第12話:千人針
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収蔵品調査記録票(区分外)/整理番号:KG-0472
・品名:千人針(白木綿、赤糸、結び目多数)
・寄贈受理日:令和七年七月四日
・寄贈者申告:「亡き伯父の出征時のもの。遺品整理で発見」
・状態:布に経年の黄変。結び目、数える都度、員数が一致しない。
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千人針を、知っているだろうか。
戦争のころ、出征する兵隊のために、女の人たちが、一針ずつ、赤い糸で結び目を作った布のことだ。千人の手で、千の結び目を。弾よけの、祈りだった。これを腹に巻いていれば、無事に帰ってこられる。そう信じられていた。
このKG-0472は、綿の布に、赤い結び目が、びっしりと並んでいた。私は、状態を記録するために、結び目を数えた。
九百九十九。
一つ、足りなかった。千人針は、千の結び目で完成する。一つ足りないということは、この布は、未完成のまま、誰かの手に渡ったということだ。
私は、数え直した。今度は、千あった。ちょうど、千。
もう一度、数えた。九百九十八。
数えるたびに、結び目の数が、違った。増えたり、減ったり。まるで、いまも誰かが、結んだり、ほどいたりしているように。
宮下さんに話すと、老人は、赤い布を、静かに見た。
「これはな、"帰ってこなかった"やつだ」
「帰って、こなかった……」
「この針の持ち主は、出征して、還らなかった。だから、この千人針は、役目を、果たせなかった。弾よけになれんかった。……結び目がな、いまも、探してるのさ。守るべき人を。だから、数が、合わん」
守るべき人を、探している。私は、赤い結び目の一つひとつが、誰かの祈りだったことを思った。無事に帰って、と。千人の、千の祈り。その祈りは、届かなかった。
私は、この千人針の、本当の来歴を辿った。寄贈者の申告どおり、遺品整理で出てきたものだった。伯父にあたる人は、二十二歳で出征し、南方で戦死していた。千人針は、彼の母が縫いかけ、間に合わず、あるいは、間に合っても意味をなさず、そのまま、実家の簞笥に、八十年、仕舞われていた。
私は、台帳に書いた。
KG-0472。千人針。本品は、出征兵〔須永〕のために準備されたが、当人は帰還せず、祈りは果たされなかった。以後、遺族により長く保管。本記録をもって、当該布の祈りが「届かなかった」事実を確定し、これを弔いとして記録する。結び目は、もはや守るべき人を探さずともよい。
書き終えて、私は、結び目を、もう一度、数えた。
千。ちょうど、千あった。次に数えても、千だった。その次も。もう、増えも、減りもしなかった。守るべき人を探すのを、この布は、やめたのだと思う。八十年、探し続けて、ようやく。
正しく記録することは、時々、看取ることに、似ている。私は、赤い布を、そっと、たたんだ。
——その、帰りぎわだった。
月に一度の、区分外の員数点検を、私はやっていくことにした。棚の品と、台帳の記載を、一つずつ、突き合わせる。地味な作業だ。けれど、桐谷さんが遺した台帳にも、几帳面に、員数点検の記録があった。だから、私も、続けることにした。
台帳の記載は、区分外収蔵品、四百十八点。
私は、棚を、一つずつ、数えていった。
四百十九点。
一つ、多かった。
私は、数え間違えたと思って、もう一度、数えた。四百十九。台帳より、一つ、多い。棚には、台帳に載っていない品が、一つ、ある。
どれだろう。私は、棚を、端から見ていった。すべての品に、整理番号の札が、下がっている。KG-0418、KG-0431……。番号のない品は、見当たらない。全部で四百十八点。台帳どおりだ。
もう一度、数えた。
四百十九点。
数え間違いでは、なかった。
千人針の一件でした。今回は、戦争の遺した祈りを、弔いとして記録しました。そして――区分外の在庫が、台帳より一つ多い。番号のない、載っていない品が、一つある。第三章「載っていない品」、静かに始まります。棚にあるのに、台帳にない。それは、いちばん、危ない品です。ブックマークで、続きを。




