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台帳に載せた夜、防犯カメラに私が映った  作者: 黒木 あん


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第20話:手鏡の親

 四冊目の台帳は、鏡台の、いちばん下の抽斗に、入っていた。


 桐谷さんが、そこに、隠していた。初代の台帳とも、影の台帳とも違う、もう一冊。表紙に、桐谷さんの字で、「鏡台調査・控」と、あった。中は、彼女が、鏡台の来歴を、辿ろうとした、その途中経過だった。


 私は、それを、机に広げて、何晩も、読んだ。昼間は、寄贈品整理係の、普通の仕事をした。館長の三上さんは、私と目が合うと、穏やかに笑った。あれ以来、記録を消しには来ない。けれど、私が奥へ通っていることを、たぶん、知っている。


 「須藤さん」ある昼、三上さんが、事務室で、声をかけてきた。「最近、残業が多いね。契約職は、時間で切ってくれて、いいんだよ。……無理をすると、体を、壊す。前の担当みたいに、ね」


 穏やかな声だった。心配しているように、聞こえた。けれど、それは、脅しだった。前の担当みたいに、ね。桐谷さんのように、消えるぞ、と。私は、綿手袋を、鞄に、しまい直した。


 「ご心配、ありがとうございます」私は、言った。「でも、途中で、やめられない仕事なので」


 夜、区分外で、私は、桐谷さんの控えを、続きから、読んだ。


 桐谷さんは、鏡台の抽斗を、一つずつ、検めていた。抽斗の底に、古い紙片や、小さな品が、残っていたのだ。櫛。白粉の空き容れ。畳紙。そして、いちばん上の抽斗には、手鏡が、収まっていた跡が、あった。鏡台にぴったり合う、菊花文の、手鏡の、窪み。


 桐谷さんの字で、こう、書いてあった。


「この鏡台には、対の手鏡があった。抽斗の窪みが、それを示す。菊花文・柄付。――KG-0418の手鏡と、同一の意匠。恐らく、同一の組。手鏡は、鏡台から、外へ出て、独りで、渡り歩いている」


 私は、ペンを、止めた。


 KG-0418。私が、いちばん最初に、受理した、あの手鏡。三十年で、四人の持ち主を、渡ってきた品。昭和五十一年、木島。平成九年、沢田。平成二十二年、氏名空白――桐谷さんが受理。令和七年、田辺一夫――各務。寄贈者だけが、入れ替わり続ける品。あのとき、私が、正しい来歴を書き切って、一応、封じた品。


 あの手鏡は、この鏡台の、抽斗から、外へ出た、一枚だった。


 「そういう、ことか」私は、独りごちた。


 鏡台の来歴が、切れている。誰が最初に持っていたのか、辿れない。だから、鏡台に付属していた手鏡も、来歴を、辿れない。親の来歴が、空白だから、子の来歴も、根っこが、無い。


 手鏡は、根の無いまま、外の世界を、渡り歩いた。持ち主から持ち主へ。手放され、手放され、また手放されて。私があのとき書いた来歴は、「代々、捨ててきた連鎖」だった。あれは、手鏡の、外での旅の記録だった。


 けれど、その旅が、どこから始まったのか――手鏡が、どの鏡台から、外へ出たのか。その、いちばん根っこを、私は、書いていなかった。


 だから、封じは、「一応」だったのだ。


 手鏡KG-0418は、封じ切れて、いなかった。私が書いたのは、枝葉の来歴。根っこ――鏡台という親を、私は、まだ、書いていない。親の来歴が空白であるかぎり、手鏡は、いつか、また、外へ出る。誰かに手放され、誰かに拾われ、また、博物館に、捨てに来られる。桐谷さんの控えの、次の行に、それは、書いてあった。


「手鏡を、真に封じるには、鏡台を封じるほかない。鏡台の来歴の、最後の一点――初代が、これをどこから預かったか。それを、埋めねばならない。埋めなければ、区分外の、いちばん最初の欠落が、残り続ける。載せ損ねた一点が、ずっと、封じを、解き続ける」


 私は、その一行を、二度、読んだ。三度、読んだ。


 載せ損ねた、一点。区分外の、いちばん最初の、欠落。それが、ずっと、封じを、解き続けている。三上さんが記録を消して回るよりも、もっと前から。初代が、来歴を書ききれなかった、その最初の空白が、区分外という部屋の、根っこに、ずっと、あった。だから、この部屋は、いつまでも、静かにならない。だから、記録係は、いつまでも、書き続けなければならない。


 私は、桐谷さんの控えを、閉じた。


 彼女が、辿り着いた、あと一点。初代が、鏡台を、どこから預かったか。その手がかりは、外の館に、貸し出された、別の品にある――桐谷さんは、そう書いて、その先を、書いていなかった。そこで、各務が来て、彼女は、奥へ入って、消えた。


 私は、明かりの消えた区分外の、奥の暗がりを、見た。布のかかった鏡台が、そこに、あった。顔を映さない鏡が、そこに、あった。


 「あなたの、根っこを、書きに行きます」私は、暗がりに、言った。「手鏡の、親のところまで。桐谷さんが、書ききれなかった、あと一点まで」

 第1話の手鏡は、この鏡台の抽斗から外へ出た、一枚でした。親の来歴が空白だから、子の手鏡も封じ切れない――第3話の「一応の封じ」の意味が、ここで回収されます。桐谷さんが辿り着いた「あと一点」は、外の館に貸し出された品にある。次回、桐谷さんは、何を「載せ損ねた」のか。記録の欠落こそが怪異、という原理が、前任者失踪の真相に、直結します。

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