、載せ直せば、封じは、戻った。私が、影の台帳を頼りに、やったことだ。


 桐谷さんの、鏡台は、違った。


 これは、いちど、記録を、「始められた」品だった。半分だけ、書かれた品。来歴が、途中まで辿られて、あと一点で、止まった品。始めから終わりまで空白なら、まだ、ただ「載っていない」だけだ。


 けれど、途中まで書いて、途中で止めると――その、書きかけの一行が、埋められることを、待ち続ける。埋めてくれ、と、呼び続ける。記録の欠落。それも、いちばん質の悪い、書きかけの欠落。始めた者を、終わらせるまで、放さない欠落。


 「桐谷さんは」私は、声に、出した。「鏡台の記録を、始めてしまった。始めて、終えられなかった。だから――」


 だから、鏡台は、桐谷さんを、放さなかった。あと一点を、埋めろ、と。区分外の、いちばん奥で、書きかけの一行が、彼女を、呼び続けた。桐谷さんは、それに、応えようとした。あと一点を、埋めるために、外の館へ、貸出品を、調べに行こうとした。その矢先に、各務が来て、彼女は、奥へ入った。書きかけの一行の、いちばん近くへ。そして、戻らなかった。


 記録の欠落こそが、怪異の正体。以前、私は、三上さんに向かって、そう言った。あのときは、消された記録の話だった。今、私は、もっと深い場所で、同じ原理に、触れていた。書きかけの記録は、消された記録よりも、たちが悪い。なぜなら、それは、書いた本人を、名指しで、呼ぶからだ。


 私は、綿手袋を、嵌め直した。手が、震えていた。怖い、と、思った。今度こそ、はっきりと、怖いと思った。この鏡台の記録を、私が「始めれば」、私も、あと一点を、埋め切るまで、放されなくなる。桐谷さんと、同じ道だ。初代と、二代目と、三代目が、辿った道だ。


 けれど。


 私は、メモ帳を、開いた。首から下げた、小さなメモ帳。怖いときほど、手が、先に、手順を思い出す。私は、まず、日付を、書いた。それから、鏡台の、抽斗の数を、数えて、書いた。抽斗の窪みの、寸法を、書いた。手鏡が収まっていた跡を、書いた。一つずつ、確かめて、書いた。震える手で、書けることから、書いた。


 書き始めた瞬間に、私は、たぶん、強くなる。恐怖に呑まれる代わりに、台帳のペンを、握った瞬間に。それが、私の、たった一つの、武器だった。霊感は、ない。非力だ。契約職で、立場も弱い。けれど、私は、書ける。書き損なわずに、始めから終わりまで、書き切ることが、できる。桐谷さんが、できなかった、あと一点まで。


 「私は」私は、暗がりの鏡台に、言った。「あなたを、書き始めます。そして、必ず、書き終えます。途中で、止めません。あと一点――初代が、あなたを、どこから預かったのか。それを、埋めに行きます。だから」


 だから、桐谷さんを、放してください。


 そのとき、区分外の、入口の扉が、鳴った。


 夜の博物館に、こんな時間に、訪ねてくる人は、いない。私は、振り返った。扉の、磨りガラスの向こうに、人影が、あった。仕立てのよい、コートの、肩の、形。


 にこやかな、影だった。


 各務だった。

 桐谷さんは「載せてはいけない品を載せた」のではなく、「載せるべき品を載せ損ねた」。書きかけの記録は、消された記録よりも、たちが悪い――始めた本人を、終わらせるまで放さないからです。記録の欠落こそが怪異、という原理が、前任者失踪の核心に届きました。そして、桐谷さんを奥へ追いやった張本人、各務が、再び。次回、捨てに来た者の来歴。

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