第15話:載っていない品
「なぜ、記録を消すんですか」
私は、三上さんに、まっすぐ訊いた。区分外収蔵庫の、常夜灯の下で。作業台には、番号を剥がされた木彫りの像が、置いてある。
三上さんは、穏やかに笑ったままだった。
「須藤さん。君は、この部屋を、なんだと思っている?」
「曰く付きの品を、隔離して、正しく記録して、封じる場所です」
「違うよ」三上さんは、静かに言った。「ここは、"無い"部屋だ。存在しない。図録にも、館内図にも、載っていない。……もし万一、外の人間が、この部屋を知ったとき。台帳に、四百も五百も、曰く付きの品が几帳面に記録されていたら、どうなる? 『この博物館は、呪いの品を、組織的に、集めていた』。そういう話に、なる。評判は、地に落ちる。だからね」
「だから、記録を、消す」
「載せなければ、"無かった"ことにできる」三上さんは頷いた。「品は、そっと処分するか、奥に置いておけばいい。記録さえ、なければ。……分かるだろう。組織を、守るためだ」
私は、木彫りの像を、見た。
「これ、封じられていた品ですよね。昔、ちゃんと記録されて、封じられていた」
「そうだったかもしれん。昔の担当が、律儀に記録したんだろう」
「その記録を、あなたが、消した」私は言った。「番号札を剥がして、台帳のページを切り取って。……そうしたら、この像は、どうなったと思いますか」
三上さんの、笑顔が、わずかに、止まった。
「封じられていた品は」私は、続けた。「記録が、消された瞬間に、封じが、解けるんです」
正しく記録すれば、悪さはせん。宮下さんの言葉を、私は、ずっと、封じる"ため"の教えだと思っていた。けれど、逆から見れば、こういうことだった。記録が、封じそのものなのだ。台帳の一行が、品を、この世に、繋ぎ止めている。だから、その一行を消せば——封じは、ほどける。品は、また、覚え始める。守るべき人を、探し始める。手放したい者の間を、渡り始める。
員数が合わなくなったのは、それだった。三上さんが記録を消すたびに、封じの解けた品が、区分外に、増えていた。台帳に「載っていない」まま、けれど確かに、そこで、目を覚ましていた。載っていない品。それは、記録を消された品の、別の名前だった。
「記録の欠落が」私は、声が震えないように、言った。「そのまま、怪異になるんです。あなたは、組織を守るために、封じを、片っ端から、解いて回っていた」
三上さんは、しばらく、黙っていた。常夜灯の、じりじりという音だけが、していた。
「……証明できるのか。そんなことが」
私は、答える代わりに、綿手袋を嵌め直して、新しい調査記録票を、切った。木彫りの像に、空いている番号——KG-0462——を、与えた。来歴を、辿れるかぎり辿って、書いた。誰が打ったか、どこの祠にあったか、いつ、封じられたか。そして、「本品はかつて記録され封じられたが、記録の抹消により封が解けた。本記録をもって、再度これを封じる」と、書き切った。
書き終えた、その瞬間。
作業台の上の、木彫りの像から、ふっと、何かが、抜けた。空気が、軽くなった。ずっと、この部屋にわだかまっていた、見られている、という気配が、薄れた。
私は、区分外の員数を、数えた。四百十九点。像を記録したぶん、一つ、減っていた。載っていない品が、一つ、載った品に、戻った。
三上さんは、その光景を、じっと、見ていた。穏やかな仮面の下で、初めて、何かに、たじろいだ顔をしていた。
「……これを、全部、やり直すつもりか」
「はい」私は言った。「あなたが消した記録を、私が、もう一度、載せます。載せなきゃならん品を、載せます。それが、記録係の、仕事なので」
三上さんは、長いあいだ、私を見ていた。それから、区分外を出ていく間際、背を向けたまま、低く、言った。
「前の記録係も、同じことを言った」
桐谷さん。
「あの子は、私が消した記録を、片っ端から、載せ直した。そして、いちばん奥の、いちばん大きい、載せてはならない品を、記録しようとして——奥へ、入った。それきりだ。……須藤さん。君も、同じ道を、行くつもりか」
三上さんは、それだけ言って、消えた。
私は、作業台に、一人、残された。番号を取り戻した、木彫りの像と一緒に。区分外の、いちばん奥。載せてはならない、いちばん大きい品。桐谷さんが、記録しようとして、消えた、あれ。
私は、まだ、そこを、見ていない。
けれど、もう、目を、逸らせなくなっていた。
第三章の山でした。記録が、封じそのものだった。組織を守るために記録を消すことが、封じを解き、怪異を放っていた――人が生む災いの回です。そして、桐谷さんが奥へ向かった理由が、はっきりしました。次回からは第四章。ナナミは、宮下さんとともに、前任者の"最後の一行"へ、そして区分外のいちばん奥へ、降りていきます。ここまで15話、ありがとうございます。ブックマーク・評価が、続きを書く力です。




