表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
博物館寄贈品室の怪異台帳 〜いわく付き収蔵品は、正しく記録すれば祓える〜  作者: 黒木 あん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/14

第9話:由緒正しい品

 その男は、六月の、よく晴れた午後に来た。


 私は、受付の当番を代わってもらって、寄贈受付の窓口に座っていた。もう二週間、そうしていた。いつ来るか分からない相手を、ただ待つのは、記録の仕事に似ていた。来るまで、何度でも、同じ椅子に座り直す。


 そして、来た。


 仕立てのよい、灰色のコート。四十くらいの、品のいい紳士。にこやかな笑みを浮かべて、風呂敷包みを抱えている。防犯カメラで、何度も見た顔だった。


「寄贈を、お願いしたいのですが」男は、柔らかく言った。


「承ります」私は、声が震えないように、ゆっくり言った。「お品を、拝見します」


 風呂敷が解かれた。中から出てきたのは、古い、螺鈿の小箱だった。男は、折り目正しい寄贈経緯書を、そっと差し出した。


「これは、由緒正しい品でしてね」


 来た、と思った。あの、合図の言葉。


「祖父の代から、蔵にありました。ええ、来歴ははっきりしております」男は、よどみなく語った。江戸後期、さる大名家の姫の嫁入り道具。伝来の経緯、修復の記録、真贋の根拠。すべてが、完璧だった。完璧すぎた。「どうか、そちらで大切に、記録していただけますか」


 私は、経緯書を受け取った。そして、顔を上げて、男の目を、まっすぐ見た。


「各務さん、ですね」


 男の笑みは、崩れなかった。ほんの少しだけ、目の奥が、面白がるように光った。


「はて。私は、田代と申しますが」


「今日は、田代さん」私は言った。「手鏡のときは田辺さん。古写真は安田さん。糸車は森田さん。掛軸は大高さん。……署名は、毎回、お上手に変えていらっしゃいます。でも、経緯書の文章の癖は、変わっていません。撮影地を先に、続柄を後に、『と伝わる』で締める。四枚とも、同じ手でした」


 各務は、しばらく私を見ていた。それから、心底愉快そうに、小さく笑った。


「……よく、調べていらっしゃる。前の方と、同じだ」


 心臓が、跳ねた。前の方。桐谷さんだ。


「あの方も、私の経緯書を、一枚ずつ綴じて、突き合わせてね」各務は、懐かしむように言った。「熱心な、いい記録係でした。熱心すぎた。私の品の、本当の来歴を、全部、書こうとなさった。……全部、ですよ。書ききれるはずが、ないのに」


「あなたは」私は、乾いた喉で言った。「これを、"手放し"に来ているんですね。所有したいんじゃない。憑いた品を、博物館という正規の記録機関に押し付けて、自分から、切り離している」


「人聞きの悪い」各務は、螺鈿の小箱を、指先で愛おしそうに撫でた。「私はただ、しかるべき場所に、しかるべき品を、寄贈しているだけです。来歴を添えて。ご丁寧に。……それを、どう記録なさるかは、そちらの、お仕事でしょう?」


 そうだ。そこが、この男の、いちばん狡いところだった。


 各務は、嘘の来歴を、書類にして、置いていく。それを台帳に写せば、私は"嘘を正しい記録として"載せることになる。載せた瞬間、品は封じられず、私のほうへ憑く。かといって、突き返せば、品は野に放たれ、また別の誰かのところへ、憑いて回る。


 正しく書けば、封じられる。けれど、この男が差し出すのは、いつも、正しくない来歴だ。だから、正しく書くには、私が、この男の嘘の下にある、本当の来歴を、自分で掘り当てるしかない。


 各務は、それを、面白がっている。記録係と、鬼ごっこをしている。


「では、よろしく」各務は、螺鈿の小箱を残して、立ち上がった。「ああ、そうだ。一つ、いいことを」


 去り際、男は、にこやかなまま、こう言った。


「前の記録係が、最後に手をつけた品は――まだ、区分外の、いちばん奥にありますよ。彼女が、書ききれなかった、あれが」


 そして、灰色のコートは、明るい博物館の光の中へ、消えていった。


 私は、螺鈿の小箱と、完璧な嘘の経緯書を、両手で持っていた。


 桐谷さんが、最後に手をつけた品。書ききれなかった、あれ。区分外の、いちばん奥。


 私は、まだ、そこを見ていなかった。


 各務との初対面でした。嘘の来歴を"寄贈"し、記録係にその下の真実を掘らせて楽しむ男。そして、桐谷さんが最後に触れた品が、区分外の奥に残されている――。次回、各務が置いていった螺鈿の小箱の"完璧な嘘"を、ナナミが崩します。第二章の山、「その来歴、確認が取れません」。ブックマークで、対決の続きを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ