表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
博物館寄贈品室の怪異台帳 〜いわく付き収蔵品は、正しく記録すれば祓える〜  作者: 黒木 あん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/14

第10話:その来歴、確認が取れません

──────────────


収蔵品調査記録票(区分外)/整理番号:KG-0468


・品名:螺鈿細工小箱(黒漆地、菊桐文)

・寄贈受理日:令和七年六月二十日

・寄贈者申告:「江戸後期、某大名家の姫君の嫁入り道具。伝来・修復記録あり」

・状態:漆に細かな貫入。内貼りに墨書。夜間、内側から微かな鳴りあり。


──────────────


 各務が置いていった螺鈿の小箱は、夜になると、鳴った。


 内側から、木の軋むような、細い音。空調が止まる深夜、区分外収蔵庫に一人でいると、それは確かに聞こえた。何かが、箱の中で、出たがっているような音だった。


 私は、鳴りに急かされないように、まず、経緯書を読んだ。各務の、完璧な嘘を。


「某大名家の姫君の、嫁入り道具」。私は、その大名家を調べた。系図を辿り、姫の名を辿り、婚礼の年を辿った。——存在しなかった。その大名家に、その名の姫は、いなかった。婚礼の年には、その家はもう、改易されていた。


「伝来・修復記録あり」。修復記録の年号を見た。使われている漆の技法が、記録の年号より、百年も新しかった。嘘だ。この修復記録も、後から、それらしく作られたものだった。


 各務の嘘は、精巧だった。けれど、精巧な嘘ほど、細部で辻褄が合わなくなる。本物の来歴は、歯抜けで、生っぽくて、矛盾しない。作られた来歴は、完璧で、なめらかで、そして、必ず、どこかで、現実と食い違う。


 私は、経緯書の余白に、赤で書き込んだ。


「その来歴、確認が取れません」。


 そこからが、本当の仕事だった。嘘を暴くのは、半分でしかない。嘘の下の、本物を掘らなければ、この小箱は封じられない。


 内貼りの墨書を、私は光を当てて読んだ。嫁入り道具の由緒ではなかった。それは、もっと素朴な、持ち主の覚え書きだった。「これに、あの人の文を仕舞う」。誰かが、大切な手紙を仕舞うために、使っていた箱。恋文だったのかもしれない。遺書だったのかもしれない。仕舞った手紙は、もう、なかった。箱だけが、残った。


 私は、辿れるかぎり辿った。この箱が、手紙の持ち主の死後、遺族の手を離れ、古物商を経て、「手放したい者」たちの間を渡ってきたこと。誰も、本当のことを書かなかったこと。そして今、各務の手から、ここへ来たこと。


 台帳のペンを取ったとき、私は、迷った。


 各務の名前を、書くべきか。


 書けば、この台帳は、各務が偽の来歴で品を捨てている証拠になる。けれど、それは"来歴"だろうか。品の履歴に、"誰が嘘をついたか"まで載せていいのか。


 宮下さんの言葉を、思い出した。正しく書け。正しく、というのは、都合よく削らない、ということだ。この小箱の来歴には、各務の嘘も、確かに、含まれている。嘘をついた、という事実ごと、本物なのだ。


 私は、書いた。


KG-0468。当該品は、大名家由来との申告と異なり、江戸後期の私物(文箱)である。内貼り墨書より、本来は書簡の保管に用いられたと判断。以後、遺族の手を離れ、複数の所有者間を「手放す」意図で移動。直近の寄贈者(申告名・田代/別名・田辺、安田、森田、大高。同一人物「各務」と断定)は、虚偽の来歴を付して当館に寄贈するを常とする。本記録は、当該品の真の来歴に加え、寄贈者による来歴偽装の事実を、あわせて確定する。


 書き切った瞬間、箱の鳴りが、止まった。


 夜の区分外収蔵庫が、しんと静まった。内側から出たがっていた何かは、もう、出たがっていなかった。正しく記録された箱は、覚えていなくてよくなった。仕舞われた手紙のことも、渡り歩いた嘘のことも、もう、抱えていなくてよくなった。


 そして、私の手の中には、もう一つ、武器が残った。


 各務の、偽名の一覧と、偽装の癖を、正式に台帳に載せた記録。これは、あの男が次に何を持ってきても、「その来歴、確認が取れません」と突き返すための、根拠になる。台帳の正確さだけが、各務の偽装を暴く、唯一の武器だった。


「載せたか」宮下さんが、鍵束を鳴らして入ってきた。私の台帳を覗き込んで、老人は、少しだけ、笑ったようだった。


「各務の名を、載せたな。……桐谷は、そこで、迷った。載せていいのか、ってな。あんたは、載せた」


「正しく書け、って、宮下さんが」


「そうだ」老人は、頷いた。「これで、あんたのほうが、一枚、上に立った。あの男は、もう、あんたの台帳から、逃げられん」


 私は、螺鈿の小箱を、棚に戻した。菊桐の文様が、常夜灯に、静かに光っていた。


 各務は、また来る。名前を替えて、品を持って。けれど今度は、私の台帳が、待っている。


――そして、その台帳には、まだ、書かれていない品がある。区分外の、いちばん奥。桐谷さんが、書ききれなかった、あれ。


 私は、まだ、そこへ、足を踏み入れていなかった。


 第二章の山、各務の偽造を崩す回でした。嘘を暴くだけでなく、その下の本物を掘り、"嘘をついた事実ごと"記録して封じる。そして台帳は、各務に対抗する武器になりました。次回、第二章の締め。各務との一時決着と、"区分外のいちばん奥"へ、ナナミが近づきます。ここまで読んでくださって、ありがとうございます。ブックマーク・評価が、次の一枚をめくる力になります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ